地国 精霊達の内緒話
これは、祭りを終えた地の国の神殿奥。
「静かになったな。まあ、この退屈な空間が少しでも華やぐのは、マリカ達が来た時だけではあるが……」
華やかで輝かしい、紫の花が去った後の疑似クラウドにて。
琥珀色の髪、金茶の瞳。
エルディランドの恵み深き、大地そのものの色を纏う存在は、己が前に膝を付く精霊に問いかけた。
「マリカ達はもう帰国したのか?」
「御意。
大祭は大成功に終わり、術式も見事に開花したようにございます」
「そうか。久しぶりの再会であったのだろう? 少しは話をする機会があったか?」
「いいえ。我が神。姿を見せる事も今回は……」
大地の精霊神と、その配下たる杖が密かに語る。
精霊達の内緒話。
「なんだ?
まあ、スーダイやシュンシーに握られている間は、皆が驚くだろうからできぬとしても、人型をとり、こっそり挨拶をしてくるくらいならしてもよかったのではないか?」
呆れた、というように息を吐き出す精霊達の神に、精霊の最高位の一人たる王の精霊石は静かにかぶりを振る。
「それはまあ、その通りではあるのですが、合わせる顔がないとでも申しましょうか……。最終決戦にも間に合わず、力になるとの約束も果たせませんでしたので」
「お前は間に合った」
どこか自虐的な精霊の自己嫌悪を、彼の神は大地のごとき揺るぎない意思で否定する。
「あれより早く帰って来ても『神の翼』にお前を乗せる訳にはいかなかった。
お前は国に戻り、王たる者に力を与え、大地に我が代行者として恵みを齎す。
星よりの侵略者から大地を守る手助けとなる。
その使命を十分に果たしたのだ。胸を張るがいい」
「ありがたきお言葉」
「元々、お前に罪は無かったのだ。欲望を制することができなかった子ども達。
いや、子ども達から目を離し、信じるという名目で放任した我々にある」
彼は、勿論、望んで国を離れた訳では無かった。
永き星の海での旅の果て。
辿り着いた地で、尊敬する『神』と、その流れをくむ子ども達を守り、導くことに使命感と喜びを感じていた。
しかし。
人の身に、精霊の力は大きすぎた。
特に生命と植物を養い育てる大地の力は、人の世に恵みを齎すが、同時に奪えば命を枯れさせる。
かつて、己が与えられた力に驕り高ぶった王は、大地の王の杖の力を使い、自分に従わない者の大地の実りを枯れさせた。
結果、七国中、最も恵み豊かであったエルディランドの大地には怨嗟の声と屍が溢れ、美しき瑪瑙宮は血に染まったのだ。
以降、大貴族達にとってエルディランド王家は、尊敬と共に忌避の対象となる。
本来なら、貴族、大貴族であれば王族に我が子、我が娘を嫁がせようと思うであろう。
けれど、外見が芳しくなかったとはいえ、不老不死世とはいえ、王子に嫁ぐ者が五百年もの間いなかったように。
先代の姫君が、叔父と結婚しなければならなかったくらいには好かれていなかった。
ここ数年の国の変化は驚く程で、今はそんなことさえ感じられなくなったけれど。
「……子ども達は、変わってくれただろうか?」
「我が神……」
「結局、私は子ども達を正しく導いてやることはできなかったからな」
目を伏せる彼の胸に去来するのは、帰ってきたと思っていた仲間に、問答無用で封じられた時の事。
あの頃、自分は迷っていた。
地の王の杖を国から離したのち、魔術を失った王族の権威は一度地に墜ちた。
あの当時は、魔術を使えないのなら王ではない、という簒奪の意思さえ見えたのだ。
それを止めたのは、後を継いだ王子の苦労と誠実さと、策謀の賜物。
王族に限らない有能な人材の登用は、民が、王族が苦悩の末に選んだ方法と解っていても、自分の無力さを感じさせるようで苦しかった。
国家に『神』として介入し、導こうと思った最中の凍結は、慙愧の念と共に有るが、冷静さを取り戻させてくれたと今は思えなくもない。
「何故、人は正しき道を歩めぬのかな?」
零れるように、そんな愚痴が『神』となった男の口から零れた。
自分は心底『神』になど向いてはいない。
日々の生活を楽しみ、本やゲームを楽しみ、手の届く範囲の幸せを謳歌できれば良かったのだが、それでも。
役割に括られてから、自分の全てを賭けて、託された未来を、子ども達を導いてきたつもりだった。
地球で人々が失敗した多くの事の原因は解っていた。
だから、新天地ではなるべく原因を排除して、人々が幸せに暮らせる世界を作りたかったのに。
争いも無く、人々が平等に幸せに生きられる世界を願い、その為にできる限りのことはしてきた。
飢餓や災害、天災の殆どない安定した気候。
努力すれば、実りを返してくれる大地。
癌などの大きな疾病も精霊の力でほぼ無くなり、生命力が尽きるまでは誰もが健康的に生きられる。
肌の色や人種での差別は最初から無くし、国同士の争いを起こす事も禁じた。
国王は単なる人々を導く指導者であり、貴族もそれをサポートする為だけの存在。
環境を作り、システムを整え、人々を導いた。
最初は苦労をさせたが、徐々に生活も安定していった。
このまま教えを守り、環境を大切にすれば幸せに生きていくだろうと思って、信じて手を離し、自由にさせたのに。
気が付けばまた、子ども達は地球と同じ過ちを繰り返していた。
何故だろう、と自問する彼の問いに、
「それは、正しい道などないから、ではないでしょうか?」
穏やかな声が返った。
一度は己の罪に絶望し、機能を失いかけた精霊の言葉に、迷いはもう見えない。
「アーグストラム……」
「人の世に、いいえ。
全てにおいて正しい道などないのです。きっと。
主を失い、旅する中で、私は人の世の多くの汚いものを見ました。
美しいものも見ました。
けれど、美しいものから穢れたものが生まれたこともあるし、汚い存在からこの上もなく美しいものが生まれた時もあったのです。
罪にまみれ、多くの命を失わせた私が、酒という人の喜びを生み出せたように」
もし許されるのなら、永遠に共に在ってもいいと思っていた人々との輝かしき思い出は、今も彼の心の中を照らしている。
「人の世に、きっと正しい道など無い。
ただ、未来があるだけなのでしょう」
「未来……か」
「はい。
子ども達は転び、泣き、間違い、それでも諦めずに前を向く。
身体を持たぬ我々、精霊の役目は、それを信じ、寄り添い、見守り、助ける事。
導き、共に歩んでいくのは、同じ人、保育士に任せるべきでしょう。
彼らは皆、自分で問題を解決し、未来に進んでいく力と意思を持っているのですから」
「それは、お前が長き旅の果てに掴んだ答えか?」
「そうかもしれませんし、違うかもしれません。
ただ、私は今も、人間が好きです。人間達を助ける道具で在り続けたいと、思っています」
「そうか。禊は済んだようだな。アーグストラム」
永い、永い旅の果て、そう言い切れる存在や経験と部下が出会えたことを嬉しく思う。
と、同時に少し羨ましくも思う。
自分にはもう決して得られぬ、人の世で共に生きる精霊だからこそ得られたそれは、気付きであっただろうから。
「これからは本来の地位に立ち戻り、その気付きを持ってエルディランドの、いや、アースガイアの子らを支え、助けてやってくれ」
「御意。我が全身全霊をもって」
「頼むぞ。しかし、やはり人と交わることが無いと、心も思考も錆びていくものだな」
「我が神に、そのような穢れが生まれるとは思いませんが……」
「お前が知らぬだけ。いや、マリカや民と触れあい、様々な事を見ることによって最近、少しマシになっただけだ」
ぐいっと、彼は身体を解きほぐすように伸びをした。
そして、愛し気に部下の顔を見やる。
「だから、聞かせてはくれないか? お前の旅や経験、出会って来た者達の話を」
「よろしいのですか?」
「ああ。お前の口から聞きたい。私の知らない事を」
アースガイアの神は全知全能などではない。
人の全てを乗せる大地を司る者であろうとも、知らない事はある。
いや、そもそも知っていることと、理解することも違うのだから。
「解りました。我が神。よろしければ、我が友が作った麦酒と共に」
ふわりと彼は消えると、一本の酒瓶を持って戻ってきた。
「ビールか。酒なんてどのくらいぶりだろうな?」
「かつてはお楽しみに?」
質問に、神となった男は静かに頷く。
「そうだな。嫌いではなかった。
酒は人の疲れを癒し、心を慰めてくれる、人類の最も古い友であったから」
「私が世話になった蔵の主も、よくそう申しておりました」
そうしてアーグストラムは語り始める。
己が旅路を。子どものように目を輝かせる主に。
酒瓶を傾けながら。




