魔王城 告げられたタイムリミット
オリジンの話が終わった後、私は自室で目を覚ました。
「良かった。お気付きになりましたか? マリカ様」
ソファで意識を失ったはずだけれど、目を覚ましたのはふかふかの寝台の上。
横には心配そうに私を見つめる銀の光が煌めいていた。
「あ、エルフィリーネ」
「また、貴女は一体何をしでかしたのです?」
「お母様も、心配をおかけして申し訳ありません」
お母様もすぐ近くにいらっしゃったようだ。
私の顔を覗き込み、しなやかな指で額に触れる。
「熱は無いようね。一体何があったのですか?」
「オリジンが……私の中にいる『彼女』が話しかけて来て……」
「え?」「オリジン?」
明らかに顔色を変えたエルフィリーネと違い、お母様は怪訝そうな顔。
そっか。お母様には意味が解らないか。
「なんでもありません。ちょっと夢を見たみたいで……」
「マリカ」
キロン、とお母様の水水晶の瞳が氷のように煌めいた。
「そんな言葉で私を誤魔化せると思っているのですか?
話しなさい。隠し事は許しません」
眉が上がり、白い額には青筋がピキッと奔っている。
私の方をキツい眼差しで見つめているし……ヤバい。これは相当に怒っている?
「お母様……」
「貴女は私の娘です。しかも、今は妊娠中で身体も心も安らかでいなければならない大事な時期。ただでさえ、仕事や責務でいっぱいいっぱいな貴女に、これ以上重荷を背負わせるわけにはいきません」
「ですが……」
「言い訳は聞きません。貴女は何度言っても、何度言っても何度言っても、何度言っても! 悩み事を抱え込み、重荷を一人で背負い込むのですから。
分け合い、周囲を頼れ、と本当に、何度言ったら解るのですか!」
「すみません! でも、他の人に迷惑をかけることはなるべく……」
「だから、言わないで抱え込むことの方が、余計に迷惑をかけるのだといい加減理解しなさい!」
「ごめんなさい!!」
「まったく。ティラトリーツェの言う通りよ。ことが起きるのは仕方ないけれど、その後の対処こそが大事なの。報告、連絡、相談。情報共有は必須。どんな仕事でも同じでしょ?」
「ステラ様……」
毛布の中に亀のように逃げ込んだけれど、鋭い眼差しからは逃れられない。
それどころか、柔らかい何かが私の頭に乗っかって、てしてししてる。
これは、多分ステラ様だ。
エルフィリーネが呼んだのかな?
これは、どうしようもないかあ。
私も、情報を整理しないと頭が混乱しそうだし。
「解りました。お話しします。
そして、その上で色々とアドバイスを頂けませんか?
正直、私もどうしたらいいか解らないんです」
逃げるように潜っていた毛布から頭を出して、私は息と弱音を吐き出す。
「解りました。とにかく何があったのか、全て話してちょうだい。
私が理解できることではないかもしれないけれど、知ってはおきたいのです。
ステラ様、お許し頂けますか?」
「いいわ。私も事がオリジンの話となると、無条件にマリカの味方をしてやれないかもしれない。そんな時に、貴女がマリカの支えになってくれるなら、心強いでしょうから。
でも、くれぐれも他言無用ですよ。ライオットは仕方ないにしても、他の者には。
フェイやアルにも口外は禁止とします」
「かしこまりました。『星』と『神』と『精霊神』の名に懸けて」
あっさりと、何の迷いも無く頷いて下さったお母様は、改めて私を見やる。
ゆっくりと身体を起こし、ベッドサイドに腰かけた私は唇を開き、一つ大きく呼吸した。
「もしかしたら、オリジンがしゃべってはいけない、と止めて言えない事もあるかもしれません。でも、聞いたことは全て話します。
お母様。私の中にはどうやら、もう一つの魂があるらしいんです」
「え? それは、貴女がこの星に転生する前に持っていたという『神の国』や『精霊国』時代の人格、というのではなく?」
「はい。まったくの『私ではない魂』。転生は同じ魂が、別人になって生きる事ですけど、それとはまったく別で、二つの別人の魂が私の身体の中には、入っているみたいなんです」
お母様には、私が別の世界とこの世界で死んで、生まれ変わった『転生者』だ、と前に説明した。
その後、ステラ様が地球の真実を伝えた時、どう話したかは知らないけれど、今の私は、お父様とお母様の間の流産した子の魂だと伝え、納得して下さっている。
「マリカの肉体の種子は、神の国から持って来た精霊神達の娘なの。
その種子に、私は貴女達の娘の魂を宿らせたけれど、先に神の国における、真実の『神』の意思も宿っていた。そういうことね? マリカ」
お母様にステラ様が説明する。
確認という形はとっているけれど、もうこの辺に関しては神々の間で共通理解はできているようだ。
「はい。とりあえず、御名は無いというのでオリジンと呼ぶことをお許し頂きました。
元は宇宙の、星海の創造主のような方の御使いで、神の国を導くのが使命だったとおっしゃっていました。コスモプランダーの攻撃には後手に回ってしまったものの、精一杯私達を守ろうとして下さった事は確かなようです」
それから、私はお二人とエルフィリーネに順番に説明する。
人類創造の経緯、オリジンの命題、そしてコスモプランダー襲撃時の真相も。
言えないかと思ったけれど、聞いたことは全部伝えることができた。
リオンが『オリジン』であるということも、この星が地球に向かう軌道に入っていることも。
「やっぱり、そうだったのね?」
「やっぱり、ってご存じだったんですか? 浮遊惑星の軌道が地球への帰路を辿っていたことを?」
「いいえ」
白子猫は可愛らしい仕草で頭を振る。
「私は、解らなかったし、気付かなかったわ。
この星は、地熱と大気のおかげで、宇宙空間の外気温や環境の影響を受けないの。軌道を固定させたり、どこかの惑星や衛星に紐づけるには膨大なエネルギーが必要だから、星の行くまま、自由に任せていた、というのが本当の所。
一応、他の惑星や恒星にぶつからないようにだけは設定していたけれど、互いの星の重力圏に近づくと干渉しあわないように自然に離れていたから、そのまま放置していたわ。気が付いたのはレルギディオスよ」
「神が?」
「そう。彼は地球に帰りたかったから、地球に帰る為の航路記録を残していたようね。
私達を見つけ、合流した時、星の軌道に気付いて地球に皆で帰れると歓喜した。
でも、星に根を下ろした私達は帰る意思も力も持っていなかったから、話は通じなかった。なのでブチギレて、皆様達を封印した」
「そういう裏事情が……」
「私なら説得できると思ったのかしら?
星の主導権を手に入れれば、子ども達を地球に戻してやれると考えたのかもね。
今思うと、あわよくばアースガイアを地球の衛星化して、地球復興の原動力に。なんて考えていた節もある気がするわ」
今までバラバラだった色々なピースが、少しずつ正しい位置に嵌っていくような感じがする。
意味不明だった『神』の行動なども、事情を知ってみればちゃんと理由があったわけか。
「コスモプランダー戦の時に、アースガイアの軌道については共通理解しているわ。
地球への帰還そのものは私達にとっても困る事ではない。むしろ歓迎すべきことだから、修正はしない予定でいます。
ただ……オリジンのことは本当にやっかいね。リオンの事も勿論だけれど、貴女を奪われるのはなんとしても避けたいわ。オリジンに、身体を明け渡したり同化したりするつもりはないのでしょう?」
「勿論です!」
「地球とアースガイアの未来を、精霊として考えるだけなら、マリカがオリジンと同化してその力を取り込む、というのはまんざら悪い提案でもない気がするのよね。オリジンの強大な力にマリカが鈴をつけて、制御できるのなら今以上に色々な事ができそう」
「止めて下さい! 全く別の魂と同化するなんて、何がどうなるか解らないんですよ!」
「完全に消去はしないと思うわよ。
オリジンも『貴女』という『個性』を失いたくはないでしょうし」
「確かに、同化を容認するなら、ベースは私でいい、っておっしゃっていましたけど……実際にそうなったら、約束を守って貰えるか解らないでしょう?
力は圧倒的にあっちの方が上ですし!」
即答、断言。
私は、私以外になりたいとは思わない。
例えそれが『神』と呼ばれる存在であろうとも。
「ステラ様。お戯れはそこまでに」
「ティラトリーツェ」
「冗談にしても言いすぎです。私は、マリカという人格が喪われることは、どんな理由があろうとも、その先に輝かしい未来があろうとも絶対に許容できません」
お母様が厳しい眼差しで、子猫を睨む。
すごい剣幕だ。
「冗談を言っている訳ではありませんが、そうね。失言でした。
私も、マリカという今の人格を、魂をとても気に入って愛しく思っていますから。
例えそれがアースガイアにとって有益であろうとも、失いたいとは思ってはいませんよ」
「いえ、すみません。私もちょっとテンパっちゃって」
この星を守る神々としての立場もあるのだろうけれど、ステラ様が私やリオンの事を案じて下さるのは解っているし、本気で同化しろと言われている訳ではないと知っている。
だから、これ以上八つ当たりをするつもりはない。
「リオンが第二世代ウイルスのオリジンである、ということは後でゆっくり考えましょう」
「いいんですか? 私よりも事態は深刻だと思うのですけれど」
「あの子は『精霊と人間は守るモノ』と教えられています。
守るべき妻と、子もある。
オリジンとして意識して、力を使いアースガイアを支配しようなどと思う事はないでしょう。その点において、私はあの子を信じています。
だから、今、緊急なのはマリカと中にいるオリジンにどう対応するかを考える事。貴女を優先することを多分、リオンも許してくれます」
「ええ。時間が本当にありませんからね」
お母様とステラ様が、顔を見合わせて考え込んでいる。
「時間、そんなに無いですか? オリジンはゆっくり考えなさい、って言ってましたけど」
『今後、貴女の身体を乗っ取れる状況でもない限り、私は表には出て来ません。
貴女にとってもこれから長い時間を左右すること。
しっかりと考えて、周囲と相談してもいいから覚悟を決めなさい』
そう言って説明の後、彼女は消えて行った。
次に出てくる時までに決めないと、優柔不断とみなされる可能性はあるかもだけど。
「生死にかかわるようなダメージを受けることなんて、人生にそうそう……って、あたっ!」
小首を傾げた私の額を、お母様がでこピンする。
と、同時にお腹の中の子どもが暴れた。
妊娠人生初めてっていうくらいの、強い蹴りだ。
「何を呑気な事言っているの? 彼女の告げる最初の期限まで、おそらくもう半年もありませんよ」
「え? なんでですか?」
「マリカ。貴女も知っている筈です。女性にとって自らの生死を賭けた戦いを」
「あ……」
『生死の境をさまよい、精神と肉体が剥離するようなダメージを負う機会でもなければ』
そうか。
私よりも、この子の方がきっと危機感を感じていたのかもしれない。
だから教えてくれたのだろう。
この子の出産の時、お前の肉体を頂くというオリジンからの期限宣告を。




