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【新装版】子ども達の逆襲 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。  作者: 夢見真由利
第五章 保育士魔王兼精霊女神 始めました。
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大聖都 精霊の獣の死 聖なる乙女 最後の舞

 余人の聞く事の無い会話があった。


『覚悟はできたか』


 雲一つない暁の空は柔らかい紫で、マリカの瞳の色によく似ている。と、リオンは思う。


 マリカはよく宵闇の星と称えられるけれど、彼女の本質は夜明けの空の方がきっと近い。

 夜の終わりを告げる薄明の空。

 輝く一日のはじまり。


 自分に、この明けの空を再び見る時は訪れないかもしれないけれど、愛する妻の色に見守られている。

 そう思うと、心が少し安らいだ。


「……はい」


 舞舞台の中央に立ち、天を仰ぐ彼の声は静かでありながら、確かな決意が宿っている。


『思い残しは?

 最後に会いたい者や、会話したい者がいるのではないか?』

「それは、溢れる程に。ですが最後には何も残らないのです。

 うたたかの夢となるものであったとしても、彼らの心に、これ以上傷を残したくはない」

『他の者はともかく、あの娘は連れて行けばいいのに。我が眷属として受け入れてやれる』

「いえ、マリカには光の中こそが居場所。

 闇の中は似合いません。

 それに娘から、母親を奪う訳にも……」

『まあ、好きにするがいい。お前は、私との賭けに勝ったのだ』

「では、改めてお約束頂けますか? 事が為された暁には……」

『ああ。この星に祝福を。

 星にも人にも欠片の傷もつけぬと約定しよう。

 羽化の為の力も貰うし、何より。

 私も、お前という貴種を生み出し、ここまで育った生命をむざむざ消したくはない。

 いつか、いずれ。

 自力で星の海を渡り、我が元に辿り着けるかもしれないのだからな』

「ありがとうございます」

『その時が来れば、お前も責務から解き放ってやれるだろう。

 幾千、幾万の彼方かは解らぬが、必ずその日は来る』

「俺も、信じています」

『では始まりだ。目覚めた時、お前は真の我が眷属。

 人が名付ける所の『神』となる』

「はい」


 目を閉じたリオンの周囲を、溢れる光と意思が包み込む。


 拒絶は無意味だ。

 ただ、あるがままに受け入れるしかない。


(ライオット。フェイ、アル……。すまない。後を、頼む)


 言葉にならない、できない思いは、身体ごと光り輝く意思に呑まれた。


「マリカ。生涯側にいるという約束は、果たせなかったけれど、俺はお前と子どもの為に立ち続ける。

 いつも、思っているから……」


 こうして誰にも。

 星の全てを見通す『星』や『父』にさえも、彼の最期の思いと言葉は知られること無く、聞かれること無く。


 アースガイアの子。

 リオン・アルフィリーガ、その生命と肉体は永遠に消滅した。


 翌朝、誰かに呼ばれたような気がして、私は目覚めた。


 潔斎場の、自分の寝台の上。

 ちゃんと寝間着も下着も身に着けている。

 身体も髪も、どこにも乱れたところはなく、昨日のリオンとの夜は、まるで夢だったようにどこにも何も痕跡がない。


 私の内側に残る熱と記憶。

 それ以外には。


 目頭と、何より心が痛い。

 理由は、解らないけれど、解っている。


「マリカ様、お目覚めですか?

 式典の御用意をお願いいたします」

「解りました」


 寝台から身を起こし、立ち上がる。


 自分ではどうにもできないことは理解していたから。

 ただ、目の前の。

 やるべきことに向かい合う為に。


「マリカ! 大変です! リオンが、どこにもいないのです!

 そして、舞舞台の中央虚空に、怪しげな精霊石のようなものが……」

「フェイ……」


 血相を変えたフェイが、潔斎所に飛び込んできたのは、私が祭事の為の身支度を全て整え終わった後のことだった。


「良かった。戻ってこれたんだね」


 安堵し、良かったと思ったのは本当の事だ。

 でないと、泣いてしまいそうだったから。


「リオンが張っていた結界を解いたそうなので。

 って、マリカは知っていたのですか?」

「リオンが、昨日、教えてくれたから。

 フェイ。リオンは多分、式典に戻ってこない。

 式の進行とエスコートをお願い。

 儀式を止める訳にはいかないから」

「! 中止するのではないのですか?

 多少の暴動や騒ぎが起きても、あの怪しげなモノの鎮座する場で、人々の力を集める儀式など……」

「ダメ。リオンが待ってるから」

「!」


 絶句したフェイの前で、私は静かに目を閉じ、思い出す。


「マリカ。俺を信じて、力をくれないか?」


 リオンと共に過ごした夜と、あの言葉を。


 痕跡も証拠もなにもないけれど、夢では無いと私は知っている。


「それは、構わない。私の全てはリオンのものだから。

 でも、事情を説明してくれたり、助けを求めたりしては、くれないんだ……」


 事後。

 彼の腕の中で問いかける私に、リオンは申し訳なさそうに頷く。


「ああ。冗談ではなく、アースガイア全人類の命がかかっている。

 両親以上の『親』に、俺は抗う事はできない」


 宇宙は広い。

 私達、小さな星で生きる人類には想像もできない力を持つ存在、というのは確かに存在するのだろう。


 かつて、コスモプランダーは隕石とナノマシンウイルスを地球に降下させただけで、地球人類の半分を一気に死滅させた。

 それと同じ、もしくはそれ以上の存在が在るのなら、リオンの言葉は誇張や偽りでは無いと解る。


 でも……。


「力が欲しいのは、今?」

「いや、式典の時だ。多分、マリカ一人の力では足りないと思う」

「それは、リオンに必要な事?」

「ああ。だから、どんな異変が在ろうとも予定通り、舞台上で舞を捧げて欲しい。

 俺のこれからの為に、絶対に必要な事なんだ」


 リオンは躊躇なく頷くけれど。


 そうしたら。

 この時間が終わり、リオンの腕から離れたら、もう私のリオン・アルフィリーガは消えてしまう。


 魔王体になった時よりも、はっきりと。


「どうして! どうしてリオンだけが背負わないといけないの!

 私達も一緒に戦いたいのに!」


 でも、拒否したら多分、アースガイアは滅びる。


 コスモプランダーを退治できたのは、二度目だったから。

 彼らと同じか、それ以上の攻撃がアースガイアに向けられたら、『精霊神』でさえ抗いきれない上位者の意思は、容赦なく抵抗の無い人々を滅ぼすだろう。


 古来より、人はそれを天罰と呼んだ。


 人々の未来を計る残酷な天秤には、全人類と、愛する人が両皿に乗っているのだ。


「リオンは、怖くないの?」

「勿論、怖いさ。でも、魔王体になった時と同じだ。

 我が身惜しさに逃げ出しても、一人で幸せにはなれない。

 俺は、マリカや皆を守って揺るぎなく立ち続けると約束した。

 その場所と、身体が少し変わるだけなんだ」

「でも……」

「俺が『親』に与えられた選択肢は多くは無い。

 お前のおかげで、絶対に失いたくない一つを残すことができた。

 後は、俺の全身全霊を賭けて戦うのみ。

 お前と皆の力があれば、それはきっと叶う筈だから。

 そして何より……」


 リオンは私の髪をそっと撫でつけて、小鳥のようなキスをした。


「もう、戦っているさ。一緒に。

 マリカは、どんな姿をしていても、どこにいても俺を見出してくれるだろう?

 この黒に染まった魔王体ですら、愛してくれたのだから」

「うん。私は、どんな闇の彼方にいようとリオンを見つけだして、抱きしめるよ」

「あいつらも、多分、黙って俺を見送りはしない。止めにかかってくる。

 無理だけど、無駄にはしない。

 その為の準備はした。布石も打てるだけ打った。だから……」


 唇に、彼のぬくもりと誓いが残っている。


「私はリオンの願いを叶えます。何があろうとも。何が起きようとも」

「その結果、リオンを失うことになったとしてでも、ですか?」

「失わせません。絶対に」

「マリカ……」

「行きます。騒ぎが大きくなる前に、儀式を終わらせてしまいましょう」


 正直、今も納得なんて全然できないけれど。

 それしか方法が無いとリオンが決めたことなら、私は私の全部でサポートする。


 私の全ては、もうリオンにあげたのだから。


 舞舞台に足を運べば、確かに周囲が騒めいている。


 ふだんなら、私が入場すれば針の落ちる音も聞こえるくらい静まり返るのに、今日はまだ収まらない。

 それでも、いくらか落ち着いた人々の中央を私は進んだ。


 真っ青な顔のアルを見つけた。

 傍らにはガルフもいる。


 貴賓席に座る各国王族。

 お父様やお母様、クラージュさんにカマラ。

 皇王陛下まで来ていることに気付いて、多分、彼らも昨日、私達とは違う意味で、まんじりともできない一夜を過ごしたんだろうな、と思う。


 周囲に感じる精霊神様達と『神』の気配。


 そして、舞舞台、中央。

 その虚空に輝く、精霊石にも似た水晶を見上げた。


 ツツー、っと眦から雫が無意識に落ちる。


 解る。

 解ってしまった。


 アレ、リオンだ。


 もう、リオンは一人で、私達の手の届かない所に行って。

 いや、連れていかれてしまったのだ。


 泣きじゃくって、叫んで、暴れたい気持ちを押し殺して、私はその真下の床に膝を付く。


 石畳の上は冷え切っていて。

 昨夜、二人で獣のように愛し合い、絡み合った痕跡の欠片も無い。


 ここで、舞を捧げるのがリオンとの最後の約束。

 絶対に叶えよう。


 そう思いかけて、首を横に振る。


(最後になんかしない。絶対に。私は、私達は必ず、リオンを取り戻すんだから!)


 彼の望み。

 リオンを取り戻す為の唯一の方法と信じて。


 リュートの第一音が響き渡る。


 私の。

『聖なる乙女』の、アースガイア最後の舞。


 その始まりを告げる音が。

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