大聖都 精霊神からの警告
「……リ……カ。マリ……カ」
「え? あ、だれ?」
リオンを待って自室のソファにいた私は、気が付けば夢の中にいた。
夢の中でのあれこれも、随分と慣れてきたからね。
現実と夢空間と疑似クラウドの区別はつくようになっている。
疑似クラウドは夢と似ているけれども、非なるもの。
完全な異空間として、私達には見えないし触れないけれど、精霊神様達の力で成立している場所だ。
基本的には肉体を持っていると入れないらしい。
精霊神様が許した存在や、資質のある人は短時間だけ入ることができる。
私達は最初から入っていたから感覚がマヒしているけれど。
夢の空間は、私の心というか、心象風景の中にいる私に話しかけているような感じ?
呼びかける時、皆様、私が混乱しないように、視覚というか精神イメージを疑似クラウドに合わせて下さっているようだ。
「ラス様?」
「ゴメン、マリカ」
淡い純白の夢空間。
現れたのはラス様で、開口一番、頭を下げて下さる。
え? なんで?
「どうしたんですか? 何か、謝ることでも?」
「本当はもっと早く何とかしたかったんだけれど、今回は僕ら、どうしようもなく役立たずなんだ」
「役立たず? だから、どうして?」
「『言えない。言うことが許されていない』」
「でも……それは……」
精霊の沈黙。
権利を持たない相手に秘密を語ってはいけない、という『精霊』の絶対命令だけれど。
「君が『精霊の沈黙』と呼ぶ制限は、実はもう一つ別の意味がある」
「別の意味ですか?」
「そう。上位者の秘密を語ることはできない。命令には基本逆らえない、というものだ」
「『精霊神様』達が一体、誰に命令を受けるって言うんですか? 『神』や『星』ですか? それとも『オリジン』?」
私の中にいる地球のナノマシンウイルスの意思、オリジンが命令しているって言うんなら、解らなくもない。
でも、そんなのは今更ではないだろうか?
「っていうか、私の中にオリジンがいるから、私にはもう秘密の制限は無かったんじゃないですか? 一種の上位者扱いで」
私の中のオリジンからの宣戦布告で、いろいろと秘密が明かされたし、精霊神様達もステラ様も、最近は色々と、昔の秘密主義はなんだったんだ、ってくらいに教えて下さる。
「僕達の上位者は、マリカの中のオリジンだけじゃなかったってこと。
言えるのは、ホント。これが精一杯なんだ」
「精霊神様達の上位者が……私のオリジン以外に?」
「……言えない。
『神』の処置と判断が間違っていた、とまでは言わないけれど、正直、僕らも予想外の事態に戸惑っている」
そこで、ハッと気づく。
そう言えば、オリジンが言っていた。
「まさか、リオンですか?」
リオンが魔王体になったことで、『神』をも上回るかもしれない力を得ていることは解っていた。
宇宙空間も深海も、単独で自在に舞う黒燕。
彼が本気になれば、アースガイアの魔王になって滅ぼすくらい、不可能じゃない。
リオンは絶対にそんなことはしないけれど……。
ラス様からの返答は無い。
否定も無いということは、つまりは肯定ということで。
「最近、リオンの様子がおかしいんです。アーヴェントルクの夜から。
私は彼はリオンだと思ったんですけれど、リオンが乗っ取られてオリジンになっているとかなんですか?」
「オリジンなら、まだ……」
「え?」
「とにかく、だ。明日から礼大祭だろう? なるべく、リオンに近づかないで」
その口から紡がれた警告は、流れからして正しいのだろうけれど、どこかもやっとしたものを感じた。
「リオンに近づいちゃ、ダメ、なんですか?」
「君には酷いことを言っているし、強いている自覚はあるよ。
ただ『あの方』の意図が読めないんだ。何を狙い、何をしようとしているのかも。
僕らには現状、ほぼ見守るしかできない。その中で、少しでもできることを探したい。
時間が、欲しいんだ」
「リオンの中のオリジンが、悪役というか、悪者みたいに。彼が何かをしようとしているとでも?」
「礼大祭は、人々から力を集める儀式だ。通常は『神』に送られるものだけれど、今のリオンなら横取りしようと思えばできるだろう。
マリカの力と人々の力で、何かをしでかそうとしていると僕らは見ている。
その何かは、正直、想像もできないのだけれど」
「じゃあ、礼大祭を中止した方がいいですか?」
「できるの? 明日、というか今日だよ?」
「あ、すみません。無理ですね。暴動に近い大騒ぎになります」
礼大祭は中止できない。
でも、なんとかしないといけない。
そもそも、リオンの中のオリジンの目的はなんだろうか?
リオンの身体を、私の中のオリジンみたいに乗っ取ろうとしている、とか?
私の中のオリジンの言葉を信じるなら、大きなダメージを受ければ乗っ取りも可能のようだし。
体内に潜むオリジンは簡単に剥離できない。生殺与奪を握られているので、折り合いをつけるしかないということは『神』が言った通りだ。
なら、まずは対話かな。
目的を聞いて、その手助けをする、と約束すれば譲歩を引き出せるかもしれない。私の中のオリジンも気にしていたし。
「……私、話をしてみます」
「! マリカ?」
「とりあえず、何を考えているか聞いてみて、それから力になりたいと伝えてみます」
「ダメだ! 彼を変に刺激しちゃいけない! 『彼ら』は精霊神と違う。完全な別種で、何を考えているか解らないんだぞ!」
「でも、オリジンですよね。地球人類を守ろうとはして下さる筈です」
「そうであったとしても! 彼らの『守る』が僕達の望むそれと同じである保証はない。
アルやライオも、みんなそこを心配しているんだ!
僕らも完全に手をこまねいて見てるわけじゃない。君用に準備していた仕掛けを……。いや、とにかく今は様子を見る時だ。頼むから!」
「大丈夫です。リオンの影響を受けたオリジンなら、絶対に私達を傷つけたりするようなことはしないですって」
普段は精霊神様達の言うことは、私なりに聞こうと思うのだけれど、なんだか今日はそんな気分になれない。
リオンのことを悪しざまに言われているようで、もやもやする。
この感情は、私のものなのかな?
もしかしたらオリジンのものかもしれない。
まあ、どっちでもいいのだけれど。
ああ、なんだか凄く、リオンに会いたくなっちゃった。
「ああっ! もうダメか? まさかオリジンの浸食がそこまで進んでる?」
「私は、私です。今の所は、かもですけど。どっちでも変わりません。
リオンを助けて、共に歩んでいくんです」
「だから! 違う! 待っ……うわああっ!」
「ラス様?」
苛立つような顔つきで、ラス様が私に手を伸ばしたと同時。
バシュン、と。
昏い影が周囲に落ちた。
まるでライトが一気に消されたように真っ暗。
ラス様の声も、姿も見えない。
何が起きたのだろう、と思っているうちに、
「あれ?」
私は目を覚ます。
何故か、長椅子に座っていた筈なのに、ベッドの上で。
「まさか、リオン? 来てたのかな?」
部屋の中は静かで、置手紙も人がいた痕跡も無い。
ただ、カーテンの隙間から白い光が射しこむのみ。
立ち上がり、布を横に開けば、闇は瞬く間に輝く白光に吸い込まれてしまう。
さっきとは正反対に。
大神殿の礼大祭の初日は明日。
今日は各国の王族の皆様に挨拶をして、禊の泉に水を入れ、潔斎所に籠る。
礼大祭の始まりとなる大事な日だ。
祭りの日は雨が決して降らないと言うけれど、見事な夏晴れの青空が輝き、眩しいまでの光と共に幕を開けようとしている。
「マリカ様? お目覚めですか。
そろそろご準備の時間でございます」
「ありがとう。セリーナ。今起きた所です。身支度の手伝いをお願いします」
さっきの夢とラス様の言葉は気になるけれど、とりあえずはリオンと久しぶりに会うのだ。
できれば、最高に美しい私でいたいから。
アースガイアの、私達の運命が変わる三日前。
オリジンの影響を受けていたのかも、と言い訳するつもりはない。
私の危機管理意識が甘かったのだ。
後に私は悔いることになる。
自分の甘さに。
モンスターペアレントのとんでもなさに。
リオンの慟哭に。
そして何より、盛大に、致命的な勘違いをしていたことにも気付かなかったことに。




