大聖都 フェイ視点 『神』の眼差し
大神官との面会を終えた僕は、神官長、リオンの執務室に向かった。
扉の前に立つ取次の神官に声をかけて間もなく。
「入れ」
神官長の許可を得て、僕は室内へと招き入れられた。
服を整え、懐に手を入れて、僕は室内へと足を踏み入れる。
「何か急ぎの用か?」
「ええ。少し話がしたいので。お時間を頂けないでしょうか?」
執務机に座し、書類仕事を処理する神官長は、僕に小さく頷いて見せると、持っていたペンを置いて補佐の文官に指示を出す。
「これは大祭関連だから、急ぎで会計の方に回してくれ。
こっちは警備の増員申請については許可を出すが、人員は人選するようにと、書類と一緒に口頭でも伝えるように。後は通常通りの処理で構わない」
「かしこまりました」
丁寧にお辞儀をして退室していく。
扉が閉じられ、文官が部屋を出れば二人だけ。
外に警備兵はいるけれど、防音の効いた部屋の中の会話は聞こえまい。
念の為、音を散らす処置もしてあるし。
「書類仕事も板についてきましたね」
「イヤだと言っても、やらなければ貯まる一方だからな。お前が適正に処理してくれているから、そこまで難しい話はないし」
ペンを置き、少し背伸びをするように、彼は息を吐いた。
「そうですね。最近はリオンの処理速度に、こちらがついていけないくらいです。
僕も一人でやっていた頃よりも格段に楽をさせて貰っていますよ。
仕事というのはやっぱり、一人で抱え込むのは限界がありますね。分け合ってこそ、より良い仕事もできるというものです」
リオンの瞳、その輝きが、スッと深みを帯びた。
感謝に見せかけた当てつけに、どうやら気が付いたようだ。
「礼大祭まであと二週間。
リオン。最近、休んでいますか? 家にも殆ど戻らないで大神殿に泊まり込んでいるでしょう?
顔色も酷く悪い」
「その言葉、そっくりお前に返すぞ。フェイ。
俺が神官長に就くまで、この倍の量を一人でこなしていたのだろう?」
「心配して頂いて恐縮です。僕は自分で言うのもなんですが優秀なので、さほど苦はありませんでしたよ。今はさっきも言った通り、リオンに助けて貰って随分と楽になりましたから」
「俺やお前を基準にしていたら、いつまで経っても次が育たない。後継の教育は考えているのか?」
「ええ。そう遠くないうちにアルケディウスのレオを呼び戻して、次世代の長として育てる予定です。
前神官長が囲っていた子ども達に再教育を与える神殿学校も三年目に入り、人材の適性も見えてきました。
特にやる気と能力のある子が何人かいるので、 本人の希望を確認してから専門教育を施して行こうと思っています」
「それはいい。手が早いな」
「教育関係はマリカの薫陶があるので、どこも力を入れていますからね」
「不老不死社会は終わった。世代交代は常に意識して、準備を進めて行くべきだ」
「まあ、僕らはまだ、本気でそこまで考えなくてもいいとは思いますがね。まだ十代ですし」
「いつ、何が起きるか解らない。欠かすことができない。でも、欠けても困らない。
そんな組織作りが理想だ」
「それはそうですけどね。
でも、貴方はそう簡単に欠けることは無いでしょう? 精霊、いや『神』なのですから」
キャッチボール、というのは最近ゲシュマック商会が広め始めた言葉、だったろうか?
二人、ないしはそれ以上でゴムのボールを互いに投げ合い、受け止め、相手に返す遊び。
ただ投げるだけ、受け止めるだけでは成立しない。
相手の取りやすい所に投げる技術が必要で、地球のスポーツ、と呼ばれる活動は奥が深いな、と思ったものだ。
会話もキャッチボールと良く似ている。
相手の思う言葉を読み取り、適切に返せば会話は長続きする。
何も変わらず、楽しいだけの時間が過ぎる。
けれど、時には鋭いボールを投げるべき時もある。
僕は、軽く。
でも少しカーブをつけた言葉の球を、リオンに放り投げた。
「フェイ」
「魔王体となった貴方は、もはや僕らよりも『神々』に近い。
解っています。変生を受ける前の子どもだった時代、僕は貴方に今と同じものを感じていた。自分とは違う上位者。尊ぶべき者。
僕自身の『神』を。
一度は貴方に近づいて、同じになって。共に歩いて行けると思ったのに、貴方はまた遠ざかっていこうとしている」
マリカも、アルも、精霊神達も。
『神』も、『星』さえも、きっと気付いて、感じて。
でも、何も口にすることはできないでいる。
リオンの変化に。
口に出してしまえば、そこで全てが壊れると知っているから。
「ふっ」
「リオン?」
「いや、なんでもない。少し肩の力が抜けただけ。
一瞬、もう終わりかと思った」
リオンの周囲の空気が弛緩する。
「どういう、意味ですか?」
「気にしなくていい。というより気にするな。それに」
まるで何かに安堵したような。
でも。
「お前は人間だ。変生を受けたとはいえ、血と肉を持つ生命だ。
『神』に近づこうなどとは思うな。
人が『神』なんてなっても、いい事など何一つないぞ」
「止めて下さい。そういう言い方。まるで自分がもう生命ではないような」
「お前が、俺を『神』だ、などと言ったのだろう?」
「そうですね。失言でした。でも、貴方も僕達と同じ、アースガイアの生命です。自らを人と区別し、遠ざけるような真似は止めて下さい」
「…………」
「かつての『神の国』ではどうだったか解りませんが、『神』も『精霊』もあまりにも優しすぎる。
我が子を守る為に、我が身を犠牲にする親のように。皆、自分の幸福を考慮に入れない。
創造の『神』と呼ばれる方がおわすのなら、きっとその方は我が子らを心から愛し、幸せになる為の全てを与えてくれたのでしょう。
けれど、その代償が『精霊』の苦悩であるならば、 許容できない、したくない。
僕は……、貴方を……、貴方達を助けたいのに!」
許されるギリギリの軌道を描いて放たれた、僕の必死の思いは、
「気にする必要は無い。それが『精霊』の役割というものだ」
受け止められることなく、宙に落ちた。
「貴方は子どもだ。僕達と同じ、この星を生きる生命でしょう?」
「違う。俺は、違うんだ……」
「リオン!!」
「そもそもお前はもう、家族を、子を持った父親。
我が子を、家族を守ることを最優先しろ。
俺のことはもう、気にしなくていい。
俺がお前の『神』であるというのなら、これは命令だ」
完全なる拒絶。
自分が大切にしてきた何かが、コロコロと転がって遠ざかっていくような寂寥が、胸に広がっていく。
「フェイ」
そんな僕の思いを知ってか知らずか、彼は変わらぬ口調と眼差しで僕を見る。
今までと変わらぬ、リオンの口調で。
「……なんですか?」
「大切な存在がある。その存在に忘れる事と、忘れられる事。
どちらかを選ばなければならないとしたら、お前はどちらを選ぶ?」
「な、なんですか? その質問は!」
「いいから答えろ」
露に濡れたような、静かな眼差しがあまりにも哀しくて。
怒りや抗議より先に口から本音がまろび出た。
「僕が望むならですが……忘れられる事です。
大切なモノ達が自分を忘れても、自分は忘れたくないと思います。いつか、思い出してくれるかもしれないし、忘れたとしても、また一からやり直すことができますから」
「忘れる方が楽だとは思わないのか?」
「苦しむのなら、自分の方がいい。自分だけでいい。
大切な存在に、自分を忘れた虚しい眼差しなど、見せたくはありませんから」
「そうか……。感謝する。参考になった」
「参考、一体、なんの……? まさか、貴方は……」
「もういい。忘れろ」
リオンの黒と碧のオッドアイが、僕を捕らえ、煌めいた。
「な、なにを?」
心の中がかき回されるような不快感。
真っ白な痛みに脳が灼ける。
そして……。
「それで、用件はなんだ?
忙しい神殿長が、神官長の元に訪れる程の用事とは?」
「あ、いえ。すみません。
礼大祭の日の、式典についての再確認です」
僕は、リオンに書類を差し出した。
まさか、居眠りでもしていたのだろうか。
確かにここ数日、眠れない日々が続いていたけれど、仕事中に居眠りするようなやわな作りでは無かった筈なのに。
頭がまだ、ちょっとくらくらと酩酊しているようだ。
何か、大事なことを忘れているような気もするが。
「ぼんやりするな。こう見えても俺は忙しい。お前もそうだろう?」
「そうですね。すみません。気を引き締めます」
言葉通り、背筋を伸ばして、書類の束を文書箱ごと差し出す。
「この日はリオンを大聖都の神官長として、正式に世界に告知することになっていますから、遺漏があってはなりません。ご自身で不都合と思われる点などが無いかご確認下さい」
「解った。そこに箱ごと置いて行ってくれ」
「それから、マリカが寂しがっていましたよ。礼大祭が終わったら休みを取って、少し二人の時間を過ごしてはどうですか?」
「礼大祭が終わったら、な」
ぼんやりなどしてはいられない。
リオンの存在を世界に告知する、礼大祭の日はもうすぐに迫っているのだから。
『…………』
「申し訳ありません。フェイは俺にとって、もう一人の半身。
幼い時から共に育ってきた、大事な相棒なので、違和感を感じたのでしょう。
大丈夫です。他の者はきっと、解っても踏み込んで来ない」
『………………………』
「はい。解っています。もう、覚悟はできていますから。マリカはきっと、貴方の、そして俺の願いを理解し叶えてくれます。
だから。重ねてお願い致します。
この星と、我が妻と子。そして彼らには、許しと祝福をお与え下さい。
貴方に全てを捧げ共に行く、俺の代わりに」
「やはり、そういうことか」
「まったく、リオン兄は、昔っから、全っ然、変わらねえ。
変わってくれねえんだから!」
「止めるぞ。なんとしてでも」




