大聖都&魔王城 三人称 運命を変える者達
深夜。星下にて。
「あ……リオン。恥ずかしい。こんな……」
「お腹の子に負担をかけない為には、この方がいい。
それに、今の俺達には似合いだ。星の、その先の宇宙の未来も忘れ、ただ互いを貪り合う獣にはな」
「あああっ!」
敷布一つない、石造りの祭壇で、獣のように絡み合う一組の男と女。
染み出す雫と弾ける汗が、神に祈りと力を捧げる祭壇に零れるほどに溢れ、染み込んでいく。
マリカは頭の隅っこで、遠い昔。
アルが、この祭壇には何か仕掛けがあるのかもしれない。
そんなことを言っていたことを思い出していた。
周囲にいる人間から力を集積し、舞を通して『神』に贈る。
その舞舞台を行為によって穢すことは、きっとそのシステムに不具合を起こさせる。
もしかしたら……。
「気を散らしている余裕はあるのか? マリカ!」
「あうっ!」
けれど、リオンに深く背後から貫かれれば、そんな考えは頭から消し飛んでしまう。
リオンの全てを感じ、受け止める。
「あんまり、強くは……。赤ちゃんが……」
子どもには護りの結界を張って、衝撃を弱めて守る。
それが今、できる精一杯だ。
でも、そんなマリカの思いを知ってか知らずか、リオンは攻めの手を休めることは無い。
「大丈夫だ。俺達の子は強い。
俺達夫婦の繋がりと絆を感じて、見守ってくれているだろう」
繋がったまま、背中から抱きすくめられた。
「まあ、少し呆れているかもしれんが、俺の父親としての最初にして最後になるかもしれない、我が子への贈り物でもある」
リオンの手が優しく腹に触れる。
まだ見ぬ娘、その頭を撫でるように。
「名付けてもいいか?」
「赤ちゃんの名前? 勿論だけど……。もう決めてたの?」
「ああ。クレアティーネ。希望を創造する娘。
こいつはきっと、俺達を超えて未来に羽ばたいていくだろう」
「……リオン。違う……」
快楽と情愛に浮かされながらも、首を上げ、夫を見つめる妻の眼差しに、リオンは首を傾げた。
「縁起でもないこと……言わないで。これが、最期なんかじゃ、絶対に……ない」
「マリカ……」
「私達は、これからも互いに贈り合い、認め合い、護り合って、絆を作っていくの。
家族、なんだから……」
「ああ……そうだな。その為の今。
俺は最後まで諦めないと。信じると、約束した」
思考も思いも全て蕩けているかと思いきや、変わらぬ妻の強さにリオンは微笑する。
マリカのおかげで、一つだけ、彼は権利を手に入れた。
逆らう事のできない絶対的な『親』の監視の中。
彼に許された行為、与えられた自由はほぼない。
意図を、願いを今日、この場で口にする事さえ、彼には許されなかった。
身一つで、往く。
後に残る者達に、重荷を押し付けていくと解っている。
かつて、時間稼ぎの為に身を捧げて、当時の大神官、弟を殺した時が在った。
残る者達にかかる負担は、きっとあの時の比では無いだろう。
けれど。
「愛している。信じている」
唇を食み、愛する妻に告げた言葉は、同時にこの星に生きる者達に告げる言葉でもある。
妻と、愛する者達を守る為に。
自分ではない誰かの為に全てを捧げることを、発生から宿命づけられた彼は、それでも。
かつて、使命のみを託され放たれた多くの『オリジン』より、自分が幸運であることを知っていた。
人として積み重ねてきた時間と、仲間と、繋がり。
今、一つになった妻が与えてくれた。
「マリカ……。行くぞ。受け止めてくれ」
「あ……うん」
だからこそ、注ぎ、残していく。
「あ! あああっ!!」
妻に、友に、この星に。
自分にできる全てを。
愛する女を腕に抱き、口づける。
彼は確信していた。
理解していた。
自分はきっと、もう二度と、永劫の孤独に怯え、凍えることは無い。と。
礼大祭早朝、魔王城。
そこには一睡もせず、できず、状況に挑もうとする者達が集まっていた。
「やはり。退場は可能ですが、再入場は難しいようです。
万が一の為に、アルを中に残して来て良かった」
マリカの護衛、カマラからの要請を受けて魔王城に戻ったフェイは、悔し気に唇を噛みしめる。
腕を組み、苛立たし気に足で地面を叩くのは皇子ライオット。
その周囲には、ライオットの妻にしてマリカの母、ティラトリーツェ。
カマラの夫、人型精霊クラージュ。
元皇王シュヴェールヴァッフェとその側近達に、各国の元国王など、リオンとマリカを案ずる者達が集う。
場には似合わぬ動物達と共に。
「大聖都には許されない人間の入場や『精霊神』の行動を制限する結界があると聞いていたが、それとは違うのか?」
『同じだが、違う。元々の機構をリオンに乗っ取られ、さらに強化してある。
今は『精霊神』どころか『神』さえも入れない。
精霊の力を持つ者全てが、シャットダウンされている状況だ』
そう告げ、翼を広げたのは小ぶりの鷹。
傍らで純白の子猫も、顔を伏せている。
「強引に壊すことはできないんですか?」
『できなくはないけど、それをやっちゃうと僕らは暫く使い物にならなくなる。
リオンとマリカへの敵対行動とみなされて、最悪、封印に近い行動負荷が年単位でかかるかも。
切り札も、使用できなくなるかな』
『切り札は使いどころを間違えると、ただのゴミになる。使いどころを見極める必要はあると思う』
白と灰色。
二匹の短耳兎は、皇子妃ティラトリーツェの両肩から言葉と嘆息を落とす。
「礼大祭に、フェイがいなくても良いのか?
お前だけは戻れるようになってはいる、とかはないのか?」
「今日の式典はリオンが取り仕切りますので、僕の出番は式の進行くらいです。
いくらでもやりようはあるでしょう。
リオンの座標に向かって飛ぶことも、できなくは無いですが、かなりの消耗が予想されます。
その後のことを考えて準備をしないと、役に立たないどころか足手まといになる可能性も」
「そうか……。手詰まりだな」
『いざとなれば、俺が結界を壊す。行動制限はかかるが、七精霊は動けるから、切り札発動まで持って行くことはできるだろう。
その後はお前達に任せるしかないが』
『ごめんなさい。私は何もできない。
私が機能不全になったら、この星が死んでしまうから。
我が子のことなのに……。母なのに、身を挺して庇ってやる事さえできないなんて』
「『星』がお気に病む事ではございません。あの子達が悪いのです。
一人で抱え込み、なんとかしようとする。自分だけが苦しむのならそれでいい、と。
まったく。心配する者の身にもなれ、と何度も言っているのに」
『その点は、あまり責めてやるな。ティラトリーツェ』
「精霊神様」
『マリカはともかく、リオンはおそらく、我々と自分自身を人質にとられているようなものなのだ。
奴にはおそらく選択権は無い。
今、まだリオンに自意識が許されているのが奇跡的なくらいに』
『何か、理由があるのかな? それとも気まぐれ?』
『さあな。オリジンはまだしも、関わってくるどころか、存在するとさえ思っていなかった『かの方』。
その思考など、我々の理解が及ぶところではない。
ああ……もう空が白んできたな』
場に集う者達の間に、嘆息が落ちる。
話と対策が全く進まぬまま、礼大祭の夜明けを迎えてしまった。
今日を境に、アースガイアは間違いなく一人、最大二人。
掛け替えのない存在を失うというのに、手をこまねいているしかないのか?
「! 皆様! 大変でございます」
「どうした? エルフィリーネ!」
「アル様が……」
「アル?」
場に集う者達が、一斉に入り口を見やる。
白い、大きな精霊獣。
オルドクスと共に、アルが立っていた。
何かを胸に抱え、今にも倒れそうな程によろめいて。
ふらつく足を懸命に動かして、集まる人々の中央に立つフェイとライオット皇子の前まで進んだアルは、碧の両眼に小さな煌めきを宿している。
そして今、泣きもせず、叫びもせず、黙って……。
「ごめん……フェイ兄」
正に、絞り出すような声で、そう告げた。
「どうして、貴方がここに?
一度外に出たら戻れないかもしれない。リオンの監視を頼むと、そう伝えた筈ですが」
問いかけるフェイの声も震えている。
リオンの抑止力として、ある意味自分より強いと思って残したアルが、今ここにいる意味を、彼は十二分に理解していた。
「もう、戻れる」
「え?」
「『仕込みは全て終わった。もう、誰も止められない。結界は解いたから、見届けたいと思うのなら来るがいい。意味の無い事にはなるが』って。
ごめん……俺、兄貴を止められなかったんだ!」
リオンは自分を傷つけることは無い。
そう、心のどこかで油断していた自分を、アルは恥じていた。
フェイがカマラに呼び出され、消えた深夜。
「アル。もう夜の刻だ。帰らなくていいのか?」
「だったら、兄貴こそ早く寝ろよ。明日の礼大祭で神官長が居眠りしていいのか?」
自室に用事を作って潜り込み、手伝いを名目に張り付いていたアルは、
「そうだな。そろそろ明日の準備が必要な時間だ」
「だったら……」
「『動くな』!」
「!」
「すまないな。アル。
例えお前であろうと、今夜を、最後の機会を邪魔される訳にはいかないんだ」
行動制限からの当て身を至近距離で打たれ、意識を喪失。
気が付いた時は朝。
リオンは戻り、
「悪かったな。だが、もう全ては終わった」
そう、静かな瞳で微笑んだという。
「『これを、ライオットとフェイに渡せ。
もう全ては定まり、選択は成された。
芋虫は蛹となり、蝶に孵る。
行動で変えられるべきことは何もなく、アースガイアの命運は定まった。
ただ、できることはあるかもしれない』
だって……」
震える手で差し出されたのは、哀しい目をしたオルドクスと、蒼い刀身の短剣。
『こいつまで、切り離した、切り離せたのか?』
『じゃあ、もう打つ手は本当に……』
リオンの自壊装置だった。




