皇国の大祭 新作劇 黒の魔王と光の乙女
毎年、アルケディウスの大祭初日。
そのメインイベントとなる劇を任されているのは、今年もグローブ座だ。
今年からホームをアルケディウスから大聖都に移しているけれど、今や各国からも招待を受ける、押しも押されぬアースガイア一の劇団である。
コスモプランダー襲撃の時に、箱馬車と劇団員数名を失う被害は受けたけれど、その後の戦中、戦後。無料で大道芸や劇を披露して人々の人気を集め、名声を不動のものとした。
資本力も、私がスポンサーなので他の劇団とは段違い。
箱馬車も修復し、今年のアルケディウスの大祭では新作を披露する、ということで、中にはこの芝居を見る為に他国から足を運んだという人もいるらしい。
リーン。
開幕を告げる澄んだベルの音が響き渡ると同時、舞台上に現れるのはエンテシウス。
劇団の座長にして、劇作家でもある彼が舞台進行役として随所で説明を行うのが、グローブ座の劇の定番の流れだ。
今はだいぶ改善されてきたけれど、アースガイアはまだ人々の識字率がそれほど高くない。
物語を理解する、先を想像する、という訓練が出来ていない人が多いので、急激なストーリー展開や場面転換になかなかついていけない。
ということで、要所要所でエンテシウスが説明を入れて補足しているのだ。
深紅のロングコートに箱型の帽子。そして、分厚い装丁の本を持っている。
エンテシウスは当然、セリフを暗記しているけれど、本を開き、そこに描かれている内容を語る、という体裁なのだと思う。
舞台演出に貴重な魔術師を二人雇用して、照明や演出に活用しているのも他の劇団には真似できない所。
舞台の上で、彼だけが闇から浮かび上がって見えるスポットライト効果も、今はまだ魔術師を劇団に抱えるグローブ座の専売特許だ。
「皆様、今宵はようこそ。
グローブ座の舞台へ。
まずは、今、この瞬間、皆様と再び見えた奇跡を寿ぎましょう。
今年は。いえ、もはや二度と、祭りを楽しむことはできないのではないか?
誰もが一度は、そう思われたのではないでしょうか?」
いつも舞台の始まりは、明るく朗々と。
これからの舞台への期待を盛り上げる語り方をすることが多いエンテシウスは、でも今年はなんだかしんみりと、ゆっくりと語り掛けて来る。
「不老不死の終了から始まった世界の変革は、荒れ狂う嵐のごとく。
我々の驚愕や抵抗を吹き飛ばしていきました。良くも、悪くも」
人々の心に深く、染み入るように。
「この大地。神々が名付けた『アースガイア』が星海からの侵略者によって穢され、多くの同胞が命を奪われた、あの災害から、まだ半年と経てはおりません。
皆様の御心にも、その爪痕は今も残っていることと存じます。
平穏な日常の破壊、蘇った死への恐怖。あるいはもっと身近な家族や友人の死。
永久に変わらぬ、平坦でありながらも安寧の日々は確かに終わったのだと、実感させられた一年でありました」
周囲はシンと静まり返って、物音もしない。
針が落ちても聞こえそうな静寂の中、闇に浮かび上がるエンテシウスの声だけが虚空を震わせている。
誰も、目が離せない。
「けれど、その激動渦巻く嵐の中、それでも我々が日常を維持していられたのは何故か。
それはこの星が、大いなる力と意思と、勇気によって守られていたから。
皆様は、お考えになったことはありませんか?
その身に星を背負う者達、いえ、方々はどのような思いを持っているのかと」
ざわりと、人々の間の空気が揺れた。
大半は、そんなことを考えたことも無かったというように。
そして幾人かの視線は、私達に向いた。
祭りの場に、私達がいることを知っているから。
「これから始まる物語は、決して真実ではございません。
非才の劇作家が星を見つめ、その輝きに思いをはせて綴った、こうだったのではないか。こうであったら、と願う一つの夢でございます。
重ねて、これが真実とはお思いになりませぬように」
フィクションだと繰り返し言う事で、逆に民に真実かもしれないと思わせ、期待を煽る導入は流石だと思う。
「では。夢の幕を開けると参りましょう。
タイトルは『アルフィリーガ』
星を守る『神の子ども』の物語にございます」
エンテシウスの優雅なお辞儀と同時に、舞台は暗転。
そして、誰もいないように見える暗黒の中から声が響いた。
「この星はあまりにも幼い」
太い、迫力と威厳を纏った『大人』の声だ。
と同時に、舞台上に強大な影が映し出される。
光の当て方による演出テクニックだと思うけれど、シルエットだけの演出が、その人物の『大きさ』と『存在感』を示している。
「何故、人間は争い合うのだ。
七国に分かれても同じ星、同じ大陸に住まう兄弟であるというのに、精霊神という『親』の導きが消えた途端、我が儘勝手を繰り返し、血を流し合い争い合う。
人々の恨みや憎しみが、星に澱みを生み出しているというのに気づきもしない。
あの澱みはやがて、人々を苦しめるだろう。
……しかたない」
シルエットがふわりと手を揺らめかせると、彼の前に白い光が浮かぶ。
人の容はしていない。
ただの純白の光の球だ。
「お呼びでございますか? 父上。星を統べ、守護する大いなる『神』よ」
「ああ。親愛なる我が子よ。お前に頼みがある」
「父上の頼みであるのなら、なんなりと」
「地上に降り『精霊』となって星を守れ。
瘴気を払い、人々を正しき道へと導くのだ」
「かしこまりました」
「頼んだぞ。我が子、アルフィリーガ」
そうして白い光は、流星のように降りて行った。
光が地上に降り立ち、純白の王子様のような姿をとった、と思った次の瞬間!
黒い光に包まれてしまう。
「な、なんだ! これは!! これが、父上の言っていた瘴気?」
『待っていたぞ! 大いなる神の子、人型精霊よ。
お前を手に入れれば、我々も神の力を手に入れられる』
「や、止めろ! 離せ!」
地上に降り立ったばかりの精霊は、待ち構えていた瘴気の奇襲に封じられ、成すすべなく黒に染められていく。
「くっ、このままでは! せめて!!」
小さな白光が、精霊の手から逃げるように放たれて――直ぐ。
「うわああっ!!」
一際大きな苦悶の叫びと共に光が弾け、純白の精霊は姿を変える。
黒い翼、黒い長髪。黒衣。
爪の先まで漆黒に染まった……魔王へと。
すごい早変わり。
どうやったんだろう?
「ああ、これが人の持つ憎悪、悪意、妄執、怨讐……。
確かに、人の手には余るだろうな……」
自嘲するように変わり果てた自分の身体を見る精霊は、けれど思ったよりも穏やかな風を見せる。
てっきり、怨霊に取り込まれた暴走タイプかと思ったのに。
『な、何故だ! 何故、貴様は闇に染まらぬ!』
「染められたとも。お前達に染められたこの身体は、神気を失い、もはや神の国に帰ることも叶わぬ。
だが、貴様らの思い通りにはならない。
私は『神の子』。人々を守る為に遣わされた精霊。
貴様らなどの思い通りにはならぬ」
と、同時に魔王は闇に向かって手を伸ばす。
「……我は神の子 アルフィリーガ」
一度、そう名乗り。
「いや、その名はもう相応しくない。吸い取り、奪う者。
魔王 ヴァン・ドゥルーフ。
星を導く『神』の名のもとに命じる。瘴気どもよ。形をとりて我に従え!」
『く、くそっ! 取り込むはずが、逆に取り込まれ……ぐああああっ!』
断末魔と共に周囲の闇から次々と異形の魔性達が生み出され、魔王の前に跪いていく。
その前で、異形と化した魔王は静かに天を仰いで呟く。
「父上、御命令に従えぬ我が身をお許し下さい。
けれど、精霊としての使命は、必ずや。この星の民を導きましょう。
星を脅かす敵として。闇から。魔王として」
そうしてマントを翻し、彼は闇の中に消えて行った。
魔性達を引き連れて。
まだ、プロローグだっていうのに、凄い密度だ。
想像を超えた展開に、中央広場を埋め尽くす人々は呼吸さえも忘れて見入っていた。




