大神殿 戦いの終わりと『創世神』の誘い
この時。
この瞬間の為に、お父様達はきっと策を練り、準備をしていたのだろう。
アルが、リオンの背中をエルーシュウィンで刺した瞬間、
「行って下さい! オルドクス!
シュルーストラム! 援護を!」
フェイが構えた杖の先から、チリチリと静電気のような白金の風が放たれ、彼の手足に絡みついている。
「刺してゴメン! リオン兄! でも『星』やレルギディオス神が、必ず治してくれるって言ったから」
子どもが刺したナイフによるダメージそのものは、おそらく大したことは無い筈だ。
リオンの身体を超強化した『神の器』だから。
けれど。
『ほほう。
『眷属』を封じる為の術式に、貴種退治に特化した自壊プログラム、か』
「わああっ!」
アルが見えない力に弾き飛ばされ、エルーシュウィンも床に転がる。
でも、彼らの攻撃の甲斐あって。
今、リオンの身体を使う『創世神』は、動きを封じられているように見えた。
七都市を巡り、種を埋め、私が力を捧げて来た楔石。
あれは、どうやら『創世神』の『眷属』。
オリジンを封じるための術式だったようだ。
この事態を七国の大祭前に予期していたとは思わないから、多分、私の出産の時、オリジンが身体を乗っ取ろうとしたら止めて下さる為に準備して下さっていたのだろう。
そして、リオンの短剣、エルーシュウィン。
リオン融解の時に、エルーシュウィンやオルドクスを取り込むことは危険要素と考え、『創世神』はリオンから剥離した様子。
元来、二人の精霊は『星』様が、レルギディオス神と仲違いしていた時、息子の取り合いとなり、万が一にも取り返した息子が再び囚われる事の無いようにつけた、監視兼武器兼親友。
そして、自爆装置のようなものだったと聞いた。
二人をリオンの至近距離、体内に入れることで、その能力を封じようという作戦だろう。
アースガイア最高峰の戦士であるお父様とクラージュさん。
そして魔術師であるフェイが三人がかりで、超強化されたリオンを足止めし、その隙に気配を完全に隠していたアルが、至近距離から一刺し。
『創世神』にとって、普通の人間はほぼ眼中になかったようだから、三人の攻撃には注意を払っても、伏兵であるアルには気が付かなかった。
これ以上ないってくらいの、完全なタイミングでの成功だ。
『本当にお前達は、どんな強敵にも諦めず、戦う事に長けた種だな。
心優しいお前に育てられたとは思えん。誰に似たのやら』
「煩い! マリカ!」
お父様は、相当なダメージを受けている筈なのに『創世神』に飛び掛かり、背後から羽交い締めにする。
鍛えているとはいえ、細身な十六歳をベースにした身体だ。
麻痺状態な上に、がっしりとした長身のお父様に捕らえられれば、身動きが取れなくなるはず。
「はい!」
「リオンの身体に、容を変える能力を使え!
奴を奪い返せるとしたら、もうそれしかない!」
「は、はい!!」
お父様の、多分、身体に入ったレルギディオス神の指示が飛ぶ。
そうか。
『創世神』はリオンの身体が欲しいんだ。
その身体が使い物にならなくなる、もしくは意図と違うモノになれば、諦めてくれる?
問題は、私の極限まで力を吸い取られきった後の、抜け殻の身体で、リオンの身体を作り替えるなんて大技ができるかということと、リオンの魂が大丈夫かということ。
物の容を変える能力は『精霊の貴人』、つまりオリジンの力なんだよね。
問題は、彼女が主に逆らう力を使わせてくれるか。
でも、悩んでいる時間はない。
お父様達が作ってくれた絶好のチャンス。
やるしか……。
私が足に力を入れ、立ち上がろうとした。
けれど。
『止めておけ』
「え?」
『これ以上、力を使うと、あいつが守っていてもその身体はもたんぞ。
せっかくリオンが、お前と子を守る為、防御をかけたのに、無駄な体力は使うな』
優しげな声が、私の足と身体と、心の動きを止めた。
そして、刹那。
『惜しかったな』
状況は一変した。
パチン、と彼がしたのは、指を軽く弾く動き。
ただ、それだけだったのに。
「うわああっ」
『!』『!!!』
「お父様!」
身動きを完全に封じられている、と思った『創世神』の周囲から白い風の軛は消え去り、お父様が弾き飛ばされた。
地面に叩きつけられる寸前。
軛に姿を変えていたオルドクスが獣形態に戻り、支えてくれたから、お父様のダメージはそこまでではなさそうだけれど。
あっという間に形勢は元通り。
『良い出し物であった。
褒めて遣わす』
翼を広げ、空に戻った『創世神』が、満身創痍の私達を見下ろす形に戻っていた。
『お前達は、本当に出来がいい。
あの術式も、反抗期の子どもの抵抗としてはなかなかの部類だ。
完成する前の幼体であれば、止められただろう。
だが、理想的な素体を強化、神化させた肉体。
『神の器』を得た私には通用しない。
それに……もう時間切れだ』
「な、なに?」
満面の笑み、というか、どう見てもドヤ顔で指し示す祭壇の周囲に、首を巡らせる。
会場一帯。
いや、多分、大陸全体に、金色で美しく、それでいて怪しげで不可思議な靄のようなものが沸き上がっている。
掴みどころなく、振り払う事もできないそれは……。
「なんだ?」
「う、うわああっ」
僅かに意識があった観客席の人々を。
そしてフェイを、アルを、クラージュさんを、お父様を。
カマラを、お母様を。
縛り、呑み込んでいく。
「……何を、するつもりなんですか?」
『さっき言っただろう? リオンの存在記録の抹消だ』
「なっ!」
『リオンを『神の器』として徴収する。
その際、人の世にこれが生まれた痕跡、関わった人間の記憶。それら全てを消去する。
リオン・アルフィリーガという生命体の存在記録は、この星から完全に消滅し、無かったこととなり、新たな『神』として宇宙を支える柱となる。
発動まで少し時間が要ったが、発動したらもう誰にも止められない。
『偽神』どもにも、お前にも、私にさえ、な』
私に話をし、お父様達との戦いに付き合っていたのは、術式発動までの時間稼ぎだったのだろうか?
頼りの戦士達は全員、戦闘不能。
私は、力が戻らず、身動きさえままならない。
最初から圧倒的な実力差があったとはいえ、力を合わせれば覆せると思ったのに。
ここに、アースガイアと私達の命運は決したのだ。
「私達からリオンを奪って行くだけじゃ飽き足らず、記憶までも盗っていくつもりなんですか!」
悔しい!
悔しい!!
悔しい!!!
理不尽な毒親に、本当に子どものように軽くあしらわれ、攻撃も願いもほぼ届かなかった。
どうして、自分達はこんなに無力なのだろう。
悔しさに。
情けなさに、涙が出る。
それでも!
「リオンを返して!!
私の、私達の大事なリオンを!!」
私は叫ばずにはいられなかった。
身体は動かなくても、言葉は、心は、思いは封じられない!
『それが貴様らの為だとも言った筈だが?』
「何が私達の為? 子どもの、他人の思いを決めつけないでよ!」
『あったと思うから、失うことが哀しいのだ。
最初から無いのなら、失われても傷にはならない。
リオンにもそう言ったのだがな。
どうしてもお前達の事を忘れたくない。
記憶は残して欲しいと、我が儘を言い続けた。
リオンの記憶は賭けに負けた以上、残すしかない。
だが、あいつの未練を断ち切る意味でも、お前達と星の記憶は消去していく』
猛烈にムカつく!
勝手な言いぐさで親の考えを押し付ける。
子どもの気持ちも、他人の思いもまったく考えない。
優しいように見えて、やっぱり、大事な所が解ってない毒親だ。
この『創世神』は!
「止めて下さい!
リオンを忘れるなんて、絶対にイヤ!!!」
私の手足に絡みつこうとした『神の力』を、私は渾身の力で拒絶する。
祭壇の上の皆も、必死に抗っているけれど、激しい戦闘で体力を失っているせいか、だんだんと呻き声や抵抗が小さくなっていく。
「お父様! お母様! フェイ! アル!
しっかりして!!!」
必死に皆に呼びかける私を見つめる『創世神』は、呆れたように息を吐き出して見せた。
『そこまで抵抗するな。胎の子に障るぞ』
「貴方に! 私達からリオンを、記憶ごと持って行こうとする毒親に言われたくない!」
『心配するな。お前の記憶は、お前が拒絶するなら、多分残る』
「え? ホントに?」
がなり立てる私の前で、困ったようなため息顔をして『創世神』は告げる。
優しくしてくれたのは解っているけれど、その顔がリオンそっくりで、またムカつく。
『リオンの体液を体内に入れたからな。
無論、術式を受け入れるなら消すことができるが』
「受け入れる訳ないでしょう!
絶対に私はリオンの事を忘れたりしませんから!」
『まあ、お前はそう言うだろうと思っていた。
リオンの記憶を検索してみても、お前が素直に『親』の言う事に従う女でないことは、直ぐに解る』
その口調はどこか優しげで、息子に嫁いだじゃじゃ馬な嫁を諫める義父のような雰囲気だ。
私も、例え神様だろうと、夫の『親』に遠慮なんかするもんか!
「それはどうも!
ついでにホントにリオンを連れて行かないで下さい。返して下さい。
リオンは、私達に、この星に、どうしても必要なんです!」
『残念ながら、それはできない相談だ。
私もリオンが絶対に必要だから、無理を押して手に入れたのだからな。だが……』
スッと、彼は私に手を差し伸べた。
『さっきも言っただろう?
真実、リオンを愛するなら。
リオンと離れたくない、と願うなら。
お前はリオンと一緒に来ればいい』
「え?」
真っすぐに私へ向けて差し出された提案に、動揺する。
「本気、の提案、だったんですか?」
『無論だ。私は嘘をつかない。冗句なども言うことはない。
真実、お前がリオンと共に宇宙の中心に来ればよい、と思っている』
「どうして……」
震える唇で問いかける私に頷く『創世神』の笑みは、やっぱりリオンそっくりだ。
『リオンの中で、見て来た。お前という存在を。
我が眷属を宿していることを差し引いても、リオンと同格の貴種と見ている。
宇宙空間での単独生存は難しくても、お前には別の手段もあるのだろう。
真理香がそう言っていた』
「真理香先生? お母さん?」
『子ども達の育成を任せた分割体達は、役割を終えれば我が元に還る。
お前達の故郷を滅ぼした奴と一緒に、お前の母もやってきた。
子を導く魂として。星の秘密に触れた者として。
その記憶から、お前とリオンのことを知ったのだ』
託された生命種の育成に失敗したオリジン達は、『創世神』の元に帰還する。
融合して、『創世神』の機構に戻るのだという。
彼らにとっては、きっと死後の世界のようなもの。
その中には、人が触れるには重要なオリジン達の秘密を知った魂、真理香先生もいた。
分身体であるコスモプランダーオリジンの魂が浄化され、彼に取り込まれる前。
コスモプランダーのオリジンと一緒に来た真理香先生から、私達の事を読み取った『創世神』は、人工的な変異体ではあっても、宇宙での単独生存を成し遂げたリオンの存在を知り、迎えに来たわけだ。
待望の後継者候補として。
『宇宙の中心、創世神の座と言っても、何があるわけではない。
ただ永劫の闇と、実体を持っていた時の名残。
身体を休める社。お前達の言う、神殿めいた船があるだけだが、そこで暮らすことはできる。
誰にも邪魔されることの無い、静かな時は約束しよう。
お前は愛する男と、共に生きることができ、リオンも孤独に沈むことはない。
リオンには宇宙を支える柱としての役割があるが、お前が助ければかなり余裕ができるだろうから、仕事以外の時、二人で睦み合うことくらいは許す。
悪くない話だと思うが?』
確かに『創世神』の提案は魅力的だ。
リオンと一緒に。
リオンのことだけ考えて生きていられたら、きっと幸せだろう。
でも……。
「くそっ……止めろ」
「ダメだ……手放すな……」
「行っては、ダメです。リオン!」
目を閉じれば、お父様達の呻き声が聞こえる。
『創世神』の言う、リオンの存在データの抹消。
記憶の消去に、きっと抗っているのだと思う。
お母様やカマラは、もう意識がない。
このままだと、アースガイアの人間全体がリオンの事を忘れるのは、きっと時間の問題だ。
とくん、と鼓動した私の中の赤ちゃんが勇気をくれた。
リオンそっくりの優しい眼差しの前だからこそ。
この子が見ているからこそ。
甘えてしまうことはできない。
私は、お腹に手を当てて。
決断を言葉にした。
「ごめんなさい。一緒に行くことは、できません」




