大聖都 子ども達の逆襲 魔王始めました。
口に出した瞬間、後悔した。
『それが、お前の結論か? それでいいのか?』
『創世神』に問われるまでもなく。
でも、もう覆すことはできない。
『やはり、お前も我が身や、愛すると宣うたリオンよりも、胎の子や、星の者達。仲間の方が大事のようだな?』
「止めて下さい。そういう言い方。
いえ、そう思われて、リオンに軽蔑されても仕方ないとは思います。
全てを捧げた夫ではなく、外を選ぶ身勝手な女だと、哂って頂いてもかまいません」
取り繕うのも無意味だ。
私は『創世神』と彼の中にいるリオン。
二人に頭を下げる。
「でも、私が全てを捨てて付いていくことは、リオンの決断と生き様を汚すことになります。
皆の、私達の為にその身を投げうったリオン。
私には彼の妻として、リオンが守ろうとしたものを、そして何より、彼が残してくれた愛する我が子を守っていく義務があるんです」
お腹に手を当てる。
私とリオンだけならともかく、娘の。
クレアの未来を、生まれる前から創世の闇に繋ぐわけにはいかない。
どんな道を選ぶにしても、クレアには自分の意思で、自分の道を選べるような子になって欲しい。
そして、できるなら。
それは、リオンや私のように定められたたった一つの道ではなく。
たくさんの輝ける選択肢の中から。
「私達は、どうしようもなくそういう風に生まれ、育ちました。
人々の幸せを守ることを第一義とする『精霊』として。
他の道も選べたけれど、選べなかった。
そして、お互いにそんな歪んだ所も、認め合い、受け入れ、愛してきたんです」
生きていれば、失敗もある。
辛い事、苦しい事もたくさんある。
逃げ出してしまいたくなることもある。
それでも。
「全てを捨てて、二人だけで暮らすことも、それはそれで幸せかもしれません。
でも、他の大切な人を、そして子どもを見捨てて二人きりでは、私達はきっと幸せになれないんです」
子ども達が大好きで、彼らの笑顔が見られれば幸せで。
その為になら、なんでもしてしまう。
大抵のことは頑張れてしまう。
星の保育士。
精霊というのは、そういう生き物だ。
絶対にこいつの前では言ってなんてやらないけれど。
リオンが、身を捨ててでも私達を、星の未来を守ろうとしてくれたことには感謝している。
選択そのものは尊いと解っているし、そんな夫を持ったことを誇りにも思っているのだ。
「リオンの決断を、意味の無いものにしたくない。
彼が残してくれたモノを守る為に。
だから……私は一緒に行けません。
アースガイアに残ります」
一人で抱え込んだリオンは、みずくさいと思うし、助けたかったし、一緒に肩を並べて、力を合わせて頑張っていきたかった。
幸せになるなら共に。
お父様の言葉ではないけれど、皆を幸せにして、私達も幸せになりたかった。
でも。
私は今も、身体ばかり大きくなったけれど、力不足な子どもで。
リオンは大人で、遥かに先を行っていて。
付いていく為の力が足りていないのだと思い知らされた。
周囲の環境も整っていない。
強引な大人の強い力に、抗う事ができなかった。
まだ、助けることができないのなら。
共に歩むことができないのなら。
許されないのならば。
自分のいるべき場所で、為すべきことを為す。
彼が護りたかったものを、彼の分まで護る。
いつか力をつけて、彼の横に並び立てるその日まで。
それが『神』となった男。
リオンの妻たる女の責務だ。
『そうか。なら、仕方あるまい』
『創世神』は静かな眼差しで首肯する。
どこか、解っていた、というように。
『無理強いをしてリオンに恨まれるのも面倒だ。
お前は星に残り、好きに生きるがいい』
ありがとうございます。
なんて、絶対に言ってやらない!
リオンを連れて行くことを、まだ許したわけじゃないんだから。
見ていろ。毒親。
今、私達は負けたけど、リオン奪還を諦めた訳じゃないんだから!
『さて、終局だな。
お前達にとっては地獄であったろうが。
私にとっては、この世にあって初めてと思えるほどに楽しい時であった。
リオンでは無いが、これから幾億の時を超えようと、この日の輝き、思いがあれば退屈はしないと思える程にな』
随分といい話に纏めようとしているけれど。
勝手な事言ってんじゃない、とマジで思う。
いつか、絶対に〆る。
『創世神』
『美しい生きざま、生命の輝き、そして愛とやらを見せてくれたお前達に、最後に一つだけ餞別をくれてやろう』
「餞別?」
「マリカ……」
「リオン!!」
フッと、影が降りるように、纏う雰囲気が変わった。
一目で解る。
リオンだ!
抱き着きたくても、身動きさえできない私の前に膝を付き、リオンはそっと抱きしめてくれた。
「愛しい俺の妻。
大切なモノたちを、護ると言ってくれて……ありがとう」
『創世神』のエミュレートではなく、感情を殺した戦士でもなく。
共に生き、共に歩み、愛した、ただ一人の夫。
まぎれもない。
私のリオン・アルフィリーガが、そこにいた。
「ううん。ごめんなさい。ごめんなさい!
一人で決断させてしまって。
逝かせてしまって。
そして……付いていくことを選べなくて!」
泣きじゃくる私に、リオンは首を振る。
「いいや。
あれこそが俺が望んでいた答えだ。
やはりお前は俺の導きの星。
たった一人の精霊女神」
甘く、触れるような優しいキスが、唇の上に落ちた。
力を分けてくれたのだろうか?
それとも、防御を解いた?
腕を伸ばすと、リオンの身体に触れることができた。
変わり果てた。
でも、変わらない愛する夫。
この世でただ一人、全てを捧げた男。
大きく、固い肩に腕を巡らせると、彼も同じようにしてくれて、もう一度、私達の影は一つになる。
「お前が、俺を愛して、信じて受け入れてくれたから、俺は今もこうして在る。
やっと、自分を好きでいられる。
これから、永き世を闇の中に縛られることになろうとも、お前や皆との記憶があれば、どんな苦難も耐えきれる。
幾千、幾万、幾億の時の彼方だとしても、待ち続けることができる」
私達は力不足で、リオンを理不尽な親から、史上最悪のDVから助け出すことはできなかったけれど。
希望は、まだ途切れた訳ではない。
私達の勇者。
リオン・アルフィリーガは、不滅なのだから。
「マリカ……。いつか、迎えに来てくれるか?
俺の事を」
「うん! 必ず、直ぐに!
迎えに行くから。
どんなに遠い星の彼方、時の向こうであっても、私はリオンを必ず見つけて、もう一度抱きしめるから」
「ああ。その日を待って、俺は立ち続ける。
お前達を守り支える為の柱となって」
「貴方の元に辿り着いたら、助けたら今度は、今度こそ。
幸せになろう。
私と貴方と、この子。クレアティーネ。
お父様や、お母様。フェイやアル。みんなと一緒に」
「ああ。……待っている。
信じている」
「愛している。リオン」
「マリカ……俺も、愛している」
最後に、リオンは私に深い口づけをくれた。
互いに力と心を交換する。
この幸福を、絶対にこれで最後になどしないと。
心に深く刻み込んで。
『別れは済んだか?』
「はい。
ありがとうございます。
諦めていた仲間との再会と、マリカとの別れを許して頂き、心から感謝申し上げます」
リオンの気配が『創世神』の中に紛れ、溶けた。
私はお礼なんか言わない。
感謝はしているけれど。
絶対、絶対!
『いよいよ、この星とも別れだ』
リオンの全身が光輝を放ち、空に浮かぶ。
と、同時に、星の全てを取り巻いていた力が、彼の元に集まり、吸い込まれていく。
『大地に存在する全ての生命体から、リオン・アルフィリーガの情報消去を確認。
……。
偽神共と、多少の取りこぼしは、お前達の愛とやらに免じて見なかった事にしてやろう』
「……」
『星界の彼方。銀河の中心へ我らは還る。
マリカ。
銀河に生まれた希なる砂金星。
そして、矮小にして偉大な人の子達よ。
大言を果たせ。
いずれ、辿り着くがいい……。
その日を、楽しみにしているぞ』
「リオン!」
『しっかりと導いてやるがいい。
お前の帰還も待っている!』
そして彼らは飛翔した。
蒼い空に伸びて行く、紅い光。
逆行く箒星。
空を行く燕のように滑らかに。
後ろを振り向くことなく。
その光景を焼き付ける。
瞳の奥に。
私達の愚かさと、無力と、後悔と共に。
いってしまった。
私達の手の届かない、文字通り星の彼方。
高みへと。
「う……、あ! 大丈夫ですか? マリカ?」
「お母様、リオンが……」
「リオン? 誰ですか? それは?」
「お母様?」
夢だとか、嘘だとか。
冗談だと思いたかったけれど。
虚ろな眼差しと疑問符に、やっぱり、と現実を突きつけられる。
首を傾げ、私を見るお母様の瞳が哀しい。
どうしようもなく。
「僕は、一体、何を?
あ・れ……なん、ですか。
涙が、止まらない。
何か、大切なモノを喪ったような……」
「フェイ!」
「マリカ……。俺達は……一体?」
「くそっ! 俺は、また……!」
「アル! お父様……」
「マリカ様、唇から血が……」
「いいの。これは、私の罰だから」
事情が理解できず、困惑する皆の前で、泣き叫びたい思いを、私は必死で堪えて歯を食いしばる。
頬を叩いて、気合を入れた。
ダメだ。
泣くんじゃない。
リオンと共に行くことを拒んだ私には、彼を失った事を泣く権利なんてない。
泣いていいのは、リオンを、全てを取り戻した時だけだから。
そう己に強く暗示をかけて。
悪夢のような礼大祭は、こうして幕を下ろした。
アースガイアから、かけがえのない『精霊の獣』を奪い取って。
『……マリカ。話があります。クレアも聞きなさい』
「オリジン……?」
◇ ◇ ◇
数か月後。
大聖都。
「しっかり! マリカ! もう、頭が出て来たわ!
リタ! 子どもの方をお願い!」
「お任せ下さい。もうひと踏ん張りです。しっかりいきんで!」
「は、はい!!
う……ん!!!! あっ!」
「出ました! …………おめでとうございます。
可愛い、女の子ですよ」
「よく頑張ったわね」
私は大聖都で、皆に見守られて子を出産した。
色々脅されていたけれど、終わってみればかなりの安産。
いや、勿論、死にそうなくらい痛かったし辛かったし、その前も大変だったけれど。
「ほら、お母さん。抱いておあげなさい」
美しく柔らかい、カールした金髪。
勇者時代のリオンと同じ色なのだろう。
瞬きして開いた瞳は紫水晶。
私に似たのかな?
ちょっと嬉しい。
どんな人形よりも美しく愛らしい、私達の娘。
「流石、神の子。生まれたばかりだというのに、信じられない愛らしさですわ」
マイアさんとミュールズさんが産湯に浸からせ、お母様が手縫いのおくるみに包んでくれた我が子を、そっと受け取り抱きしめる。
疲れ切った身体に、軽くて重い命が伝わってくる。
可愛い。
愛しい。
私と、リオンの子。
「クレアティーネ。
生まれて来てくれて、ありがとう」
と、固く握られていたクレアの掌が微かに動き、何かがぽろっと私の膝に転がり落ちた。
「マリカ様。これは……」
白金色の結晶。
これは、きっとオリジンがクレアに頼んでいたもの。
私達のこれからの、大事な切り札になりうる宝だ。
クレアは、あの人からの最後の贈り物を、ちゃんと捕まえていてくれた。
賢くて、優しい子だ。
「クレア。あのね。
お母さんは、これから魔王になるから。
そして、お父さんを絶対に取り戻すの。
貴女を巻き込みたくないけれど、多分、苦労させると思う。
許してくれる、かな?」
頬を寄せると、開いた手に私の髪を握り込むクレア。
私とリオンの娘。
未来の創造主。
解る。
この子は、産まれる前から私の同志。
力を合わせ、共に困難を乗り越えて行く者だ。
「ありがとう。
一緒に、お父さんを迎えに行きましょうね。
そして、今度こそ、家族みんなで幸せになるの」
見ていろ。
毒親。
創世神。
ここからが、私達の本当の逆襲のはじまりだ。
マリカ、十五歳。
母親兼、魔王始めます。




