皇国の大祭 舞台劇『アルフィリーガ』 皇女と魔王
劇のタイトルは『アルフィリーガ』
主人公の名前がタイトルになっているパターンは、地球時代の劇にもよくある。
地上に降り、人の瘴気に染められて天に帰れなくなった『神の子』は、魔王として人々に忌み嫌われながら、それでも地上で人々の営みを守ろうとしていた。
そんな中、一人の少女と出会う。
「お前は、何者だ?」
「あ、貴方こそ一体……誰?」
悪漢や魔性から人々を守ろうとしていた少女騎士は、突然現れた黒衣の少年に驚愕しつつも、背後に立つ人々の為に警戒を怠ろうとはしなかった。
「人に名前を聞くのなら、先に名乗る者でしょう!」
輝く黄金の髪が印象的な少女は、剣を構えながら啖呵を切る。
「姫君!」
側近と思しき女騎士が諫めるように声を上げるが、彼女は小さく首を横に振る。
「解っています。尋常ではない美しさと、対峙しているだけで震えが来る気配。
そして何より、魔性達を従える力。この者が噂に聞く『魔王』であることは十二分に」
「だったら!」
「ですが、ここで引き下がるにもいきません。私達の背後には村人たちがいるのです! 何のために現れたかは知りませんが、ここは話し合い、引いてもらい。
その上で再戦を願うしかないでしょう」
頭のいい女性だ、と思う。
姫君、と呼ばれる通り、きっとどこかでしっかりとした教育を受けた人なのだ。
王族とか、かもしれない。
外見だけではなく内面も美しい彼女に、どうやら見惚れていたらしい魔王は、小さく笑うと威厳ある風を装ってマントを翻す。
「確かに、貴方の言う通りだ。麗しき乙女よ」
「は? 麗しき乙女?」
「我が名はヴァン・ドルゥーフ。魔王にして、魔性達を統べる者。
だが、むやみやたらと人を傷つけるつもりはない。
人の怨念、憎しみ、怨讐が我ら魔性の力の根源であるのだから」
「なに!」
「人にはもっともっと、発展し、競い合い、争って貰わなければならぬ。そうなればなるほどに我らの力は高まる。こ奴らから搾り取った瘴気のように良い魔性も生まれるからな」
「な、なにを……ぐああああっ!」
生き残っていたらしいモブ傭兵が、魔王の指パッチンで悲鳴を上げて倒れると、陰に隠れていたらしい魔性役が出て来る。
「逆に、其方のような澄み切った魂の持ち主からは魔性は作れぬ。我らの攻撃も効きにくい。
そうだな。私を倒せるとしたら、きっと貴女のような者なのだろう」
「え?」
「この場はひとまず引こう。ただ引き換えに、乙女よ。その尊名を賜りたい」
「私の……名を?」
「ああ。次に会う時に貴女を姫君、乙女と呼びたくはないからな」
「そ、それは……」
「言いたくないのなら、別に構わない。私も真実の名は別にある」
「……アシェイラ」
「何?」
「アシェイラと言います。麗しき……魔王陛下」
「そうか……。では、また会おう。金色のアシェイラよ」
そこから先は、劇作家エンテシウスの実力&本領発揮、としか言いようのない見事な展開だった。
皇女アシェイラは、皇王の庶子。
誰よりも美しく、父譲りの美貌と王族魔術師としての適性を持ちながらも、それを羨む第一、第二夫人やその子らに最初から見下げられ、臣下として扱われていた。
アシェイラというのは、そもそも灰の娘、という意味で。
魔王が初めて聞いた時、怪訝そうにしたのも納得の、普通、王族に付ける名では無かったのだ。
実母は身分の低い侍女で、彼女を産んだ直後、正妃たちにいびられて死亡。
唯一心を許せるのは乳兄弟の親友のみで。
今は騎士見習いとしてある程度自由にしているけれど、成人と同時に臣下に下賜され、生涯食いつぶされる定めだと、哀し気に魔王に告げたのは出会ってから数度目の邂逅の時であった。
その当時の王は、魔王対策に王族が積極的に取り組んでいるというポーズの為に、階位の低い王族を国に放ち、魔性退治をさせていたという設定。
放たれるのは、敗北して失われても困らない者達。
手柄を立てれば王族の成果。
そんな陰謀の駒として使われていたアシェイラ皇女に、おそらく一目ぼれした魔王少年は、彼女の気配を感じるごとに現れ、アプローチを続けた。
最初は敵として。
でも瘴気という人々の心から生まれる澱みが、魔性の源。
けれど、魔王がそれを魔性としてある意味昇華させなければ、溜まっていく澱みはやがて天変地異や災厄、あるいは狂気となって人々に災いを齎す。
その災厄を祓う為に、時には仲間として背中を預け、戦う事さえあった。
身分の低い価値のない存在として扱われていた皇女は、けれど、その力で魔王の本質に気付き。
やがて魔王に惹かれていく。
「貴方は、不思議な方ですね。深淵の闇よりも深き黒を纏いながらも、その魂はこの星に生きる、誰よりも光り輝いている」
「貴女は灰の娘などではない。
黄金の砂金のごとく煌めいて、人々に恵みと喜びを与える聖女だ」
お互いの孤独を感じ、それでも自らの役割を放棄する事の無い責任感の強さ。
惹かれ合いながらも、立場の違いから結ばれることは無いと思われていた二人であったが、それでも少しずつ距離と心を近づけていった。
けれど、ある日、決定的な事件が発生する。
魔性退治で高まるアシェイラ皇女の名声に嫉妬した第一皇女が、成人の儀となる筈のパーティで彼女を魔王と通じていると断罪。
処刑を促したのだ。
「何故、あの方のことを……裏切ったのですか? ロイエ!」
そこには魔王と主の恋に憂いた乳姉妹の裏切り、そして瘴気に取りつかれた皇族の陰謀もあった。
「あの方は真なる悪ではありません。誰よりも人を愛し、憂いていらっしゃる『神の子』
人を貶め、騙し、罪を被せる貴方方よりも、ずっとずっと。比べることが出来ぬほどに輝かしいお方です」
「まだ言うか!」
「魔王に誑かされているのだわ」
「皇族でありながら人を裏切り、魔王に組した愚かな女に『神』と『星』と『精霊』の名において裁きを下さん!」
人々の非難の中、断頭される寸前の所で皇女は救われる。
「貴様らが『神』の御名を騙るな。愚か者」
「魔王……様」
「魔王、だと?」
そう。
愛する乙女を颯爽と救いに来た、魔王の手によって。
「自らの眼で、真実を見ることもできぬ愚者どもよ。呪われろ。
汝らは、今、その手で罪なき乙女を、希望を殺めたのだ。
絶望し、苦しめ。
私は、もはやお前達を守らぬ。救わぬ。冷たき大地で己の愚かさを悔やむがいい……」
魔王が差し伸べた手の先で、パン! と風船が割れたような音が響く。
同時に周囲は暗黒に包まれ、永久に終わらぬ夜が続く世界が訪れた。
皇国と七王国は、さらに濃い瘴気と王族から生み出された魔性に支配され、暗黒時代と呼ばれる、不老不死前、最も闇の深く、濃い時代に突入したのだった。
暗黒と人々の悲鳴を背に。
一方で、スポットライトを浴びた救われた聖女は、魔王の腕の中で問われる。
「アシェイラ。金色の魂を持つ乙女よ。
私と共に生きて欲しい。其方に全てを捨てさせる代わりに、私は貴女を私の全てで愛すると誓う」
「ありがとう。ヴァン。
私はもう、剣も皇女の地位も何もない、ただの娘だけれども、それでもいいのであれば、貴方に全てを捧げます」
「アシェイラ。人の世の地位など、私には何の意味も無い。
その心に、輝かしい魂に、私は惹かれたのだ。
私の事は、これからアルフィリーガ、と呼んで欲しい。
父に、『神』に授けられた私の名。失われた真実の名だ」
「はい。アルフィリーガ」
「アシェイラ……愛している」
二人が互いに顔を寄せ、唇を合わせた次の瞬間、ボロボロの囚人服姿だった皇女が一瞬の早変わり。
美しいウエディングドレスに変わった。
これは現実世界にもあったマジックの応用で、なんてことは今は考えるつもりはない。
白い花嫁衣裳を纏い、魔王と抱き合う黄金の乙女。
美しい前半のエンディングに、周囲からすすり泣く声も聞こえる。
開幕から約半刻。
長編劇を見る素地が無い筈の人達も、一言の騒めきも無く、美しい物語に見入っていた。




