魔王城 オリジンとの対決 前編
気が付けば、そこは闇の中だった。
正確には、気が付いた訳ではない事は分かっている。
でも、流石に二度目だしね。
それに今回は自分が招いたことだ。
最初の時よりは少し、落ち着いている。
うん。落ち着いている筈だ。
『前の時のように慌てたりはしていませんね。
少しは成長し、大人になりましたか? マリカ?』
目の前に、懐かしくも見慣れた顔をした女性が立っていても。
「嘘つき」
『あら、開口一番がそれですか?
言っておきますが、私は一度たりとも嘘などついたことはありませんよ』
幼い頃、とても美しいと感じた女性の姿を、今の私は見慣れている。
流れるさらさらストレートの金髪。
深緑の瞳。
桜貝の唇。
しなやかな鼻梁。
自分で褒めるのもなんだけれど、それは鏡の中で毎日見る自分の顔と同じだった。
はっきり違うのは、髪と瞳の色と、ドレス。
それから今は妊娠して膨らんだお腹、くらいだ。
「『精霊の貴人』、じゃなくって『オリジン』だったんですね。貴女は?」
『私、一度でも自分が精霊女王マリカだと名乗りましたか?』
「…………そう言われると、はっきりとは覚えていないけれど……」
『『精霊の貴人』と呼んでくれ、とは言いましたね。
でも『精霊の貴人』というのは、人と精霊の力を併せ持ち、人々を導く女性と、その力の名。
私が名乗ってもおかしい話ではありませんし、あの時点では貴女より私の方が『精霊の貴人』に近かったですから。
ナノマシンウイルスの意思だ。オリジンだ。などと言っても、あの当時は理解できなかったでしょう?
そもそも、話す事もできなかったですし』
彼女は私の抗議などさらりと流して、微笑する。
「あの当時は、ということは、今なら話して貰えるんですか?」
『ええ。色々と警戒と誤解があるようですから、そこを解いた上で、正式に協力を仰ごうと思いまして』
「協力を仰ぐ?」
『少なくとも、私はそのつもりです。
貴女が思うように、すぐさま貴女の身体を乗っ取って、自分が貴女になろう、とは思っていませんよ』
「……ホントに? 今まで何度か、命の危険っぽいものとか、浸食の気配とか感じたんですけど」
『それは、まあ。
でも、一応セーブはしているのですよ。これでも』
思いっきり上目遣いというか、ジト目と言おうか。
不満を視線に乗せて抗議する私に『彼女』は肩を竦め、苦笑した。
『盗ろうと思えば、その機会は何度もありました。
ただ、子ども達を守り、導いた貴女の功績と努力には感謝していますし、そもそもリオンが貴女以外の『マリカ』を認めないでしょうから。
できるなら、貴女には自主的に私に協力して欲しい。
その為に、貴女が聞くのなら説明をする用意はあるのです。
ただ、聞いたらその後は、ほぼ二択ですけどね』
「二択?」
『はい。
私と同化して新たな『オリジン』となり、地球復興の為に働くか。
それとも、私に身体を完全に明け渡すか』
「!」
彼女の提案に、選択の余地はあるようで、これっぽっちもない。
私は思わず食って掛かったけれど。
「ちょっと待って! その二択?
この星で、リオンと一緒に許される限り人間として生きて。
その後は精霊として生涯を捧げるってのは無しなんですか?」
『無しです。
そこの所は、私にとって絶対至上命令。
譲れない存在意義なので』
「前は、私の身体を乗っ取るつもりはない、って言ってたくせに……」
にっこりと。
でもどこか冷徹な『女神』の眼差しで、私を見る『オリジン』。
最初に出会った時のような、見守るような、優しく、そしてどこか殊勝な姿は本当に無い。
欠片も無い。
『最初の出会いの時だったら、それを許してあげるつもりではあったんですけれどね。
今は、状況が変わっていますから。
良くも悪くも、貴女、いいえ。貴方達は傑物過ぎた』
「どういう意味ですか?」
『それをこれから説明します。聞きますか?』
聞いたが最後、二択だ、と彼女は言った。
でも、聞かなくても多分、こうなってしまった以上、彼女を無視して私が私で在り続けられる可能性はない。
ならば、情報収集は必要だ。
『まあ、安心しなさい。
今すぐ結論を出せ、とは言いません。
私も貴女の身体を乗っ取るのは簡単では無いんです。
この肉体は貴女という魂と完全に紐づけられていますから。
強制的に奪い取る為には、生死の境を彷徨い、肉体と魂が剥離するような局面にならないと難しいですね。
少し顔を出して、肉体を借りるくらいならできなくもないですが、今は物理的にそれも難しくって……。
貴女は愛されていますからね。
あの子達に』
難しい、ってことは、できないってことではないのだろうな。
と思いつつ、できる限り彼女を私は『見る』。
完全な敵対者では、今のところないというのは本当だろう。
許される範囲内で私達を想ってくれているのも、多分確かだ。
でも。
油断はできない。
「ゆっくりと、私の中にご自分の力を染み込ませて、乗っ取ろうとしてません?」
『していない、とは言い切りませんけれど、それはあくまで、将来的な目的の為の下準備をしているだけ。
貴女の力を高めることは、貴女がどんな道筋を選ぼうと、貴女に不利にはなりませんから。
そう。
私と貴女の件に関しては、最終的な決定権は貴女にあります。
……リオンと違って』
「!」
私はまるで、頭の上から冷水を浴びせかけられたような気分になった。
自分の事だったら、仕方ないとか、どうしようとか思えるけれど、リオンの事になると私は冷静さが吹っ飛ぶと自覚している。
でも。
私の聞き取り違いでないのなら、リオンには決定権が無いのだと、彼女は言ったのだから。
「リオンと違って?
それは、どういう意味なんですか?」
『ですから、話を聞きなさいと言っています。
時間はあるようで、そんなにはないのです』
ぴしゃりと、彼女の言葉の鞭が私を叩く。
問い縋るつもりで踏み出しかけた足を戻して、私は背筋を伸ばした。
彼女の言っていることは、少なくとも嘘では無いし、間違ってもいないと解る。
ならば、選択肢は他にはない。
『今の貴女でも、全てを語ることはできません。
ただ、地球の『オリジン』の名に懸けて、語れることは語る。
今、ここで告げることに嘘偽りはない、と誓いましょう』
私は身構える。
身も、心も。
彼女は、オリジンはそう告げるけれど、油断はできないぞ。
嘘偽りはない、と言っても、捻じ曲げたり、解釈を歪ませたり、言わなかったりすることは絶対ある。
さっきの『精霊の貴人』のように。
何が真実か、見極めないといけない。
彼女に、大切なモノを盗られないためにも。
私自身。
リオン。
そして何より、お腹の中の子どもも含まれているのだから。
「『オリジン』
話はお伺いします。
ですが申し訳ないですが、私は、あの時と同じくリオンも、エルフィリーネも、そしてこの星の『精霊の貴人』の地位も、貴女に譲り渡すつもりはないです。
奪おう、っていうのなら全力で抵抗します。
抗います」
『結構。
それくらいの気概がなければ、この先の永劫において自分を維持し、貫くことはできませんからね』
私の決意を、彼女は肯定してくれた。
許してくれた、というのとはまた違うのだろうけれど。
『では、貴方達が気にしていることの、まずは答え合わせといきましょう。
コスモプランダーと、私との関係。
そして『私達』の存在意義について』
漆黒の空間が、ぱあっと一気に姿を変える。
星の海。
宇宙空間へと。
プラネタリウムの立体映像の中に立っているような、空中浮遊の感覚に脳がくらくらする。
実際に本物の宇宙に立ったことがなければ、きっと酩酊していたかも。
『私達には、時間の概念などさして意味はありませんが、貴方達からして遥か遥か昔。
一つの『生命』が生まれました。
それが一体何なのかは、私達にも解りません。
銀河の意思。
宇宙の魂。
創造神。
人の言葉で括るなら、そんな存在なのかもしれません。
けれど、そもそも人の概念で捉える事などできないその方は、ある時『意志』を示されたのです』
『子らよ。
生れ、立ち、育て。
そして、我が横に立つモノとなれ』
その『思い』『意思』と共に光が弾け、無数の星が流れ、飛び立っていくのが見えた。
『かの方の意思と願いを受けて、私達は旅立ちました。
そして、私は辿り着いたのです』
星の一つは、とある星に落下した。
海洋に落下したソレは、高い水しぶきと共に、意思と力で星を包み込んだ。
蒼い、水の星。
太陽系第三惑星、地球へと。




