地国 友好の酒
久しぶりに子ども達と戯れ、元気を補充した私は翌日。
三番目の訪問国、エルディランドに向かった。
「ありがとうございます。救世の女神!」
「マリカ姫! ようこそエルディランドへ!」
道に連なり、手を振ってくれる人々と。
「また貴女をこうしてエルディランドに迎えられたことを嬉しく思う」
満面の笑顔で出迎えてくれたスーダイ大王陛下を見ると、心がほっこり温かくなる気がする。
エルディランドはなんだか、安心するんだよね。
種族が近いせいだろうか?
不老不死世が終わってから、軽いダイエットに成功した大王様は、前のようなぬいぐるみ熊さん体型ではないけれど、逞しく。
背も、なんだか伸びたような?
だけど、包み込むような体躯と度量は昔と変わらない。
「こちらこそ。お招きいただきましてありがとうございます。
宇宙での戦いにおきましても、お力添えを賜りましたことに深く感謝申し上げます」
「礼を言わねばならないのはこちらだが、堅苦しい挨拶は抜きにしよう。身重の姫君に無理はさせられぬ。
それに王の杖が戻り、豊かさを増したエルディランドの恵みを存分に楽しんで頂きたいからな」
誇らしげにおっしゃる通り、スーダイ様の手には王笏よろしく、美しい杖が握られている。
見覚えのある――大地の王の杖。
「スーダイ様。私……お話と、お詫びをしなくては、と」
唾を飲み込み、顔を上げる。
大地の王の杖がエルディランドに戻った、という話は聞いていた。
彼はずっとアルケディウスの麦酒蔵、エクトール荘領に、魔術師と共にあった。
酒蔵の温度管理や畑の維持に欠かせない存在として。
決戦直前に、魔術師であるオルクスさんが自ら名乗り出て、謝罪と共に事情の説明をしたんだって。
私はずっと前から、大地の王の杖の所在を知っていた。
なのに、それをエルディランドに伝えなかったのは、国宝の着服、隠蔽と取られても仕方ない。
言い淀む私に、スーダイ様は柔らかく首を横に振って微笑む。
「その件についても、後にしよう。
個人的に言うなら、姫君に謝罪頂くことは何もないのだが、気になっておいでのようだからな。
状況説明なども含め、後ほど話そう」
「ありがとうございます」
「既に当事者との話も謝罪も終わっているので、気にはなさらず、とだけはお伝えしておく。
詳しい話は歓迎の宴の後にでも」
「はい」
そうしてリオンにエスコートして貰い、いつも使わせて頂く麗水宮へ。
一泊だけなので細かい事は側近に任せて、明日の大祭の準備や、神殿での『精霊神』様への面会の手続き。
それから身支度を整えて、夕刻の食事の時間を待った。
王家の方と、上位王子だけの、豪華でありながらも静かな歓迎の宴。
料理は和洋ではなく、和中折衷で香り高く、美味しかった。
各国とも、だんだんにオリジナルな料理が増えているみたい。
特にデザートに出された、月餅のようなお饅頭が絶品。
米粉を使っている上に、小豆やサツマイモの栽培も軌道に乗ったそうで、日本人の記憶持ちには涙が出そうなくらい懐かしい味だった。
そして、宴の区切りを待って。
「お久しぶりでございます。マリカ様。
戦勝と、星への守りを果たされましたこと、心からお喜びと感謝を申し上げます」
「アーヴェントルクへの杖の返却に御仲介を頂きましたことに際しても、感謝を。
寂しくはありますが、積年の心の澱が溶け消えたような、安堵の気持ちでいっぱいです」
私はお二方の挨拶を受けた。
大王妃であるシュンシー様と、その兄であるダーダン様。
どちらも『神の子ども』であると知れたのは、つい最近のことだ。
「ダーダンは、長年王子への就任を断っていたが、父大王の引退を機に第五位として任じ、様々な助力をして貰っている。
シュンシーはつい先日、妊娠が確定したばかりでな。
出産は其方の少し後、冬の初めくらいになるだろう、ということだ」
「それは、お二人共おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「これも全て、マリカ様のご協力と御威光の賜物にございます」
大王妃であるシュンシー様と、大商人のダーダン様は揃って深々と頭を下げて下さった。
「ダーダン様がお側にいて下さるのなら、シュンシー様も色々と心強いでしょう。
今まで持っていた立場や力を失い、困ることもあるかと思いますが、それに勝る経験と知恵で、お若いお二人をどうか支えて差し上げて下さい」
「微力ではありますが、故国を支える王と王妃の為に、そして同胞達の為に尽くしたいと思います」
神の子どもの一人、ダーダン様は現在、エルディランド一の大店の商会長。
製紙、印刷技術において追随を許さない。
彼のアドバイスで、三年かけて七国と大神殿は書類様式のテンプレートを統一した。
おかげで色々な文書整理が格段に速く、効率的にできるようになったそうだ。
地味だけれど、こういう改善が積み重なっていけば大きな力になる。
ダーダン様は、一刻も早く同胞である『神の船の地球移民』を救いたい、と前から念願していた。
その為には全ての財を惜しまぬ、とおっしゃり、言葉通り、ダーダン様の知恵と財力はエルディランドと、同胞である『神の子ども』を大きく助けている。
「現在、ダーダンは目覚めた『神の子ども』のうち、二人を養子として引き取り、愛情深く育てている。
彼らもいずれ、この国を支えてくれるだろう」
「ダーダン様なら安心ですね」
復活した地球移民の子の何人かは、小さすぎて集団生活が難しいので、外に里子に出されたと聞いている。
良い親に恵まれているかどうか心配だったけれど、地球移民であるダーダン様であれば心配はいらない。そして、彼やスーダイ様を規範にしてエルディランドの民も『地球移民』を受けてくれるだろう。
ホッとした。
「それから、マリカ皇女。これを見て欲しい」
「スーダイ様。これは……」
食事の給仕を行う者に目配せして、大王陛下が運ばせたのは麦酒だった。
しかも、黄金のピルスナー。
「大地の王の杖を預かっていたのは、アルケディウスの酒蔵であったそうだな?
杖の力で温度調節を行い、この奇跡の酒を作り出したのだ、と」
「はい。申し訳ありませんでした。知っていたのに黙っていて」
「いや、いい。王の杖本人からも取り成しされたし、自ら返却を行ったのだ。
むしろ、長い年月、国宝を守り続けてくれていたと感謝するべきだろう。
詫びに最上の酒も届けて貰った」
温かい眼差しと物言いに、リップサービスや駆け引きではなく、本当にそう思って下さっているのが感じられる。
「酒造の主からも丁寧な詫びを貰い、本来であればまだアルケディウスの秘伝、秘宝と言うべき麦酒の製造方法を、希望するなら教える用意があるとの言質も頂いた。
来年以降、交換留学生を派遣して学ばせる予定だ。
エルディランドの酒造りの知識と交流させたら、新しい味が生まれるのではと期待している」
本当にスーダイ様は器が大きい。
しっかりアルケディウスに貸しを作った形にもなる。
それに、王の杖を長く預かっていたエクトール様も、オルクスさん一人に責を負わせず、現皇王陛下などに働きかけて、しっかりとした対応をして下さったのは流石だと思う。
「自分で言うのも憚られるが、王の杖が戻った今、エルディランドに死角はない。
七国の穀物倉庫として、食糧生産の要として、今後も発展し、いや、させていくぞ」
「心から楽しみにしております。大王陛下」
心尽くしの晩餐に、冷えた麦酒はよく似合う。
まだ、妊娠中の私は飲めないけれど。
もう少ししたら、この黄金の麦酒を味わいたいと思った。
エルディランドとアルケディウス。
二国の酒を、ゆっくりと飲み比べて。




