夜国 精霊の告白と沈黙
意識を失ったリオンは、幸い、そんなにかからず目を覚ましてくれた。
「リオン!」
「気が付きましたか? リオン!」
「マリカ……フェイ。アル。
ライオも……。来て……くれていたのか……」
この瞬間、私はリオンを助けてくれた全てに感謝したい気持ちになった。
ぴくぴくと眉が動き、ゆっくりと開かれた両眼は、露に濡れたような黒曜石の輝き。
その瞳に宿る優しさも声も、見まごうこと無い私達のリオンだ。
「あ……。ここ、は?」
「アーヴェントルクの牧場だ。
お前が降りた後、放牧地は黒い靄に包まれて近づけなくなった。
暫く連絡も途絶していて、深夜に火災が発生した。覚えているか?」
「…………。ああ、そうか……」
「君は、牧草地帯の中央あたりに倒れていたそうだ」
何かを噛みしめるように目を閉じるリオン。
寝台の横に、ゆっくりとアーヴェントルク皇子、ヴェートリッヒ様が近づいていく。
ここはアーヴェントルク。
事態の確認を行うのは彼の役目だ。
「君の周囲には三人の牧場の羊飼い達と、ラウクシェルドの所の使用人が遺体で発見された。牧草地帯で黒焦げになっていた家畜達と違い、外傷は無く、燃え盛る火の中にいた筈なのに比較的綺麗な状態だったのは救いと言える。
だが」
リオンの発見と共に、皇子が言った通り、四人の使用人さん達は遺体で見つかった。
牧場の中央付近で倒れていたリオンの周囲で、まるで跪くように。
「服には、切り裂かれた跡と、水に濡れた形跡があった。
身体に傷は無い上に、火災の只中にいたというのに。
喉を掻きむしったような跡や、嘔吐の気配も見られた。
これはおそらく毒物によるものだろうと推察できる。
多分、毒で死亡した彼らの遺体を火災から君が守ってくれたのだろうという事は解る。
でも、他の点は納得がいかない。
僕は専門的な医学知識があるわけじゃないけれど、不自然にもほどがある。
アルフィリーガ。彼らは一体、何故死んだ? そして、山の上で一体何があったんだ」
国の皇子の事情聴取に、リオンの唇は静かに短く、でもきっぱりと言葉を紡ぐ。
「……言えない」
「え?」
「言う事が出来ない。許されていない」
精霊の沈黙だ。
と、私は感じた。
資格の無い者には秘密を伝えられない。
絶対の命令。
「そんな言い分が通用すると思っているのか? 君が彼らを殺したとは思わないけれど、牧草地への放火疑惑は残っているんだぞ!」
「ああ、火をつけたのは俺だ」
「!」
事件に関する沈黙とは反対に、あっさりと罪を認めるリオンに、その場にいた全ての人間が凍り付く。
幸い、と言っていいのか、領主のラウクシェルド様、牧場主のエインリッヒ様は、いなかったのだけれど。
裁判官の役目も担う王族の前で、大神殿の神官長が、放火の罪を告白したのだ。
「隕石からある種の毒物が流出し、牧草地に広がった。
俺が着いた時には、その場にいた人間四人を含む生物が全て死滅していた。
毒が万が一にも広がる事の無いように、牧草地全体に火をつけた。
俺が語れるのは、それだけだ。
放火に関し、罪を問われるのなら甘んじて受ける。
だが、他については語ることは出来ない」
「アルフィリーガ!」
「皇子! 待って下さい!!」
胸倉を掴んで飛び掛からんばかりの剣幕を見せたヴェートリッヒ皇子の腕を掴み、私は必死で引き留める。
妊婦を流石に振り払うことはできなかったのだろう。
皇子はなんとか足を止めて下さった。
「精霊の沈黙は、本人にもどうにもできない類の絶対命令なんです。
神々の秘密を、精霊は資格の無い者に伝えることはできない」
「神々の秘密?
だが、あの火災については二人の精霊神が理由は解らないと言ったのだぞ。それより上位者ということは『神』や『星』?」
「……あの牧草地は、叶うなら立ち入り禁止にして欲しい。
牧場も別の所に移し、この近辺はできれば神域のような形で封鎖して貰えればと思う。
水と炎で凡そ浄化はされた筈だが、万が一のことがある」
「答えになってないぞ! アルフィリーガ」
リオンが意図的に回答を捻じ曲げたことは解る。
でも、牧草地での顛末が『精霊の沈黙』で示されるのなら、本当に今、リオンに語れる精一杯なのだろう。
そこから先、リオンの唇は鍵がかけられたように固く閉ざされ、秘密を語ることは無かった。
「……少し、一人にしてくれないか?」
「一人になって考え直したら、説明する気になるのか?」
「いや、ならない。この件に関して俺が言えるのはここまでだ」
「そうか、解った。勝手にしろ!」
「皇子!」
投げ捨てるように言い遺して、ヴェートリッヒ皇子は部屋を出てしまった。
「リオン……」
「皆も……悪い。少しだけでいいから、部屋を出てくれないか?」
「解りました。行きましょう。アル。マリカ。リオンを頼みます」
「……あ……うん」
リオンの祈るような言葉に従って、フェイも部屋の外に向かう。
アルは、一瞬だけ立ち止まったけれど。
「あのさ、リオン兄……」
「なんだ? アル?」
「いや、何でもない。何でもないから」
リオンと視線を交差させると、逃げるように去って行ってしまった。
お父様は逆に、リオンと視線を合わせない。
眼差しも言葉も何一つ交わさぬまま、部屋を出てしまった。
カマラとお母様も、私に心配そうな目線を向けながらその後に続き、パタンと閉じられた扉のこちら。
部屋の中には、私とリオンだけになる。
本当に二人だけになった部屋で、私はリオンのベッド、その傍らに膝を付いた。
「なんか、いつもと反対だね。私が気絶してベッドの上。リオンが側についていてくれる。
それが、当たり前でいつものことなのに」
「ああ、そうだな」
微かに上がった口角。
でも、凪いだ海のような表情には、諦観が見える。
どこかで、何かを諦めたような。
悟ったような静かな眼差しが、私に向けられている。
『言えない』
知らない、でも、忘れた、でもない。
リオンは何かに気付いて、何かを知っている。
それが解った。
「リオン? 何があったのか、私にも、言えない?」
「……ああ。マリカだからこそ、言えない。この星の、誰にも……」
「そう……。リオン。あのね。私の中には地球を守ってきた、女神みたいな存在。オリジンがいるんだって」
「オリジン……」
私の告白を聞くリオンの眼に驚きはない。
精霊神様達が概念として知って、感じていたことだから、リオンもきっと知っていたのだろう。
私を慮って口にしなかっただけだ。
黙って、露に濡れた眼差しを微かに伏せて、私の話を聞いている。
「この星を守り、最終的には彼女と同化して、地球復興の為に働いて欲しいって。
出産の時に、私の身体を貰うかも、って話もあったんだよ」
「そうか……」
「身体を乗っ取られるのは困るけれど、協力して地球の為に働くのは構わないの。
だから、交渉してなんとか、共存できるようにしていくつもり。
赤ちゃんを産んで、この星が完全に落ち着いたら、地球再興の手伝いをするからって交渉しようと思う。
リオン。
私、リオンが一緒なら、どこでもなんでも頑張れるよ。だから……」
ずっと、一緒にいて。
一緒にいられるように、オリジンと交渉してくれる?
そう続けるつもりだった。
でも、ベッドサイドに膝を付き、リオンを見上げた私に返ってきたのは、
「心配いらない。オリジンは、きっとお前を乗っ取ったりしない。彼女は、とても優しいヒトだからな」
「え?」
思いがけない、オリジンへの評価を宿した静かな笑み。
私の頭を撫でる、優しい手の動き。
そして。
「お前は一人じゃない。地球復興に向かうなら、助けてくれる者達はきっといる。マリカなら、どこに行っても大丈夫だ」
「リオンも、助けてくれるでしょ?」
「ああ。俺もそうしたいと思ってる」
星の彼方を見つめるような願望だった。
私はそれを、遠回しな否定と感じる。
今までだったら、
「ずっと側にいる」
「一緒に行こう」
はっきりと、そう言ってくれた筈なのに。
どうして?
と、問い詰めたかったけれど。
「マリカ。少し、本当に一人にしてくれないか?」
「え?」
「できるなら少し、ヴェートリッヒ達と話して来てくれ。火災と牧場の賠償は俺の個人資産から出すと伝えて欲しい。頼む」
今度は柔らかく、でも完全に拒絶されてしまった。
側にいるのに、見えないナニカが私達を隔ててしまっている。
そんな気がするのは、きっと気のせいじゃない。
「解った。でも、一緒に大聖都には帰るよね」
「ああ。一緒に帰る。大聖都に、そして魔王城にも」
「それなら、いいよ。外で、待っているから」
「ありがとう」
「また、後でね」
小さく寝台から手を振るリオンに、私は手を振り返してドアを閉めた。
何かを言いたい。
何かを聞きたい。
確かめたい。
でも、喉元まで出かかった質問は言葉にならなかった。
誰かに止められるように。
「オリジン? 何か知ってるの?」
質問を投げかけても、私の中から何も返ってはこない。
代わりに。
「あっ!」
私のお腹の中から、赤ちゃんが動くのを感じる。
励ますように。
あるいは発破をかけるように。
私よりも、多分、この子の方がいろいろ解っているのかもしれない。
タイムリミットは、きっとこの子の出産まで。
その間に、私は覚悟を決めてオリジンと交渉する以外にも、やらなくてはならないことができたことを感じていた。
それが何か。
何故か。
言葉に出すことは、まだできないのだけれど。




