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【新装版】子ども達の逆襲 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。  作者: 夢見真由利
第五章 保育士魔王兼精霊女神 始めました。
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空国 三人称 人の友、精霊の友 後編

 目の前に立つモノたちが人間では無いのは、一目で見て取れた。


 一人は真紅の髪、炎の瞳。凛々しいいで立ちの青年。

 そしてもう一人は、光を宿した金髪に黄金の虹彩を持つ女性であったからだ。


 女性、と言っても若い印象はない。

 落ち着いた雰囲気は五十代、いや六十代だろうか?


 アリアンは思わず背筋を伸ばす。

 顔は全く似ていないが、その雰囲気に、不老不死前に没した祖母を思い出した為である。


 父大公の妻にして母サラスティーネは、大公妃として忙しい人物であった。

 大貴族からその知略を見込まれて大公妃に迎えられ、女性でありながら議会にも必ず参加する。

 その合間を見て女性達の社交も仕切り、その頂点として差配する。


 決して我が子を愛していなかったわけではないけれど。


 だから彼は、最年少の時期を祖母に育てられて過ごしたのだ。


 三歳までの短い期間ではあったが、厳しくも愛情深く育ててくれた祖母を彼は今も敬愛している。

 その後は厳しい王族教育が始まったから、余計に美しい思い出になったのかもしれないけれど。


 だから、祖母と似た雰囲気を纏う女性には少し緊張してしまうのだろう。

 アリアンは今の自分の心理状況を、そう分析していた。


「まったく、黙って聞いていれば随分と偉そうな事を言う。

 光の精霊神の末裔よ。精霊を怒らせて良いことは無いぞ」


 腕を組み、鷹揚と笑いながら告げるもう一方の青年が誰かは、言うまでも、問うまでもないことだった。

 微かに見覚えがある。


「フォルトシュトラム!」


 そう。

 オルクスが持つ、火を司る王の杖。

 フォルトシュトラム。


 その精霊体だ。


 かつて、聖なる乙女マリカが教えてくれた。

 高位の杖には精霊が宿り、所有者を助けるという。


 人型を取ったのは、彼女と、彼女の魔術師であるフェイが一緒にいた時、ただ一度きりではあったが、オルクスは彼と会話をしていると言っていた。


 彼の杖を借りて魔術を行う時、存在というか、意思を感じることも少なからずあった。


 時に主を選ぶこともあるという『上位精霊』。

 その圧倒的な力と、意志を。


『七精霊の子』であるアリアンは感じていた。


「そう怒らないであげて。フォルトシュトラム。

 この子は、まだ目が開かぬ赤子のようなものなのです」


 静かで穏やかな声で青年を諭す女性に、声まで似ている、とアリアンは目を見開いた。


 しっとりと、まるで夕暮れの日差しのように柔らかく包み込むような低音。


 躾の時は厳しい所もあったが、自分を膝に乗せ、昔語りや国の歴史を語ってくれた祖母は、優しく、こんな諭す様な声で自分に語りかけてくれたものだ。


「フォルトシュトラムに、そう話しかけられる、ということは……まさか貴女は……」


 震える声で問いかけるオルクスに、彼女はしっとりと微笑み、頷いた。


「ええ。私はライエルシュトラム。光の精霊にして、星の手足なれば」


 とっさに胸に手を当て、膝を折るオルクス。

 慌ててアリアンもそれに続いた。


 ふん、と微かにフォルトシュトラムが鼻を鳴らしたのが解った。

 自分への態度と随分違う、と言いたいのだろう。


 でも、空国に在る者として、精霊神の代行にして光の精霊たる存在を前にし、頭を上げる訳にはいかなかった。


「突然驚かせて御免なさいね。でも、どうしても貴方達に話したいことがあったので、我が神にお願いして場を作って頂きました」


 言われて初めて気付く。


 自分達が今いる場は、話をしていた公子の執務室ではない。


 淡く暖かな色を宿す、白い空間。

 これが噂に聞く『神々の居場所』なのだろうか?

 自分達は上位存在に呼び出されたのだ、と気付いた時、アリアンはきゅっと唇を噛みしめた。


 何故呼ばれたのか?

 そんな理由など、解っている。


 アリアンは顔を上げ、訴えかける。


「神々と、大いなる精霊の前にお願い奉る。

 偉大なる火の王の杖、フォルトシュトラムよ。光の王の杖と共に、我が国に残り、その力をお貸し頂きたい」

「断る」


 固い拒絶は鋼のよう。

 刹那の逡巡も無く、火の王の杖はその首を横に振った。


「私は火の王の杖。火の国の王の手に握られ、国を、星の子らを守るモノだ。

 空国にありて魔術師を助けるも、広義で星の子らを守り助けることであるから、今まで黙っていたが、星の侵略者を退け、七国に平和が戻り、この国にも守護精霊たるライエルシュトラムが戻った以上、私の役目は終わりだ。

 我が神より帰還の許しも得た。故に私は帰る。何人たりとも邪魔はさせん」

「この国には! ヒンメルヴェルエクトには貴方の力が必要なのです!

 石油化学、鉱業に工業。ありとあらゆる分野で貴方の力は必要とされている!」

「悪いが、そのような事情は知った事ではない。確かに私の力を用いれば、火を用いる様々な分野でショートカットが可能であろうが、全て人の力でも成し得る事。

 文献をあたって炉を作り、火をくべれば炎は燃える。

 金属を溶かし、融合させるだろう。

 それを人の手で叩き、鍛え、強くしていく。文明を育てるというのはそういうことだ」

「ですが! それでは遅すぎる! 炉を設計し、組み立てるだけでも数か月以上の時がかかる。今すぐにでも求められ、必要とされているのに、それでは時期を逃します!」

「ならば、今はまだ進める時期では無かったということだろう? 自分の腕の中で抱えきれぬ荷を背負い、なおも無理に手を広げ抱えても、見えぬ足元に躓き、転ぶだけだ」

「転んだりしません! ちゃんと成し遂げてみせます! 今までやってきた。これからもできる。私達にはその力があるのです!」

「私から見れば、お前達は甘やかされ過ぎている。かつて在った神の国の子らには、精霊の助けなど無かった。けれど、今の文明以上のものを、自分達の力だけで作り上げ、星の海にまでたどり着いた。

 最初から精霊の力を当てにして、努力を忘れた者などに貸す力はない」

「ですが……」


 なおも食い下がるアリアンを庇うように、ライエルシュトラムは横に立つ青年を宥める。


「フォルトシュトラム。あまり、子ども達をイジメないであげて。

 貴方はこの国に必要とされているのよ」

「ライエルシュトラム……。だから、それが甘やかしだ、と何度も言っている」

「……ならば、私が火国に行きましょう」


 いい提案だと言うように手を叩くライエルシュトラムの言葉に、アリアンの表情が蒼白になる。


「杖の交換。それでいかがかしら? 私がプラーミァで役に立つかどうか自信はありませんが……」

「だ、ダメです!」


 即座に首を横に振り、アリアンは拒絶の意思を返した。


「貴女は、我が国にやっと戻った希望にして太陽の光! 失う訳には参りません」

「守護精霊でありながら、ずっと国から離れ、役に立つことも叶わなかった私を、必要で大切だと言って下さるの?」

「勿論です。ライエルシュトラム。美しく気高き御方よ。

 貴女の存在は、この国にとって、何より私にとって導きの光です」


 懸命に訴えかけるアリアンに、ライエルシュトラムは微笑みながらも、


「嬉しい事。……ならば、アリアン。愛しき『精霊神の子』にして王になる者。

 フォルトシュトラムを、プラーミァ国が同じ思いで待っていることを、理解してはくれませんか?」


 諫めるような口調と眼差しで、そう告げた。


「……あっ……」


 アリアンには返す言葉が無い。


 自らの強欲が、国の守護精霊をも苦しめていると、今更ながらに気付いたのだ。


「公子……。いいえ、アリアン。

 僕はもう、フォルトシュトラムを使うつもりはありません」


 俯くアリアンに、どこか躊躇うような、けれどはっきりとした口調でオルクスは呼びかける。


「ずっと、言い出せませんでしたが、これを機に王宮魔術師を辞そうと思っています」

「何を言い出す! オルクス!?」


 腹心、いや親友とも思っていた魔術師の離反。

 小刻みに揺れる手が、明らかな動揺をはっきりと周囲に、そして何よりも自分自身に知らせていた。


「元々、向いてはいなかったのです。魔術師とか、国の政治に関わるとか、僕には。

 ボールを作って貰った事で、子ども達にサッカーを教えるのも楽しくなってきましたし、許されるならエルトゥリアの留学生枠に入れて頂き、もしかしたらこれから目覚めるかもしれない友を待ちたいと思っています」

「私を、一人にするのか?」


 思わず、恨みめいた言葉が零れる。


 けれど、彼ははっきりと頭を横に振り、


「一人にするわけでは、ありません。僕の今の故郷はヒンメルヴェルエクトですし、許されるならマルガレーテ様も、公子も、大事な友達だと思っています。

 だからこそ、自分に今、何ができるか。何をすることが一番役に立つかを考えたのです」


 がっくりと肩を落とすアリアンの手を、強く握り返した。


「僕は、この国の為に一番早く、最先端の知識を持ち帰ります。各国の留学生も来るでしょうけれど、言葉を既に知っている分、利がある。

 それに、ヒンメルヴェルエクトに一番必要な知識が何かを知った上で、届けられます」

「オルクス……」

「日本の国会図書館の本が、僕にどれほど読めるかは解りませんが、ラール兄様は、英語の本や論文もかなりある、と言っていましたし、必要なら日本語も教えてくれるそうです。

 フォルトシュトラムなしでも活用できる炉の設計なども探してきます。

 地球には『精霊』なんて便利なモノはいなかった。その設計図は、精霊に頼らないものの筈です。

 僕達ならきっと、ヒンメルヴェルエクトに再現できますから」

「精霊に、頼らず……か」

「頼ってもいいのですよ。私達はその為に在るのですから」


 友の言葉にも素直に頷くことができなかったアリアン。

 けれど、彼を再び黄昏の陽光のような優しい笑みが包み込む。


「でも、一人占めは良くないわ。

 むしろ、他国に力を借り、得意なものや産品を分け合い、力を活かして、互いに発展していくのです。

 貴方ならできます。アリアン」

「各国の怪物や魔王と、僕のような未熟者が渡り合う事ができるのでしょうか?」

「勿論よ。アリアン。貴方の努力と、才能を、私は知っていますから」

「ライエル……シュトラム……。

 おばあ……さま」


 そうして、ライエルシュトラムはアリアンに手を伸ばすと、その身体をふわりと抱きしめた。


 実体のない、精霊の抱擁。


「貴方は、強くて優れた心を持った紛れもない『七精霊の子』。

 王になる者よ」


 けれど、確かな暖かさが伝わってくる……。

 母のような、祖母のような。


「申し訳……ございません。

 火の王の杖は、プラーミァに返します」


 微かな躊躇いと悔しさが言葉尻に滲む。

 けれど、王の決断に二人の杖の精霊達は満足げに、輝くような安堵の笑みを浮かべた。


「ふん。ようやく正しい選択をしたな」

「フォルトシュトラム……」

「プラーミァをあまりにも舐めくさっているから、このままなら、どうしてくれようかと本当に思っていたぞ」

「申し訳……ありませんでした」

「命拾いした、と思えよ。火の国の国王は代々気性が荒い者が多い。

 表向き静かに見えても、内側では溶岩のような怒りを煮えたぎらせるのがプラーミァだ」

「そう、ですね……」


 コンプレックスに目を塞がれて見えなくなっていたが、グランダルフィ王太子やプラーミァ国王は生粋の戦士だ。


 今の主張を彼らの前で展開したら、ふざけるな! と文字通り烈火のごとく怒り狂い、国を巻き込む騒動になった可能性だってある。


「まあ、本当に、どうしようもなく必要な時は、正式な手続きの下、呼べばいい。力を貸してやらんことも無い」

「よかったわね。彼は面倒見がいいですから、ちゃんと頼めばこれからも力を貸してくれますよ。勿論、その為には国同士の関係を正しく保つ必要がありますが、それは貴方ならできるでしょう?」

「はい。必ずや」


 ライエルシュトラムが祖母だとしたら、フォルトシュトラムは兄だろうか。


 できの悪い弟を励ますように、彼は笑っている。

 その瞳に嫌悪や憎悪は無い。


 さんざん失礼をしでかし、拉致もどきの状態で使い倒していたというのに。


「自信を持って進みなさい。私は、私達はいつでも貴方の側にいるし、貴方を見守っていますよ。

 精霊神様と共に」

「あ……待って下さい!」


 アリアンは何かを伝えようとしてか、手を伸ばした。


 けれども、二人を、いや周囲を取り巻く光は、人と精霊の間に見えない外壁を紡いでいる。


「待って!!」


 元々、違う世界の住人。

 交わるのはここまでだ、と言うように。




「!」

「ここは……」


 気が付いた時には、彼らは部屋に戻っていた。


「今のは、夢? それともマリカ様がよくおっしゃる『神の空間』? に呼ばれたのか?」


 カツン、コン、とオルクスが確かめるように床を蹴る。


 足元は固い。

 いつもと何も変わらない。


 公子の執務室には二人だけ。

 いや、四人だけだ。


 自分達と、杖に戻った二人と。


「まったく……完全に子ども扱いだな」

「仕方ないよ。あの方達から見れば、僕達は手のかかる子どもに過ぎないのかも」


 顔を見合わせ、大きく息を吐き出した二人は、やがてどちらからともなく笑い始める。

 国を支える公子と魔術師ではなく、ただ二人の子どもとして。


「火の王の杖は返却する。手続きや謝罪は私がやるから、それまでの間、できる限りの仕事はこなしておいてくれ。その後は、希望通りエルトゥリアへの留学手続きを申請するから」

「解った。でも、大丈夫なのか?」

「多少の嫌味や賠償は覚悟してる。悪いのはこちらだ。

 今後の為にも相手を立てて、ちゃんと協力体制を作れるようにするさ」

「その辺は、任せた」

「……ライエルシュトラム。ご心配をおかけしてすみません。

 不出来な子ではありますが、どうか、お見捨てなく」


 火の王の杖のように、光の王の杖はアリアンに語り掛けてくることは無い。


 けれど、静かに、暖かく。

 精霊石は淡く優しい光を放っていた。


 次代の王の手の中で。





「ところで、ライエルシュトラム。何故、そのようななりをしている?

 前はもっと妙齢の姿を好んで……」

「いいんですよ。今回はこれで。

 マルガレーテに嫉妬されて、また王宮から持ち出されるのも嫌ですからね。私は、あの子達の力になれれば、それでいいんです」

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