大聖都 神官長からの打診と広がる暗雲
ないないない。
絶対ない。聞いてない!
大神殿に、ソレイル公子を入れるなんて話、聞いてない。
私は話を聞いた途端、動揺のあまり思わず大きな声を上げてしまった。
「マリカ様! 今はその……」
「あ、ごめん。ありがとう」
カマラに小声で囁かれてハッとする。
ヤバい。大公閣下=国王との謁見中だ。国の代表として弱みを見せる訳にはいかない。
とにかく、この場は全力フォロー。後でリオンとフェイを〆て話を聞く。
「マリカ皇女?」
「すみません。情報の行き違いがあったようですね。私は各国の優秀な人材を大聖都とエルトゥリアに受け入れる、とまでしか聞いていなかったので、そこまで具体的な話が進んでいたとは思わなくて」
大変失礼を致しました。
と頭を下げる私に、大公閣下は完全に納得したようではなかったけれど、とりあえず表向きは、ああ、と頷いて下さった。
「そうですね。ソレイルをエルトゥリアに派遣して、精霊古語を学ばせ、留学生たちの式を執らせるというような話は前からしていたのですが、さらにその上。
大神殿の運営に関わる役目に入らないか、と誘われたのはつい最近のことです」
「最近?」
「ええ。アルケディウスの大祭が終わって間もなくのこと、ですね」
「文書の差出人は誰でしたか?」
「リオン殿です。神官長の名において」
会話をしながら細かい事情を探ってみると、アーヴェントルクでの隕石事件から数日も経っていない頃のようだ。
検査や後処理に追われる中、リオンはそんなことをしていたのか……。
「実は、ソレイルは間もなく杖を私に返還し、王族魔術師と公子の立場から退くことになっていたのです。無論、別の杖を授けるので、魔術師として無力になるわけではありませんが」
「それは……大公閣下が、名実ともに王族魔術師として国の頂点に立たれる為ですか?」
「その通りです。国のトップが二人体制というのは、ハマれば強いですが、問題も多いので」
メルクーリオ様は、国の内部事情だろうけれど、非公式の場であることと『精霊女神』だから、と詳しく話して下さった。
不老不死が解除され、成人していた各国の王族にも魔術師の力が戻ってきた。
それぞれに向き不向きや資質もあるけれど、魔術師として力を発揮される王族が増えてきたのだ。特に、お若い方の方が才能を発揮しやすい様子。
プラーミァのガルディヤーン君は言うに及ばず、不老不死前から素養を見せていたアーヴェントルクのヴェートリッヒ皇子や、ヒンメルヴェルエクトのアリアン公子。
エルディランドのスーダイ様も、杖が戻ったことで術が使えるようになったと聞くし、アルケディウスのケントニス様だって、私の力を借りなくても花を咲かせたり、木を育てたりできているらしい。杖にけっこう気に入られているんだって。
「自分で言うのもなんですが、私の代に関してはここ数年で、ほぼ盤石に整えることができております。
前公主の長男。精霊神の加護、国の大抵の者に負けない知性と、国一番の豪商の妻。
この三年で子ども二人にも恵まれ、配下も優秀。
国の産業も伸びており、民の福祉も整えてきました。
今後、時間が経つにつれ、育てている人材が各分野で才を発揮してくれれば、母上を見下してきた下手な大貴族の介入も蹴散らす自信は十分にあります」
「それは、そうでしょうね」
納得して頷く。
大公閣下。私が一応大神官『精霊女神』だから、敬語を使い遜って下さるけれど、元々自信家だし、それに相応しい実力も持っておられるからね。
知性に優れ、王の才能の塊みたいだったメルクーリオ様なら、間違いなく良い政を執られるだろう。
「ただ、それが不満な連中もおりまして。私とソレイルや、弟達との仲違いを狙い、手を伸ばしてくる輩が後を絶たないのです」
フリュッスカイトは男四人兄弟。しかも実力主義で、試験に合格できないと後継者になれなかった。
長子と末っ子が公子として王族として遇され、自分達は臣下に落とされたと怒っていた時もある。今は仲が悪くないようだけれど。
「ソレイルは若く、独身。しかも魔術の才能も特殊な能力もある。
自分が摂政として実権を握らんとする大貴族達には、良い餌に見えるのでしょう。
私が即位してから三件程、騒動がありました」
「そ、それは……」
「自分の養女をソレイルに近づけたり、唆したり。無論、そのような誘いに乗るソレイルではありませんが、少々食傷気味のようですね」
大公閣下は気にするな、と庇うけれど、自分がいると騒動の元になる、と解ってしまうソレイル公子は、正式に王族魔術師を降りて王宮から離れたいと思っていた。
そこに打診があったのだという。
『今は、アルケディウス出身の者で上層部が独占されている大神殿だが、それゆえの文句や不満も多い。優秀な各国の人材を入れて、清浄さを証明したい』
ということだった。
現在、七国で大神殿に入れるような王族はソレイル様だけ。
「最終的には、かつて不老不死前にあったという各国王族が学ぶ学び舎を、大聖都かエルトゥリアに再生させたいので、その意味でも力になって欲しい、ということでした。
ソレイルはリオン殿に借りがあるし、マリカ様のお役に立ち、最終的には国の役に立つのなら、と乗り気であったので、話を進めるよう伝えて欲しい、と」
筋は通っている。
私に話を通してくれれば、反対することではなかった。
ただ、この話。リオンの独断なんじゃないかな、って思う。
フェイとは仕事の関係から一日に一回は顔を合わせるけど、一度もそんな話、聞いたことないし。
「マリカ様がご存じない、ということは、この話は無かったことに?」
「あ、いえ。そんなことはないです。私も間もなく産休に入りますし、優秀な方に来て頂けるなら、それに越したことはありません。
ソレイル公子とフリュッスカイトから良い返事を頂けた、とリ……神官長に伝えて、細かい日程や待遇、条件などについて煮詰めたいと思うのですが、よろしいでしょうか?」
「ありがとうございます。その方向で」
そんなこんなで、とりあえず謁見を乗り切った私は、
「お、終わったああ!」
大公一行の退室を確認し、息を吐き出した。
疲れた。
礼大祭前に、ドッと疲れた。
「お疲れ様でございました。
でも、急な話でございましたね」
「うん。カマラ。リオンとフェイに伝言を頼める? 今日の夜、時間をとれないかって」
「かしこまりました」
通信鏡で直接かけてもいいのだけれど、忙しいと出ないこともあるから。
これは電話と同じ厄介な所。
特にリオンは『気付かなかった』と言って、連絡をスルーすることも少なくない。
話がしたくないから出ないのか、それとも本当に気付かなかったのかは解らないけれど。
カマラに仲介を頼んだ結果、フェイとは連絡がとれて来てもらえることになったけれど、リオンは城下との打ち合わせで夜まで戻らないとの返事が来た。
「カマラ。リオンが戻ったら、多少遅くてもいいから来てくれるように伝言をお願いします」
明日から礼大祭で、神官長が忙しいのは解るけれど。
なんだか、もやもやする。
言葉にはできない、心の中に広がる暗雲は、重く昏く私の心を覆っていき。
結局、リオンが戻ることなく、夜が明けるまで消えることは無かったのだ。




