夜国 運命を変える流れ星
私は、お父様からの連絡があってすぐ、大神殿に戻り、フェイ達とアーヴェントルクに連絡を取った。
「私が休みの間、リオンは何を?」
「精霊神の依頼で『隕石の破壊』です。海洋部。深海に落ちた物を処分するように、と」
「コスモプランダーの隕石? まだ残ってたんだ」
その頃にはフェイにも連絡が行っていたようで、直ぐに面会して事情を説明してくれた。
「大陸に落ちた分は全て破壊されています。氷山地帯に落ちた物も全て。
今回の深海に落ちた物を破壊出来れば、もう残っていないそうです」
コスモプランダーが地上に落とした隕石は、彼らの宇宙船だったようだ。
地表攻撃と、万が一のバックアップの確保。人間らしく言えば敗色が濃くなったので避難させる意味合いを込めて、複数がアースガイアの地表に落とされた。
どうやら機械生命体となった彼らは、地球型の大気の中では生存できないようで、マニピュレーターのような触手や違法コピーした人類の複製などを使って、人間を取り込もうとしたようだと報告を受けている。
私は実物は見ていないから。宇宙での戦いで精一杯だったからね。
もしかしたら、宇宙船を調べれば彼らの生態や事情などがサルベージできて、種族として何人か助けてあげることができたんじゃないかな、って思うけれど、神々は『神』も『星』も一切それを許さず、考慮にも入れなかった。
私が起きた時にはもう全て処分した、と言われれば納得するしかなかったし、気持ちも解る。
だから、私の休み中にこっそりと、という意図をありがたく思いこそすれ、責めるつもりはない。
「皇子からの連絡では、深海に落ちた隕石の引き上げと破壊は問題なくできたそうです。
ただ、その後、ついでにと頼まれたアーヴェントルクの隕石確認で、事が起こりました」
「アーヴェントルク? 大陸にはもうないって、今さっき……」
『その件については僕から説明していいかい?』
「ヴェートリッヒ皇子」
神官長の執務室での会話。
差し出された小型通信鏡がしゃべり始める。
アーヴェントルク産の新型通信鏡を、献上品として一つ大聖都にくれた、という話は聞いていたけれど、当然それはヴェートリッヒ皇子と繋がってるよね。
『挨拶とかはとりあえず省かせてもらう。
事はアーヴェントルクの山岳部で起きた。数日前、アーヴェントルクに流星が落ちたんだ』
「流星が?」
ふと、大祭の日。みんなで見た流れ星を思い出す。
願い事を叶えると、地球の記憶は流れ星のことを好意的に語るけれど、アースガイアではあんまり良い印象がないみたいだ。
魔王降臨に、コスモプランダーと、宇宙からの侵略者的な事例が多かったせいもあるだろうけれど。
『山の上の、放牧エリアだったらしい。
ほら、前に連れて行っただろう?』
「はい、覚えています。チューロスを分けて頂いたポルタルヴァ様の御実家の牧場……」
『そう。
あの牧場のさらに上の険しいエリアでね。
さほど大きなものでは無かったようだから、報告があったあと、牧場の者達に回収と調査を命じた。
ところが、命令を伝えに行った者共々、戻ってこなかったんだ』
「え? 戻ってこない?」
まだ小型通信鏡は高価な品で、一般市民は持ってない。
だから、連絡を徒歩で伝えに行ったらしいけれど、高原のさらにそのまた上のエリアにある放牧の為の牧場に行った人間は、予定時間になってもどころか、一晩過ぎても戻ってこなかったらしい。
『で、牧場からラウクシェルドに連絡があって、伯爵家の通信鏡で僕に状況が伝えられた。僕から精霊神様にお話したら、流星から何か良く無いものが現れた可能性もあるということで、リオンに偵察を頼むことになったんだ』
リオン達が調査を行う予定だったのは、アルケディウスから北の海。
精霊神様達の要請に、二人は、空も飛べるし、そんなに手間ではないから、と遠回りを了承し、山の上に直接向かった。
アルケディウス北海からアーヴェントルクの山奥へ。
普通だと、どんなに頑張っても二日三日コースだ。
そして、問題の放牧地を上空から見下ろしたお父様は、見たのだという。
「牧草地帯一面に広がる黒い影。
横たわる羊、山羊の死骸と、牧場の人間達の遺体と思しきものを、な」
「遺体?」
『僕は確認していないけれど、ライオットはそう言っていた。
放牧地から遠くない山嶺の崖近辺が抉れて黒い靄が立ち上がっていて、それが風の流れで、放牧地に流れてきたのかもしれないって。
ライオットは星の翼の飛行形態で近づいていこうとした。
リオンは海洋調査の為だったから、宇宙航空用と同じ装備で。
で、リオンは周囲の状況を察すると同時――』
「ライオ! 様子がおかしい。
星の翼から降りるな! 俺が様子を見て来るから」
そう言って、お父様を止めたという。
「一人で行くつもりか? 俺も行く!」
「星の翼は大きすぎる。牧草地を荒らしてしまうし、さっきのが本当に死体なら踏み潰してしまう可能性がある。それに……」
「それに?」
「とにかく! 絶対に、俺がいいというまで来るんじゃないぞ!」
「アルフィリーガ!」
そう言うと、燕のごとく急降下。
単独で地上に下って行った。
お父様も即座に後を追おうとした。
けれど、リオンが地上に降下したと同時、立ちはだかるように暗雲が分厚く広がり、行く手を阻まれた。
頭を過ったのは『星の記憶』と、コスモプランダー襲撃時の事。
地上に毒をまき散らし、人を殺め、作り替えた悪夢のような様子だ。
万が一、星の翼を降下させて自分が毒にやられたら、リオンを助けに行くこともできなくなる。
そう考えて上空待機すること数刻。
夜になっても灯りも見えず、通信鏡の連絡もない。
全く下の様子が変わらず、また夜闇に視界を奪われたお父様は山の中腹に戻り、星の翼を牧場に降下させた。
一般人を避難させ、牧場の一角を借りて今も待機しているそうだ。
「妊娠中のマリカを連れていける状況ではない事は解っています。
ですが、もし本当に毒かコスモプランダーと類似したウイルスなどが撒かれているのであれば、対処できるのはマリカだけ。マリカが宇宙でやった、風の宇宙服を上手く使えば、万が一毒が散布されていたとしても、リオンを助けに行ける可能性があります。
僕も行くので、一緒に行って頂けますか? せめて牧場まででもいいですから」
「解りました。行きます!」
「マリカ! 貴女は今、大事な!」
「解っていますけど、今、リオンを。お父さんを見捨てたりしたら、この子に怒られます。
行ってみて、やっぱり危険だという時には戻って来ますから」
お母様の細面が、即答した私を睨むように見つめるけれど、止めても絶対に聞かない。
リオンの救出は最優先事項だ。
「解りました。私も行きますから、同行の許可と手続きを取りなさい」
「え? 危ないですよ」
「そう思うなら、私が危なくならないように配慮なさい。
あの人も、だから私を呼んだのでしょうし」
止めても私は絶対に来る。
暴走のブレーキ役ってことだね。
「……解りました。お願いします。フェイ。準備と手続きをお願い」
「今すぐに」
「皇子。フェイを含む私達の入国と、フェイの転移術をお許し下さいますか?
非常時なので、山への行き来以外には使用しないとお約束しますから」
『解った。ただし、フェイは牧場に二人を運んだあと、アーヴェントルクの王都、ベルクリュストックに来て、僕を連れて行くことが条件だ』
「よろしいんですか?」
『これはアーヴェントルクどころか、星全体を揺るがすかもしれない大事件だ。国の皇子が出向かなくては意味が無いだろう? 後で……必要ならノアール達にも協力を仰ぐ』
「解りました。準備が整い次第、向かいますから」
大聖都からはフェイとアル。私とカマラ。そしてアルケディウスからのお母様の五人だけ。
お母様に護衛が付かないのは拙いかな、と思うけれど、ミーティラ様を呼んできてもらう手続きの時間さえ惜しい。
「リオン、無事でいて……」
七国巡りで世界各国を巡ったことが功を奏して、私達は深夜になる前にアーヴェントルク。ラウクシェルド様の牧場に到着することができた。
牧場には伯爵と、その護衛の方が既に到着していたので挨拶を交わす。
「精霊女神には、我が領地に再びのお運び、心から感謝申し上げます。
このような非常事態でなければ、できる限りの歓待を行いたかったのですが」
「気にしないで下さい。押しかけたのはこちらです」
跪き、深々と頭を垂れるラウクシェルド伯爵に、私は首を横に振る。
現在、牧場の人達は残されていた家畜達と一緒に避難していて、ここに残っているのは牧場主のエインリッヒ様だけだという。
「正直、状況は今も掴めておりません。皇子からの使者が戻ってこないことから、下手に動くと犠牲者を増やすだけだと思い、手をこまねいていたところで、ライオット皇子が空から降りて来られて」
「山に上がった者達の状況を伝えた。最悪の場合、家畜共々全滅の可能性が高い、とな」
「あなた」
「山岳地に暗雲が立ち込め、牧場の家畜が全て倒れていた、ということですよね。お父様」
話に割り込んできたのはお父様、アルケディウス第三皇子ライオットだ。
腕を組み、憮然とした表情。
イライラが足からも手からも現れている。
「そうだ。空からざっと見た限りだが、数百の獣が全てピクリとも動かず、地に臥していた。
周囲には人影も見えた気がする。倒れて動く様子もなかったが、な」
「牧場には当時、家畜が羊、牛、ヤギなど約三百頭と、それを指揮する牧羊犬が三匹。
そして人間が三名おりました。彼らの一人が、ほど近い崖に隕石が落ちたという連絡をこちらに寄越して来たのは二日前の夜の事です。
朝一で御領主さまにお伝えし、そちらから皇子へ。皇子の指示で隕石の調査を行うべく、使者が領主館から派遣されました。
ですから、昨日の時点で計四名の男達がいた筈なのです」
「牧場と、山の上を繋ぐ通信鏡は無かったのですか?」
「ありませんでした。領主館には皇子に繋がるものがあるのですが。万が一を考え、与えておくべきだったと反省しております」
「こんなことになるとは予想できなかったことですから、仕方がありません」
時間軸的には二日前、アルケディウスの大祭の夜に隕石落下。
その日の夜のうちに山の牧場から連絡あり。
翌日、領主館に報告。領主館から皇子に連絡。皇子が精霊神様に報告して、精霊神様からのネットワークでお父さんへ。
領主館から使者が山へ遣わされるが一晩経っても戻らないで朝を迎える。
そして今日、リオンがお父様と調査に向かい、リオンが消息を絶った、ということになる。
通信鏡が一つでもあってよかった。
もし無かったら、まだ状況が届いていなかった可能性がある。
「もう深夜ですからね。リオンは心配なのですが、僕は山頂の牧場に行ったことがありません。
空から侵入を試みるにしても、もう真っ暗ですし『星の翼』を近づけるのも危険でしょう」
「とにかく朝一で向かうしかないな。ライオット、星の翼って余分な人間、乗れるのか?」
「無理だ。操縦席は大人一人入るのが精一杯だ」
「手や肩に乗っての移動も難しいでしょうしね」
「人型形態になって頂いて、掌の中でゆっくりと運んでいただければ、なんとかなるかな?」
私達が、牧場の館で対処について話をしていた正に、その時だ。
ゴオウウウン!!
空気を揺らすような衝撃と音が、周囲を揺らしたのは。
「な、なんだ?」
「外! しかも上の方から?」
私達は全員で外に飛び出した。
何が起きたのかはよく解らない。
けれど、目の前には声も出せない程の衝撃の現実があった。
「も、燃えてる?」
漆黒の中に燃え上がる真紅の光。
紅蓮の炎が、アーヴェントルクの山頂を不気味に、でも恐ろしいまでに美しく照らしていた。




