大聖都 聖なる泉の再生と少年の変化
国王陛下達は『星の翼』に夢中のようだったので、私はそこで皆様と別れ、禊の泉と潔斎所に進んだ。
作り直された禊の泉は、潔斎所のすぐ真横。
ちょっとした仕掛けと結界もあって、『星の翼』見学の人達が奥に入ろうとしても入れないようになっている。
泉の再生も、一応儀礼なので手順が在った。
リオンがまず、泉の中央に精霊石めいたものを取り付けてから私を呼ぶ。
そうして、私が祈りを捧げ、禊の泉に(リカチャンの力を借りて)水を入れたのだ。
近くに水路が繋がっているんだって。
そこから水を引き、今までだったら融合炉から繋がる『神』の経路から送られてくるナノマシンウイルスを、増幅炉である『星の翼』で増幅&混入させていたらしい。
『神』にはナノマシンウイルス増幅の力があるけれど、それが爆発力が在る分、長持ちはしないのは何度も聞いた。
増幅炉を通すことで少し強化されるので、煮詰めたり凝固させたりして、人々を不老不死にさせる『神の力』や、人間を司祭、人工魔術師にする『神石』を作っていた。
最初期、私は泉でじゃぶじゃぶと強化ナノマシンウイルス入りの水を浴びて、なんだったら料理にも入れられていた。
あの頃は本当に危なかったようだ。
ステラ様と復活した精霊神様達の加護がなければ、操られる危険もあったって。
「リオン。あの石はなんですか?」
「『神』と繋がる疑似精霊石です。あの石を通し『神』の力が、この泉にも流れ込むようになるでしょう」
つまり、この泉にも『神の力』がモリモリ送り込まれてくるってことだ。
まあ、この星において、全てに『精霊の力』が宿っている訳だから、気にしても今更だし。
私の中にはオリジンがいるわけだから、最初の頃のように簡単に操られたりはしないでしょ。
泉の水の吹き出し口に取り付けられた石は、最初、無色透明に見えたのだけれど、水に触れると同時に金色の光を放ち始める。
鉄のホースで上に吹き上げられた水は、石に触れると綺麗に等間隔に割れて、水を周囲にまき散らす。
まるで噴水だ。
「これは……前の泉よりも美しいのではないでしょうか?」
「かつての泉は清廉でしたが、人や生き物を寄せ付けない厳しさがありました。
ですが、今回の泉はどこか暖かさがありますね」
カマラやマイアさんの言葉は、なかなかに的を射ている。
確かに前のとはタイプの違う『聖なる泉』だ。
お付きの女官さん達も護衛もみんな、神秘的で美しい光景に見惚れていた。
その後は潔斎所に案内され、
「では、今日はゆっくりと身体を休めて下さい。明日の早朝、また迎えに参ります」
神官長とは暫しのお別れ。
儀式の前には迎えに来てくれるそうだけれど、ほんの数刻で隣にいることが当たり前に感じていたから、心臓がキュッと哀しい音を立てる。
「リオン。今日、明日と、とても忙しいことを十分承知していますが、式典の前に少し話がしたいのです。時間は取れませんか?」
「潔斎所に入られた『聖なる乙女』に、本来なら神官長といえど安易な接触は褒められたことではないのですが……」
マイアさんが微かに眉根を上げるけれど、リオンは彼女を制すると、一度だけ目を閉じ、微笑んでくれた。
「そうですね。『聖なる乙女』の心の安寧の為。そして儀式の滞りない遂行の為。
どこかで時間を作りましょう」
「待っています」
そうしてリオンは立ち上がり、小さく会釈して帰っていった。
「マリカ様。早速ですが禊とお召替えを」
「解りました」
ここから先は男子禁制。
膨らんだお腹を気遣いながら、作りたての泉で禊をする。
夏だし、微かに水も暖かい気がして、幸い、そんなには辛くなかった。
「お疲れ様でございます。マリカ様」
「ありがとう。カマラ。後は夜まで儀式の確認をして寝るだけだから、一旦戻っていいよ。明日の朝、またお願い」
「よろしいんですか?」
カマラは心配そうな眼差しで私を見る。
確かに昔の大神殿で、礼大祭だったらほぼ敵地。
心細くてカマラを離すわけにはいかなかったのだけれど、今は私達の大神殿、だからね。
そこまで警戒しなくていいと思う。
「何かあったら通信鏡で知らせるし。お父様やお母様に、私の様子を伝えて来てくれると嬉しいな」
できれば礼大祭前に一度顔を見たかったのだけれど、忙しい上にいろいろあって、結局、無理だった。
「解りました。では、お言葉に甘えて失礼いたしますが、何かありましたら直ぐにお知らせ下さい」
「うん。ゆっくり、はできないかもしれないけれど、少しでも休んできて」
カマラを送り出し、一人になった私は、式典の手順が書かれた紙を部屋でくつろぎながら読み直す。
といっても、もう何年もやっているから内容は頭に入っている。
再確認するだけ。
暫くすると、部屋の外からノックの音。
「マリカ様。暖かいお飲み物などいかがでしょうか?」
「ありがとう。身体が冷えていたから助かります」
入室を許可すると、マイアさんが湯気の上がるカップを持ってきてくれた。
中は白湯かなと思ったのだけれど、どうやらレモン、じゃなかったキトロン湯みたい。
ハチミツで甘く味付けもしてある。
「焼き菓子も司厨長が用意して下さいましたので、どうぞ」
「嬉しいです。昔は本当に粗末な料理だけでしたよね」
「マリカ様が初めておいでになった頃から考えると、色々な面で改善されましたからね」
女神官長のマイアさんも随分変わったと思う。
職務に厳しいのは変わらないけれど、全体的に柔らかくなったと言おうか、丸くなったと言おうか。
こんな雑談ができるくらいには気を許してくれるようになった、と嬉しく思っておこう。
「そういえば、マイアさんは地球の記憶はあまりないんでしたっけ?」
「はい。殆ど。ですからエルトゥリアで仕事をしないかというお誘いも、断らせて頂いたのです。まったく知らない場所で過ごすことが同じであるのなら、少しでも見知った、慣れた場がいいですから」
ノアの移民船データをこっそり見せて貰ったけれど、マイアさんは施設育ちの孤児だったそうだ。
『神』レルギディオスが連れて来た最後の移民船の子どもには、そういう子が多かったと聞く。
平等に見えた地球でも、やっぱりどうしようもない差別や区別はあったからね。
「私は最期まで大神殿と『神』に、この身の忠誠を全て捧げる所存でございます。
それが私の、今の私が選んだ幸せでございますから」
「なら、いいんです。今後ともよろしくお願いしますね」
どんな世界であっても、自分で選んだ道を後悔なく生きられるのなら、それが一番だ。
だから私は、マイアさんの進路選択に口は出さない。
尊重し、応援する。
「はい。『神』の御子であるリオン様と、マリカ様の和子にもお会いできるのが楽しみです」
「赤ちゃんを大神殿で育てるかどうかは、ちょっと決めてませんけど」
「大神殿の孤児院もかなり充実して参りましたし、何よりもご両親が大神殿の長なのですもの。和子も大神殿でお育てになるのが一番では?」
「子どもにはできる限り、自由に道を選んで欲しいんです。
全てを知った上で『精霊』や『神』の信仰の道に生きるのならいいですけれど、最初から道を決められているのはちょっと……」
リオンのように、マリクのように。
使命と役割で雁字搦めにはしたくない。
お父様やお母様は、私も、と心配して下さるだろうけれど、私はいいのだ。
それなりに好き放題させて貰っている。
この星と人々を守る精霊の宿命にも異論はない。
後はオリジンと折り合いをつけて、自分の意思でリオンや皆と一緒に生きていけたら、それでいい。
「リオン様も、随分と大人になられましたね。昔はどこか無鉄砲で、自分の意思を良くも悪くも押し通すところがありましたが」
「そうですか? 私はそんなには感じないんですけれど」
ちょっとイラッというか、もやっ。
リオンはそんなに我が儘を言ったりしたことは殆どなかった。
むしろ我が儘を言って欲しかったのに。
「御父上の『神』によく似ておられると思います」
「マイアさん。『神』の顔、見たことあったんですか?」
「覚醒したばかりの頃、立体映像のアバターを作って、私達を慰めてくれることがよく。
でも、外見では無いのです。
自らの大切なモノを心から愛していて。
彼ら、私達を守る為には、自らがどんなに苦しんでも構わない。そんな潔さ。
大切な者を苦難に巻き込まない為に、精一杯の虚勢と無表情で隠した裏側には、黄金の泉から湧き上がる水のように輝く、溢れんばかりの愛がある。
そんなところが」
「虚勢……。リオンも、そうなのでしょうか? 最近、本当に態度が淡白で、愛されているか自信が無くって」
「マリカ様が愛されていないのでしたら、この世の妻のどれだけが夫からの愛を受けているか、解らなくなってしまいますわ」
「私、愛されてる?」
「間違いなく」
「ありがとう。そうですね。愛を疑うなんて、きっと失礼な話。彼を信じてドーンと構えるようにします」
「そうなさいませ。司祭に説法を説くようなものですが、母親の不安は御子にも伝わりますので、どうぞ心安らかにお過ごし下さいませ」
マイアさんが雑談の相手をして下さったおかげで、私はそれほど退屈することも無く潔斎の夜を終え、礼大祭の始まり、前夜祭の朝を迎えた。
結局、リオンからの連絡が何もなかったことに、一抹の不安と寂しさを感じながらも。




