大聖都 『神の子』の説法と小さな手紙
大聖都 『神の子』の説法と小さな手紙
礼大祭、前日祭の朝。
「マリカ様。刻限です。ご用意を始めてもよろしいでしょうか?」
「解りました。今行きます」
気遣うように扉の外からかけられたマイアさんの声に、私は黙って頷き、ベッドから身を起こす。
朝、地の刻に起床、禊をして朝食。
火の刻には朝食を終えて着替えて。
風の刻には迎えが来る。
前はもう少しゆっくりだったのだけれども、毎年参拝に来る人が増し増しに増えて来るので、今年は祝福の時間を長くとりたいと言われて納得した。
「今年は不老不死が無くなり、コスモプランダーが討伐された最初の礼大祭ですからね。
いつもの倍近い人数になる可能性もあります」
希望者全員を入れていたら大聖堂がパンクする。
だから入場にもそれなりの金額を取っているらしいけれど、それでも式典に参加したいという者達は後を絶たない。
特に各国の豪商達には、この式典に参加するのが一流の証。
ステータスになっているのだとか。
準備や打ち合わせをして、空の刻からの式典。
いつもは神官長が『神』に関する説法を行い、その後、私が讃美歌を唄う形。
最初の神官長は『神』の功績を捏造モリモリで、小説のように美しく語っていたけれど、フェイの代になってからは『神』だけではなく、『精霊神』や『星』に重点を置くようになった。
各国を守る『精霊神』と、精霊を生み出す『星』によって、この星は恵み豊かで、争いなく暮らせているのだと。
大いなる存在に感謝し、正しく生きるように。
って感じ。
前は良く語られていた勇者伝説も省かれるようになった。
今年は『神官長』リオンのお披露目を兼ねているから、リオンが説法をすることになる。
大聖堂で参拝に来た人達に祝福を与え、歌を歌い、場所を変えて儀式の祭壇でもう一度歌う。
毎年やっている事だから、慣れていると言えば慣れている。
ただ。
「お待たせいたしました。大神官様。お迎えに上がりました」
「リオン……」
こうして仰々しくも他人行儀に接して来るリオンの態度には慣れない、というか、ため息が出る。
式典用の儀礼服を身に纏うリオンは、美しく、カッコよく。
別のため息が出るくらいだけど。
「今年は予想通り、例年よりさらに多い参拝客が入っているようです。
祝福に時間がかかると思いますので、少し早めのお出ましを」
「解りました。用意はできています」
立ち上がり、リオンに向けて手を伸ばすと、しゃらり、とアクセサリーが静かな音を立てた。
その手を、リオンがそっと包み込むように支えてくれる。
「祝福の後は、明日舞う祭壇での祈りと讃美歌ですよね」
「はい。祭壇の清めも済み、後は聖なる乙女の祝福を待つばかりでございます」
「それが終わったら、時間はできますか?
昨日、約束した……」
「少し、難しいかもしれません」
私の縋るような思いに、リオンは周囲を見やり、微かに目を伏せ、はっきりと首を横に振った。
「今年は国王様達もいらしているので、式典が終わった後、私とフェイは彼らとの対応と明日の準備に回ります。
就寝まで時間は取れない可能性が高いと思います」
「そう……ですか」
「今日は早めに自室でお寛ぎになり、お身体を休めて頂ければと思います。
遅くとも、夜の帳が降りる頃までには」
「解りました」
少し振り向くと、私の後ろでカマラが怒りのオーラを上げていた。
私の為に怒ってくれたんだろうと解るけれど、軽く視線を合わせて首を横に振ると、前を向いてリオンについていく。
今の返事は確かに拒絶だけれど、私としては望みがまだ残る。
『なしよりのあり』と感じていた。
そもそも、考えてみれば潔斎中の大神官が、神官長とはいえ男性と二人きりになる時間が欲しいと言って、周囲が許してくれる筈も無いしね。
大聖堂に辿り着き、リオンと一緒に大扉の前で開門を待つ。
いつもなら神官長は式典を仕切るのだけれど、今回はフェイが式の進行をしてくれて、リオンは私の担当ってことになっているようだ。
「神官長、ならびに聖なる乙女入場」
大聖堂を埋める百人以上の人達の視線が、一気に私達に集まる。
リオンに手を引かれ、中央の紅い絨毯を進んでいく様子は、結婚式のヴァージンロードを歩くようだ。
これが、コスモプランダー戦で流れた本当の結婚式だったら良かったのに。
と思わずにはいられない。
祭壇に上がり、リオンが私を中央の定位置に促す。
そして、私の一歩前に立ち、各国王、富豪、大貴族。
この式典に入場できる権力者達を前に、声を上げた。
神官長、神の代行者の説法だ。
「初めに、愛と意思と願いがあった」
「!?」
微かではあるけれど、驚嘆の空気を感じて、私は横を見やる。
神殿長の位置に立ち、式典を進行していたフェイは、明らかに驚いた顔をしている。
ここから神官長の説法が始まるのはいつもの流れだから、何を驚いているのだろう。
と思ったけれど、もしかしたら打ち合わせていた内容と違うのかもしれない。
「大いなる意志は、自分が目覚め生まれ、託された世を愛し、そこに生きる者達に深い愛を注いだ。
護り、導き、力を授け。
成長を願い、促した。
彼らがいつか、自分達と並び立つ存在に育つように、と。
共に、世を愛していくことができるように、と」
確かに、いつものリオンと『違う』。
そもそも私は、リオンが大勢の前で何かを語る、なんてあんまり見たこと無いけれど。
朗々と、拡声器も無しで、それでも大聖堂の隅々に響くのは優しいアルト。
堂々と、けれど明らかな上位者として語る口調には、逆らえない威厳が感じられる。
「この大地。アースガイアと名付けられた星にある者達は幸いである。
優しき意思と強い心達に守られ、争いもなく、安らかに暮らすことができるのだから」
うーん。
やっぱりいつもの流れとは違う。
リオンが語るのだから、勇者伝説のことは出さないだろうし、『神』だけじゃなく『星』や『精霊神』も称える流れになるだろうと思ったけれど、これはなんとなく神々ではなく、オリジンを意識しているような気がする。
大いなる優しき意思って、きっとオリジンのことだよね。
この星を導いたオリジンがいたからこそ、今の平和なアースガイアがある。
ということに異論はないけれど。
「困難に屈することなく星海を進み、未来を掴んだ子ども達。
強き魂の末裔たる者達よ。
立ち止まることなく前に歩み進め。
例え何を失っても、傷つき打ちのめされようとも。
汝らは立ち上がるだろう。
輝かしき未来が、その先に、きっと待っているのだから」
何を言っているのだろう。
周囲も騒めいている。
いつもの『説法』とは明らかに違う。
でも、その言葉は不思議に心に染みていくように感じた。
胸が苦しい。痛い。どうして?
やがてリオンはスッと後ろに下がり、私に前に行くように促した。
ここからは、讃美歌の斉唱だ。
元歌手だったというヒンメルヴェルエクトのマルガレーテ様には及ばないけれど、美しく、音を外さず、感謝を唄う。
尊き我らが神よ。愛しき精霊よ。
我等を守り給え。
貴方の愛に包まれるなら、我々に恐れはない。
神と精霊の名において、我らはその務めを今、果たす。
我らの力と思いをここに捧ぐ。
どうか我らを導き給え。
周囲に光の精霊達が舞い、天上のステンドグラスからも虹色の光が射し込んで煌めく。
私には解らないけれど、きっと神々しい雰囲気に包まれているに違いない。
一言の吐息も雑談も聞こえず、静寂に包まれた大聖堂には、私の声とリュートの音色だけが美しく響いていた。
儀式の後は、式典に参加した人達に祝福を授ける。
一列に並んで順番を待つ姿は、握手会って感じ。
握手はできないのだけれど。
会話も基本、交わさない。
横にリオンとフェイが立ち、一人体感、三十秒ほど微笑み、祝福を授ける。
私の祝福など御利益はあまりないんじゃないかな、と思うけれど、光の精霊が舞う姿が綺麗なので、皆喜んでくれたと思う。
列の中ほどにはガルフとアルもいて、恭しく頭を下げてくれた。
「ここ暫く、連絡も取れませんでしたが、元気にしていましたか?」
「精霊女神の祝福の元、商売関係は全て順調に」
私から話しかけたことで、終わった人、待っていた人達の羨望がガルフ達に集まる。
でも、これくらい許してもらえるはずだ。
私がゲシュマック商会預かりの孤児から始まったことは、みんな知っているし。
「フェイ様、リオン様。後程、マリカ様に献上したい品があるのですが……」
「この場で話す事では無いだろう。後程改めて……」
ガルフが私の両脇にいたリオン達に話しかけている間に、アルが私に小さく目くばせした。
何か伝えたい事というか、話でもあるのだろうか。
真剣な眼差しに私は、流してはいけないと、何故か感じた。
でも、この衆人環視の中、個人的な話はできない。
カマラに小さく視線を送るのが精一杯。
でも、カマラは察してくれたようで、ゲシュマック商会の退場に合わせて、そっとフェードアウトして後を追ってくれた。
「マリカ様……アル様が、これを、と」
儀式の後、私室に戻ってからカマラが渡してくれたのは、小さな羊皮紙だった。
『リオン兄の中にいるモノに注意しろ』
殴り書きのように、そう記されていた……。




