空国 火の王の杖の返還
「できるだけ早急に、プラーミァに火の王の杖を返却することをお勧め致します」
七国訪問四国目。
空国ヒンメルヴェルエクトで、私はアリアン公子と大公オーティリヒト様にご挨拶の後、そう進言した。
エルディランドから戻ってほぼ休みなしだけど、大祭は夏と社交シーズンの始まり。
祭りが始まらないと、社交も始まらない。
まあ、実際は既に各国から大貴族達は集まっていて、交流を始めているらしいけれど。
七国全ての大祭が終わるまでは、私にお休みは無いのだ。
幸い安定期には入っているので、そんなに身体に負担は無い。
お腹は少しずつ大きくなってきているけれど、バスト下切り替えのドレスのおかげで、そんなには目立っていないと思う。
「無理はしてはなりませんよ。
出来る限り立っている時間は減らし、椅子を用意して頂く事」
と、お母様が心配して下さったので、事前に各国にはその旨お願いして、プラーミァの保育実習以外は、なるべくお腹に負担がかからないように椅子に座ってお話させて頂いた。
表向きの挨拶が終わり、相談があるので、と促された応接室。
王族と最低限の従者だけの少人数の打ち合わせの場は、主にプライベート用だという小さな応接室で、柔らかいソファとローテーブルが用意されていた。
大公様、アリアン公子は立っておられるので申し訳ないけれど、座って身体を休めさせて頂く。
そして、問われた。
「ぶしつけながらお伺いさせて頂く。大神官にして七国の纏め役。大陸の楔の姫。
マリカ様におかれましては、プラーミァとアーヴェントルクを巡られて、今後のヒンメルヴェルエクトへの御進言は御有りであろうか?」
挨拶もそこそこの真剣な問い。
遠回しだけど、言いたいことは解っているから、私からは遠慮なくズバッとね。
さっきの第一声はそれだ。
「やはり姫君もそう思われるのか?」
「はい。先日、プラーミァでは、第一王子ガルディヤーン様が高い魔術資質をお持ちだということが判明しました。今はまだ三歳であらせられますが、魔術師としての教育を始められるとのこと。
『火の精霊神』様からも、ヒンメルヴェルエクトに返却を働きかけるように依頼されております」
「取り急ぎ返却せよ、という御命令ではないのですね?」
伺うように、アリアン公子が問いかけてくる。
魔術師にして『神の子ども』。
オルクスさんと、彼が借り受ける火の王の杖はここにはいない。
当事者であるのだから、まず彼らの話を聞くべきだと思うのだけれど、今はお二人だけだ。
「はい。とりあえず今は。
ですが、いつ『聖なる乙女への伝言依頼』が『精霊神から国王への命令』になるかは解りませんよ。
火の精霊神様は、己の子らの過ちによって杖を取り上げた際、『神』に頼まれて杖を貸し与えたそうです。今までその顔を立てて口出しを避けておられましたが、本当なら火の王の杖は、火の国の王に握られるべきもの。
返して欲しいという気持ちは、強くお持ちでしょうから」
一応、『神』の顔を立てて、奪われたとは言わないでおく。
『神』が魔王との戦いの中、消えた魔術戦士が持っていた火の王の杖をなぜ所有していたかは、私も聞いていない。
楽しくない話題になりそうだし。
「そう、ですか……」
「エルディランドにはコスモプランダー襲撃中に、王の杖を預かっていた魔術師が自ら名乗り出て、国に戻しております。
夜の王の杖は、ヒンメルヴェルエクトと同じようにエルディランドの『神の子ども』が所有していましたが、先日、返却が為されました。
王の杖が不在なのは、これでプラーミァだけ。魔術が無くてもなんとかなる、と国王陛下はおっしゃっておられましたが、実際は直ぐにでも返して欲しい、とお思いでしょうね」
「姫君がおっしゃることはよく解ります。ですが、こと国同士の思惑が絡むと、簡単にはいかぬのです」
大きなため息がお二人から零れた。
「今、ヒンメルヴェルエクトは空前の発展の只中にあります。
光の王の杖が戻り、『電気』を生み出し、有効活用ができるようになりました。
火力発電所ができ、『電気分解』と呼ばれる技術で様々な薬品を生み出したり、プラスチックや新しい鉱物を生み出したりしています。
その七割において、オルクスの火の王の杖が大きな力を発揮しておるのです」
「杖が無くなれば、発電所や様々な施設が人力への改悪を余儀なくされるでしょう。様々な分野において、生産効率が一気に落ちる。
アーヴェントルクに先を行かれる可能性が高くなりますね」
「ヒンメルヴェルエクトには他に、火の術を使える魔術師はいらっしゃらないのですか?」
「数名いますが、力ある杖、精霊石の絶対数が少なすぎます。
不老不死が無くなり、魔術師の能力寿命も大幅に改善されましたが、それでも、実用に耐えうる魔術道具は国全体で二十、あるかないか。ですから」
そんなものなのか、と思ってしまう。
魔王城にはそこそこ数があったから麻痺していたけれど、精霊石=人が変化した疑似AIと思えば、そんなにたくさんはできないだろう。
元は魔術が使えるのは王族だけだった訳だけれど、人の欲は際限がないからね。
魔法が使えるのは王族、貴族だけ。なんていうのは異世界転生の定番。
生活の為の細やかな魔術道具ならともかく、精霊の力で、普通ならできないか、大きな設備を使わないとできない事象をショートカットできる魔術。
その使い手を、使う為の道具を、便利過ぎて手放せないというのはなんとなく解る。
特に不老不死後は、精霊の力を操作する魔術師は引く手あまた。
精霊石の付いた杖の値段は、金貨を積んでもまだ足りないと言われるくらいに高騰している。
エルディランドのように、盗人に追い銭は言葉が悪いけれど、自国の王の杖を着服していた相手に新しい杖を与えてやるなんて、なかなかない。
「神殿にお声掛け頂ければ、多少はお手伝いできますが」
「任せられるところは既に神官を雇い、お任せしています。でも、火の王の杖の力とは比べ物になりませんので」
そりゃそうだ。
火の王の杖に勝る火力を出せる、火の魔術使いの神官など、一般貸出している中にはいない。
特に最近は治癒関係の術で大忙しだから、増員も難しいだろう。
「そして一番の問題は『どう返すか』です。
何をどうやっても、プラーミァに貸しを作ることになる」
「今まで、プラーミァが得るべき恩恵を享受していたのですから、そこは仕方ないのでは?
エルディランドも、アルケディウスも、杖を借りていた謝罪と謝礼はしっかりとしていたようですよ」
アルケディウスはエルディランドに最上級の麦酒を贈り、酒造留学生を交換の形で受け入れて、ピルスナーの作り方を教えるという。
エルディランドのダーダン様の夜の杖の返却は私が仲介したけれど、それとは別に金貨十数枚を支払い、製紙印刷技術の供与を行ったと聞いた。
ダーダン様は国一番の大店だからね。
今まで助けて貰った分、と支払いは躊躇わなかったようだ。
「解ってはいます。解ってはいますが……やはり……」
と、ここまで話してもアリアン公子の口は重い。
返却します、との言葉は出てこなかった。
王城に来るまでにも感じたけれど、ヒンメルヴェルエクトは本当に急速な発展の中にあるようだ。
祭りを前にしていることを差し引いても、街には今までにない活気が感じられた。
この発展の波を止めたくない、という気持ちは、アリアン公子ではないが理解できなくもない。
けれど……。
「最終的に返却するか否か、決めるのはヒンメルヴェルエクトですから、私はこれ以上は申しません。
ですが、このまま着服し続ければ、アーヴェントルクからの弱みに付け込んだ依頼は断れませんし、国の生殺与奪を握るに等しいカードを、相手に握られ続けることにもなります。
ヒンメルヴェルエクトが自らプラーミァに事情を正直に伝え、謝罪するのが、最終的に一番傷が浅くて済むのではないでしょうか?」
「ヒンメルヴェルエクトの王家が関わりない、という形で返却することは……」
「不可能ですね。普通の杖ならともかく、精霊の宿った『火の王の杖』です。
彼に口留めは不可能ですから」
「しょせん精霊でしょう? 魔術師の言う事を聞くモノでは無いのですか?」
「精霊と魔術師の関係は、魔術師に精霊が仕えるのではなく、むしろ魔術師が精霊の力を借りているものです。
意思の無い精霊石ならともかく、あそこまで高位の精霊石であれば、選択権は精霊にあります。
むしろこのまま何も伝えずに着服を続けるのなら、今は協力的な彼や、自主性を重んじて下さっている『火の精霊神』様を怒らせ、比喩的な意味でも、もしかしたら物理的にも、ヒンメルヴェルエクトは大やけどを負うかもしれません」
「それは、脅しですか……」
「脅しではありませんが、忠告とは思って頂いて構いません」
精霊として言うのなら、やはりヒンメルヴェルエクトの着服を、いつまでも許容はできない。
きっと、火の王の杖も国に帰りたいだろうし。
「私は、中立の立場ですので、これ以上は申しません。
ですが、秘密のようで既に知る者の多い火の王の杖の所在。
このまま隠し続けられる時間は、そう長くはないと思いますよ」
答えが出ぬまま、とりあえず話し合いは一度お開きになった。
ヒンメルヴェルエクトは気付いていないんだろうなあ。
私の足元にいる、ふわふわの『精霊獣』。
これが火の精霊神の化身で、ずっと話を聞いていた事を。




