大聖都 二人の精霊達の約束
無事、シュトルムスルフトの大祭が始まり、懸案事項も一件落着。
「はあ、これで、後はアルケディウスだけ!」
「そうだな。うん。よく頑張った」
大神殿の夜 二人だけの寝室で。
戻った私を、リオンが優しい笑みで労ってくれた。
頭を撫でられ、リオンの逞しい腕の中に後ろから包み込まれるように抱きしめられるのは、どんなソファに座っている時よりも安らげる。
「ありがとう。ごめんね。
リオン。シュトルムスルフトでは悪役を押し付けちゃって」
シュトルムスルフトでの王太后様の説得にあたり、私は落としてから上げる。
北風と太陽作戦を決行した。
寒くて厳しい北風役として悪役を買って出てくれたのはリオン。
上位者から反論できない理詰めで自分の過ちを指摘され、落ち込んだ所で暖かく照らす。そうすることで、優しく気持ちに寄り添った私、太陽役の言葉がより心に染みて、聞き入れやすくなる。
これも心理学的テクニックの一つ。
ただ、どうしても悪役は嫌われるなど割を食うから、最初は私が女神モードでやるつもりだったのだけれど。
「気にするなと言っただろう。『俺』はそういう役割の為に、デザインされて生み出されたんだから」
頭には角、顔には刺青。
身体の殆ど全て、指先まで真っ黒に染まった改造体のリオンを見て、正義の味方を連想することはなかなか難しいだろう。
人々を悪の立場から纏める闇の王、用意された悪役。
『神』ももう少しデザインとか考えてくれればいいのに。
「でも、リオンにいつまでも悪役を押し付けたりしないよ。魔王とか悪役とか、そんなの無しでも争いなく生きられるようにしないといけないもんね」
大丈夫。できる。
私は自分に言い聞かせるようにこぶしを握り込んだ。
「まずは意識改革。教育体制をしっかり作る。
人間の性質上、どうしても争いは無くならないと思うけれど。
できるだけ減らして、自分から悪の道に走ろうなんて気持ちを持たないように、新しい子達に知らせていくの。
最後にもう一つ礼大祭もあるけれど、それが終われば、暫くお休みだから、出産までの間になんとか纏めて、運用を始めて貰おう」
「相変わらずだな。
せっかくの産休なのに結局仕事か?」
「休ませては貰うよ。じっくり図書館の本を読んだり、それから、生まれて来る赤ちゃんの為に色々作ったりもしたい」
私はふくらみがはっきりと解るようになった腹部に手を当てた。
妊娠約20週。
最近、胎動も活発になってきている気がする。
「お腹の中から、ぽこぽこ、頻繁に蹴ってくるような感じがするんだよね。
何か言いたいのかなって感じることもあるの」
「不思議だな。本当に女の体の中で、命が生まれ、育まれているんだ」
「うん。リオンと、私の子どもだよ。お父さん」
ほら、と私はリオンの手をお腹に触れさせる。
私の声が聞こえたのか、ぽこん、と小さな衝撃がお腹の中から伝わってきた。
「!」
リオンが驚いたように瞬きして。そして自分の手と、私のお腹に何度も視線を交差させている。
「凄いな。俺達の声や話が聞こえてるのか?」
「どうかな? 妊娠中期頃からは外の声が聞こえてるらしいけど」
今のは、偶然かもしれない。
けれど、間違いなく、私の中で命が芽生え、育っていることは実感できる。
確かで、強い意志の力も感じるのだ。
「そういえば、ナハト様がこの子は、だれか死者の魂の転生じゃない、って言ってた。
転生する以外の魂が、何処からやってくるのかは『精霊神』様達にも解らないけれど、この子は、宿るべくして私のお腹に宿った運命の子、だって」
「……そうか」
リオンは何も言わずに、また後ろから私の頭をそっと撫でてくれる。
私の不安や、やるせなさを吸い取ってくれるかのように。
「マリカ」
「なあに?」
「この子が男の子か女の子か、もう解るのか?」
「性別はもう決まっていると思うけど、どうして?」
向こうの世界では妊娠20週くらいから、エコーや超音波などで性別が解るようになると聞いた。早くに聞く人もいるし、生まれるまでの楽しみだから聞かないという人もいる。
「気になる?」
「まあ、多少は。
女だったら、さぞかしかわいいだろうし、男だったら俺に似るとかあるのかな、って思っただけだ」
「そう、だね。双子ちゃんみたいに男女ぱっきり父親と母親に分かれて似るってこともあるし、逆に男の子が母親に似て、女の子が父親に似るってこともあるかもしれないし」
私のお腹を、壊れ物を扱うようにそっと撫でながら告げるリオンの手は、微かに震えている。
その手に私は自分の手をゆっくりと重ねた。
「もしかして、子どもができるのが怖いの?」
「ちょっと、な。疑う余地も無く嬉しいけれど。
俺に似て欲しくはないな、って思ったのは事実だ」
「過去形?」
「……マリカには誤魔化せないか。ああ、今もだ。
俺は自分が好きじゃない。むしろ嫌いだから、俺に似ないといいな、って思っている」
「また、そう言う事を言うんだから……」
リオンは自分が嫌い。
勇者として世界に崇められる存在でありながら、リオンの自己肯定感の低さは半端じゃない。
我が身を火にくべるように戦い、いざという時、己を犠牲にすることに全くの躊躇が無いのはもう、昔っからだ。
人間の胎児として命を受けて転生するのではなく、『星』の、魔王城のバックヤードで試験管の中から生まれた私達。そしてリオンはさらに『神』と『星』の間の子、マリクのクローン体のような形で転生を繰り返してきた。
リオンが転生の度に煉獄と呼ばれる地獄に行き、苦しむことになっていたのは、気力を『星』に送るということ以上に、自分の命を顧みない戦い方が遠回りの自殺と見られ、諫められていたのだろうと、以前、死と夜を司るナハト様が教えてくれたこともある。
それでもステラ様、酷い。って思うけど。
「『神』への恨みを原動力に、自らに使命を課すことで、自分は生きなければならない。
死ぬことはできない。って言い聞かせていた。
今は、マリカが側にいてくれるから。
愛してくれるから、生きていていいんだって思えてる」
「もう……」
甘えるように、縋るように私を後ろから抱きすくめるリオンの方を向き、肩を引き寄せた。下がるリオンの顔。その唇に自分のそれを重ねて貪る。
不思議なところだけれど、リオンと身体を合わせると、迷いとか、悩みとか。
そんなものが吹っ飛ばされて頭の中がクリアになるのだ。
「しっかりして、お父さん!」
きっとリオンもそうだと信じて、私はリオンを見つめた。
「お父さんが迷ってたら、この子も、私もどうしたらいいか、解らなくなっちゃう。
どーんと、かまえて。しゃんとしてて!」
「……そうだな」
「大きな木みたいに、揺るぎなく立っていて。
どこにも、いかないで、私達を守って。
私達は、その側に寄り添って、ずっと一緒にいるから。
貴方を一人には、もう絶対にしたくないの」
私の言葉がどれだけリオンに届いたかは、解らない。
けれど、彼は頷いてくれた。
「ああ。約束する。揺るぎない強さで、立ち続ける。
お前達を、大事な家族を。この星ごと、守れるように」
「うん。お願い」
そうして、私はリオンの胸に頭を預けて眼を閉じた。
「貴女も聞いてたね。お父さん、約束してくれたよ」
リオンには言わなかったけれど、不思議な確信がある。
お腹の中の子は、女の子だ。
きっと、私より強い力と使命を持って生まれて来る。
できるなら。
私はこの子を『精霊』の宿命に巻き込みたくはなかった。
当たり前の子どもとして、幸せに生きて欲しかった。
でも、
「愛してる。頼りにしているから。リオン」
「ああ。俺もだ。マリカ」
そうして、私達は寄り添い、抱き合い、目を閉じた。
この幸せの日々は、永くは続かない。
終わりと変化の日が、否応なく近づいていることを、互いに感じながら。




