空国 火の王の杖に纏わる色々
大祭初日、会場に向かう馬車の中。
「お久しぶりでございます。その節は大変ご迷惑をおかけいたしました」
ヒンメルヴェルエクト公子妃。マルガレーテ様は私にそう言って、頭を下げた。
昨晩の晩餐会では軽い挨拶を交わしただけであったけれど、式典の準備や細かい身支度を手伝って下さって、こうして馬車で同行している。
以前より表情が晴れやかになっているなあ、と私は感じていた。
「アルは今回、連れて来てはおられないのですね」
「ゲシュマック商会の仕事がありますし、舞を納めるだけの短期訪問ですから」
少し寂しそうではあるけれど、解っていた、という様子でマルガレーテ様は微笑む。
「そうですか。
騒動の後はなかなか会えておりませんが、時々、手紙を送ってくれるのです。
先日は試作が完成したという貴重品のボールを、空気入れと一緒に送ってくれました。
オルクスは、子ども達にサッカーを教えると張り切っておりましたわ」
近代工業の発展に欠かすことができないゴムは現在、ほぼプラーミァの特産。一部シュトルムスルフトでも、というくらいで、あとはゴムの木が栽培できるプラーミァからしか産出されないのだ。
最初は使い道の少ない樹液扱いだったけれどアルを始めとするゲシュマック商会の科学チームの研究のおかげで、ようやく実用化が進んできた。
元々、ゴムを加工する方法などは精霊古語の書物として残されていたそうだ。
地球で確立された技術は、開発研究をショートカットできるのがこちらの世界の良い所。
その為の設備作りや、必要な物質を揃えるのに時間とお金がかかるけれど、アルの予知眼とゲシュマック商会の魔術師達は大幅に手間を省いてくれる。
「ゲシュマック商会の科学部は、今、石油化学製品とゴムの開発研究に力を入れているようです。金属、鉱物関係はアーヴェントルクがかなり力を発揮しておられるので」
「そのようですね。公子も悔しがっておられました。農業に恵まれているのは良いけれど、鉱物や石油がもっと欲しい、と。
ゴムも必要な量が手に入らないのが歯がゆいそうです」
元アルケディウスの商業ギルド長、アインカウフのマチリーア商会が完成させた自動車も、ゴムタイヤを使用することで大幅に操作性と燃費が上がったそうだ。
現在、何台かが試験的に中距離の荷物運搬に利用されている。
馬車で運ぶのが大変な、重い金属や鉱石などの運搬に役立っているとのこと。
操作性や振動の問題で、便利でありながらも使う人物を選ぶと言われていたドライジーネも、主要道路が舗装されたことと、タイヤを使う事で実用化されている。
パンク防止の為、使用されているタイヤは空気を入れないミッチリゴムタイプのものが主流なので、乗り心地は向こうの自転車のようにはいかないし、お高いし、やっぱり運転する人間を選ぶけれど、それでも通信鏡ではできない実物の手紙や物のやりとりに重宝しているようだ。
転移陣もフェイが三年以上かけて各国の神殿に繋がるものを修理、もしくは新設したけれど、一般人にとっては飛行機に乗るようなもので、ほいほい使えない。
私は公務だから無料でほいほい使って、この点でも麻痺している、と思うけれど。
でもそんな中、アルは私の要望を聞いて、ゴム製の衣料品やボール製作にも取り組んでくれた。
中身が空気のボールの開発に成功したと聞いたのは、私がコスモプランダー襲撃のダメージから回復して目覚めた直ぐ後のことだった。
「マリカの子どもが生まれるまでには、もっと柔らかくて、遊びやすいのを作るからな!」
ボールは現在、各国の王家に贈り物として数個ずつ贈っているだけだけど、いずれは子どもの遊び道具として一般化させたいと思っている。
アルがヒンメルヴェルエクトに送ったボールは多分、彼のポケットマネーから出したものだろう。
マルガレーテ様は『神の子ども』。
同じ境遇であったアルのお母さんを、妹のように可愛がっていたという。
アルに対しては甥のような思いなのだろう。まだ御子もいらっしゃらないし。
一度は誘拐された相手だけれど、アルもマルガレーテ様の事は慕っている。
本人の財布と休みと裁量の範囲内で関係を持つことを、私は止めるつもりはない。
「あの子が元気に活躍してくれるのが何よりのことと思いますが、やはり顔を見る機会が増えれば、とつい」
「マルガレーテ様が寂しがっていたと伝えておきますね」
「ありがとうございます」
今年のヒンメルヴェルエクトの大祭では、まずマルガレーテ様が神々に祈りと歌を捧げる。
その後、私が舞を奉納するという流れになっている。
以前、聞かせて頂いた地球の名曲を、またマルガレーテ様の美声で聞かせて頂けるのは、私も楽しみなことだ。
しっかりとした訓練をしてきた歌手の歌声は本当に凄い。
涙が出て来る程に。
精霊神様も思い出深いとおっしゃっていたし、きっと喜ばれることだろう。
「そう言えば、マルガレーテ様、少し突っ込んだ話をしてもいいでしょうか?」
「なんでしょうか? マリカ様。私が答えられる事でしたら」
馬車の中には二人きり。
カマラは御者台にいるけれど、マルガレーテ様は部下を連れてこなかった。
今がチャンスかもしれない。色々な意味で。
念の為、魔王城にあった盗聴防止の術道具を使って聞いてみる。
「マルガレーテ様が、この王宮から光の王の杖を持ち出されたのですか?
サークレットと」
「はい。お父様の御命令でしたから」
マルガレーテ様は首肯した。
驚くくらいあっさりと。
山吹色のドレスに、ヒンメルヴェルエクトの宝物であるサークレットを身に纏った公子妃は、光の精霊の化身のように美しいけれど、私が来た当初、このサークレットは偽物だった。
怒った精霊神様が壊した後、新しいのを下さったのだ。
「その杖とサークレットは『神』の元に?」
「はい。魔性が取りに来て運んだようです。その後、サークレットだけ偽物が来たので、すり替えました」
「杖が無くなった事に王族の方は気付かなかったのですか?」
「気付き、調査も行われましたが、混乱の三十年の間のどさくさで失われたのだろう、ということになったようです」
「国宝が失われたのに、そんなもんですか?」
「元々、不老不死以降、王族も魔術が使えなくなっておりましたから、苛立ちからか投げ置かれていました。
私が持ち出した後、警備は厳しくなりましたが、真剣に探そうとか、取り戻そうとかはなさっていませんでした。今思えば、考える力や気力も奪われていたのかもしれません。
キュリッツオ様は余計な事は言わなくていい、とおっしゃいましたが、アリアン公子にはお伝えしてあります」
「でも……随分と呑気ですね」
「不老不死時代は皆、そんなものでした。
そもそも精霊石の杖の価値を解っていなかった、というか、忘れていたというか。
アリアン公子も、魔術を使われる時はオルクスの杖を気軽に借りておられました。
それは火の王の杖の管理精霊が封じられていたからで、光の王の杖が戻ってきた今は断られるそうですが。
精霊石は便利な道具。
物に意思を感じて大切にする、という思考はあまりないようでしたね」
まあ、その辺は各国も似たような感じだったから仕方ないけれど、疑似とはいえ人格を持った精霊石を同じ仲間、同胞と思ってしまうのは、物にも魂が宿る、と考える日本人的思考なのだろうか?
「私が言うのもなんですが、ヒンメルヴェルエクトはやはりアメリカ人気質で。
『神』を崇めながらも、深く考え悩むより、あるものを有効活用して現実の生活を豊かにすることを追求しよう、という考えの者が多いですね。
それに加えてアリアン公子は宇宙での戦闘以来、他国の王子様達にライバル意識というか、劣等感を強くお持ちのようで……」
「劣等感、って……。アリアン公子はそんなに劣っている方では無いですよ」
「私も、そう思っています。ただ負けたくない。
この国をどこよりも強く、豊かな国にしたい。
その為に力が欲しい。そう思っておられると感じます。
光の王の杖が帰還して、王族魔術師としての力を得てからは特に」
「マルガレーテ様は、火の王の杖の返却についてはどう思われますか?」
昨日の会議にはおられなかったから、聞いてみる。
ある意味、一番の当事者だもんね。
「返した方がいい、というより、返す以外の選択肢は無いと思います。
直接『火の王の杖』と話すオルクスも、覚悟はできているようです」
オルクスさんは火の王の杖の主、ではない。
あくまで彼が同情して、力を貸してくれているだけ。
本気で彼を怒らせれば、昨日の話ではないけれど、火傷じゃすまないと思う。
「公子も多分、解っておいでではあるのですが、決心がつかれないのです。
ただ、時間が経てば経つほど事態は悪化します。
何か、決意を促す後押しがあるといいのですが……」
「お二方。そろそろ儀式が始まります。
ご準備をお願いします」
係員の呼び声が聞こえたので、そこで話は終わったけれど、マルガレーテ様の方が冷静に事態を見ているな、と感じる。
流石『神の子ども』。
「決意を促す後押し、か……」
「大丈夫でございますか? マリカ様」
「ありがとうございます。とりあえずは、始まりの儀式を終えてから考えましょう」
最終的には、あの方にお願いするしかないよね。
どうせ、儀式が終わったらお会いするし。
私は、手を取って立たせてくれたマルガレーテ様にお礼を言いながら、儀式と、その先のことを考えていた。




