魔王城 オリジンとの対峙
「凄い量の御本ですね」
「そう? これでもかなり絞ったんだけど」
図書館から借りて来た本を魔王城の三階に持ち込んだ。
お休みは短いし、なるべくなら積読にはしたくないので読み切れる量を、と思って少なめにしてある。とりあえず三十冊。
国会図書館の中には無く疑似クラウドに収蔵中の本が殆どで。検索し持ち出ししたこのタイプは返却不要、なんだって。
『『神』の消費型のナノマシンウイルスをお借りしておりますので、貸出期限が過ぎれば自動的に消滅致します。長くご利用なさりたい時はあらかじめご申請下さい。少々時間はかかりますが長期保存できるように物質化致しますので』
つまりなところ。
ステラ様は、自分の能力の範囲内で無色のナノマシンウイルスを作ることができる。
無属性のそれらは基本的には何が出来るわけではなく、空中を彷徨い、安定しようとして同種の存在と集まる。
基本的には自然物に。生物の中にも入って、宿主を守る為に生命を助ける働きをする。
精霊神様達のお力は、自然物に入り込んだナノマシンウイルスを操作するもの。『気力』=人の生命力、意志力をもって、ナノマシンウイルス達に方向性を与え、特殊な命令を叶えさせる。
だから、仮にまったく新しいナノマシンウイルスの混入していない水や、大気があっても力は発揮できない。まず、ステラ様のウイルスを散布し混入させてから、になるわけだ。
『神』レルギディオス様の増幅能力は、その無色の力を増幅させるもの。ただし、長続きはしない。増幅炉を使ってももって数日。爆発的に増加させた場合にはもっと消費が早くなる。
消費前提で使うならいいのだけれど、貯蔵はできないということらしい。
どうりで『増幅の能力を持っている』のに500年も人間から搾取しても目的の力が貯められないわけだ。
その辺をツッコむと多分。
『子ども達の生命維持や、不老不死社会の維持とかで消費も激しかったんだ!』
って怒りそうだけど。
まあ、とにかく図書館から借りて来た本の大半は貸出期間三日で消失するコピー。
本を汚すつもりはないけれど、気軽に読めるのはありがたい。
私は丁度三日間のお休みの間。思いっきり読書にふけることにした。
「飲み物と軽食の用意はここにしておきます。何かご用事があればお呼びください」
三階の女王の部屋は、原則一般人立ち入り禁止。
私の側近の中ではセリーナとカマラだけには入室を許可している。
色々と身支度などを手伝って貰わないとならないから。
「ありがとう。セリーナ。でも、今日は一日部屋から出るつもりはないから、気楽にしてて。
なんだったら、アルケディウスに戻って来てもいいけど」
「いえ、私も自室で読書させて頂きたいと思います。魔王城の書庫から本を借りて参りますので」
「そう? 図書館からセリーナの分も本を借りてくれば良かったね」
「私には精霊古語は読めませんので」
「あ、そっか」
国会図書館の本は基本的には全て日本語で書かれている。
一部英語の本もあるけれど。
そして日本語は七国には伝えられていなかった。
各国の言葉は一部精霊古語として伝えられていたけれど、日本語は『星』と『神』の管轄で。エルトゥリアは滅んでいたし『神』は神殿の者たちを本質的な所で信用していなかったから精霊古語を教えなかったようだ。
まだ図書館の本を読める『アースガイア人』は私とラールさん。
あとはクラージュさんとリオン、後はレオ君くらいで。
フェイさえも学習中。タートザッヘ様はかなり習得して内容が理解できるようになってきたけど、他の国の文官さんはまだまだとのこと。
目覚めたばかりの『神』の子どもは自由時間に何人かが本を読みにくることもあるらしいけれど、日本語を『教える』っていうのは高等技術だからね。
日本人の子ども=日本語教師にはできないし。
「随分とたくさんありますが、何を借りてこられたのですか?」
「半分は保育関係。産休に入る前に各国に、保育指針を用意するって約束したから。
あとは技術関係の本と科学の本。それから素材関連の図鑑とか。
それからSFとか、医療関係の本も」
「えすえふ?」
「あ~。とにかく色々。今後のアースガイアに役に立ちそうなのを節操なく。
どんな知識が役に立つか解らないからね」
国会図書館の蔵書量はすさまじく、建物の建築設計図から医療関係の論文まで。地球人類の英知の欠片ともいうべき書物が揃っている。
ただ、それを理解し活用する為には受け入れる私達に、基礎的な素養と活用する為の技術力が無いといけない。今の私達はナノマシンウイルスという元敵の力を利用していろいろな難しい所をショートカットしているけれど、それでも本当の意味で地球文化を再生するにはまだ時間がかかるだろう。
「直ぐに使えそうなのはやっぱり音楽の楽譜、料理のレシピ、植物と動物について。
後は色々な物作りのアイデアと科学薬品とかの作り方、とかかな?」
「物作り、ですか?」
「そう。洗濯機とか炊飯器とか、車やトライジーネももっと良くできるし、通信鏡もカレドナイトに頼らない科学技術でできれば、もっと一般化できると思うんだ。
シャンプーも今なら、ハチミツに頼らないものができると思うし」
「車に通信鏡、料理にシャンプー。そんな幅広い知識がコッカイトショカンにはあるのですか?」
「うん。私にはまだ理解も実践もできないけれど」
かろうじてすぐ使えそうなのは手作りコスメの本とかかな?
これはシュライフェ商会とフリュッスカイトに相談して、実用化できるかどうか試して貰おう。
あと、スパイスやハーブの本も見つかったから各国に探してもらう予定。
上手くいけば料理の幅も広がると思う。
「あまり根を詰められると身体に毒です。ご無理はなさいませぬよう」
「解ってる。気を付けるから」
「では、どうぞごゆっくり。一階の自室におりますので御用の際はエルフィリーネ様経由でお知らせ頂ければ」
「ありがとう」
セリーナは自分が側にいると私がゆっくり読書できないと思ったのだろう。
軽く会釈して退室してくれた。
「さ~てと。読むかあ~」
布張りの柔らかく心地よいソファに身を預け、私は本を手に取った。
寝っ転がりながら本を読むのはお行儀が悪いけれど、私一人しかいないんだからいいよね。
最初に取ったのは保育の本。
ではなく、SFの本だった。
ウイルスによって、人類が絶滅して南極にいた人だけが助かった、という映画にもなった名作。
他にもパンデミック関連の小説を数冊一気読みする。
そのおおよそがメリーバッドエンド。
悲劇を受け入れ、変わり果てた世界で最後まで希望を捨てないってタイプの話だった。
これはどれも、コスモプランダー襲撃以前に描かれた話。でも、現実と妙にシンクロする。
書いた本人達もまさか、実際に宇宙から侵略者と共にウイルスがやってきてくるとは思わなかったことだろうけれど基本的にウイルスが今回のように指向性をもって人類に襲い掛かった場合、人間側にできることはそう多くは無い。
ウイルスを研究して、ワクチンや抗ウイルス剤を作って感染を食い止め生存を目指すのが精一杯で……。
読んでいくにつれて、だんだんに変な胸焼けがしてくる。
心臓が熱い。
吐き気がする。気持ち悪い。
……解っている。これは『彼女』からの意思表示だ。
「いるんでしょ? オリジン?」
私は、私の中にいる存在に話しかけた。
いつまでも怯えてはいられない。
どこかで話をつけないと。
「言いたいことがあるのなら、ちゃんと言って。
わたしたちの事。これからの事……。
内容によっては協力しないでもない、から」
私が言葉に出して言ったと同時、意識が遠のいた。
この感覚には覚えがある。
遠い、遠い昔。
私の気絶人生のほぼ最初。
強制的な変生で大人になった時のような。
ぱさり、と音を立てて本が床に落ちた。
「マリカ様!」
降りて来たらしいエルフィリーネの声が遠い。
でも、彼女がいてくれるなら、最悪の事態にならないように、対処はしてくれる筈。
『まったく。刺激するなと言われたのでしょう?
もう少し、知らんふりしていればいいのに』
頭の中、ううん。私の中で声が聞こえる。
その声に手を引っ張られるように、私は、落ちて行く。
『まあ、いいわ。私も、貴女に話さなければならないことがあったから……』
深い深い、闇の中に。




