皇国 リオン視点 楽しい大祭 男の子編
フォルは少しもじっとしていない。
少しでも気を抜くと、直ぐに興味を持つものの方に突っ走っていきそうになる。
俺がフォルについて正解だった。いつもならともかく、身重のマリカには少し荷が重いだろう。
「こら! フォル。少しは落ち着け! 迷子になったらどうするんだ?」
逃げられないように、がっしりと手首を掴む。
面白そうな屋台や店に気をとられて、手を振りほどくのはこれで三回目だ。
「え~っと、そんときは、へいしのつめしょか、ちゅうおうひろばにいけばいいんだよね」
「正解だが、兵士詰め所がどこにあるか解ってるのか? 中央広場の行き方は?」
「あうっ……」
「アルケディウスの皆の目があるから、そうそうは無いと思うが、悪い奴がいきなり路地から逸れたお前を取り囲んで連れて行く、なんてことも無いとは言い切らないぞ。こんな風に!」
「うわっ!」
俺が後ろに回り込み、がっちりと腕ごと抱きかかえるとフォルはあっさりと捕まった。
こうして捕らえて、持ち上げてしまえば四歳児。身動きはとれない。
「お前はすばしっこいし、運動神経もいいけど、まだ子どもなんだからな。
ライオとも約束しただろう? 俺達の側から離れず、一緒に歩く事。
楽しい時間を守りたいのなら、その為に決められた約束を無視しちゃいけない。
約束には意味があり、理由がある。
お前達を危険から遠ざけ、楽しませる為の約束。
守れないのだったら、祭り散策はここで終わりだ」
「……わかった。もう、はしらない。かってにいかない」
しゅんと、しぼんだ花のように頭を下げるフォルの頭を、俺は静かに撫でてやる。
勝手は困るけど、落ち込ませたかったわけではない。
「解ってくれればいい。ラウルへの土産を探すんだろう? それから的当てか? どこにどう行けばいいか、知っているか?」
「ううん。……つれてってください。おねがいします」
俺はフォルを降ろして、差し出された手を取り、指を絡めて繋いだ。
柔らかく、小さなぬくもりは昔フェイを拾った時や、魔王城で兄弟達と暮らしていた頃のことを思い出させる。
歩き出す。
今度は手首ではなく、掌をしっかりと重ね合わせて。
初めて持つ自由に使っていいお金、しかも大金というのは、子どもを興奮させるらしい。
「にいさま! あれやりたい!」
「あれ、ほしいな!」
「わあ、おいしそう。たべてもいい?」
フォルは市場を歩きながらも色々なモノに興味を示しては、財布に手を伸ばしている。
よっぽどでない限りは止めないで自由にさせて来たので、買い食いのせんべいや焼き肉串、ちょっとした剣の形の飾り物など、繋いでない方の手はいつも何かで塞がっていた。
子どもとの祭り見物なんて、昔アーサー達と回って以来。
あの時とはずいぶん違うな、とちょっと懐かしくなった。
「あんまり使いすぎるなよ。ラウルへの土産が買えなくなるぞ」
「あ、いけない。そうだった」
「先にどうしてもの買い物だけ済ますか。そうすれば気にせず遊べる」
「うん!」
俺の提案に頷いたフォルを連れて、先に目当ての土産物屋に向かう。
割と外国の店は同じ区画に纏められているようで、エルディランド、と覚えていた水牛角の細工飾り物屋は直ぐに見つかった。
亀やみみずく、熊、象などを愛らしく彫ったものが多いが、中には本物そっくりに彫られた水鳥や海老など、精巧な芸術品もある。
「このみみずく? もカッコいいけど……うわ~、これ、すっげえ! これいきてるみたい」
「確かに凄いな」
フォルが目を止めたのは、海老と蟹だった。
材質からか黒いものが多いのだが、漆黒の、一つの染みもない角を精緻に彫刻したであろうその置物は艶やかで美しく、足だけでなく目や爪の先まで彫り込まれていて。
海老に至っては、まるで糸のように繊細な触覚まで彫り物で再現されている。
接着跡はないから、おそらく一つの角から彫り出したのだろう。
人間の持つ技術、その素晴らしさに息を呑み込んでしまう。
「ラウルにみせてやりたいなあ。
おじさん。これいくらですか?」
「これは、特別製だからな。蟹は少額銀貨一枚、海老は少額銀貨二枚なんだ」
「二……」
フォルが絶句する。所持金の総額は少額銀貨二枚。
最初っから全部使わないと手が届かない。
蟹だったらなんとか買えたかもしれないが、今の手持ちでは足りない。
「この猫は高額銅貨二枚、みみずくは五枚だな。水鳥は三枚、象は八枚」
「五まいかあ~」
ここまででけっこう散財しているので、フォルの財布の中身は心もとない。
残り半分を切っているだろう。
もっと早く止めてやれば良かったか。少し責任を感じる。
「俺が買ってやろうか?」
「ううん、いい。おれがかってやりたいから」
そう言うとフォルは俺の援助を断って、ラウルにみみずくを、リグに猫の飾りを選んで買った。
壊れないように布で包んで貰い、財布の中に入れる。
これで、多分残金は高額銅貨一枚あるかないかだろう。
「的当て楽しみにしてたのにいいのか?」
「それはがまんする。おれがかいぐいとかしたのがいけないんだから。
ラウルは、でたくてもでてこれないし、おれはいっぱいあそんだし」
わがまま放題に見えて、こういう自己節制がしっかりしているところは父親譲りだろう。
俺は背後に少し視線を向けた。
ライオットと視線が合う。
付かず離れず、子どもを見守る様子は流石、父親、というところだろうか?
自分もあんな親になれるだろうか? という思いは置いて、俺は奴に小さく頷いて見せた。
「じゃあ、フォル。最後に的当てでもするか? それくらいの金は残っているんじゃないか?」
「のこってるかなあ。いっぱいつかっちゃったし」
慎重に財布を開けるフォル。
覗き込めば、中には綺麗に高額銅貨一枚しか残っていない。
「あそこの射的屋は高額銅貨一枚でできる。的に矢を当てられるとお金が戻って来て、三本連続で当てると少額銀貨が貰える」
俺は中央広場で出している屋台の一店舗を指さした。
昔から変わらない商売をしている店がある。
本当に、変わっていない。
「でも、インチキだっていってなかった?」
「ああ、インチキだ。知らない連中からお金を巻き上げている。
だから、まあ、ちょっとだけ懲らしめてやってもいいと思うんだ。俺の言う通りにできるか?」
「え? ……うん!」
フォルに作戦を耳打ちして、俺は店に向かう。
「いっかい、やらせてください!」
「ずいぶん、ちっこいな。子ども用の弓はないぞ」
「だいじょーぶ。できるから」
「まあ、いいか。引けなくて失敗しても返金は無し。それでもいいなら」
「ああ、かまわない。フォル。引く前に弓を貸してくれ」
「おっと、兄さんがやるのはなしだぜ」
「心配しなくていい。ただ、弓の調子を見るだけだ」
どうやら、俺が誰かは気付いていない様子。
俺は奴のことを覚えているけれど。
これがフェイであったらまた対応が違った気がするが、いい。
フォルはお金を払い、弓を見せてくれた。
店主が睨んでいるので、直接は触らず、右目で見る。
やっぱり昔と変わらない商売をしている様子。困ったものだ。
弓の強さ、照準の狂い、フォルの腕と力の強さなどを計算して
「フォル」
俺はそっと耳に囁いた。
「ここから弓を構えて、的の右斜め上、あの抑え金具を狙うんだ。できるか?」
「え? それじゃああたらなくない?」
「さっきも言ったろう? 元々、的を狙っても当たらないインチキ商売なんだ。だから……」
「やってみる!」
軽くアドバイスをした。
俺にできるのはここまで。後はフォルの腕と度胸次第。
大きく息を整えて、フォルは弓を構え、矢をつがえた。
まだ四歳で訓練を始めたばかりではあるが、父親譲りの戦士の才能は溢れる程にあるし、強くなることに関しては真摯で真面目だ。
フォルならできる。そう信じていた。
ぱしゅん、と乾いた空気を切る音がして、矢が放たれる。
矢先が完全に明後日の方向を向いていたので、余裕の笑みを浮かべていた店主だが、次の瞬間、大きく目を見開いた。
中央では無いものの、矢は見事に的に刺さっている。
「な、なに!!」
「よし、いいぞ! 焦る必要はない。慎重に行けよ。フォル」
「うん!」
一本目が刺さったことに安堵したのか、フォルは慎重に二本目、三本目も矢を的中させる。
矢が勝手に的に刺さった、と言うべきだけれど。
ちなみに俺は何もしていない。精霊の力も使っていない。
ただ、矢と弓の狂いを補正計算しただけだ。
俺の指示通りの場所に矢を放ち、的に当てたのは間違いなくフォルだから。
子どもが一本、二本目と矢を当てていく様を見て、さっきから負け続け、店主に金を巻き上げられていた男達も目を輝かせて応援を始める。
三本目を当てた頃には大歓声!
割れんばかりの拍手がフォルに贈られた。
「すげえな! お前」
「よくやってくれた。スカッとしたよ」
「そっか。変な方向に飛んでいくなら、最初から変な方向に向かって射ればいいのか?」
「さて。決まりは決まりだからな」
「く……的中、おめでとうございます」
店主は、正しく苦虫を噛みつぶすとしか言いようのない顔つきで、フォルに銀貨を手渡した。
「いいの?」
「ああ。お前が自分の力で勝ち取ったものだ。胸を張って受け取ればいい」
「やった! ありがとう。にいさま!」
銀貨を受け取り、飛び跳ねるフォルを見ながら、俺は店主の横で小さく囁いた。
「商売熱心はいいことだが、ほどほどにな」
そこで、どうやらやっと奴は気付いたようだ。
顔色を白、赤、青と目まぐるしく変えながら、パクパクと声の無い悲鳴を上げている。
あの時、言ったことを守っていれば、ここまではしなかったのだが。
自業自得という所だろう。
「にいさま! さっきのおみせにいこう! うりきれちゃう!」
「ああ。今行く」
手を繋いで歩き出す俺達を、ライオの楽しげな眼差しが見送っていた。




