皇国 変わらぬ片腕
大祭の日はどの国も、他所の町から来た人や他国からの商人などでごった返す。
特にアルケディウスは年々、大祭の為に来国する人が増えているのだそうだ。
主に商人。まだ観光旅行をする人はほぼいないように思う。
礼大祭の時などには、各国の商人が顔つなぎもかねて集まると言うけれど。
まあ、イベントの時の駐車場問題に悩むのは何時の時代も同じってことで。
馬車を街の中まで乗り付けるのは流石に皇族と言えど、拙いだろうってことになった。
だから貴族街と市街地の間までは馬車で。
そこから先はリオンの転移術で行く。
フェイに頼めば多分、送迎くらいしてくれそうだけれど、今年の大祭は、まだ赤ちゃんが生まれたばかりのソレルティア様は参加できないから、家でのんびりする。と聞いていたし、急な事だから巻き込むのは止めにした。
「それはそれで、後で文句を言われそうだけどな」
「ああ、それはあるかもね。ゲシュマック商会とかグローブ座は巻き込んでいる訳だし。
お土産買って帰って機嫌を取らないと」
二人できっと同じ表情で怒るフェイを想像した気がする。
顔を見合わせて、同じように笑ってしまった。
「とりあえず、最初はゲシュマック商会で軽く食事。それからちょっとだけ中央広場で買い物、だな」
「アレクは今年も、大祭の楽師の一員として参加するようよ。
あの子は売れっ子だから、出番はきっと舞台の後のメインで、かしらね」
「わたし、じょーへきいちばみたいなあ」
「おれも。ラウルとリグにおみやげかってやりたい!」
「リグはティーナと一緒にゲシュマック商会にいるわよ。ゲシュマック商会にとって大祭は稼ぎ時だから、遊びに出られるかどうかは解らないけれど」
貴族区画を出て直ぐの所にある、駐車場(馬車も車だから一応、いいよね?)に馬車を置いて、私達は町の石畳に降り立った。
「第三皇子一家のお忍び大祭見物」
と一応、警備兵さん達に話は通っているそうだ。
昔は正体を隠す為に、身体を大きくして行ったものだけれど、いい時代になった。
「あ、でも、ケントニス様は、大祭の精霊=私達って知ってるんですか?」
「上皇王陛下が教えておられなければ知らないと思うわよ。あなた、お教えしました?」
「してない。
今回も、コスモプランダー討伐の労を労ってやりたい、と純粋に親子水入らずでの大祭として申請したからな。
まあ、兄上も皇王だ。情報収集や洞察力は並ではないから、気付いている可能性がない、とは思うが」
隠し事をしているのは良くないと思うけれど、今から話すとまず間違いなく怒るよね。
魔王城のことを隠していた時みたいに絶対に拗ねる。
とりあえず、言わなくてはならない時までは言わないのが吉だ。
きっと。
「よし、行くぞ。しっかりと掴まっていてくれ」
「はーい」
「じゅんびかんりょう!」
リオンの両足に右と左からぴたりと抱き着く双子ちゃん。
お父様とお母様はリオンの両肩に手を置き、私は差し出された右手をしっかりと握りしめた。
今回は本当に、家族だけ。
警備や護衛の兵士は全部置いていくことにしている。
カマラにもお休みをあげたし、ミーティラ様はお父様の代わりに大祭警備の指揮を執る腹心ヴィクス様のお手伝いをしている筈だ。
「ティラトリーツェ様や皇子の実力を疑う訳ではございませんが、身重のマリカ様に何かあったらどうなさるのですか?」
心配だからとかなり食い下がっておられたようだけれど、結局押し切られたそうな。
私にも言った、
「私に、皇子にリオンがいるのですよ。危険な事が起きると思うの?」
って。
個人的に保育士としての危機管理の観点から言えば、確かに子ども連れの場合、どこにどんな危険が迫っているか解らないから、人手は多い方がいいかな、と思わなくもない。
子どもや私を人質にして、私達に言うことを聞かせようとする輩がいないとも限らないわけだし。
まあ、そうなったら瞬間でリオンが倒してくれると信じているし、お父様とお母様がそれぞれ、双子ちゃんをしっかり見ていてくれている。
「いいか? 祭りの間は勝手な事はするな。我々から離れるな。
自由にはそれなりの代償が付随する。
約束という代償が払えない時は楽しいことは無しになる。
それが皇族、いや人の持つ責任というものだ」
「はい」
「わかった」
双子ちゃんも、勝手な事をすればその場でお祭り終了と言われているから、無茶はしないでくれるよね。
そう言う訳で、通信鏡で何かあったら即座に連絡を入れるとミーティラ様と約束し、私達は街に出てきたのだ。
転移したゲシュマック商会の貴賓室には、二人の人物が待っていた。
空気が歪み、空間が割れ、私達が出現したと同時に、彼らはスッと膝を付く。
「お待ちしておりました。ライオット皇子、ティラトリーツェ様。
そして……マリカ様。リオン様」
「ガルフ……リードさんも……」
声が詰まって、喉から出てこない。
最後に二人と会ったのは、いつだったろう。成人式の前だから、こうして直接会うのは、ほぼ四ケ月。
季節一つ分ぶりだ。
ゲシュマック商会の商会長と、副商会長。
ガルフとリードさんが、私に向ける瞳は昔と変わらず暖かい。
でも、立場や、その他色々なものが昔と随分変わってしまっている。
特に、成人式からコスモプランダー討伐戦が終わるまで、私はガルフと殆ど関わることができなかった。
通信鏡で二回話すのが精一杯。
リオンと結ばれたことも、妊娠していることも私から直接伝えることはできなかったのだ。
昔、一緒の家で寝泊まりして、遅くまで『新しい食』についての話やゲシュマック商会の職員教育などについて話をした日々が、遠い夢のよう……。
「まずは、星をお守りくださいましたことを、アルケディウス。
いえ、大陸の多くの民に成り代わり、感謝申し上げます。
私などが言うまでもない事ですが、大陸に住まう者の多くが、あの日の奇跡を心に刻んでいる筈です。
『精霊女神』と『新たな勇者』の功労に感謝を忘れる者は、誰一人としていないと俺は感じています」
商人として、加護を受けていた頃とも、皇女として生きていた頃ともまた違う態度で、彼は私を仰ぎ見る。
まるで、遠くに輝く星を見つめるような眼差しで。
「ガルフ……。色々と慌ただしくてゲシュマック商会の方を任せきりにしてしまってごめんなさい」
「いいえ。
もったいないお言葉です。
マリカ様には、いつも陰に日向に力をお借りしております。
完全委託されているレシピの運用費は既に金貨で千枚を超えて、今後も減ることはありません。
今は商売も食品以外に広げましたが、しっかりと屋台骨もでき、共に店を支え合える人材も育ち。
何があっても昔のように簡単に店を潰すことはないだろうと自負しております。
その中にマリカ様がいないことを、寂しく思うこともありますが……」
商人、料理人から始まって。
皇女として認められて、第三皇子家に入り、城で暮らすようになり。
世界各国を巡って、精霊神様達を復活させ、僅か二年で大神官。
たった四年で精霊女神なんて言われるようになってしまった。
本当に、何がどうしたらこんなことになるのか、今をもってしても解らない。
でも。
「ただ、遠い昔。
魔王城でマリカ様と出会った時。
その眼差しと思いに救われ、世界を変える力と出会った。そう思った俺の眼に狂いはありませんでした。
マリカ様がアルケディウスを離れてからも、随所でゲシュマック商会を気にかけ、取り立てて下さっている恩も、忘れたことはございません」
「そうですね。
私にとっても、ガルフは最初に出会った時から、変わらぬ私の片腕で、もっとも頼りにする者の一人で在ることは変わりません。今も、そしてこれからも……」
私にとってゲシュマック商会が大事な原点であることは変わらない。
これからも、ずっと。
だから。
「できれば、あんまり身分の差とか、気にしないでくれると嬉しいです。
ガルフは私の親友であるティーナと結婚するし、妹のエリセもラールさんとの結婚が秒読みで。アルはこれからもゲシュマック商会の主任ですし。
だから、覚悟して下さい。ガルフ。
貴方は大事な私の片腕で。
イヤだって言われても、まだまだゲシュマック商会との縁は切れませんからね」
私はなるべく、明るく言ってみた。
彼らが負担を感じないように。でも、心を込めて。
「ティーナとの結婚式は贔屓と言われても私がやりますよ。
ティーナは私の保育の、希望の片腕。私の理想を担う片腕同士の結婚は絶対に祝いたいですから」
私の言葉と態度に、ガルフも破顔し、頼もし気に胸を張ってくれる。
「望むところです。新しい時代の牽引役。
何より、マリカ様の信頼という宝を他の誰にも渡すわけにはいきません。
今後ともゲシュマック商会に、お任せ下さい!」
今まで、目覚めてからもずっと忙しくて、なかなかゲシュマック商会と連絡を取ることができなかった。
信頼している。彼らの事は全面的に。
だからこそ、気持ちを確認し合うことは大切だ。
「そう言って頂けると、心のつかえがとれた気分です。
今後とも、どうぞよろしくお願いしますね」
離れてしまったのなら、もう一度近づけばいいのかもしれない。
私はガルフと視線を合わせ、出会った時から変わらない友と、心の手を繋いだのだった。




