大聖都 『創世神』の降臨
光の結晶体の中から、突如現れ、空中に黒き翼を広げ飛翔する男性体。
『彼』は私達に『神』だと名乗った。
「『神』?」
『ああ。
人の身で括られた哀れな者達と一緒にしてくれるなよ。
私は、お前達のいう所の『創世神』。地球に『命』を授け、生命種として導いた真実の『神』であるのだから』
口角を上げ、私を見下ろす『神』は、思ったよりフレンドリー? に私にそう話しかけてくる。
空は、夕焼けをさらに朱金に染めたかのように赤く、力を孕んだ空気は神気を宿し吐き気がしそうな程重い。
自称『創世神』。
そう言われても、今、眼前に在る姿はどう見ても魔王のそれに近い。
纏う空気は漆黒。
無駄な贅肉の欠片も無い鍛え上げられた逞しい男性体を、袖なしのラバースーツに似た服が覆っている。
手は二の腕までの長手袋か、手甲をしているように見える。
獣の爪に似て鋭利。それでいて繊細で長い指も純黒だ。
全身がポリマーのようだった魔王体の時よりも、生身が多く見えるけれど、顔や腕に刺青のような紅い筋が文様を描いている。
夜を溶かしたような黒から、深みを増す夜闇のように紫みを宿す、腰までのストレートの長髪は絹糸のように滑らかで。
背中、肩甲骨の下から生えているように見える巨大な翼は、黒鋼と黄金を編んだかのように硬質で、動くことも無い。
おそらく見せかけだけ。
きっと、星の重力とか関係ないのだ。
頭の後ろには、天使のイコンなどで見るような後光を、そのまま形にしたような円環。
これを見れば『魔王』ではなく、『神』だ、というのも解らなくはないけれど。
『やはり生身の身体は力が漲るな。
これほどの充足感を得たのは、生来の肉体を失って以来初めてだ。だが……』
楽し気で嬉し気な『創世神』。
神というと、もっと威厳とかあるものだと思う。
いや、威厳は感じられる。恐ろしいくらいに。
私が感じていないだけで。
でも、今の『彼』はどこか、新しいおもちゃを手に入れた子どものような上機嫌さを宿しているのだ。
顔を上げる事さえ難しい程のオーラに当てられたのか、 周囲の人たちがバタバタと倒れていくのが見ないでも解る。
対しているだけで、自分が虫けらのように思えて消えたくなる、上位存在から感じられる恐怖と絶望が、その笑顔故に、恐ろしい。
私は、『彼』を直視せず俯き唇を噛みしめていた。
右目は最上級のエメラルド。
左目は闇を吸い込んだような黒水晶。
宝石を研磨してはめ込んだがごとき美しい両眼を、見ていたくはない。
透き通るように白く、整った相貌も。
何もかも、大好きだったあの人そのもの。
まぎれもなく、魔王体であったリオン・アルフィリーガ。
私の夫を素体にしていることは、明らかだったから。
『想像以上の出来に仕上がっている。
だが……。やってくれたな。娘よ』
娘?
見下ろす私に向けて放たれた言葉に、首を傾げる。
彼は、きっと周囲の人間なんか見ていない。
ノットオブ眼中って感じ?
認識しているのは、話しかけているのは、多分私だけだ。
そもそも、周囲を見るに殆どの人が倒れていて、意識がある人もそんなにいなさそうだけれど。
『この身体、高性能であるが『リオンの為』に最適化されている。
お前、力を注ぎ込む時にリオンの事しか考えていなかっただろう?
まあ、私用に作れと言っていないから仕方も無いが。
私が単独で行使できる機能には限界がありそうだ。
肉体の運用は、当面リオンに任せるしかないかな』
『彼』は眼下の私を見下ろし、哂いながらそんな恨み言を零した。
でも、そんなの聞いている余裕はない!
リオン! その名に私は跳びついた。
「リオン! リオンはいるんですか? 消されていないんですよね! 肉体の運用って何?
リオンに一体何をしたんですか!」
『リオンが心配か?』
くすり、と彼の口角が笑みを形作った。
「笑わないで! 答えて下さい!
貴方が誰だか知りませんけれどリオンの体を奪って使って、今の存在になったのは分かります」
『そうか。まずそこからか』
小さな、嘆息が落ちた。
当たり前の事に今、初めて思い当たったというような。
「リオンの魂まで、まさか消したんですか?」
『残っている。私の中に、生前と寸分変わらずにな』
「! 本当に?」
「ああ。リオンの肉体は私の『器』として徴収したが、魂、人格は補助頭脳として残してある」
その一言に力が抜ける。
冷え切っていた心と体に、温度が戻ってきたようだ。
リオンが『生きている』
それだけで、周囲の全てが輝いている。
目の前で柔らかく見守るような笑みで私を見やる彼に、感謝したくなるほどに。
いやいや、油断するな。
こいつはリオンという存在を殺した張本人で毒親だ。
話がどこまで通じるか解らない。
というか、思いは現時点で通じていない。
私の中にオリジンがいるせいか。
それとも昨日、リオンと繋がり、彼の力を注がれたからかもだけど。
私には、彼の神気が通用しにくいっぽい。
「肉体を、徴収……?」
力は相も変わらずすっからかん。でも手足に少し力が戻ってきた。
深呼吸。
頭上に浮かぶ男は、もう傲慢な考え方で我が子を利用する毒親にしか見えないぞ。
なんとか交渉して、リオンを奪い返せ、と己に言い聞かせる。
『賭けをしたのだ』
「は? 賭け? リオンと?」
『そうだ。 リオンは我が器。
『創成神』の肉体に選ばれれた』
なんの脈絡もなく落ちた言葉に目を見開く私に『彼』は小さく笑って頷いた。
『本来であるなら、私の器として選ばれた時点で、リオンの存在記録を抹消する』
「! 存在記録の抹消……って」
『周囲の人間から記憶を消去し、リオン自身の魂も初期化して、私の演算装置として運用する。
それが何より、リオンと周囲の為だからな』
「! なんで、そんなことになるのですか! 人の魂の初期化なんて、人権の侵害!
究極の殺人でしょう?」
記憶を消す?
平然と言い放つその態度に、吐き気がした。
『リオンの人生など、私の『器』として選ばれた時点で既に終わっている。
我が眷属に、そもそも人権など無い。
星を導き、生命種を守る。その為の機構だからな』
「リオンは、違います!」
『いや。新たに生まれた、肉体を持つ貴種とはいえ、我が眷属の一員だ。私の分身にして子。
その命に従い、働く義務がある。
生命種としての存在は既に失われた。
ここから先の全ては、私の元で補助頭脳として、宇宙の安寧の為に捧げられる。
下手に記憶を持ち、外に同種のいない闇の中で、孤独の中、永劫立ち続けるよりは、一切の記憶無しで使われる方がまだ救いがあるだろう?』
「そんなの、勝手に決めないで下さい!
肉体を勝手に徴収して作り替えて!
その上、心や記憶、大切なものまで奪い取ったら……リオンの人生は、なんだったんですか?」
溢れ、零れ落ちる涙が、恨み言が止まらない。
私達には、リオンを悼み、嘆く事さえ許されないのか?
リオンには、私達の思い出で心を暖める事さえ許されないのか?
『ほら。 そうしてお前らは泣く』
「え?」
『喪われたモノ、取り返せぬものに心を痛める。
私には理解できぬことだが、お前が育てたヒトという種は、そういうものなのだろう?
リオンの内側で学んだ。
故に、忘れた方が幸せだと判断したのだ』
思いもかけない『優しさ』に、雫が溜まった瞳を私は見開いた。
『今の私の思考。
お前達と会話する所謂『人格』は、リオンという人間の影響を受け、学習し、エミュレーションしたものだ。
元の『創世神』は、銀河を維持する機構だからな。
人の感情、情愛など持ち合わせてはいない』
星の、どころか銀河系を守る守護神だという彼の言動は、そう言いながらも、どこか柔らかな雰囲気を最初から纏っていた。
そうか。
リオンに憑依して人間を学習したからだったんだ。
だから、最初から妙にフレンドリーだったのか。
リオンは、その意味でも私達を助けてくれた……。
それに、リオンの水面下の努力は、それだけじゃなかった。
『奴は言った。
忘れられるよりも、忘れる方が辛い。
二度と手に入れられぬ輝きであっても、それが自分を守り、導き、力を発揮する原動力となると。
だから自己意識を奪わないで欲しいとわがままを言い続けた。必ず、役に立つから、と。
故に賭けをした。
リオンの事を、人外となった奴を、お前が拒絶することなく受け入れたのなら。
身と力を捧げ、より強力で完全な『神の器』を造るなら。
肉体を神化、我が力として徴収しても、リオンと、お前の記憶を消去することなく運用し続けることを認める。
そして『神の器』を生み出した功績として、この星と生命種に祝福を与え、決して、星にも人にも傷をつけず、滅ぼすこともしない、とな』
「!」
『その気になれば、私は今、一瞬でこの星、全ての人間を滅ぼすことも可能だ。
最初に降りた時、私が使う『力』に耐え切れず、その場にいた生き物たちは全て死滅した。
それはまあ、私も望む事ではないので、積極的にやるつもりはないがな』
アーヴェントルクの夜。
飛来した隕石に『創世神』は宿っていた。
あの時死亡した牧場の人や動物達は、『創世神』の力、多分ウイルス的なものが齎す変化や力に耐えられず、死亡したのか。
リオンはその時、『創世神』に憑りつかれ、オリジンとしての覚醒を強制されたのだろう。
そして火を放って、『創世神』の力、ウイルスがこれ以上人に害を及ぼさないように焼き払った……。
『結果は、お前の知る通り。
奴は勝ち、己の存在を守る権利を手に入れた。
私は約束を破らない。
身体の最適運用の為もある。
リオンの人格は保存し、私の補助頭脳として、肉体の運用限界まで活用する』
「リオン……」
今までの、そして昨夜のリオンの行動の意味が全て、解った。
全身全霊。
文字通り、存在と大切な者、モノ。
全てを守る為の賭けだったのだ。
昨日の私の英断を湛えたい。
拒絶はあり得なかったけれど、受け入れたことで希望が繋がったのだ。
色々な意味で。
「リオンを、返して頂く訳には、いかないのですか?」
『さっきも言ったが、私はこの銀河系を維持する機構だ。
宇宙の創生から、その役目を担っている。
発生の時に所有していた肉体を事故で失って後、その役割に色々支障をきたすようになった。
補助、後継の作成の為に、自身の分割体達に生命種を授け、その育成を任せたが、未だ宇宙空間で単独生存、および運用ができる個体を生み出した種は、お前達以外にいない』
全てがストンと腑に落ちた。
オリジンたちが宇宙に放たれ、各地で生命種を導いたのは、そういう意図があったからなのか。
宇宙を維持する『機構』の補助と後継者の育成。
自分を守る『星』から飛び立ち、親の元に辿り着くという課題は、その為。
彼は助けてほしかったのだ。
永劫の『機構』としての役割を、誰かに。
我が子達に。
『リオンは、宇宙創成から長年待ち望み、初めて生まれた貴種。
単身で宇宙空間での生存、稼働を可能とする『肉体』を、私は永く求めていた。
一代限りの強化型。
後に同様の個体が期待できないのが残念だが、適切に運用していけば、当面、銀河の維持は可能となる』
「銀河の維持って、わざわざこんな辺境の浮遊惑星まで来て、リオンを奪い取らなくてはならないくらい切羽詰まってるんですか?」
『貴様らが知る必要はない』
切羽詰まっているんだろうな、と何故か感じた。
子どもに心配をかけたくない、親心は解らないでもないけれど。
リオンが永劫の闇の中、孤独と職務に繋がれるのは納得いかない。
そんな私の不満や思いを読み取ったように。
『だが、マリカ。お前なら連れて行ってもいい』
「え?」
思わぬ手が差し伸べられた。
「リオンと、一緒に?」
『我が分身、眷属を宿したリオンの伴侶。
リオンには拒絶されたが、お前が共に有れば、奴も少しは楽になるだろう。
胎の子と共に、三人で『神』となる気は無いか?』
リオンと再び、共にいられる。
一緒に生きていける。
それは、甘美な誘惑だった。
でも……。
私が乾ききった唇を動かして、答えを紡ごうとした時。
「今だ! 精霊結界発動!!」
『何?』
突然、周囲の空気の色が変化した。
金色の神気に満ち溢れた空間が塗り替えられ、虹を宿した新緑に変わる……。
まるでアルの虹彩のような。
と、同時。
周囲を吹き抜ける旋風と。
『行け! ライオット!』
「はい! フェイ! 援護を頼む」
「お任せを!」
ガキン!!
硬質な音が、私の頭上で決意の衝突を告げる。
見上げた空。
泰然と笑む『神』の眼前で。
「リオンを、返してもらうぞ! 『神』よ!」
紅の獅子が、猛き咆哮を上げていた。




