大聖都 礼大祭の準備と薄氷の上の日常
夏の大聖都の礼大祭は、一年で新年に続く最大の神事として、人々の注目を集めている。
毎年、各国の有力商人達がこぞって集まり、顔つなぎや商売交渉を行う上に、今年は各国王族も見に来るという話で、例年にない調整が必要になりそうだ。
今まで、各国の王族はこの礼大祭には来ることができなかった。
王族立ち入り禁止、みたいなことになっていたんだって。
でも大神殿の『神』レルギディオス様から、
『民からはっきりと、力を徴収する為の儀式だ。各国の王族を巻き込むと徴収できる力は上がる代わりに、精霊神達からの色が強い力が流れ込んで来る。
濾過が面倒だから呼ばなかっただけだ』
と、別に王族を呼んでも構わない、との言質を頂いたので、そう各国に連絡したところ、大喜びで各国とも王族が参加する、との返答を寄越してきた。
城下の宿は商人や旅人の予約でいっぱいなので、大聖都の会議用区画を開放することにする。
王族が一般市民の枠にごり押ししちゃいけない。
「誰がいらっしゃるかはまだ調整中、のところが多いですけれどね。
今回は調査団を連れて来たい、との申し出があるのです。国王夫妻以外の同行者は一人、もしくは夫婦一組のみ、の原則は外しますか?」
フェイに問われて、私はちょっと考える。
今回の礼大祭の目玉は、何と言っても大聖都の地下に格納されている『星の翼』の一般公開になるだろう。
私の舞がメインではあるけれど、妊娠中だし、そんな派手なことはできないし。
何より、宙を渡るアースガイア唯二の船。
しかも、戦士ライオットが駆り、星の海で勇者と共に戦った機体だ。
専門家以外にも、一般人達からもぜひ近くで見たいと要望が殺到した。
前夜祭と後夜祭の二日間だけ。一回の見学に少額銀貨一枚としたのに、各日五百人の枠が一日で全て埋まったという。
もはやプラチナチケット。
高額転売する者もいるとかいないとか聞いたので、申込者に限定するなどの転売ヤー対策が必要かと検討している。
「お国との調整が付くのであれば、各国の滞在エリアが許す範囲の人員は連れて来て構いません。
ただ、私は潔斎の都合上、祭りが終わるまで出て来られませんし、リオンにはお父様と一緒に『星の翼』の警備にあたって貰う予定なので、大神殿主催のパーティなどはできかねる。そこはご了承頂ければ、と伝えて下さい」
「かしこまりました。ただ、終了後、各国王族との挨拶の場は設けた方がいいかと。
マリカ様が産休に入られる旨の御挨拶もありますので」
「そうですね。ただもう正直、あまり長く立っているのは辛いので、座って挨拶を受ける形をお許し頂ければ。ダンスもちょっと無理です」
「お任せ下さい。手配します」
「式典が終わった後夜祭の夜に、王族の方達への御挨拶。例年の市長と各国商人とのパーティーは、後夜祭の翌日という事にして下さい」
フェイは丁寧に頭を下げて、書類に書き込みを入れた。
こういう事務処理に関しては、フェイに任せて安心。
白紙委任できる。
「今年は不老不死後、最初の礼大祭ということで、各国から商人だけではなく、多くの巡礼者が大聖都にやってくる見込みだそうです。宿も既に満員以上。
民泊や野宿の申請も出ています」
礼大祭のメインイベントは、大神殿の開放と私の舞だけれど、グローブ座も街の公会堂を借りて、アルケディウスで評判になった新作劇を打つと決まり、こちらのチケットも完売。立ち見も売り切れている。
「フェイ」
「なんですか?」
大神殿、大神官の執務室。
フェイとカマラ以外の人間はいないし、入れていないから、私は一度目を閉じ、覚悟を決めて唇を開く。
最近、少し勇気が必要なのだ。
リオンの事を言葉にするのは。
「リオンの外部露出は、必要最低限になるようにして下さい。
今年の式典の差配は、できればフェイに頼みたいのですが」
「それは……難しいですね。マリカの護衛の任は外すにしても、各国に周知した神官長の移譲。それを一般周知する大事な機会なので」
「そう……ですか」
「神事の差配以外では、外に出さないようにします。さっきの話で言うと、市庁舎でのパーティは欠席してもらいましょう。各国王族との挨拶では、マリカの後ろについていて貰いますが。
細かい雑事は僕が行い、基本的には『星の翼』の監視ということで、公開時の警護について貰います。式典が始まったら仕切りはリオンに任せる、という感じで」
「お願いします。
あと、アーヴェントルクのヴェートリッヒ皇子はおいでになりますよね?」
「はい。向こうでの細かい後始末は終わったとのことで、その報告を賜ることになっています」
向こうでの報告。
フェイの発言に、ちくり、と心臓に針が刺されたような痛みが走った。
アーヴェントルクでの悪夢から約一月。
夏だというのに、私達の周囲には薄氷の上でダンスをしているような危機感が、常に漂っていた。
表面上、私達は何一つ変わらない日々を過ごしている。
ヴェートリッヒ皇子は、あの日の出来事を、
「隕石による摩擦熱が引き起こした山林火災事故」
として処理。
ラウクシェルド伯爵とエインリッヒ様達も、それを了承してくれたそうだ。
四名の死者と大量の家畜死があった牧場は放棄すると決まり、既に引っ越しも終わったと聞く。
幸い、とは絶対に言えないけれど、家畜の半分は残っており、大神殿からの『見舞金』やヴェートリッヒ皇子の差配で、家畜や牧場の皆さんが路頭に迷うようなことは無く済んだ。
住み慣れた家や大事な家畜。
家族とも言える従業員を失った悲しみや不満は完全には消せないにしても、リオンも私達も、出来る限りのことはしたつもりだった。
リオンは魔王城での身体検査とメンテナンスが終わった後、即座に大神殿での職務に復帰していた。
「大丈夫なんですか? 本当に?」
「……外傷や、身体的欠損は一切見られない。メンタル面も同じだ。
稼働に支障、問題はない」
魔王城に戻り、リオンの精密検査を行った『神』レルギディオス様は、私にそう言ってくれたけれど、何故かまったく安心できない。
むしろ、喉元に閊えるような、胸が焼けるような不安は日々高まっていく。
リオンが別人、というのではない。
マリクがリオンをエミュレートしていた時とはまったく違う。
今のリオンが、リオンであることは間違いないのだけれど。
なんだかこう、側にいる時の絶対の安心感と裏腹に、離れていると。
姿が見えなくなると、途端に不安になるのだ。
今にもどこかに行ってしまいそうな。
遠くに消えてしまいそうな。
あの日以来、私はリオンに避けられている、と感じる。
夜もほぼほぼ一人で過ごす。
今までも妊娠中で、肌を合わせられていた訳ではないけれど、リオンがいない夜は寂しくて、凍えるようだ。
精霊神様達も何故か顔を出して下さらない。
いたとしても、この胸の中のもやもやを言葉に出せる保証も、秘密を話して下さる確証もないのだけれど。
「マリカ」
「なに?」
マリカ様、でもなく、大神官でもなく。
マリカ、と。
私を呼ぶフェイに、ハッと顔を上げる。
知らないうちに思考の渦に陥っていたみたいだ。
「礼大祭が終われば、大聖都も少し余裕ができます。
休暇を取りませんか? リオンも連れて、少し遊んできて下さい」
「元々、礼大祭の後は暫く表の業務からは離れさせて頂くつもりだったけれど」
「そうではなく。ただ二人で、いや、親子三人で静かに過ごす時間があってもいいんじゃないか、と思ったのです」
必要なら宿や家を借り切るくらいのことはすると、言ってくれた。
どこかの国に行きたいと言えば、どの国も歓迎してくれるだろう、とも。
「魔王城でもいいですが、最近はあそこも賑やかですからね。
考えてみてくれませんか?」
「うん。リオンと相談してみる。
それを楽しみに、礼大祭頑張るから」
「お願いします。僕もマリカの舞を楽しみにしていますよ」
「ありがとう」
「では、僕はこれで。手続きや礼大祭の準備、アル達との打ち合わせなどがあるので、外出するかもしれません。何かあったら通信鏡で連絡を。
あと、午後からシュライフェ商会が来るので、衣装の仮縫いをして貰って下さい」
「解った。ねえ……フェイ」
「なんですか?」
「…………なんでもない。また後でね」
「はい。いつなりと」
喉元まで出かかった言葉は、やっぱり声になることなく、私の中に染み込んで消えてしまった。




