魔王城 国会図書館の司書精霊
アルケディウスの大祭終了後は、数日間お休みを頂くことになっていた。
夏の丁度真ん中の日にあたる火の一月、第一日に礼大祭があって、出産前最後のお勤めになる奉納舞を大聖都で納める。
その後は産休に入らせて頂くので、出産直前までお母様達もいる魔王城でまったりする予定だ。
「ラールさん。お邪魔させて頂きますね~」
「わっ! マリカちゃん? 本当に自分で来たんだ。どうしたの?」
で、大祭後のお休み。
私はカマラとセリーナを伴って、魔王城の国会図書館に来ていた。
事前に一応、通信鏡で連絡は入れておいたけれど、館長のラールさんは目を瞬かせている。
「七国の大祭が全て始まったので、少しお休みを頂いているんです。
だから、本を借りて部屋でゆっくり読み耽ろうかなあって」
「言ってくれれば持っていくのに」
「やっぱりたくさんの本の中から、自分で選びたいじゃないですか?」
「そりゃそうだ。本がたくさんある風景、っていうのは見ているだけでも楽しいからね。
どうぞ。今の時間はまだ地球移民の子達もいないから静かだよ」
同好の士、というかオタク仲間というか。
本好き同士、通じあうものがある。
ラールさんは頷くと、中を案内してくれた。
「エリセは? 大祭の手伝いですか?」
「そう。三日間だけでも手伝ってくれって頼まれて。
『お土産買ってきますから、いい子にしててくださいね』だってさ」
ここに入るのは二度目だけれど、右を向いても左を向いても本棚。
しかも、すんなり読める日本語。
なんだか自分の居場所に帰ってきたみたいだ。
しばらく歩いて、ラールさんは開架式本棚の他に、机、椅子の在る部屋に案内してくれた。
「とりあえず、ここが一般用閲覧室ね。今度、貴賓室みたいにゆっくりできるところを作ろうか、って思っているんだけど」
「お気になさらず。十分ですよ。なんだか懐かしくて、嬉しくって……」
思わず目元を擦ってしまう。
図書館を懐かしく思うのは私の記憶ではないけれど、地球という今は無い星の文化、人間の英知の欠片がこうして残されているのは感無量。
泣けてくる。
「ここにあるのは、雑誌類が主みたいだ。
表に置いてない本の方が多いから、必要な本が決まったら声をかけて。
検索して探して持ってくるから」
「検索って、パソコンとかあるんですか?」
国会図書館は蔵書数千万冊と言われている。
一日数百冊×50年以上、本を集めて来たわけだからね。
どこに何があるか、人のキャパでは探し出すのさえ一苦労だ。
「いいや? パソコン本体は無いんだ。機械的リソースは貴重だったんだって。
だからエレベーターとか電話とか調理家電も無いし、電気も無い。
いつも真っ暗でけっこう怖いよ」
「でも、ここ明るいですよね。どうやって?」
「そこはそれ、精霊パワーで。
チェーカ!」
『お呼びになりましたか? ビブラリアン』
天井に向けて呼びかけたラールさんの声に応えるように、ふわりと精霊が舞い降りる。
「ちゃんと紹介していなかったから、挨拶してくれるかな?
マリカちゃん。彼女はこの図書館の精霊。管理AIって言った方がいいかな?
図書館だから、可愛くチェーカって今は呼んでる」
『初めまして。人と『精霊を繋ぐ聖なる貴人』
私は、この図書館の管理を任されております精霊にございます。先ほどもビブラリアンが申しました通り、登録名はビブリオチェーカ。個体名はありません。
ビブラリアンと区別する為、チェーカと気軽に呼んで使っていただければ幸いです』
この世界で今まで出会って来た精霊とは、ちょっと一線を画す風情の女性だ。
と、その時思った。
初対面の印象は「キャリアウーマン」
長いであろう黒髪をアップに纏め、どこか日本のスーツを思わせるドレスを纏っている。
眼鏡までしているよ。
「初めまして。チェーカさん。私はマリカです。
貴女も、地球から来た精霊なのですか?」
少し、ドキドキしながらカーテシー。
外見年齢三十歳前後の女性は、ちょっと上司みたいで緊張する。
『はい。私の記憶にはありませんが、故国日本において書籍に携わる仕事をしていたようです。書物に対する知識と愛情を買われて、星の遺産たる図書館を任されました。
永く眠りについておりましたが、こうして稼働を許可されましたこと、嬉しく思っております』
今まではずっと『神』の疑似クラウドの中で休眠していたから、人の役に立てるのが嬉しいという。
「図書館の管理、ということはエルフィリーネみたいな感じなのかな?」
『同じ役割、形態をとっておりますが、エルフィリーネ様と同格ではありません。
私は、単にこの図書館の管理と、内部検索を行うだけの精霊にございます。
エルフィリーネ様は模倣存在である我々とは異なる、高次元に位置する正真正銘の精霊、でいらっしゃいますから』
精霊、というのは『神』の定義によればナノマシンウイルスそのもの、もしくはその力を取り込んだ能力者。
これには結果的に取り込まれた形になる『元地球人で移民の為の補助として存在を捧げた人間』も含まれる。
彼らは生前の知識や情熱を超高性能コンピューターであるナノマシンウイルスに提供し、人々の役に立つ為の精霊として、今も任務に付いているという訳だ。
生前の記憶や人間としての意識がない彼女達は、あくまで人格を持つ人間の為の道具として自分達を定義しているから、それに不満はない様だけれど。
「チェーカさんは……」
『チェーカ、とお呼び下さい』
「……では、チェーカの仕事はこの図書館の管理と聞きましたが……」
『はい。私の本体である『精霊石』は建物と同化しており、移動、分離は困難です。
その代わり、この図書館を司る者としてありとあらゆる権限を与えられております。
館内の空調管理、光源管理、清掃、図書の管理などは全て私が行っております』
「凄いですね」
『先ほどビブラリアンは、図書館内に光は無い、と申しましたが、基本的に書物には陽光を始めとする光は劣化などの悪影響を齎しますので、必要の無い部分の光源はカットしているだけです。利用者が必要とする部分には適宜、壁面に混入されているナノマシンウイルスによって光源を提供いたします』
つまり、この建物は地球の国会図書館そのものに見えるけれど、実は一度『神』によって疑似クラウドに取り込まれ、再構築されたものだから、建物全て、書物などにもナノマシンウイルスが混入されている。
それに管理AIである彼女が命じることで、館内の管理調整を行う、という訳だ。
埃や汚れを取る掃除やライティング。
エターナルライトと呼ばれる魔法も、建物内に混入したナノマシンウイルスが周囲の素材に光の属性を付与して行っているとのこと。
エルフィリーネがどうやってあの広い魔王城の清掃管理をしているのかと思ったけれど、同じような仕組みなのだろう。
「図書の管理も貴女がされている、とのことですが?」
『はい。日本国立国会図書館、災害当時まで蔵書数約四千五百万冊を所蔵しております。
ただ、新館、本館、子ども図書館の全てを現実世界に再現するのは場所とリソースが足りませんので、現在蔵書数の約八割は『神』の疑似クラウドスペースに収納されたままです。当面はご要望があれば私が手続きを行い、再現いたします』
『神』に何かあった時の為に、早急に物質化したい意図はあるけれど、今は優先することが多いから、後回しだって。
子ども達が全員、目覚めたらその分のリソースを図書館に回すという。
「所蔵されているのは災害当時まで、なんですか?」
『はい。国立国会図書館は日本国の首都、東京にございましたので、コスモプランダー襲撃により全ての人員が死亡しました。本州以外の北海道、四国、九州、沖縄、離島に残った生存者が新聞などの出版を続けたという記録はありますが、ここには貯蔵されておりません』
「そうですか……」
ちょっと残念。
大災害の後、残された生存者達がどんな風に対応して、危機を乗り越えようとしたか知りたかった。
まあ、コスモプランダーそのものは殲滅したから、同じような災害は起きない、とは思うけれど。
「貴女への命令できる人間は、司書権限を持つラールさんのみですか?」
『現状ではその通りです。ラールとその奥方であるエリセを仲介者として、私に働きかけて頂く形になります。準備が整い次第、徐々に登録者は増やしていくつもりですが』
「では、私からの依頼もラールさんを通した方がいいですか?」
『いえ『精霊の貴人』の命令は全精霊にとって、最優先となりますので、ご要望があればいつなりと』
「いいんですか?」
『はい。収蔵書架からの本の取り出しについては、少し時間を頂くこともありますが』
「では、リストを作りますので、出して頂けると嬉しいです。
書籍名や作者名とかは解らないので、ふわっとしたオーダーになってしまうかと思いますが」
『希望分野、内容など解ることを教えて頂ければ、それに可能な限り該当する書物をご用意いたします』
「ありがとうございます。では……」
私はお願いして、本を出してもらうことにする。
一応、ラールさんがいるので、頭越しに勝手には頼まないつもりだけど。
数千万冊の本だからね。
該当する書籍って『保育関連』だけでも凄い数になる。
当然読み切れないので、じっくり精査していくことになるだろう。
でも。
出して貰った日本の書物。
すっかりなじんだ異世界文字とは違うけれど、見ただけで『解る』
スラスラ読める。
懐かしいそれが嬉しい反面、なんとなく。
なんとなくだけど、私は、言葉にできない不思議なモヤりを、心の中で感じていた。




