皇国の大祭 舞台劇『アルフィリーガ』 少年と少女の出会い
今回の劇のオーダーを出したのは、実はフェイだそうだ。
「魔王という存在の復権を。そう依頼されました」
エンテシウスは、私が目覚めて間もなく。新作の台本ができたと報告に来た時に、そう教えてくれた。
「アーヴェントルクの皇子からも直々にお声掛け頂き『魔王』という存在がただの悪役ではない。この星の一員であり『神』の子。闇の側から人々を守っていたという話はできないか、と問われました」
グローブ座の費用はほぼほぼ私のポケットマネー。
けれど彼らは私の密偵も兼ねているので、大神殿からも予算を取ってもらっている。
スポンサーや王家の意向にはなるべく添わなければいけないのが芸人の哀しい定めだと、エンテシウスは笑っていたけれど。
「そんなに無茶ぶりはしていないつもりですが」
「勿論。マリカ皇女程の理想的な支援者はなかなかおりません。
であるからこそ、可能な限りご期待に添いたいと思うのでございます」
ちなみにフェイやヴェートリッヒ皇子の発言の意図は解る。
魔王の復権=勇者の転生にして魔王体となったリオンの地位の確立と安定だから。
「その時点では、即答できないと答えたのですが、改めて調べてみると魔王という存在はなかなかに興味深い題材でございまして。
今回、復権までは難しくとも、人々に魔王という存在への興味、関心、好印象を少しでも持って貰えるようにと劇を仕立てました。
いや、筆が滑る滑る。
こんなに勢いよく走るどころか、踊って自分から文章を紡いだのは『マーシャの事件簿』以来でございます」
自信作だ、と。
本人自ら胸を張って告げた通り、エンテシウスの声の通りは実にいい。
「かくして、魔王はこの世に誕生いたしました。
人の世から太陽の光を奪い、魔性をこの世に生み出した魔王でございましたが、意外にも人間を自ら直接殺めたという例は殆どございません。
各国で己が力を見せつける為に、大地を抉ることもありました。
攻め寄らんとした軍勢を圧倒的な神威によって打ち倒しもしましたが、その時の犠牲者はごく僅か。
魔性達もあくまで自然に宿る精霊の恵みを奪うのみで、積極的に人を襲う事は少なかったとされています」
エンテシウスが語る、その後方に。
シルエットで魔性や人との戦いが映し出される。
魔王を語るエンテシウスはまるで、推しの活躍を布教するファンのようだ。
「無論、それが実りの低下や収穫物の減少に繋がり、大陸は貧困に陥りました。
しかし貧困が、皮肉にも当時起きていた国同士の争い、戦争を終結させたという説もありまして。
事実、魔王という共通の、そして強大な敵を前に各国は国同士で争い合っている場合ではない、と気付き、この後、現代に至るまで国家間の戦争は発生してはいないのです。
むしろ……」
ふっと、場面転換。
農村を思わせる書き割りと、素朴な衣装の人々。
彼らが膝をつく前で、鎧を纏った男達が見下すように顎をしゃくっている。
「だから。これでは足りない、と言っているのだ」
「そ、そんなことを言われても……」
「我々は領主さまの命を受けて魔性と戦っているのだ。
酒と、食い物をもっと寄越せ。後は女も。
また魔性が来た時に助けて貰えなくてもいいのか!」
「た、……ただでさえ、精霊が奪われて以降、魔性が山に巣食い畑には実りが戻らぬのです! せめて、山の魔性を退治しては頂けませんか! 今、すぐ」
「そうです。そうすれば精一杯の感謝の意を……」
「貴様ら! 魔性の恐怖も知らぬ者が勝手をぬかすではない。魔性は切っても切れぬ。
倒してもまた蘇る。
我らが全力をもってしても滅するのは困難なのだぞ!」
「ならば、我らは退去する。魔性に滅せられても文句をいうなよ」
「わ、解りました……。直ぐに準備を致します」
「と、こんな傭兵まがいの兵士達が傍若無人。時には彼らが村を襲う事さえあったとか。
不老不死時代の前のことをご記憶の方は、もう多くは無いでしょうが、いかがでしょう?
そんなこともあったような、と思いませんか?」
人々の一部が顔を見合わせている。
私達には事の真偽は解らないけれど、実際問題として在り得たことかもしれない。
そんな時、舞台転換――いや、違う。
人物登場だ。
「まったく。人の子というのはどうしようもないな」
彼らモブが動きを止め、スポットライトから外れると同時、背後の玉座に座った魔王が嘆息する。
水晶玉のようなものを横のテーブルに置いているのを見るに、透視の魔力を使っている、というような設定なのかもしれない。
「父上が心配し、憂うるのがよく解る。
ようやく人同士の争いを止めたかと思えば、今度は我々をも利用して悪逆三昧、か。
人の悪行が消えぬ限り、陰気、瘴気も消えることがない。
お前達。あ奴らを捕らえて参れ。さぞかし良い瘴気が搾り取れるだろう」
魔王が軽く手を翻すと、モブ達のシルエットが光の当たらぬまま動き出した。
遠く響く魔性の奇声と、人の悲鳴。
村が襲撃されている、ということなのだろう。
襲われたのは兵士だけだと、よく見ていれば解るけれど、見ようによっては魔王が村を滅ぼしたようにも見えるかもしれない。
「まったく。私は、いつになったらこの魔王の役割から解放されるのだ?」
そんな人間の醜態に、魔王は二度、三度と深い吐息を落とす。
オープニングではじっくり見て取ることもできなかったけれど、魔王はかなり若く見える。
十代後半にはなっていない。若々しい少年だ。
闇に染まった魔王の設定だから、服も、髪も、指先の爪の色も漆黒だけれども、もし最初の姿のままだったら、きっと王子様のように輝いて見えたことだろう。
私は、ふと横を見た。
似ている。
凄く。
「自ら死ぬことは許されず、私を滅ぼすことができる者も、今の大陸には存在しない。
闇に染まった今は、父上の声も聞こえず、神の国に戻ることもできない。
せめて、お前を託し、育ててくれる者がいたのなら……」
懐から、何かを取り出し見つめる魔王。
服から髪、周囲の空気まで全てが闇に包まれた中で、その球体だけは不思議に暖かい光を放っている。
彼が、その球体に向けて何か言葉を紡ごうとした、正にその時だった。
「お止めなさい! 魔性共! 私が相手です!」
「?」
『彼女』の声が耳に届いたのは。
遠い、取るに足らない出来事だというように魔王の意識の端で光を失っていた光景に、スポットライトが当たる。
光を帯びた舞台の一角。
そこに突然現れた、白い服の乙女に。
瞬間、大きな鐘の音がリンゴーンと鳴り響いた気がした。
実際にはそんな演出は無かったけれど、私の頭の中で確かに聞こえた。
向こうの世界のマンガ的表現で言うなら、うん。アレだ。
その証拠に、王座から立ち上がった魔王はマントを翻し、闇に溶けたかと思うと次の瞬間――
彼女の前に立つ。
闇に包まれていた舞台は一気に光を帯び、本格的な物語の始まりを告げた。
「お前は、何者だ?」
「あ、貴方こそ一体……誰?」
ボーイミーツガール。
そう。
互いに見つめ合う、少年と少女の出会いが。




