大聖都 大神殿? からの申し入れ
日々の仕事に追われるうちに、あっという間に火の一月に入り、終わりに近づいてきた。
今日から礼大祭の準備に入り、各国の国王様がおいでになる。
午前中の仕事が終わり、ちょっと自室で休憩。
私はお行儀悪く、長椅子でごろんと横になりながら、明日からのことを考えていた。
ミュールズさんやお母様あたりが見ていたら怒られるだろうけれど、リラックス大事。
ちゃんと仕事のことも考えているのだし。
私は明日、皆様が揃ったところで御挨拶をし、泉に水を満たす儀式をしてから潔斎に入る。
その間、皆様は前夜祭として交流を楽しまれて、研究員さん達には『星の翼』が公開されることになっていた。一番乗りのフリュッスカイトは、もう大聖都入りをして、明日からの準備に余念がない。
翌日は本祭。
儀式を行って舞と力を捧げ、翌日、儀式を閉じ、後夜祭を行って礼大祭は終わりだ。
後夜祭のパーティで、産休と育休に入ることを伝えれば、ひと段落。
通常業務の他に引継ぎの為の仕事が入る慌ただしい日々も、あと少し。
部屋の中には、儀式用のドレスがトルソーにかけて置いてある。
お腹が目立たず、負担のかからないプリンセスラインのドレスは純白で、シフォンのような肌触り。舞用のドレスは基本、白。
しかも豪華な金糸銀糸の刺繍に彩られているので、花嫁衣裳のようだ。
「でも、やっぱり、花嫁衣装とは違うんだよね」
立ち上がり、私はドレスにそっと手を触れた。
私の花嫁衣裳は、まだお母様の元に在る筈。
お父さんが下さった地球産シルクの、ちょっとロシア風ウェディングドレス。
かなりタイトなので、出産が終わったらウエストその他、スタイルを頑張って戻さなくてはならない。
でも、絶対にダイエットしてでもあのドレスを着る。と私は決めていた。
お母様だって双子ちゃんの出産の後、直ぐに細身のカートルを着こなしていた。
そうして、リオンの花嫁になるのだ。
リオンに会えない日々が続いているからだろうか?
それとも、妊娠出産でナーバスになっているからなのか。
最近、妙に不安になる。
私は、ちゃんとリオンと結婚式が挙げられるのだろうか?
って。
コスモプランダーが降りてきたせいで、結婚式は流れてしまった。
実質的にはもう結婚していて、式などはただの形式上の確認と区切りに過ぎないと解っているけれど。
それでも女の子にとっての結婚『式』は、やはり特別なのだ。
純白のウエディングドレスを身に纏い、紅い絨毯の上を父親と歩いていく。
愛する人と手を取り合い、人々と光の前で結婚を誓い合う。
地球の記憶を持つせいか、私には真理香先生の憧れが引き継がれている。
「勿論、式には貴女も一緒に参列してね」
お腹に手を当てて、私は娘に語り掛ける。
出産直後は外に出せないから、多分半年から一年後くらいになるだろう。
来年の今頃くらいにできたらいいな、って皆と相談を始めたところ。
なのに、肝心のリオンと話もできていない。
結婚式は二人の共同作業なのだから、しっかりと相談したいのに。
……解っている。
こんなことを考えているのは、一種の逃避なのだ。
リオンと会えなくて、会いたくて。
それで、こんなことを考えて気を紛らわせている。
「でも、明日になったら久しぶりに会えるし。
儀式が終わったら、ゆっくりもできるよね。
フェイがお休みくれるって言ったから、がっちりとリオンの分も貰っていちゃいちゃしよう。結婚式の打ち合わせもその時!」
礼大祭の舞そのものには、あまり緊張していない。
慣れて惰性になるのも良くないけれど、舞はただひたすらに誠実に、今できる全てを出しきるだけだからね。
「マリカ様」
トントン、と外からノックの音がした。
私が寛いでいるのを知っているから、カマラ達は外で待機してくれている。
「はーい。なんですか?」
「フリュッスカイトの大公様ご夫妻から、ご挨拶をとのお申し出ですが」
「あ、もうそんな時間ですか。直ぐに参りますとお伝え下さい。
あと、セリーナに来て貰って下さい」
「かしこまりました」
軽く身の回りを整えて貰って、私は大聖都の謁見の間に向かった。
今回は到着の御挨拶だけなので、お互いに簡単に済ませる。
正式な挨拶は明日、各国の国王陛下達がお揃いになってからだ。
「エル・トゥルヴィゼクス。メルクーリオ大公閣下。大公妃フェルトレイシア様。
ご健勝を心からお祝い申し上げます」
「エル・トゥルヴィゼクス。アルケディウスの宵闇の星。
精霊女神マリカ様にはご機嫌麗しゅう。フリュッスカイトの大祭以来でございますね」
定型の挨拶をした時、大公妃フェルトレイシア様が、くすり、と破顔したのが解った。
多分、アルケディウスの大祭を思い出して笑っておられるんだ。
よく見てみれば、デコルテの深いドレスの首元にはガラス細工の首飾りが輝いている。
私達が買ったものよりはかなり豪華で、幾重にも連なった紫陽花が、本当に首元に咲いているかのよう。
あれも、フリュッスカイトからの御挨拶、っていうか意思表示だね。
こういうのには乗っておくのが吉。
「今年もフリュッスカイトにはアルケディウスの大祭に、商人を派遣して下さいましてありがとうございます。
いつも最新の流行を運んで下さり、皆も喜んでいました。
大公妃様の首飾りはとても見事ですね」
「ありがとうございます。フリュッスカイトの新技術を広めるために、私自らが身に着けるのが一番かと思いまして」
「私の妹も、そちらのガラス細工が気に入ったようで、大祭で買い求めてからよく身に着けています」
「それは国の誉れでございます。工房の者にも伝えておきましょう。
姫君たちに品物を販売した商会は、今年も完売御礼。大祭の精霊ならぬ精霊女神の祝福の恩恵を賜った様子です。精霊女神御自ら大祭に足を運ばれ、楽しまれるとは、アルケディウスの者達が羨ましい限りです」
「大公妃御自ら、おすすめ商品を各国に運ばれるフリュッスカイト程ではないと思いますが」
本当に嬉しそうに、楽しそうに微笑んでいたけれど、大公妃様も大公閣下もそれ以上は何も言わなかった。
やっぱり、お祭りで見たのはフェリーチェ様だったんだね。
でも、楽しい話は実はここまで。
「此度は『星の翼』を公開して頂けるとのこと、心より感謝申し上げます。研究者たちも連れて参りましたので、準備が叶いましたらいつなりと」
「一応、一般公開が始まってからの夜にと考えています。他国の方も入りますが、よろしいですよね?」
「無論、ぜひ積極的な意見を交換したいところです。そして、マリカ様。
ソレイルに関する大神殿からの申し出の件ですが……」
「大神殿からの申し出? 何かありましたか?」
「はい。お申し出を受け、ソレイルは大神殿に神官見習いとして入る意思があるとお返事したく」
「え? ソレイル様が、神官に?」
「今回は、私の留守を守らせる為に国に置いてきましたが……詳しい話は……」
「えええええっ!」
大公閣下との謁見中とか、精霊女神の威厳とか、全部吹っ飛ばし。
私の保育士の腹式呼吸が生み出す驚愕の叫びは、部屋中に響き渡ったのだった。




