水国 幼い日の憧れと繋いだバトン
空国の大祭が終わって、大祭、舞奉納行脚も折り返し。
五カ国目、水国フリュッスカイトにて。
「マリカ様、お疲れではありませんか?」
「疲れてない、っていうと嘘になるんですけれど、大丈夫です」
私はクレツィオーネ宮殿の下層階に特別にしつらえられた客間で、息を吐き出していた。
「各国の皆様、良くしてくださいますから。それよりよろしいのですか? フェリーチェ様。
大公妃自らが、このように……」
「国賓にして精霊女神マリカ様のお世話です。国の最重要事項ですから、お気になさらず。それに急ごしらえの客間ですが、ご不自由はありませんか?」
「いえ、一泊ですし、とても気持ちのいいお部屋です」
神殿に出迎えに来て、部屋に案内してくれたのは大公メルクーリオ様の奥方、フェリーチェ様だ。
クレツィオーネ宮殿は水害対策の為、重要施設は階段を上った上層階にある。
お腹もちょっと大きくなってきたので、あの急な階段の上り下りは少し怖いなあ、と思っていたのだけれど、今回は一階に部屋を用意して下さった。
ありがたい。
窓を開けると、目の前に広がる運河に海。
フリュッスカイトならではの魅力的な光景だ。
今考えるに、フリュッスカイトの水の精霊神、オーシェアーン様は多分、イタリアのお生まれなのだと思う。
オリーブを持ってきたことから考えても。
多分、ヴェニスとかそんな感じかな。
不便だと解っていても、きっと蘇らせたかったんだろうなあ、って思う。
この美しい街並みを。
「フリュッスカイト滞在中は、ゆっくりと身体をお休めになって下さい、と申し上げたい処なのですが、大公閣下もソレイル様もエルトゥリアの留学枠についてやその他色々と、話したいことがあるそうです。
会議が終わり次第、こちらに来ると思いますので、お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
「大丈夫です。そのつもりで準備して参りましたから」
「ありがとうございます。その代わりと言ってはなんですが、社交などについてはお気になさらず、舞に専念なさってくださいませ。面会希望は全て遮断いたします」
「すみません。そうして頂けると助かります」
「ですが、私の、子育ての相談には乗って頂けますか?
特に最近、プラーミァから発信された教育法に興味がありまして」
「構いません。フリュッスカイトにも、王子様と姫君が誕生されたんですよね」
大陸全体がそうなってはいるのだけれど、各国王家も妊娠、出産が多くなり、貴族も併せて今後、子どもの数も増えるだろう。
王家の子はその先駆けになる。
「こちらは姫の方が先ですけれど。
長女のベアトリーチェはもうすぐ三歳で物心も付いて参りましたので、明日の式典では最前列で姫君の舞を見せたいと思っております」
「恥ずかしくない舞を見せられるように頑張りますね」
ベアトリーチェ様とはまだ会ったことがない。
基本的に王家では、子どもの教育がある程度終わるまでは外に出さないのが普通だから。
いずれ『聖なる乙女』として奉納の舞を舞う事になるから、そのお手本に、と今回は特別に許されたんだって。
つまり、私の舞がベアトリーチェ様にとって心に刻まれる指針となる可能性が高い。
頑張らないとね。
幸い、フリュッスカイトでは大きなトラブルなども無く、穏やかで楽しい時間を過ごすことができた。
式典の準備や打ち合わせがてら、フェリーチェ様とママ友話をしたり、子どもの教育の難しさや対応について相談に乗ったり。
会議が終わった後、速攻でやってきたらしい大公様と、弟君で王族魔術師のソレイル様と一緒に、新しい技術についての打ち合わせをしたりした。
「エルトゥリアの受け入れ態勢が整い次第、フリュッスカイトは留学生を派遣する。
第一陣の中にはソレイルを入れるつもりだ」
フリュッスカイトのメルクーリオ大公閣下は随分前から飛行技術に興味津々で、十年以内にアースガイアの技術で空を飛べるようにすることを目標にすると明言していた。
だからだろうか。今回も、
「『神の翼』と『星の翼』。
我々にも、一目、間近で見せて頂くことは叶わぬだろうか?」
と、かなり食い下がられた。
コスモプランダー戦に使った二機の宇宙船。
両機体はアースガイアにとって完全なオーパーツになる。
私の帰還後、『神の翼』はエルトゥリアの沖に沈めて、簡単には人が触れられないようにしたと言っていた。
あの中には『神』レルギディオス様の精霊石もあるというから、これは仕方がない。
一方で『星の翼』は大神殿の地下に戻してある。
万が一、本当に万が一だけれど、何かまた脅威がアースガイアを襲った時に対処できるように、とのこと。
誰にも見せるな、と禁止されている訳ではないけれど、鍵を開ける権利は私とリオンに限定されている。
操縦できるのはお父様だけだ。
「見ても簡単に真似どころか、理解できる品物ではございませんよ」
「解っている。我が目指す究極の一、として心に刻むだけだ」
「どうする? リオン?」
「見るだけでいいのなら。フリュッスカイト以外の国にも声をかけてもよろしいか?」
「無論。感謝する」
フリュッスカイトだけだと色々と角が立つおそれがあるから、リオンの提案は正解だ。
私の最後の公務の一つである大聖都の礼大祭。
その時に『星の翼』を限定公開する、と決まった。
詳しい話はフェイ達と相談してからになるだろうけれど、大イベントになりそうだ。
そうして、美味しいオリーブオイルたっぷり。
でも、あっさり、さっぱりしたフリュッスカイト料理に舌鼓を打った私は翌日、大祭の舞に挑んだ。
ドレスは各国同じだけれど、ここでは白のウィンプルと華ガラスのヘアピンを身に着けた。
どちらもフリュッスカイトの産品。
それぞれの国へのリスペクトを込めている。
楔石もしっかりと開花させることができたよ。
水色の美しい花は、雨が降るような幻想的な花びらを天に舞い散らし、人々を驚かせた。
舞に関しても実は、色々と工夫を凝らしているの。
七国での舞、一応全部細かい所で変えているんだよ。実は。
お腹が大きくなってきて身体が重いので、派手な回転とかは少ないけれど、その代わりに手の動きには気を配って華やかにしているつもりだ。
繊細に、柔らかく。
指輪に縫い留めてある水色の布が止まらないように。
床に付かないように。
フリュッスカイトの流れる水を表す、というのは自己満足に近いけれど。
私の中にある舞の基準は昔、皇女として迎え入れられたばかりの頃、見せて頂いた現皇王妃アドラクィーレ様のもの。
名手と呼ばれるに相応しい技術と思いが籠った舞を、今も覚えている。
まだ、あの滑るような足さばきや表現力には全然届かないけれど、少しずつ自分なりに考えて、経験を積んで、私なりの舞ができるようになってきたかと自負していた。
舞を終えると拍手喝采。
いつもながら、これを聞くと安堵する。
とりあえず役目は果たせたかな、と思いながら控室に戻る道すがら、
「マリカさま!」
私は澄んだソプラノに呼び止められた。
「貴方は……?」
見ればフェリーチェ様の前に立ち、私を見つめる女の子が一人。
亜麻色のロングの髪をポニーテールに縛り、フリュッスカイトの蒼い海のような瞳を輝かせている。
淡い水色のドレスが良く似合う。
年のころは三歳くらい?
「お疲れの所、申し訳ございません。
舞を拝見した娘がどうしてもお会いしたいと。
失礼は承知なのですが、お時間を賜れますでしょうか?
ほら。マリカ様にお伝えしたいことがあるのでしょう? ベアトリーチェ?」
ああ、そうか。
フリュッスカイト大公家の長女。
次期聖なる乙女、ベアトリーチェ様か。
「はじめまして。何か、御用ですか? ベアトリーチェ様」
膝を折り、視線をできるだけ低くすると、ベアトリーチェ様は両こぶしをしっかりと握りしめて、私を仰ぎ見た。
「マリカさまの、まい! すごく! すごくステキでした! キラキラで、サラサラで、スーッとしてて」
熱の籠った感想の言葉が、桜貝のような唇から紡がれる。
まだ三歳で語彙も少ない中、一生懸命に伝えようとしてくれているのが解った。
「ありがとうございます。褒めて頂いて嬉しいですわ」
「まるで、おみずが、ながれるみたいで!
わたしも、いつかマリカさまみたいに、キレイにおどれるようになりますか?」
美しいものを、純粋な憧れを、遠い星を見つめるような。
無邪気な尊敬と喜びの眼差し。
遠い昔、舞を見せて下さったアドラクィーレ様に、きっと私もこんな瞳をしていたのだろう。
「私よりも、きっとずっと上手になりますよ。舞が好きで、楽しんで、そして練習を続けていけば、きっと……」
「ホントに!?」
「ええ。私が本格的に舞を始めたのは、かなり大きくなってからでした。
才豊かなベアトリーチェ様が今から練習を続けていけば、私の歳くらいになれば、きっと私を追い越します」
そうして私はウィンプルを外して、ベアトリーチェ様の頭に乗せた。
布を留める華ガラスのヘアピンを、そっとつけてあげながら。
「これは、その約束の印です。
舞に全てを捧げる必要はありませんが、もし舞が好きで、楽しいと思うのであれば、焦らず励んで下さい。
ベアトリーチェ様の前向きな心、強い思いはきっと精霊神様に届いて、力となりますから」
「あ、ありがとうございます! おかあさま! みてみて!」
「良かったわね。ベアトリーチェ」
お母様、アドラクィーレ様から預かった技術と思いのバトンを、ちゃんと渡す事、託すことはできただろうか?
できたのなら、嬉しいな。
弾ける水しぶきのように。
ぴょんぴょんと、愛らしい子ウサギのように。
可愛らしく飛び跳ねるベアトリーチェ様を見て、私はそう思った。




