地国 古い伝説と新しい絆
大祭前夜。地の国エルディランドでの話は主に、農業関係と身内と、昔話になった。
「エルディランドのサケは勿論悪くは無いのだが、冷やした麦酒の圧倒的なのど越しと爽快感は、他の酒精にはないものだな」
宴の席でエクトール領から献上されたという麦酒を傾け、上機嫌のスーダイ様は色々な話をして下さった。
特に興味深かったのは、エルディランドの歴史の話。
「昔、今よりも遥か昔。エルディランドは争いが絶えなかったそうだ。
肥沃な土地が幸い、いや裏目に出て、毒殺、暗殺、刺殺。
大貴族同士が平気で殺し合っていた。瑪瑙宮の赤は血の色で染まっている、と揶揄された程に」
何故、エルディランドから王の杖が失われたのか。
謎に思いながらも聞けなかった、この国の伝承だ。
「いいんですか? そのようなお話を聞かせて下さって。
とても興味深くはありますが、私達、他国の人間に聞かせては拙いのでは?」
「別に構わないだろう? 確かにエルディランドの黒歴史ではあるが、終わった事だ。
それに国民であれば誰もが一度は耳にしたことがある話。
二度と同じ過ちを繰り返さないように、むしろ王族は語り継げ、と言われているのだ」
そういうことなら聞きたい。是非に。
私もリオンも、スーダイ様の語るお話に耳を傾ける。
「そんな中、一人の愚かな大王が、自らに反逆した大貴族に思い知らせようと、私利私欲で王の杖の力を使った。
あろうことか、大地の精霊の恵みを大王自らが奪ったのだ」
本来、大地に力を与えるべき杖の力は、初めて命じられた『奪う』命令に暴走。
反乱の大貴族のみならず、国土の半分を荒れ地に変えた。
その罪に王の息子と娘が気付き、父王を弑逆という形で止めたが、長く恵みは枯れ果ててしまった。
妹姫『聖なる乙女』が力と命の全てを捧げたことで大地は恵みを取り戻したが、王の杖は失われてしまった。
「妹姫に自害の罪を纏わせない為に、兄王子は自ら妹姫を殺めたという。
その真紅の血が大地に流れることで、エルディランドの大地は再び力を取り戻したのだという。やるせない話だな」
以降、実力主義で地位が決まる『王子』制度になったのだそうだ。
一応『七精霊の子』の直系第一位王位継承者は第一王子になるけれど、後は完全に実力主義。国の重職には、王子として試験に合格するか、大王様に認められなければ就く事ができないシステムになった。
アルケディウスでは、領主が頻繁に変わると民が落ち着かないだろうから、と領主である大貴族のみ世襲制が認められているけれど、エルディランドはそれも許されない。
万が一、子が親の引退までに王子の資格を取れなければ、領主の地位を追われることもあるらしい。結構厳しくて大変だと思うけれど、そういう歴史があるのなら仕方ない事かも。
現在は第一王位継承者がいないので、仮の第一位ということでグアン様が入っている。
スーダイ様に御子が生まれたら第一位は返すということで、第二位は事実上の空位。仮の二位として、グアン家の副官が第一王子の補佐をしている。
第一位王位継承権者以外に生まれた王族の男児は、成人後、十位前後の王子として封じられる。そこから上に行きたかったら、実力で上がっていくしかない。
スーダイ様の腹違いの弟さん達は王位につきたいという野望はそんなにないみたいで、大貴族として領地を治めているそうだ。
第三、第四は宰相さんと騎士団長さん。
今度、第五位がダーダン様になる、と。
「不老不死時代は休止されていた王子試験を、昨年から復活させた。
グアンの元から二名の若者が合格してな。今後、私の腹心になってくれないかと期待している所だ」
私にはあいまいな記憶しかないけれど、古代中国の科挙みたいなものかな、って思う。
なってしまうまでが大変だけれど、なれたら後は安泰。
相当狭い門になりそうだ。
「エルトゥリアの留学生受け入れが始まったら、真っ先に派遣する予定だ。その節はよろしく頼む」
「はい。とりあえず、今年は各国、教育部門と科学部門で二人受け入れって感じになりそうですね。時期としては最速で、夏の礼大祭が終わった後くらいでしょうか?」
「解った。準備を進めておく」
エルディランドは農業国なので、農業に役立つ技術などが求められているとのこと。
草刈りや、稲、麦の収穫なども含め、農作業は重労働だからね。
「ただ、農作業用機械などの分野ではヒンメルヴェルエクトに大きく水をあけられてしまっている。なので、大地の精霊の力を高める肥料などの開発が一番求められるかな?
お互いの不得手を補いあえれば、今後、きっと一番に求められる農産物の増産に役立つ筈だ。既にアリアン公子とも話をしている」
宇宙戦闘の為の合宿で王子様達が仲良くなったことで、国同士の交流や輸出入なども、より盛んになっているようだ。
三年前、私が初めて王族として大神殿に来た時には、各国ほぼ鎖国状態。個人レベルで商人が行き来するくらいだったというのに、変われば変わるものだ。
「私は、元がアレで、見下されていたせいか、他者を貶めたり、押しのけたり、下げたりが苦手でな。
どうせなら、一緒に上を目指していきたいと思っている。
技術交流や知識交換なども積極的に行って」
「立派なお考えだと思います。流石スーダイ様」
「……あまり夫の前で他者を上げるものではないぞ。姫」
「大丈夫です。私はリオン一筋ですし、リオンはそんなことで目くじらを立てる様な狭量ではないですから」
「ああ、これは野暮な物言いだったか」
私の隣で、同様に飲酒を避け炭酸水を飲むリオンは、静かな表情だ。
これは私がリオン以外に靡くことは無い、と信じてくれている証と思っておこう。
「さっきも言ったが、エクトール荘領のオルジュ殿は、ゲシュマック商会とマオシェン商会を仲介にして、自分から杖の所持を名乗り出てきた。
誠実に杖の使用を謝罪し、返還を申し出たのだ。戦時中でもあったし、我々もアーヴェントルクの杖を所持していた弱みもある。寛大な処置を取り、むしろ相手に貸しを作る方がいいだろうという話になった」
オルジュさんには、襲撃による騒動が終わるまでの間、魔術師としての手伝いを指示。
彼が別の杖を借りて、きっちりと仕事をやり遂げたのを確認し、その杖を大地の王の杖の代わりとして授けた。
本来は魔術師の杖の持ち換えなど簡単にできることではないのだけれど、どうやら大地の王の杖の説得があったらしく、元シュンシーさんが使っていた魔術師の杖は、素直にオルジュさんに従ってくれたという。
一切の罪を不問とされ、オルジュさんが帰国したのち、新皇王に即位したケントニス様とエクトール様から、直接の謝罪とお詫びが改めて届けられた。
エクトール様はご自身で足を運ばれたそうだ。そして、
「曰く、蔵の罪に対して寛大な処置に感謝する。
先に蔵の娘が、貴国の元貴族と結婚したこともある。これを機に良き関係を賜れれば。だそうだ。
……ユンの妻となった蔵の娘、というのは其方であろう? 良い父を持ったな。
皇女の信頼厚き女騎士よ」
「え? あの……それは……」
「ご存じだったのですか?」
今日は私の隣にリオンの席が設けられているので、背後に立つ護衛役はカマラ。
話には関係ないと背景に徹していた彼女は、いきなり自分に向けられた矛先にあたふたしている。
「もう、アルケディウスに籍を移した身であるから、とやかく言う権利は無いが、結婚の報くらいあってしかるべきだろう、と皆で言い合ったものだ。なあ、グアン。ダーダン」
「御意」
「幼子の頃から我が子のように思って可愛がっていたのに、薄情な事です」
ああ、そういえば、もうすっかり忘れていたけれど、クラージュさんは元エルディランド籍だったっけ。
彼がここで醤油と酒を造ってくれたことで、『新しい味』、地球風味の味覚が一気に広まったのだ。
「悪いが国に帰られたら、折を見て結婚の報告に来させては貰えないか? 奥方と共に」
「伝えておきます。
ただ、私がまだ結婚式をできていない関係上、側近達も式を挙げることを遠慮していて……」
私は先に結婚式していいよ、って言ったんだけれど、カマラとセリーナはどっちも、
「マリカ様が式を挙げられないうちは……」
って首を縦に振ってくれないのだ。
今の所、秋に出産後、体調を戻し、最初の新年の国王会議で公務に復帰。
一年遅れの結婚式を挙げるってことで、一応フェイ達が計画を立ててくれている。
何事も無ければ、だけど。
二人の結婚はその後、かな?
「ぜひにお願いいたします。ユンが結婚したのなら、ぜひ祝福したいと領地の者、皆、申しておりますので」
「ユンは優秀だったからな。私にも偏見なく仕えてくれた数少ない者の一人で、友でもあった。その節には私からも祝いの品を贈りたいと思うのだが、どうかな? 夫人」
「そんな……大王陛下、直々のお祝いなど恐れ多いですが……はい。いつか、遠くないうちに必ず、ク……ユン様と一緒に、ご挨拶に参ります」
顔を真っ赤にして、でも幸せそうな笑顔で頷くカマラ。
結婚、っていうのは本人同士がするものだけれど、同時に家同士、家族同士の結びつきでもあるわけで。
思わぬところでエルディランドとアルケディウス。
国を超えた絆が結ばれたわけだ。
「マリカ皇女が結婚されても、まだまだ繋がりは切れぬ。
むしろ、より深めていきたいと思っている。今後ともよろしく頼む」
「はい。こちらこそ」
掲げ向けられた黄金に満たされた盃に、私も同じ思いの溢れる銀のグラスを向けた。
直接触れた訳ではないけれど、涼やかな音が響いたような気がしたのは、エルディランドとの友好の音だろう。
きっと。




