皇国 大祭と出産の準備
いよいよ七国大祭巡り。
最後のアルケディウスとなった。
大陸の最北、北の国は他の国に比べると心持ち夏の訪れが遅い。
でも、深い新緑が光を帯びて輝く様は本当に美しくて。
誇らしい気持ちになるのだ。
「七国巡りご苦労であった」
大祭前日、私はアルケディウス王宮にご挨拶と舞の打ち合わせに伺った。
王宮そのものは勝手知ったる我が家のような感じなので、遠慮とかはないのだけれど、やっぱり最初があれば最後も有る訳で。
「国中が、今や遅しと其方の来訪を待っていた。今年は例年より二週間ほど遅い夏の始まりとなる」
「お待たせして申し訳ございませんでした」
「いや、大神官のせいではないから、謝罪の必要は無い。
今まで、皇女マリカを擁するが故にアルケディウスはなんだかんだ優遇されていたのだな。
と、実感しただけだ。待つだけの時間は長い」
謁見の間で苦笑するのは皇王陛下ケントニス様。
両脇に居並ぶ大貴族の皆さんも、なんとも生暖かい眼差しだ。
夏の大祭は社交シーズンの始まり。
きっと、スケジュール調整とか大変だったんだろうなあ。
「まあ、時間をかけた分、あらゆる準備は完璧の筈だ。
後は開幕し、其方が舞を捧げるのみ」
「はい。しっかりと体調その他も整えて参りました」
「うむ、頼むぞ。
トレランスが麦酒蔵にも手を回し、祝い酒を大量に用意した。
ゲシュマック商会を始めとする人気店にも支援している。
開幕の劇は無理を言って大聖都からグローブ座を招いた。私にとっても即位して初めての大祭。
民を喜ばせ、是が非でも成功させたいからな」
「そのお気持ちはきっと民にも伝わっていると思います」
今年の新年、私が宇宙での戦いを終えて意識を失っている間に皇位に即位されたケントニス様。最初はちょっと心配(失礼)だったけれど、国民思いの良い王様としてなかなか評判がいい。
側近であり親友である宰相が庶民に理解がある為か、一般市民の生活にも配慮がなされ、過ごしやすくなったんだって。
「早いものね。貴女がアルケディウスの表舞台に立つようになって五年、もう六年かしら」
「はい。アドラクィーレ様」
くすっと、皇王陛下の隣で微笑するアドラクィーレ様と目が合う。
「思えば、私が最初に王宮に招かれたのも夏の大祭の時でした」
「そうね。あの頃から、身体の大きさは随分と変わったけれど、図太い態度はまるで変わらないこと」
招かれた、と言ってもあの時はほぼほぼ拉致、だったんだよね。
あの時、私は魔王城から出てきたばっかりで、ゲシュマック商会に所属する料理人の一人で。
広め始めた『新しい味』を知りたいと、大祭の屋台営業中に王宮からの迎えの馬車に無理やり乗せられて。
あれが王宮と本格的に関わり始めるきっかけになった。
「胎も随分と膨らんできたようね。
舞は確かに大事ですが、それ以上に無理は禁物ですよ」
「お気遣いありがとうございます。アドラクィーレ様。
安定期にも入ってきましたし、あと残り礼大祭も含め二回なので、十分に注意して行いたいと思います」
「そうなさい。無理をさせて、子が痛んだ、などということになればティラトリーツェを始めとする者達に私が恨まれますからね」
「心致します」
相変わらずだけれど、アドラクィーレ様も私の事を案じて下さっているのが解るから、何も言わずに頭を下げる。見かけほど冷たい方では無い。
むしろ家族と縁が遠かっただけに、情が深い方だと、私もだんだん解ってきた。
大貴族達も色々と言いたそうだけれど、大神官位にある私は遜っていても国王と同等。
下手に声はかけられない。下位の者が上位者に話しかけるのが非礼になるシステムは、不便な時もあるけれど、こういう時は煩わしく無くて助かる。
領地の相談などについてはゲシュマック商会か、アルケディウスで私の文書関係窓口をしているミリアソリスを通すのが基本。マナーも守れない人物は大貴族にはいない(筈)だし、後ろでリオンも睨みを効かせてくれているので安心だ。
「夏の大祭、最後の舞を大神官にお任せする」
「全力で努めさせて頂きます」
「アルケディウスの大祭を、其方も楽しんでくれ」
王宮での謁見後は、神殿に向かって緑の精霊神ラスサデーニア様にご挨拶に行った。今回はリオンも一緒。
いつもはどこにいるのか、姿を消しているピュールも、この時は現れて、私の後をぴょんぴょこ、跳ねるようについてくる。
「やあ、七国巡りご苦労様。アルケディウスで最後だね。
待っていたよ」
薄緑の疑似クラウドに招かれる感慨も、緊張も、もうあんまりない。
満面の笑顔で出迎えてくれるラス様も、私にとっては大好きな親せきのお兄さん気分だ。
「長らくお待たせしました。ラスサデーニア様。
明日からの大祭。その開幕を精一杯努めさせて頂きます」
「うん。楽しみにしているよ。これで、楔石も七個設置できるから、魔方陣を起動していざという時に対応できるしね」
そう言えば、これで七芒星が完成するのか。
「楔石って何をするモノなのか、改めて聞いてもいいです?」
「君と子を守る為だよ」
「へ? 私と子どもを?」
「ラス!」
「あ! 勿論、大陸の守護って意味もあるけどね」
お父さんの怒声に、しまった。口を滑らせたって顔のラス様。
意外な返事にちょっとビックリする。
「どういうシステムなんです? あの楔石って」
「あ~っとね。七国の精霊の力を、一つに束ねる為のものだよ。
フェイの子の時に体験しただろう? 生まれながらの能力者は出産の時にたくさんの力を必要とする。主に気力と精霊の力」
「はい」
精霊神様達の事情を今ひとつ理解していない私に、ラス様は説明してくれる。
ちらりと、お父さんやリオンの方を窺うように見ているけれど、当の本獣はなんだか膨れっ面でそっぽを向き、ぷかぷか浮いている。
きっと、憮然、とか不機嫌とかを絵で描いたらあんな感じだ。獣であってもそれが解る。
? 何を怒っているんだろう?
リオンは無表情。何か考えているようではあるけれど。
「ほら、その……マリカの力はワイルドカードみたいなものだから、誰にでも渡せるけれど、いざマリカに渡すとなると性質が違いすぎて、他の皆からの力は受け取りにくい。
だから、割と性質の近い僕らの力をいざという時、集めて渡せるように準備したんだよ。僕ら自身は気力はないんだけれど、大祭で民の力が集まっている。それを無駄なく君に届けられるように」
「献血みたいなものですか?」
「そう! ……そんな感じ! だから出産は大聖都ですることをお勧めする。
ステラ達にも話は通しているよ」
「私、アルケディウスか魔王城で、って思ってましたけど、皆様が私を気遣って準備していて下さったのなら、甘えます。ありがとうございます」
「いいって。マリカの子は僕達にとっても家族で、娘で、希望だからね。
あと、それでも足りなくなりそうな時は、リオンに他の皆の力を中継して貰うといい。
レオンハルトの時と同じ。リオンが力を吸い取って、変換して、それからマリカに送れば、マリカに受け取りやすい形になる」
「ああ、あの時はそう言う感じで力を送ってくれたんですね」
私はチラリと、横に立つリオンを見た。リオンも私を見たっぽくて、視線がぱちん、と合う。
輸血に例えるなら、私はO型で誰にでも輸血できるけれど、貰う事はO型からしかできない。そんでもって、この世界にO型は私と精霊神様達しかいない。
出産の時に輸血っていうか輸気力? 輸精霊力、だろうか?
力を送るシステムとして用意されたのが、楔石での魔方陣ってことなのかもしれない。
私も不安だったから助かるけど、あの派手な幻想の樹は、私の為だったのか。なんだか手間を取らせてしまって申し訳ない気がする。
「『神』と『星』は第二世代だからね、第一世代の純血種にして第三世代であるマリカには力が送れないんだよ。それで僕達が準備を整えたんだ」
「そうなんですか? あれ? でもリオンは? 第二世代、ですよね?」
「リオンは君と同期した夫、第三世代だろ?」
「あ、はい。なるほど。そうですね」
リオンと私は、身体を合わせて体液の交換を行った。
私は、厳密に持っているウイルスでいうのなら第一世代で、リオンは第二世代。
それが体内で混じり合って、第一世代と第二世代のウイルスを融合させた第三世代になった、ということらしい。
じゃあ、私のお腹の中の子は生まれながらの第三世代ってことか。
色々と難しい。
「まあ、僕達皆で全力バックアップするから、君は元気な子を産む事だけに注力してればいいってことだよ」
「解りました。お心遣い感謝いたします。
この子をちゃんと元気に産んであげられるように、頑張りますから」
「うん。余計な事を言って御免ね。
君も大祭を思いっきり楽しむといい」
精霊神様達にお礼を述べて、私達は疑似クラウドを出た。
各国に埋めた楔石が生み出した樹は私の出産後も、各国の守護を担い、いざという時の為に力を蓄える貯金箱みたいになるとのことなので、一安心。
「でも、皆様色々と、私と出産の為に準備してくれてたんだ」
「大神殿の皆も、魔王城のシュウ達も、色々やっていたようだぞ。
ティラトリーツェ妃は衣服の発注を始めたというし、シュウは今までで一番ステキなゆりかごを作ると張り切っていた」
「そうなんだ……。じゃあ、準備する時は皆と相談した方がいいのかな?
被るともったいないし」
「準備といえば……」
「どうかした? リオン?」
「いや、なんでもない」
大祭にかまけていたとはいえ、私の準備が一番できていないのが問題だ。
礼大祭が終わったら、服とか部屋の準備とかしっかりしないと。
そして、
明日の大祭、少しでも皆にお礼の気持ちが届くように頑張ろう、って思いながら。
だから、
「あれ? ピュールがいない。ラス様とまだ何かお話でもあるのかな?」
気付かなかったし、知らなかったのだ。
「この阿呆! オリジンに気取られたらどうする! せっかくの準備が無駄になる所だったぞ!」
「ごめん、アーレリオス。
でも、なんとか誤魔化せた……かな?」
「そうだといいのだが……な」
そんなお二人の会話には。




