皇国の大祭 舞台劇『アルフィリーガ』 未来に続く物語
舞台劇『アルフィリーガ』初演は、総時間一刻、約二時間の大作だった。
この世界の、祭りの余興であるアースガイアの演劇事情を鑑みると、これは異例の事。
前にも言ったけれど、まだ一般大衆が物語を集中して楽しむ能力を持っていないから、ダイジェストで飽きさせないように、物語の良い所だけを見せて興味を集中させるのが常なのだ。
けれど、エンテシウスはあえて、休憩一切なしで壮大なストーリー物を見せるという手段に出た。
ここ数年、毎年少しずつ内容の込み入った舞台を見せる事で、人々の集中力を養って来た。
「今年なら、きっとイケる。そう確信しております。
もし飽きさせてしまったら、それはグローブ座の力が足りなかったということなのでしょう」
彼の言葉通り、今の所、人々は強烈なストーリー展開と舞台演出。そしてグローブ座の演技力に魅入られている。
前半戦が終了。
いよいよここからが後半、向こうの世界で言う所の第二幕、だ。
美しい恋の成就で終わった第一幕は、見る人々の心に大きな感動と安堵を届けた。
きっと多くの人達は、第二幕では思いを寄せた恋人達の幸せな光景が見られると思った事だろう。
私も思った。
けれど、意外な事に第二幕は、寂れた一軒家。
そこに横たわる女性から始まる。
「お母様! ただいま戻りました」
「お帰りなさい。アルフィリーガ。何か困ったことはありませんでしたか?」
「いいえ。何も! 神官様がお母様に食べて頂けって、シチューを分けてくれたんです。今、温めますね」
「ありがとう……」
子役の少年は甲斐甲斐しく母親の世話をしている。
けれども、母親であろう女性は弱り、ベッドからも立ち上がれない様子だった。
女性が一幕のヒロイン、アシェイラであることは一目で判る。
けれど、前幕で颯爽としていた女性はやつれ、痩せ細り、見る影もない。
魔王の寵愛を受けた筈の彼女が何故、と思う観客の思いを読み取ったように、舞台は二分割。
半分に分けられた暗闇にスポットライトが当たって、
「ああ……。もう、疲れた……」
孤独な王座で一人、息を吐く魔王の独白が始まる。
「何故、私は魔王なのだ。この瘴気に囚われた身体では、愛する者を幸せにすることはおろか、側にいることさえもできないとは……」
どうやら、魔王を闇に染めた瘴気は人の身体を蝕むらしい。
「許してくれ。アシェイラ。私が、君を愛したばかりに……」
「貴方のせいではありません。ただ、私の身体が弱すぎたのでしょう」
「待っていてくれ。俺は、いつか、必ず君を迎えに行く。
君と共にいることができるようになったら、その方法を見つけたら、絶対に!」
「ヴァン……」
「その時こそ、約束した通り全てを捧げて愛し、守ると誓おう」
愛を交わし合った二人だけれど、瘴気に当てられたアシェイラ皇女は身体を病み、生命力が零れていく病に罹った。
魔王の力ではどうしようもなく、密かに訪れた神殿でも手の施しようがないとされた彼女は、泣く泣く魔王の側を離れ、かつて助けた村の外れで我が子と暮らすようになった、ということらしい。
生活費は魔王の力で与えられた財宝があり、不自由なく過ごせていた。
けれど、
「アシェイラになら、アレを預けられる。
私の神の子としての力の分身。無垢なる力。
いつか、アレが育ち、私よりも大きくなり、私を斃してくれれば、私は神の国に戻ることができるのだろうか?」
つまり、第一部で魔王が持っていたのは、瘴気に囚われる前に切り離した『神の子』としての力。
それを魔王は、アシェイラ皇女の身体を借りて、我が子として産みだしたらしい。
圧倒的に魔王としての力が強い現状では、取り込んだら僅かに残された光も闇に呑み込まれてしまう。
けれど、人の子として生まれ、成長し、神の子『勇者』として光の力を育てれば。
そして、彼が自分を倒してくれれば。
自分は彼に取り込まれて一つとなり、神の子に戻れるのではないか。
そう微かな希望を込めて、彼は自分の子を世に生み出した。
魔王の子を身体に宿し、産み落としたアシェイラ皇女は、日に日に弱っていった。
幸い、瘴気侵食は彼女に宿った『アルフィリーガ』の力で止まったけれど、人の身体に余る力を有する『神の子』の妊娠、出産は、やはり母体から生命力を奪って行った。
神殿を訪れたことで『神』は彼女の事を知り、守護と後ろ盾を与えてくれたらしい。
でも、彼女の肉体に付けられた目に見えない傷と負担そのものを治すことはできなかった。
母親と周囲、神殿の者たちから愛情としっかりとした教育を受けた少年アルフィリーガは、すくすくと成長していくが、その成長を見届けることなく母親は命を落とす。
「アルフィリーガ。貴方は強い子。
父君の魂と力を継いだ、この星の希望の子です。強く生きなさい。そして、人々の為に生きるのです。私は、いつも貴方達の側にいますから」
彼女は一度たりとも父親を悪く言うことはなく、彼の出生を語ることも最後までしなかった。
残された少年は神殿で大事にされて育ったけれど、やがて自分に周囲とは違う力があることに気付き、一人旅立ったのだ。
そして旅先で魔王の存在を知り、討伐の為の旅を続ける戦士達と出会い、一員となる。
日々凶悪化していく魔性は、徐々に人さえも襲い始めた。
討伐の旅の果て、彼は『魔王』との再会を果たす。
己の分身にして父親との戦い。
激動の展開だ。
「人々を苦しめる魔王 ヴァン・ドゥルーフよ! 今、ここで貴様を倒す」
「やっと、やっとたどり着いたか。待っていたぞ! アルフィリーガ!!」
死闘の果て、仲間と共に『魔王』を倒した勇者。
けれど、討ち滅ぼした筈の魔王の魂は勇者に憑依し、その内側から語り掛けて来る。
魔王の真実と、自らの宿命。
そして、自分であった存在の犯した罪の重さを……。
「そんな……。俺が……全ての元凶だったのか!」
「お前が、悪いわけじゃない! しっかりしろ! アルフィリーガ!」
黒い闇が足元からアルフィリーガを包んでいく様子は、舞台最初の神の子の侵食シーンを思い出させる。
「俺は……償わなければならない。使命を果たせず……大事な者も守れず……ただ、ただ壊す事しかできなかった不出来なアルフィリーガ、『神の子』として……」
「アルフィリーガ!」
「止めるには……どうしたらいいの!?」
「やめろ!!!」
仲間達や戦士ライオット役の制止も待たず、己の胸に短剣を突き立てようとしたアルフィリーガ。
けれど、剣はピタリと止まる。
金色の光を纏った女性の手によって。
「母上?」
『あなた……正気を取り戻して。
そして、アルフィリーガの仲間達。
お願いです。どうか……力を貸して下さい……。この子の為に……』
呼びかけた女性の声に応えるかのように、背後に立つ二人の仲間が目を閉じる。
そして一瞬の隙を見計らい、戦士ライオット役がアルフィリーガから短剣を奪い取った、正にその時。
白光が彼らの前に降り立つ。
瞬間、スポットライトが点滅。
目が焼けてしまいそうな眩しさに目を閉じると、女性は消失。
二人の魔術師も神官も、その姿を消していて、入れ替わるように最初に出てきたシルエットが現れる。
舞台全体を包み込むような威厳と共に。
『まだ、早かった。良き仲間に出会えたことが、裏目に出たか』
「父……上」
「『神』?」
『急ぎすぎたな。アルフィリーガ。気持ちはわかるが……』
動きを止めたアルフィリーガの前に現れたその影は、彼の動きを封じると、優しく諭すように『我が子達』に語り始める。
『魔術師と神官が命がけで道を繋いでくれたが故に、やっと降臨が叶った。
忠義で、哀れな我が息子よ。
重荷を背負わせて、すまなかった』
抱き留めるような光の中、アルフィリーガの混乱も少しずつ溶けていったかのようで、彼は穏やかな表情を取り戻していく。
同時に、その身体が指先から煌めいて……。
「アルフィリーガ!」
『今の、お前はこの世に在ってはならぬ。
闇と光、二人分の力を備えた今のお前の身体が持たぬ。
聖なる乙女と、お前の仲間達が時間を作ってくれた。
力が拮抗し、どちらにも成れぬ今、方法はただ一つ。
魂を白紙に戻し、やり直すが良い』
「やりなおす? 人として?」
『そうだ。
人の瘴気は変わらず生まれ続ける。その瘴気を、魔性を、倒し続けるがいい。
永い時がかかるだろう。
けれど、いつか辿り着く。お前が人々を救い続けて、民の内から瘴気が薄まれば、きっと。
罪が洗い流され、再び神の子として立てる時が』
「そんな日が……来るのでしょうか?」
『お前の愛した娘は、星に召し上げ、神の座に上げよう。いつか相応しき時が来たら、再会が叶うように』
「ならば……!」
自ら命を捧げた、というのとは違う新解釈だ。
強すぎる力故に、神に召されたという感じ。
そして……。
「どうか、私達の身体を使い、人々に救いをお与えください。死の恐怖の無い世界を。
誰もが死なない世界なら、きっと恨みや憎しみもなく、瘴気も生まれることはないでしょうから」
『解った……望みを叶えよう』
「待て! アルフィリーガ!!」
「ライオット。お前は、待っていてくれ。『俺』が戻る時を。魔王のいない平和な世界で」
「アルフィリーガ!!!」
全ては白光に包まれ、残るのはライオットの絶叫のみ。
それも、やがて消えて行った。
人々が未だ呆然とする中、再び舞台は暗転。
エンテシウスが再び現れ、お辞儀をする。
「いかがでしたか?
これは、最初に申し上げた通り、事実では決してございません。
あくまで夢。もしかしたら、こうであったかもしれない。という創作者の空想の産物。
けれど……全能なる『神々』は決してこの世に無駄なものを生み出すことはなく、人の生命、理、出会いや別れも全て、必要で在ったが故に、そう在った必然のものであると私は考えます。
神も、魔王も、王族も、戦士も、勇者も、聖女も。
皆、それぞれに思いを抱き、生きる等しき星の住人であるのですから」
謳うように告げる言葉は、劇にしては飾り気のない素直なもの。
それ故に、舞台を見つめる老若男女、全ての者達の心に静かに染み入っていく。
「物語というものは、それを信じる者に紡がれ、語られることで初めて力を得ます。
哀しき魔王の誕生も、愛する女性との出会いと別れも、魔王と勇者の邂逅も、その後の長き不老不死世も全て。
不老不死は、勇者が望んだような人々の変化を与えはしませんでした。
けれど、永き不老不死があったからこそ。命の大切さを逆説的に皆が知ったからこそ『今』の世が生まれたのではないかと、私などは思います」
いかがですかな?
と片目を閉じて呼びかけるエンテシウスは、大きく手を広げた。
「そう。繋がっていくのです。未来へと……。
星を救う出会いへと……」
ふと、漆黒の舞台に、いつの間にか現れた場面が照らし出される。
それは古い厩。
乾草の中で、空ろな眼差しで眠る少女に、
「やっと……みつけた。助けに来たぞ!」
黒髪の少年が駆け寄り、手を差し伸べる。
「貴方は……だれ?」
「俺は……アルフィリーガ。君を、今度こそ、必ず守るから!!!」
万雷の喝采が広場を埋め尽くした。
私達は前方の席で、後ろの様子はうかがえないけれど、きっとスタンディングオベーション。
みんな、熱狂の拍手を送っているんじゃないだろうか?
気付けば、私の横でフォル君も、レヴィーナちゃんも、お母様も、お父様も。
そして何より、アルフィリーガ自身が立ち上がり、拍手をしていた。
私も、それに倣う。
万感の、感謝を込めて。
この日、アルケディウスの新作舞台劇『アルフィリーガ』とグローブ座の名は、アースガイアの演劇史上にその名を残す伝説となったのだった。




