大聖都 礼大祭の幕開け
私が身支度を整えた一の風の刻。
「お迎えに上がりました。大神官様」
「リオン……」
居室の応接室に、リオンが迎えに来てくれた。
今までは式典の時の出迎えはフェイだったから、少し新鮮。
「ご準備が整われましたようですので、まずは大聖堂へ。
そこで各国の代表が集まっておられますので、ご挨拶を頂ければと」
「解っています。その後、『星の翼』の格納庫をご案内してから泉の修復。
そして潔斎に入るんでしたよね」
「はい。明日は前夜祭なので、いつものように祈りと歌を捧げて頂き、人々に祝福を。
そして翌日、本祭で舞と力を捧げて頂きたく存じます」
式典の流れは、一番最初の時から変わらない。今回も同じだ。
ただ、最初の頃よりも潔斎の日数や時間は減らして貰っているし、食事や生活空間も改善された。外との連絡も、取ろうと思えば通信鏡がある。
話の分からない神官長とやり合った時に比べれば、だいぶマシだ。
「では、お手を」
「よろしくお願いします」
リオンに手を取られ、歩き出す。
今日のドレスは舞衣装ではなく、大神官としての神官服だ。
下にゆったり長いローブを身に着け、その上に、マフラーのような直垂、ストラとポンチョによく似たカズラを羽織る。
ローブは床をずる引きそうだったけれど、絶妙のデザインと縫製で引っかかることは殆どない。流石だね。
頭はすっぽりと、シスターのような頭巾で覆って。
聖なる乙女時代はいかにも聖女、お姫様って感じのドレスが多かったけれど、大神官になってからは神官とか司祭って感じの服が主流になった。
今年は特にお腹が目立つから、マタニティっぽいこういう服は助かる。
まあ、刺繍が多くて豪奢かつ重いのは仕方ないのだけれど……ちょっと暑い。
一方で、リオンの服はシンプルだ。
正式儀礼用の服とは違う略式で、いかにも神父のカソックって感じで色も黒。
蒼の小さな箱型帽子を被る以外、向こうの世界との差はない感じ。
夏だけれど、魔王体の黒い肌を隠す為に、手袋までキッチリとしたタートルネック。
汗一つかいていないのは魔王体だからか、それとも気合なのかな。
裾の長さも短く、膝上より少し長い位なのは、エスコートなど動きやすさを優先したのかもしれない。
蒼い直垂は私とお揃い。
ちょっと嬉しいな、なんて考えた。
リオンとこうして会うのは、かなり久しぶりだ。
一週間よりもっと。
今は大神官と神官長で、余計な会話はできないけれど、一緒にいられる時間がとても嬉しい。側にいるだけでホッとする。
手袋越しに感じるリオンのぬくもりも、彼の呼吸も、歩きづらい長衣と妊娠中の私に気遣ってゆっくり歩いてくれる優しさも、私が愛したリオンそのものだと感じる。
オリジンがリオンの中にいるとしても。
微かな違和感はある。
でも、私はそれを黙殺した。
口に出してしまったら、この平穏も礼大祭も、全てが壊れてしまう。
「大神官、入場」
聖堂の扉が開き、祭壇までの一直線をゆっくりと歩いていく。
両脇には長椅子。
その前方から、季節の順番で七国の代表の方がお座りになっておられる。
アーヴェントルクとヒンメルヴェルエクトは皇子、公子様がおいでになっているけれど、それ以外の国は皆様、国王陛下がいらっしゃっているようだ。
集まる視線の中、私は背筋を伸ばし、優雅にお辞儀をする。
「エルトゥルヴィ・ゼクス。
神々の恵み輝くこの日、皆様をこの大聖都にお招きできましたことを、心より嬉しく思います。此度は、今まで各国の王族にはお見せする機会がなかった『神』に祈りと力を捧げる舞を、ぜひお楽しみいただければと存じます」
可愛らしく手を胸に当てて微笑むと、集まった方達からざわめきが上がる。
なんでかは解らないけど。
「礼大祭は、人から『神』に感謝を贈る式典。
この星を導く『七精霊の子』の参加と協力に、心から御礼申し上げる。貴殿らの努力あってこそ、この星の奇跡のような平和は成り立っている」
リオンが私の後ろから、私の言葉を引き継いでくれる。
国王陛下達は、大聖都にとっての賓客。
そして礼大祭の本番は、一般の民から力を預かり『神』に贈る儀式でもある。
式典に参加するということは、力を多少なりとも奪われるということは各国に開示してある。
それでも儀式に参加したい、と皆様、来て下さったのだ。
「『聖なる乙女』とその舞は星の宝。
出産の為、暫くの間拝することは叶わなくなるが、夏の太陽にも決して劣らぬその輝きを、ぜひ楽しんで頂きたい」
丁寧な態度ではあるけれど、神の代理人、上位者としての威厳と迫力に、国王陛下達も下手な言葉は紡げない様だ。
神妙に胸に手を当てて、話に耳を傾けていた。
「これより大神官は、式典の為の潔斎に入る。
明日の開始の式典と、本祭の舞までは奥殿に籠られるので、皆様方は各自、歓談などを楽しまれるが良かろう。
『神』より預かりし奇跡『星の翼』も、明日、明後日の日中は一般公開となるが、本日と夜は各国上層部に開示する。
機体に傷をつけることは許されないが、我々にはいまだ至れぬ至高の技術を学ばれるが良かろう」
「潔斎に入る前に『星の翼』の格納庫、その封印を開けに参ります。
調査団より一足早くになりますが、皆様もご見学されますか?」
私が促すと、ほぼ全ての方々が頷いてついて来られた。
元奥の院の聖なる泉側。
私達のイメージで言うと、コンテナが埋まっていて、その上に禊の泉があった。
「この星に辿り着いた時、人の住まう大陸の中央に降りた。
着陸によって船は破損し、周囲に少なくない犠牲が出てしまった。
故にマリクが魔王として悪役を背負い、我々はそれを討つ者として、ここに神殿を建てたのだ。
一方で、ノアは人の目に着くところに置く訳にはいかなかった。故に『星の翼』の人型形態を補助にして移動させ、マリクの居城としたのだ」
『神』が本拠を二つに切り分けることができたのは、この増幅炉があったからなのだろう。
そして、増幅炉を守り、生かす形で大神殿が築かれた。
地球から持ってきた貴重なリソースである皇居を元にして、補助精霊石も置いて、『神』がこの地を率いて行く者達の為にかなり気を配ったのは理解できる。
ただ、その分、割を食い、一人魔王役を背負わされたマリクは辛かったろうな、と最近思う。
今はリオンと同化しているというマリクは、私の中の『オリジン』の言葉を信じるなら、第二世代ウイルスの『オリジン』。
訳も分からず、人々を守り、導くことを強いられた訳で。
せっかく人間の身体を得たというのに、喜びも楽しさも、何一つ知ることができなかった。
唯一の救いが、彼自身を見てくれた『精霊の貴人』との戦いで、彼女に殺されることだったなんて切なすぎる。
ふと、私の後ろに立つリオンを見やる。
魔王体になってから、彼は生の感情を見せることが本当に少なくなった。
コスモプランダー討伐の後も、嬉しそうでもなく、どこか淡々としていて。
二人で閨で過ごしている時でさえ、私が彼に抱かれることができなかったからだと思うけれど、私をただ、ひたすらに甘やかしてくれていた。
ずっと昔、リオンの短剣が「アルフィリーガは笑い上戸だった」と言っていたけれど、私は結局、殆どそんな場面を見ることが無く。
マリクと同化して、もし記憶を共有したりしていたのなら。
彼の思いや使命も引き継いで、身体が変わったことも相まって、私の前でも本当の意味で寛いで、子どもに戻ることはもうできなかったんだろうな。って思ってしまう。
人々や神の期待を一身に背負い、自らを滅して戦う勇者にして魔王。
彼とリオンが同一化しているのなら、少しでも救い、安らがせてあげることはできないのだろうか?
「リオン殿! 起動や変形はできないんだな?」
「ああ。『星の翼』は既にアルケディウスの皇子ライオットがパイロットとして登録されているので、『神』以外には俺でさえ命令権がない」
「ケントニス陛下。ライオット皇子を呼んで頂くことはできないか?
この部屋の中で変形させることは難しくても、操縦席の精霊石と会話することができればと思うのだが」
「実は付いてくるように命じたのだが、どうしても譲れない用事があると断られてしまったのだ。
一応、籍こそアルケディウスだが、今奴の所属はエルトゥリアでな。父上の顔もあるから無理強いはできぬ。
まったくあいつときたら……」
「大聖都からも調査に立ち合ってくれないかと要請したのですが、拒否されておりますので仕方ありませんね。
『見学などは勝手にすればいい。邪魔はしないから、邪魔をするな』
だそうですから」
「まったく、何を考えているのだか? 一応、通信鏡で再度連絡は取ってみるが」
「返事を待つ時間が惜しい。早速部下を入れて、できる限りの調査を開始するとしよう」
「閣下。調査は部下に任せて下さいませ。各国王様方との会談も大事なお仕事ですわよ」
「解っている! ああ、大公になったことを後悔はしないが、時々恨めしくなるな」
未知の科学を前に興奮気味の皆様を横目に、私の心はリオンを。
リオンだけを見つめていた。




