魔王城 選択の先に
私が、私でいられると間違いなく言える時間は、後四ケ月。
それはオリジンの発言を信じた上での猶予で、彼女の気分次第でもっと早まる可能性はある。最悪、明日かもしれない。
私は妊娠出産という、他の事を考えられないくらい重要で極限の状態の時に、人生最後になるかもしれない選択を迫られることになるわけだ。
「おそらく、だけどオリジンは嘘を言っていないと思います。真実を言っていない可能性もありますが、嘘を言う必要はそもそもないのです。
彼女は圧倒的強者であり、上位者。私達にとってさえ神に等しい存在です。本来、私達個々人の言い分や思いなどは、考慮する必要もない事でしょうから」
「はい。私も、同感です。根拠は、と言われると困るんですけど」
オリジンは私達に保育士って名乗った。でも実際の所は、大学まで併設の一貫校の理事長先生みたいなものじゃないかなあ、って思う。
学校の生徒達は大事ではあるだろうけれど、人数が多すぎて一人一人の生徒の顔は多分覚えていないし、気にも留めていない。
護るべきは学校と生徒達。
良い成果を残して、保護者に褒めて貰いたいのだろう。
その中で、私は自惚れていいなら、だけどちょっと役に立つ生徒会長で、自分の手足として生徒達を纏めて欲しい。
リオンは生き別れの息子みたいな感じで、素直に名乗れないけど愛していて、将来自分の後を継いで欲しいと思っている。
精霊神様達は、学園を任せる教師とか。
きっと、そんな感じ。
「言うことを聞くなら、ある程度尊重してくれるという言葉に、多分嘘は無いと思います。ただ、その匙加減が人間の思考じゃない。思いとかが解らない、正真正銘の神様なので信用しきれないところが問題ですよね。怖すぎです」
「だが、結論は出ているだろう? 話を聞いたら二択、と言われた通り他の選択肢はもうない」
「レルギディオス!」
「わっ! レルギディオス様、なんですか?」
大きな羽ばたきが聞こえたと思ったと同時、私の肩に猛禽の鋭い爪が触れ、鷹が舞い降りた。
ちょっと小ぶりだし、見かけほど重くないし、爪も痛くない。
精霊獣だっていうことは直ぐに解る。
「そうだ。リオンの身体を借りると直ぐにお前は文句を言うだろう? だからみんなを真似て作った、というのはどうでもいい。
いい加減、理解して覚悟を決めろ」
「何の覚悟を決めろ、と?」
「オリジンと当面分離はできない、ということの、だ」
「!」
「彼女とどう取引をし、上手くやっていくかを考えろ」
私の肩から髪の毛を啄み、引っ張るレルギディオス様。
「オリジンは、滅ぼせないし、消失させることもできない。
ならば落としどころを見出し、共存していくしかない。
いくら嫌だ怖いと言おうが、オリジンがその気になってお前の首を絞めれば、それで終わりだ。お前の中に在り、正しく生殺与奪を握っているのだからな」
「う……っ、それは、そうですけれど……」
私がなるべく避けたかった結論をあっさりと口にする。
他人事だと思って……って、他人事か。
「だったら、オリジンにとって有益な存在となって、こちらに少しでも有利な条件を取り付けるしかないだろう。
人格の主導権を貰う代わりに、必要な時には身体を貸すとか」
「そういう今まで通り、だったらいいんですけど、オリジンが望んでいるのはそうじゃないっぽいんですよね。私がオリジンに、オリジンが私になるみたいな」
「それならそれで、ある程度は仕方ないと割り切るしかない。
子どもが大人になるように、知識を得れば考え方や行動は変わるもの。
お前とて今の『マリカ』になったのは、ステラに先生の記憶をインストールされたからだろう?」
「あ……はい。それは、そうですね」
その点に関して突かれると、頷くしかない。
今の私はアースガイアに生まれた女の子、マリカそのものではない。
マリカの身体に、地球の保育士、北村真理香の記憶がインストールされて生まれた人格だ。
厩にいた頃の私が真っ当な自己判断力を持っていたら、
「今から、貴女に地球の保育士の記憶を入れる。人格や考え方は多分変わることになる」
と言われて、素直に受け入れられただろうか?
「生きていれば、自分ではどうしようもない事態ということは何度となく起きる。
その原因をなんとかして取り除ければ勿論一番いいが、そうも出来ない時には、今ある条件で何ができるか。ベストに拘らずベターを探す。それが、大人になるということだ」
「正しい事は言ってると思うけど、どの口が~って感じよね」
「うるさい! ブーメランなのは解ってる。言ってる自分が一番恥ずかしいし、ダメージ喰らってもいるさ!」
白子猫はワザとらしくため息をついて見せる。
「でも、だからこそ。どうしようもなくバカで、失敗ばかりだった俺だからこそ言えることもあるんだ!」
自分自身のベストに拘り続け、周囲を見ることもできずに罪を犯し続けた『神』。
だからこそ、彼の言葉には説得力があった。
確かに。
「まあ、もう少し待てば交渉の為のカードを増やせないわけじゃない」
「交渉の為のカード? 何ですか? それ?」
「今は無理なんだ。時間と、お前達の協力が必要だから」
「時間と、協力?」
「ああ。だから、諦めず投げ出さず、状況をよく見て考えて、最善の為の準備と努力を続けろ。お前達を、俺達は。アースガイアは絶対に見捨てない。
それを信じて、最善の為に何ができるかを考えるんだ……」
摺り寄せられる丸い頭。
漆黒の真円の瞳に、照れ屋で不器用な少年の姿が見えるようだ。
「カッコいい事も言えるんですね。流石、神様」
「黙れ! せっかく俺がらしくもなく……」
「いえ、感謝しています。おかげで、少し吹っ切れました。
そうですよね。私がぐだぐだ言おうと、最終的にはあっちの胸三寸」
柔らかい羽毛に手を添え、そっとなでなでする。
感謝の気持ちが伝わればいいのだけれど。
「私が気持ちをしっかり持っていれば、簡単に乗っ取れないと言ってましたし、多分……」
冷静に考えれば、本気で乗っ取る気はないのではないかと思う。
乗っ取る気であれば、今までに何度も機会はあったと言っていたし、実際その通りだった。
オリジンは、多分、共存を一番望んでいる。
乗っ取ると言ったのは、共存を選ばせる為のブラフなんじゃないかな?
私の中のオリジンがどの程度まで意識や記憶を共有しているかは解らない。
こんな相談も葛藤も無意味で、お見通しの可能性もあるけれど。
「オリジンは、この星の人々も、リオンの事も大切に思っています。
なら、オリジンと共存できるかもしれません。
レルギディオス様のおっしゃるとおり、共存を目指して、準備と交渉をしていこうと思います。
リオンと一緒を許して貰えるのなら、地球復興への従事も嫌ではないですから」
長年、一緒に生きて来た者同士。
同じ、大切なモノを持つ者同士、協力し合って落としどころを見つけていきたい。
そう思えた。
「私は、貴女をまた犠牲にするのは絶対にイヤよ」
「犠牲になんかはなりません。私はリオンと一緒に絶対に幸せになると決めてますから」
「その言葉、忘れてはいけませんよ」
「はい」
お母様は、私を黙って抱きしめて下さった。
言葉に出さない、でも変わらない激励が嬉しい。
問題は何も解決していないけれど、相談してよかった、と思う。
「私、大聖都に戻って、話をしてきます」
「そうね。当事者抜きで話はできないでしょう」
「リオンにこっちに来て貰った方がいいでしょうか?」
「アルとフェイを交えるなら、向こうの方がいいかしら?」
とりあえず、話は一区切り。
次のステップに、リオンと一緒に一歩を踏み出そうとした、正にその時だ。
通信鏡が、受信の蒼を輝かせる。
「誰だろう? あ、お父様?」
『マリカ!!』
受信と同時、部屋全体に、お父様のらしくも無い焦り声が響き渡る。
と、同時、イヤな予感がした。
心臓がぎゅううっと、音を立てるように伸縮する。
「何があったのですか? あなた」
『ティラトリーツェか? 丁度いい。マリカと一緒にこっちに来い!』
「だから、一体何が? こっちとは、どこですか?」
『アーヴェントルクだ。
アルフィリーガ。リオンからの連絡が途絶した!』
「えっ!」
『選択肢は貴方にあります。リオンと違って……』
その時、私の頭の中ではオリジンの言葉が、繰り返し繰り返し、木霊のように響いていた。




