創世の地 子ども達の逆襲 1
ここは、アースガイアより小さな浮遊惑星の表面に作られた、小さな社。というか、箱である。
家具どころか、物も何もない、ただの器の置き場。
それは、かつて『創世神』が生来の肉体を持っていた時から変わりはないという。
身体を保管、保存するのが目的なので、浮かび飛ばないようにか、一応、重力はある。
けれど横たわるための寝台すらなく、古びた石造りの椅子が一つある以外は、本当に何もない場所だ。
けれど。
今、そこに金色の太陽が輝いている。
比喩ではない。
俺の膝に乗り、満面の笑顔を向ける少女は、その笑顔をそのまま紡いだような黄金の髪を煌めかせている。
光の精霊を従え、周囲に金砂のような輝きを撒き散らし、闇しかない社の中で眩い光を放っているのだ。
「……クレア?」
その名を呼んだのは、ほぼ無意識だった。
年のころ、七~八歳に見える女の子。
輝く金髪に紫水晶の瞳を持つ少女は、間違いなく初対面なのに、その顔を見ると懐かしさと嬉しさしか芽生えてこない。
髪に蒼く咲くガラス花と、首元を覆う純白のスカーフにも見覚えがある。
俺をお父さんと呼ぶ人物は、他にはいない。とか。
男性体として造られていても、機能をほぼ有しない『神の器』になる前、俺が女を抱いたのは、その生涯にたった二度きりで。相手は、ただ一人の妻だったから。とか。
最後の時は、既に子が宿っていたから、新たな妊娠は不可能だった。とか。
そんな理由は、どうでもいい。
間違うはずがない。
愛する妻、マリカ。
その初めて出会った時に瓜二つの造形をした少女の名は、他にはあり得ない。
「やった! やっぱりお父さんだ! 私のこと、ちゃーんと解ってくれる!」
膝から前のめりに倒れるように、少女は俺の首に抱き着き、頬を寄せた。
誰かと触れ合うのは、どれくらいぶりだろう。
氷点下どころか、温度と言えるものすら存在しない暗黒の宇宙で凍え切った俺の身体に、柔らかく暖かい腕のぬくもりが火を灯す。
自分が体温を有していることを、まるで今、初めて思い出したかのように。
「本当に、クレアティーネなのか?」
「そう! お父さんと、お母さんの娘だよ。
お父さんを迎えに来たの。
ここ、光どころか空気も何もないじゃない! こんな所でお父さんを一人にしてたの? おじいちゃん、サイテー!」
『おじい、ちゃん? それは一体、誰のことを言ってるのだ? というか、貴様は誰だ?
リオンはクレアと呼んだが、まさか本当にマリカの娘、だと?』
俺の背後で、『創世神』の意思が声を紡ぐ。
『リオン! 身体を返せ! 検索、確認する!』
「だ、ダメです。お止め下さい!」
この身体と意識を強制的に接続しようとしているようだが、何故か弾かれている。
今、俺が気を張り、奪われないようにしているということもあるだろうけれど。
俺の膝の上にいるこの娘を、例え『親』であろうとも奪われたくない、と強く思った。
「私以外に、おとーさんを、おとーさん、って呼ぶの、誰がいると思ってるの!
相変わらず、おじーちゃん、モンペなんだから。
あ、みんな! お父さん、見つけた!
でも、もう少し待ってて。
今、ここ、書き換えて明るくするから!」
耳元に手を当てて何事か囁いた少女は、俺の膝からぴょんと飛び降りると、空中に浮かんだ。
ポケットから小さな結晶体を取り出し、その小さな手のひらでしっかりと、卵を温めるかのように包み込む。
やがて桃色の指先が花のように開くと同時、周辺の空気が一気に変化していく。
幻影かもしれないけれど、花びらと共に深緑の葉と水の飛沫が周囲に舞い散ったように見えた。
『創世神の力』に満たされた『神の社』
漆黒にして真空の間。
闇の物置に、一瞬で酸素と窒素と二酸化炭素が広がり、光が溢れる。
要するに、人類が生存可能な空間へと変化したのだ。
「おっけー、もういいよ。ラス君がくれた力に加えて、リカチャンも起動したから、何人来てもだいじょうぶ!」
虚空に呼びかけるような声と同時、空間がブウンと懐かしい音を立てて揺れた。
そして、
「だー! もう! 一人で勝手に跳んでくな! クレア! 姉さまが死ぬほど心配してたぞ!」
「フォル兄さま!」
歪んだ空間の隙間から飛び出して少女の手を引いた少年を皮切りに、
「後を追いかける僕達の身にもなって下さい。僕らは君のように、ぴょんぴょんと宇宙空間だろうと行きたい所に入っていけないんですよ。マリカ様の守りがないと」
「まあ、兄上がいると解れば、君が止まらないのは解ってたけどね。
アル。レヴィーナ。
しっかりクレアを捕まえてて!」
「了解。本当に、一人で勝手に行かないで! クレア。
皆、心配してたんだから。はやく、こっちにいらっしゃい! リオン兄さまが困ってる」
「ごめんなさい。でも、困ってないよ。ちゃんと私を判って、護ってくれてたもん」
「そうだな。まあ、気持ちは分からなくもないから、オレ達はこれ以上怒らないでいてやる。後で、マリカにゆっくりと叱られろ」
「あ~ん。アルまでイジメる~~」
次々に子ども達が、転移してきたのだ。
引き寄せた少女を庇うように立つのは、一、二、三、四人。
皆、どこか緊張の面持ちで身構えている。
顔は知らないのに、懐かしさしか感じない子ども達。
そして最後に、一人の男が現れた。
剣を腰に帯びた、金髪の長身の青年。
見覚えはない。
けれど、その虹を帯びた碧の瞳は……知っている。
「やっぱり、俺の中の力が呼んだ通りだ。
いたな。兄貴……」
どこか照れたように微笑する彼が誰なのか、俺は勿論、知っている。解っている。
「アル……なのか?」
「そう。よかった。兄貴が元気でいてくれて。
そして、忘れないでいてくれて。
少し心配だったんだ。俺の中にある兄貴の最後の記憶は、この手で兄貴を刺した時のものだったからな」
一瞬、沈み込むように閉じられた眼差しは、すぐにまた虹の被膜を宿す。
「フォル。リオン兄の右肩斜め上、仰角六十。座標三・五。距離は五・三。
細かいズレは無視していい。放て」
「りょーかい!」
子どもの身体に似合わぬ大ぶりの弓を構え、フォルと呼ばれた少年は矢を番えると、躊躇うことなく弓弦を引いた。
蒼い矢じりが、満たされた空気を切り裂き、社の壁に突き刺さる。
一見すれば、何もない虚空を射抜いたように見えるだろう。
けれど矢が放たれたと同時、周囲の空気が沸騰するような怒気を宿す。
怒気というよりも、警戒?
そして驚愕、だろうか?
『貴様ら! 今、一体何をした?』
「何って、勿論、攻撃。宣戦布告、ともいうか」
『そうではない! 何故『私』に向けて矢を射れた!』
「あんたが、この界域の主であり、意思。
形もなく周囲に漂っていることは解ってる。でも、リオン兄の身体を使ってなければ、どこかに拡散している己を集中させ、意識を纏めないと、言語を発したり思考を形成したりできないはずだ。その集中点を射抜いてもらった。
俺には、見えるんだ。
あんたが……違う。リオン兄が、そのための力を遺してくれたからな」
同化、同調している俺でさえ、はっきりとは捉えきれない『創世神』の存在を、男の瞳は捕らえ、逃がさんとばかりに睨みつけている。
『リオンが、だと?』
「まあ、今のは単なるご挨拶だ。
本命の交渉は、後に控える我らが魔女王陛下にお任せするさ。クレアが跳んでいってからというもの、ずーっとイラついてたみたいだからな」
「失礼ね。アル。
我が子を心配するのは当然でしょう? それに、八年ぶりに夫に会うのですもの。
少しは、身だしなみも気になるし」
『「!」』
ふわりと、二人の従者と共に舞い降りた女。
アル曰く。
『魔女王』は、一切怯むことも迷うこともなく、俺と『創世神』の前へ進み出る。
「レヴィーナ。ありがとう。
クレア。こちらにいらっしゃい。話は後で。今は大事な時なのが解りますね?」
「はい。お母さん」
彼女の出現と同時、少女クレアは駆け寄り、その足元に身を寄せた。
ひな鳥を守る母のように腕を広げ、その背に手を当てると、彼女は優美なカーテシーの後、俺達に告げる。
「永らくお待たせいたしました。
銀河を支え、導く『創世神』」
鈴を鳴らすようなその声は、俺が知っていた頃よりも、少し低くなっただろうか?
『! 何故だ? 何故、お前達がここにいる?』
背後に漂う『創世神』の気配が変わった。
初めて見る、明らかな驚愕の色だ。
「貴方様がおっしゃったのです。いつか、創世神の視界に辿り着けと。
故に、努力を重ね、辿り着きました。褒めては頂けませんの?」
『あり得ぬ! あの日、あの時から、まだ瞬きの時しか過ぎてはいない!
銀河の星の数よりも遥かな時を経ても、誰一人辿り着けなかった銀河の中央に、こんな短い時間で辿り着くなど』
「『創世神』様にはそうであっても、私達にとっては決して短い時ではありませんでした。
無力を噛みしめ、涙をぬぐい、血反吐を吐くような思いと共に、ただ前を向いて進み続けた八年間でした」
八年。
創世の社にいては、人の世界の時間の感覚などないが、人の世、アースガイアでは八年の時が過ぎたのだという。
その言葉は正しいのだろう。
集う者達の外見が語っている。
けれど、あいつは寸分変わってはいない。
別れの時は妊娠中で、今はその子が外に出てはいるけれど。後は、本当に何も。
揺るぎない意思を宿した、強く真摯な紫水晶の眼差しも。
宵闇に訪れる朝の光のようなメッシュの入った黒髪も。
何も。
何一つ。
「ともかく、私達は御前に辿り着きました。
貴方に守られ、保護される子どもではなく、対等……では、まだないのでしょうが。
それでも課題を成し遂げた、一つの自立した生命種として要求いたします」
俺の妻は、変わっていない。
「我が夫。
アースガイアのリオン・アルフィリーガを返して下さい」
凛とした強い意思と口調で、あいつは。
マリカは『創世神』に、そう言い放った。




