夜国 黒き勇者の帰還
暗闇を貫く炎は、漆黒の空を焼き、赤く、高く燃え上がっている。
「や、山火事? なんで?」
かなり離れている筈なのに、ここからでもはっきりと解るくらいの大規模火災だ。
館を飛び出したはいいものの、私達は為すすべなく見守るしかない。
「エインリッヒ! 燃えているのは山の牧場か?」
「この暗さでははっきりと断言は。ただ、方角や高さから察するに、おそらく」
「なんてことだ……」
ラウクシェルド伯爵が唇を噛みしめるのが解る。
山林火災は怖い。
一度燃え上がると地上よりも消火が難しい。何日も燃え続け、広範囲を焼き尽くす。
ヘリコプターや様々な機材、資材が揃った地球でだって、自然鎮火を待つしかない時も多かった。
「マリカ! 僕が様子を見に行ってきます!」
「無茶です! この前も見えない様な夜の中、山道を一人で行くのは!」
「ですが、あそこにはリオンがいる筈で……」
「なら、俺が空から『星の翼』の人型形態で近づいてみる。『星の翼』なら多少の火事や衝撃でも耐えられる筈だ」
「でも……」
『待て!!』
駆け出しかけたお父様を、そして慌てふためく私達を鋭く、力ある声が引き留めた。
「! 精霊神様!」
『行っちゃいけない。あの炎はただ事じゃない』
「ナハト神も……」
私とフェイ以外の皆さんが、目の前に現れた獣達に膝を折る。
重力ガン無視で宙に浮かぶのは、白の短耳兎と黒子猫。
火神アーレリオス様と夜神ナハトクルム様だ。
「お……精霊神様も来て下さったんですか?」
『リオンに調査を依頼したのは私達だからな。状況の確認その他に時間がかかった為、遅くなったが、まさか、こんなことになっていようとは……』
「何があったか、解りますか? っていうか、火の精霊神様ならあの山火事、ここから消せますよね!」
目の前にいるのは火の精霊神様だ。
火の事なら思いのまま。宇宙でだって火を動かせていた。
けれど。
「今すぐ、火を消して下さい! 力が必要なら、私の力をお貸ししますから」
『できない』
「え?」
白い獣は小さく頭を振る。
獣の姿でも解る。否定の意思だ。
『あの炎は、天災ではない。自然発火などでもない。人為的、いや神為的なものだ。
本気で消そうと思って力を使えば消せるが、消してはいけないと感じる』
「でも、あそこにはリオンと、四人の方が……。それに、たくさんの羊や牛も……」
『無駄だよ』
「ナハト様?」
燃え上がる炎が、黒猫の瞳を紅く染める。
『あそこに既に生命反応はない。……リオンのモノ以外は』
「そんな……」
『死した魂が炎に浄化され、カサルティオルに向かうのが見える。その為に炎が放たれた可能性もあるかな』
「じゃあ。まさか、リオンが火をつけたのですか?」
『その可能性はある、としか今は言えない。あの炎が必要以外の物を焼くことは無いだろう。林野を焼き尽くしたり、ここまで炎が届くことも無い。それは断言できるが……』
炎を見つめるお二人からは、獣の姿だから感情や考えを読み取ることもできないけれど、何か今までとは違う気配を感じる。
まるで、自分の知らなかったものが現れたような、はっきりとした警戒感が。
「あ! リオンは、生きているんですか? 無事なんですか?」
『炎の中で、動いていない。
けれど生きてはいる。あの炎に彼が焼かれ、害されることは無い』
少し、安堵する。
でも、ほんの少しだ。
宇宙空間でも動ける鎧を纏っているから、リオンが山火事くらいで死ぬことは無いと解っているけれど、心配と不安で、思考がどんどんと落ち込んでいく。
そんな私を見かねたのか。
「俺が行ってきます。リオンを回収しに」
「僕も同行させて下さい」
お父様とフェイが動き出そうとするけれど、
『止めろ』
再び、逆らうことを許さない強い意志が、その足を止める。
「精霊神様?」
『行くな、と言った。少なくとも明朝まで、あそこに近づいてはならない。
これは命令だ』
「!」
精霊神様達がここまではっきりと、私達に『命令』することは珍しい。
基本的には優しい神様達だから、滅多な事では頭ごなしの命令とかしてこないのに。
そういう精霊神様達だからこそ、本気の『命令』にアースガイア人は逆らえない。
科学的にメタな言い方をすると、体内に入ったナノマシンウイルスが、上位者の命令に従うべく身体機能を止めるのだ。
『何故かは、解らない。何があそこで起きているのかも解らない。
ただ、その意思を止めてはならない。それだけは、解る』
『こんな感覚は、凄く久しぶりだ。地球時代を思い出す。
地球時代の何を、と言われると困るのだけれど』
火災現場に向かう事を許されず。
けれど館に戻って眠ることもできず。
私達はまんじりともできぬまま、炎を見つめたまま一晩を過ごした。
そして、太陽が輝きを取り戻したと同時、動き始めたのだ。
朝の太陽の輝きに合わせるかのように、炎はゆっくりと力を弱めていき、水も薬品も必要とせず、気が付けばその姿を消していた。
火災が鎮火してからは、精霊神様達も私達を止めたりしなくなったので、さっそく調査に向かってもらった。
お父様が『星の翼』で空から。エインリッヒ様達が地上から。
フェイはリオンの所に座標選択の瞬間移動で飛ぼうとしたけれど、何が起きているのかは解らないので慎重にと止められ、お父様の『星の翼』人型形態の掌に載せて行ってもらうことになった。
「お父様!」
「お前は留守番。ここで待っていろ」
「イヤです。一緒に連れて行って下さい」
「ダメだ。火災現場。しかも無数の獣と、もしかしたら人間の死骸が転がる場に妊婦を連れて行けるか!」
「うっ……」
お父様は、今回ばかりは私の我儘は聞かんと、毅然とした態度で突っぱねる。
確かに一面の黒焦げ焼け野原。
しかも獣の死骸が山盛りの場面なんて、向こうでもこっちでも『死人』を見た記憶の無い私は、堪えられる自信がない。
しかも、今はお腹に赤ちゃん。胎教に悪いどころの話じゃない。
「ティラトリーツェ。マリカをしっかり監視しろ。決して逃がすな」
「解りました」
「お母様……」
「リオンは必ず、連れて戻る。それは約束するから。いい子で待っているんだ」
「おねがい、します」
フェイとアルを連れて、お父様は『星の翼』で飛び立っていった。
ヴェートリッヒ皇子も行こうとしたけれど、部下の皆さんに必死に止められて断念していた様子。
念の為、空気の防御服は地上班、上空班、両方に付けたけれど、見送った人達の姿が消えたと同時、心配で心配で、いてもたってもいられなくなる。
膝を折り、両手を祈りに組んで目を閉じた。
「マリカ様、昨晩からずっと立ち通しです。お身体に触りますから、少し座って休まれては……」
「大丈夫です。今は、ここで祈りを捧げさせて下さい」
正直、誰に祈るべきかは解らない。
『星』か『神』か、それとも『精霊神』か。
でも、ただひたすらに祈り続ける。
オリジンでも、それよりもっと大きな神様でもいい。
どうか、リオンや皆さんを無事に帰して下さい。って。
それから、どのくらいの時間が経ったのか。
「!」
はっきりとしたロケットエンジンの噴出音が耳に届き、私は目を上げた。
牧場の端に、ゆっくりと人型形態のまま降りて来る『星の翼』。
その掌には、そっと卵を守る母鳥のような柔らかい仕草で、何かが包まれていた。
「お父様!」
立ち上がり、着地を待つのももどかしく駆け寄ると、『星の翼』は膝を付き、私の前にそっと、その掌を開いた。
「リオン!」
黒鋼の鎧は解除されていて。
兜は取られているので、顔もはっきりと見える。
フェイとアルに支えられ、意識はまだ無い様子でぐったりしているリオン。
私が駆け寄ると同時、鎧。胸の中央の緑のコアが煌めいて、純白の獣。
オルドクスが現れ、地面に倒れ込むリオンを支えてくれた。
そっと抱きしめる。
固い漆黒の皮膚。
魔王形態のリオンは、呼吸もしていない。
けれど、手を伸ばし触れた頬は暖かくて。
「良かった。本当に良かった」
彼の生存と帰還を、私に教えてくれた。
安堵する。
勿論、これが終わりではなく、始まりであることは、お父様や、虹色の瞳でリオンを見やるアルに言われるまでもなく理解していたけれど。




