大聖都 勇者の死と『神』の誕生
(リオンのバカ!!)
私は、心の中で全力の悪態をつきながら、舞を始める。
(お別れも、言わせてくれないなんて! 見送らせてもくれないなんて!)
リオンやフェイ、お父様達は気付いているだろうか?
きっと気付いている。
かつて、魔王体に作り替えられた時のように。
いや、きっとそれよりももっと完全に、リオンはあの黄金水晶に取り込まれ、新たなる存在に作り替えられようとしているのだと。
人の生命というものは、どう定義されるだろう。
かつてコスモプランダーは、意識を機械に移し替え、疑似的な不老不死を実現していた。
それを『生命』と呼ぶか否か。
私の中のオリジンは、彼らを生命種と認めないと言い放った。
国会図書館の本の中に在ったけれど、かつての地球で、定義の一つとして生命とは『自己複製と突然変異を引き起こす可能性のある存在』とされていたそうだ。
であるなら、私の知っているリオン・アルフィリーガ。
彼の『生命』は消失している。おそらく肉体も。
私達の上空に浮かぶ、あの黄金水晶は、リオンという生命を溶解させ、新たな金型に流し込んで作り替えているようなものなのだ。きっと。
(ふざけてる……。リオンを、人を、何だと思ってるのよ!
『親』だかなんだか知らないけど、毒親も甚だしい!)
そんな……悪魔のようなことを考え出した、リオン曰く『親』をぶん殴ってやりたい。
できれば変化が始まる前に止めたかったけれど、そうするときっと、私達が知れば邪魔されるとリオンは解っていた。
結果、『親』が私達に危害を与える可能性もある。
子どもは親に人生を左右される。
良くも悪くも。
(でも、リオンは悪くない。悪いのは『親』で、次は私だ。
この状況にもっと早く気付ければ……)
れば、やたらに意味は無い。
私達の行動パターンを熟知しているリオンは、気付かれないように、何もされないように、巻き込まないように。万全の準備を整えていた。
私達を守る為に。
だから、私を抱きつぶし、仲間達を遠ざけ……一人で逝ったのだ。
それでも。
助けたかった。
何かをしたかった。
リオンを、孤独のまま死なせたくは無かった。
せめて、別れが避けられないのなら最期の時に寄り添い、手を握って見届けるくらいはしたかった。
「リオン……ゴメンね」
定まってしまった愛する夫の『死』は、予想外にキツイ。
吐き気がする。
涙で前が見えない。
心も、手も、足も、まるで鉛のようだ。
けれど、今は落ち込んでいる暇も、意識を散らしている暇もない。
舞に集中。
リオンが『これからの自分の為に』私に力をくれ、と言ったのは、肉体は奪われても魂。
精神のようなモノは失われてしまったわけではないということだと思う。
もしかしたら。
微かに生存の目が残っているのかもしれない。
アースガイア一の戦士にして、勇者。
そして魔王なリオン。
ただ『親』の言われるまま、やられるままではないだろう。
私はともかく、リオンは幾度も死を経験し、そこから這い上がってきた転生者だ。
もしかしたら、魂だけでも救い出せれば再生も可能かも?
期待、希望と呼ぶには、あまりにも淡く、儚過ぎるけれど。
信じないと動けなくなる。
私が舞い始めると同時、いつものように舞舞台の見えないスイッチが入ったのだろうか。
周囲が熱を帯び、目に見えてキラキラと光の鱗粉が漂い始めた。
光の精霊か、もしくはもっと直接的なナノマシンウイルスそのものなのかも。
大聖都の舞舞台は、年に一度、礼大祭の日しか開くことは無い。
他の用途でも、ほぼ使われることは無い。
多分、地下に特殊な仕掛けがしてあるのだという。
増幅炉であったという『星の翼』のように、精霊の力を効率よく集める為の仕掛けか何かが。
本来は『神』に力を送るための機構。
でも、舞が始まってから吸い取られる私の力は、全て上空に輝く黄金の精霊石。
多分、リオンに向かっている。
『神』に直接話を聞く事が出来れば良かったのだけれど、そんな時間も無かったし、あった時もこんなことになるとは思わなかったし。
もっと『神』と仲良くしておけば良かったと思わずにはいられない。
唇を噛みしめながら、舞を続けた。
そしたら、リオンを救う為の何かが、もっとできたのだろうか?
やがて、会場全体の人々から、薄く力が立ち上り始める。
これは、いつものこと。
向こう風の言葉で言うならオーラ、こっちの言葉なら気力。
要するはナノマシンウイルス。
力の媒介たる微少物質を運用する為の生命力を徴収しているのだ。
これを、本来であるなら大神殿の主である『神』に贈るのが礼大祭の舞だ。
けれど、今は、その力も全て結晶体に向かう。
場にいる全ての人間にも、その光景がきっと見えているのだろう。
舞の最中だというのに、人々のざわめきが凄い。
そして、力が吸い取られて行く度、水晶が煌めきを増していく。
舞っている私には見ることもできないけれど、周囲にミラーボールのような虹色の光が零れ散っているのだ。
(リオン!)
根拠も何もないけど、感じた。
私の周囲に踊るように光り、弾けるこの輝きは、リオンの思い出だ。
でないと、私の頭の中に浮かんでは消える、溢れ出て来るリオンの記憶の説明がつかない。
涙が止まらない。
お化粧も、きっと溶けてぐちゃぐちゃだ。
強張りそうになる腕を、足を、身体をなんとか動かして舞い続ける。
もしここで、舞を止めてしまったらどうなるか解らない。
リオンの願い通りにいかないかもしれない。
幼虫が蝶になる前の蛹の蓋を開けてしまえば、ドロドロの液体が零れるだけ。
二度と元には戻らない。
私は、リオンにこそ戻ってきて欲しいけれど、それが不可能ならば、せめて彼の願う容になれるように。
その思いが、私の全てを奮い立たせた。
舞のクライマックス、回転のシーン。
「……あっ!」
私に向けて、上空の精霊石から蒼光のラインが降りてくる。
傍から見ていた人には、私が光に貫かれたように見えたのではないだろうか?
痛みも衝撃も、何もない。
けれど、私と精霊石の間に、放たれたはっきりとしたラインが繋がれ、それによってさらに強く、はっきりと力が奪い取られて行くのが解る。
足元に魔方陣めいた幾何学模様が浮かび上がり、足元から絨毯が転がされて行くように、舞舞台、観客席、大神殿。
もしかしたら大聖都さえも飛び越え、アースガイアの大陸全体まで広がっていく。
私個人から吸い取られる力は、思う程多くは無い。
きっと、ホースというか、パイプというか、ポンプというか。
集積装置なのだ。私は。
彼に、彼だけに力を適切に、的確に送るための。
頭上の水晶から、何かがひび割れるような音が聞こえるのは、きっと気のせいでは無いのだろう。
卵が孵化するように。
蛹が蝶になるように。
おそらく数千万のアースガイアの民、全てから力を徴収して、今、リオンだったモノが変化し、新たなる存在として作り替えられ、目覚めようとしている。
(リオン! リオン! どうか、どうか消えないで。生きていて!!)
全ての振り付けを終えて、膝を付く。
ラストの動きはいつもなら、手を前に差し伸べて胸に置く、感謝と終わりを示す動き。
けれど、今日は天に両手を掲げる。
私の最後の最後の力、願い。
その全てをリオンに贈る為に。
瞬間。
「あああっ!」
精霊石が砕け散った。
粉々に。
一瞬前まで結晶体であったなどと誰も信じられないくらいに細かい、黄金色の粒子となって空から降り注ぐ。
大聖都。
いや、アースガイア全体に。
コスモプランダー決戦の毒を思い出す者も、もしかしたら在ったかもしれない。
けれど、そんなことを気にする余裕は誰にもなかった。
『寿ぐがいい。誇るがいい。矮小にして偉大な生命種よ』
「リオン?」
聞き慣れた優しいアルトの声によく似ている。
けれど、その『声』は耳ではなく、脳と心を貫いていった。
『汝らは、ここに宇宙の『神』、その誕生を目撃した』
違う。
リオンじゃない……。
あれは、誰?
私は、力の全てを限界まで引き出されて、足が立たない。
儀式の場にいた全員も、それと同じか、似たような状況に陥っていたことだろう。
バタバタと周囲から乾いた音がするのは、意識を失って倒れた人がいるのかもしれない。
誰もが動く事さえできず、その神気の前に立ち尽くす。
舞台の上空。
私の真上に、黒き翼を閃かせ降臨した魔王。
いや――『神』の存在に魅入られたかのように。




