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【新装版】子ども達の逆襲 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。  作者: 夢見真由利
第五章 保育士魔王兼精霊女神 始めました。
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大聖都 『神』を刺した男

 人には翼がない。

 空を飛ぶことはできない。


 重力は、私達を守ってくれているけれど、同時に人を縛る楔でもあり。

 空を舞う『神』を、私達は伏して拝するしかないと思っていた。


 けれど。


『ほほう。やはりこの星の生命種は見込みがあるな。

 私と同じ目線に立つことができるのか?』

「ほざけ! 貴様のたわごとを聞いている暇など無い。

 俺の、俺達の望みはただ一つ。リオン・アルフィリーガの奪還だ!」


 今、頭上には『神』と同じ視線で、虚空に立つ者がいる。

 並人には顔を上げることさえできぬ神気に慄くことなく、咆哮を上げる紅の獅子。


「お父様……」


 それは、戦士ライオットであった。


「マリカ!」

「マリカ様!」

「大丈夫ですか?」

「お母様! カマラ! アル! リオンが! リオンが!!」

「解っています。辛かったわね」


 舞台の上に駆け上がってくるお母様とカマラが、膝を付いていた私を庇うように寄り添い、抱きしめてくれた。


 アルとクラージュさんも一緒だ。

 フェイは……いない。


 見れば、神官長の位置で術を繰り出している。

 あそこは全体を俯瞰できる場所だから、やりやすいのかもしれない。


「動けますか?」

「ダメ、です。足も、身体も立たなくて……。でも、一体何を?」

「今、あの人と『精霊神』と『神』。

 フェイにアル、クラージュ。皆がリオン奪還の為に動いています。

『神』の力は予想以上だけれど、でも、何もせずに手をこまねいている訳にはいかないから」


 虚空に佇む、リオンの身体を乗っ取った『創世神』は、奇襲に少し驚いたようだけれど、平然とした顔。

 いや、なんだか楽しそうな顔でお父様を見やる。


 丸腰で武器など持っていないように見えたのに、今は黒い大剣を持って……違うな。

 腕を変形させて、硬質化でもしているのかもしれない。


 向かい合う、お父様の腕にはいつもの銀の大剣。


『奪還、か。返却せよ、ではないのだな?』

「アルフィリーガを。リオンを俺達から強引に奪い取った貴様が、頼んで返してくれる筈はないからな」

『無論。予想を遥かに超える高性能に仕上がった新しい『神の器』を、私の分身を、手放すつもりはない。

 返して欲しいというのなら、確かに力づくだな』

「アルフィリーガを、リオンを、ただの器としか考えていない貴様になど渡すものか!」


 そう言って、お父様は虚空を蹴り、『神』に飛び掛かっていく。


 翼も無いのに、まるで空を飛んでいるかのようだ。


「お父様は……どうやって?」

「『神』、この場合はレルギディオス神の方だけれど、肉体に宿して能力を底上げしているのですって。

 そしてフェイが、空中で戦う為の足場を作っているの」


 そう言えば、遠い昔。

 初めてリオンとフェイ、二人が戦っている場で見た気がする。


 本来は護りの為に使う風の防御壁を圧縮して空間に配置し、それを足場にして空中へ飛び上がるというもの。


 でも、言う程簡単じゃない。

 空気の壁だから、どこにあるか解らないし、見えない。


 魔術師に対する絶対の信頼と、戦士の迷いのない技術がいる。


 連携の訓練をする時間があったとは思えないのに、凄いコンビネーションだ。


『ふむ、人としてここまで技術を極められるとは大したものだ。

 リオンもそうだったが、自身の肉体をここまで研ぎ澄まし、運用することができるとはな』


 息もつかせないお父様のラッシュを、紙一重で踊るように躱していく『神』、基、『創世神』。

 あの動きはリオンと同じ。

 リオンが磨き上げてきた肉体性能を、トレースしているのだろう。


「!」

『やはり、お前が育てた子らは優秀だ。現在の所、銀河全体でも指折り、いや、最高の出来になっているかな?』

「貴様がリオンを語るな! 使うな! あいつの肉体も、人生も、技術も。

 全て、あいつのものだ」

『アレは、創世神の眷属。星を導く意思を受け継ぐ者。

 子と同じだ。

 子は『親』に従い、『親』は子を使うものだろう? 違うのか?』

「『黙れ!』」


 一瞬、二重音声に聞こえたのは、多分、お父様の中にいるレルギディオス神だ。


 我が子に魔王を課し、自らの道具として使って来たあの人にとっては、手痛いブーメランの筈。


『貴様らの生命種としての資質は、私でさえ目を見張る。

 道を誤り歪な進化を遂げたとはいえ、宇宙まで辿り着き、驚異的な力を持っていた種を取り込み、躊躇なく成長と変異を繰り返した。

 その結果、貴種たるリオンが生まれたのだ。

 焦らず進めばいい。貴様らならいずれ、自力で星の海に、創世の視界に辿り着く』

「その過程を導く先頭には、お前が! お前こそが在るべきだ!

 戻れ、リオン!

 俺達の元へ!」


 渾身の力で振り下ろされた大剣を、『神』が受け止めた。


 燃えさかる憤怒を叩きつけるお父様と違い、その表情は、子どもの癇癪を受け止める親のようで、穏やかでさえある。


『さて、困った。私は、リオンとの約定でお前達に傷をつけることができない』

「なんだと!」

『故に、お前がやれ。()()()

「御意……」


 まるでスイッチが切り替わるように、纏う雰囲気と動きが変わった。


「許せ、ライオ。俺はもう戻ることはできないんだ」

「!」


 拮抗していたと思っていたのに、一瞬で戦況がひっくり返る。


 お父様の刃を軽々と払った『神』の身体は、そのまま呆然とするお父様の懐に滑り込み、軽くその腕を走らせた。


 硬質化、刀剣化は解かれ、あくまで手刀。

 撫でるようなその動きは、けれど重く、鋭く。

 お父様の腹を抉り、後方へと弾き飛ばした。


「がはっ!」

「皇子!」


 空中戦闘。

 しかも、お父様は翼を持っている訳ではない。


 足場を失えば、地面まで急降下していくのみ。


 フェイが空中に作った場に身体が引っかかり、完全落下は免れたけれど。


「リオン……?」

「俺は、『神の器』にして戦闘補助頭脳。もう、戻ることはできない」

「リオン? 本当にリオンなのか?」


 冴えた、凍えるような眼差しでお父様を見下ろす者がいる。


 さっきまでの、余裕に溢れた上位者。

 どこか甘やかな雰囲気とはまるで違う、命令を順守する機械のように冷たい口調で虚空に立つ『戦士』


 けれど、微かな動き、仕草、視線に、それは見られる。


 気遣いと、優しさ……。

 私達への思い。


「リオン!!」

「マリカのおかげで、人格、記憶、魂の所有を俺は許された。

 だが、それだけだ。『親』の命令に、俺は逆らう事を許されていない」

「そうか。……本当に、魂が、残っている。

 なら……まだ希望はある。お前を取り戻せるな」


 まるでロボットのように感情なく、淡々と告げるリオンとは正反対に、お父様の口元にははっきりとした喜色が浮かんだ。

 本気で、リオンを取り戻す算段が御有りだったのだろう。


 なのに。


「だから、無理だ。ライオット」

「リオン!」


 当のリオンが差し伸べられた手を、思いを、否定し拒絶する。


「『創世神』が、永遠不滅の至高神の器としてデザインし、マリカとアースガイアの精霊力を惜しみなく使って創り上げたこの肉体は、人の刃では傷つくことがない。

 身体能力も、魔王体で在った時をさらに凌駕している。

 誰にも殺せないし、倒せない。

 何より俺は、俺が作られた理由。役割を果たさなければならない」

「そんなこと知るか! 昔からお前は親に絶対服従だが、子どもを幸せにしない親には逆らってもいいんだ!

 お前は、俺達の元で、俺達と一緒に、幸せになる!

 ならなくてはいけないと! 何度も言った筈だぞ!」

「絶対者である『親』を見捨てていいなどと、俺は学ばなかった。

 それに、宇宙の、人々の、お前達の危機を見捨てて、俺が安寧に生きられるとでも?」

「一人の犠牲でなんとかなる危機なんか、放っておけ!

 お前には、娘を守り、子を育て、幸せになる義務がある!」

「……俺は、俺自身が大切に思う者達。

 その平和と幸せを守る為に、手に入れる為に、今の道を選択した。

 ……邪魔は、許さない」


 人格と意思は残されていると言ったけれど、洗脳はされているのだろうか?

 救いの手を振り払うリオンの口調も思考も機械的で、取りつく島がない。


「リオン!」


 震えの止まらない声と、力の入らない身体に鞭を入れて、私はリオンの名を呼ぶ。

 私の呼びかけに、言葉の答えは返らない。


 けれど。

 私に向けられる眼差しは、暖かく優しく。

 いつものように艶やかで、朝露に濡れたような優しい黒曜石。


 間違いなく、私のリオンだ。


 リオンの魂は残っている。

 それが確かめられたのは嬉しいけれど。


「お前が何を言おうとも、俺は、俺達はお前を連れ戻す!」

「無理だ、と言っ……!!!」


 お父様が高々と手を天に掲げる。

 その瞬間、周囲の壁から、七色の閃光が立ち上った!


「何!」


 緑、青、橙、赤、藍色、黄色、紫。


 虹。

 違う。


 精霊神様達の力の色だ。

 星を守護する七色がリボンのように、リオンの、『神』の身体に絡みつき、動きを封じ、大地へと引っ張った。


「! これは! 精霊神達の力か!」


 重力の軛もものともしない筈の『神の器』は、七色の光に抵抗できず、大地に、祭壇の上に堕ちる。


 とはいえ、今はリオンが身体を操縦している訳で。

 回転して拘束を破り、衝撃を殺して地面に落下するくらいはやってのける。


 けれど、刹那の間も開けず後を追い、お父様が虚空から飛び降りた。


「リオンは、返してもらうぞ! 『神』よ!」

「仕方な……!!!」

「アルフィリーガ! 帰って来なさい!

 貴方にはまだ、教えなくてはならないことがあるのです」


 お父様の落下と同時に、私の横からクラージュさんが跳躍した。


 上と右。

 両方から、同時の必殺攻撃。


 普通の人間だったら、一発即死案件だ。


 でも彼は、勇者にして魔王、アルフィリーガ。

 そして今は、銀河の『創世神』の器。


 人と超技術の結晶によって作られた身体性能は半端ではなかった。


 多分、コンマ一秒以下の着弾誤差を読み切って、まず先にお父様を足技で薙ぎ飛ばし、クラージュさんの剣を瞬間移動で躱す。

 瞬間移動能力も、奪われているんだ。


「ぐはっ!」

「!」


 吹っ飛ばされて、血反吐を吐き、地面に転がるお父様。


 上空からの落下衝撃は、リオンの攻撃のおかげで殺されたと思うけれど、蹴りの威力は相当なモノ。

 かなりのダメージがいっているように見える。


 そして、目標を失ったせいで完全に抜刀術が空振りし、体勢を崩したクラージュさんの背後に、リオンの手刀が躍る。


 クラージュさんは、そのまま崩れ落ちた。

 リオン奪還の主戦力ふたりは、終わってみればあっけなく地面に転がっていた。


「暫く二人は動けぬ筈。お返しします」

『ここで戻るか……。

 これ以上奴らを傷つけるな、という意味だな。

 まあ、良い。ご苦労だった』


 リオンが中に消え、また『創世神』に身体の主導が戻る。


『誇るがいい。お前の導き育てた子らは真実、優秀だ。

 私では、いかに高性能な器であっても、捌ききれなかっただろう』


 私に視線を戻し、彼は微笑する。


 お前。


 時々、私に向けてそう紡ぐのは、私の中のオリジンに言っているのだろうか?

 私達の抵抗なんて、本当に子どもの我儘に見えているのだろう。


 悔しい。

 かなり、悔しい。


 身体がもっと動いたら。

 力を吸い取られ過ぎていなければ、一緒に戦えるのに。

 あの壮絶な戦いには、足手まといになるかもしれないけれど。


『良く導き、良く育てたな』


 勝利を確信し、『創世神』が完全に弛緩しきった、正にその瞬間。


「ええ。子は育ち、いつか親を超えて行くものなのです。

 リオンのように……、僕らのように!!」

「!」

「リオン兄を返してもらうぜ!」


 鈍い。

 けれど、重く鋭い音が場に響く。


 それは、人の身体に刃が突き刺さる……音。


 リオンの。

『神』の血しぶきが、祭壇と、『神』を刺した男。


 アルを紅く濡らしていた。

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