皇国 本当の家族
ルシアとジャムール君の話が一区切りついたあと。
「レオ君」
私は、横で息を吐き出すレオ君に声をかけた。
びくっと、彼の小さな背中が電気を流したように揺れたのが解る。
「カリテさん。院長室、ちょっと借りますね。
良ければルシアの様子をみてあげて下さい。
レオ君、ちょっと来て」
怯えさせないように。
でも、逃がさないように。
そっと手を引いて、リタさんの院長室にカマラと一緒に潜り込んだ。
「レオ君。
あんまり危ない事しちゃダメですよ。リオンやステラ様、レルギディオス様も心配してます」
「……もしかして、バレてたんですか?」
あまり強い口調にならないように気を付けながら、私はそっと彼を諫める。
四歳の子どもとは思えない流暢な言葉に、私は頷いた。
失敗して見つかった、という悔しげな顔つきと共に、やっぱり、というか。
諦めのような表情も見て取れた。
「……お二人は今、やろうと思えばアースガイア人全ての動向を把握できるそうですから。
可愛い我が子が何をしているかは、いつも気にかけておられると思いますよ」
アルケディウスの二人の主神。
ステラ様とレルギディオス様に、孤児院に行くならレオ君と話して来てくれ、と頼まれていたのだ。
まさか、こんな騒動になるとは思わなかったけれど。
レオ君は二人の実子。
リオンの弟。
現在、肉体年齢三歳。もうすぐ四歳。
アルケディウスの孤児院で保護されている。
以前、敵対していた時にはできなかったけれど、和解し協力体制を築いた今なら、大抵の事はできるし、解るとおっしゃっているお二人は、孤児院にいる筈のレオ君の気配がアースガイアのあちこちで観測されていることを気になさっておられた。
「フェイが結界を張っていた筈ですけど、止められないんですか?」
「力も取り戻して来ましたし、身体も育ってますから。
破っているわけじゃないですよ。隙間をすり抜けているだけ。
元々、大神官というのは人心掌握の為の傀儡ですから。僕は陰から情報を集めて、状況を操るのが仕事です」
「それで各国を飛び回って、魔性や悪人の情報を集めているんです?」
「本当にお見通しなんですね」
大神殿や、アルケディウスを中心とした各国の神殿に匿名で情報が投げ込まれるようになったのは、私達がコスモプランダー討伐の為の準備を始めた頃からだったという。
最初は各国とも半信半疑であったようだけれど、確認してみれば情報はかなり正確で、役に立った。
今では『小精霊の透明な眼差し』と言われ、信頼されているのだそうだ。
「コスモプランダー討伐の時、僕は危ないから連れて行けない、って言われたんですよ」
「ああ、そうでしたね」
この星の全てを総動員して行われた、コスモプランダー討伐戦。
でも、だからこそ主戦場から外された者達がいた。
ステラ様。
精霊神の方々。
そして、クラージュさんとレオ君。
敗北するつもりは誰も無かったけれど、万が一、私達が帰ってこなかった時のアースガイア最後の砦として、彼らは残されたのだ。
四歳の子どもを戦場に出すわけにはいかない。
というのは、大人の事情と思い。
転生者で大人の記憶を持つレオ君には、色々と納得いかない葛藤があったんだろうな、という事は理解する。
「悔しくて泣いている所をリタ……院長に見つかって、無理に背伸びせず、自分にできることをしろと諭されて。
それで、転移術を使って……。
自己満足であることは解ってますけど」
「リタさんには事情を話したんですか?」
「凡そは。
転移術を使うのを他の子や職員に見つかると色々と面倒になるので、他国への転移術は自分の部屋からするように、と鍵も貸して貰いました。
他の職員達には、貴族家に帰る為の勉強をしている、と誤魔化してくれていたのですが、僕が出た後にリタが外出してしまった事と、部屋に忍び込んでいた者がいたことを知らなくって……。
お騒がせしました」
それで、鍵の開いていた。
若しくは鍵を壊したジャムール君が、金目当てに侵入。
戻ってきたレオ君と鉢合わせて、見つかったことに怯え、誤魔化そうとした結果が、あの騒動ということか。
納得。
「それで、どうしますか? レオ君」
「どう? とは?」
私の問いに疑問符を浮かべながら、レオ君は私を見上げる。
大人びてはいるけれど、くりっとしたまん丸の瞳に私が映っていた。
「コスモプランダーも討伐できて、『神』と『星』も和解。
大きな星を脅かす恐怖は、多分、もうありません。
そろそろ、本格的に魔王城か大聖都に戻りますか?
『神の子ども達』の覚醒が始まったので、目立ちませんし、自分の手足となってくれるレオ君の存在を、レルギディオス様やステラ様も求めているように思いますけれど」
大神殿に受け入れる手もあるけれど、レオ君にとってはホームグラウンドである以上に、色々な思いがある所だから。
私達が魔改造してしまった今、居心地はよくないかもしれない。
だったらむしろ、魔王城の島。
エルトゥリアに戻って親元で、同年代の子と遊びながら、時々お二人の手伝いをするのがいいかも、と考えている。
でも、あくまで決めるのは。
決めていいのは本人だ。
「どうしますか?」
「……もう少し、ここにいさせて下さい」
返答は、思ったよりも早く返った。
「大聖都にも、魔王城にも、今は人材がたくさんいます。
『神』の御許にもリオンがいるし、ステラ様がいる。
僕は、いなくても多分、大丈夫です」
「いなくても大丈夫、かもしれないですけれど。
いれば間違いなく、お二人は嬉しいし、頼りにしますよ」
「でも、ここには、ここでしかできない僕の仕事があるし、居場所もあります。
精霊として以上に、守りたいものも。
まだまだ僕は未熟ですから、親に頼らず、甘えず、自分を育てていこうと思います」
「立派ですね」
「全然立派じゃない。
子どもの我儘ですよ」
あまりにも早く。
ううん。
最初からずっと、子どもであることを許されなかった精霊の宿命が少し、哀しい。
リオンもだけれど、レオ君も最初から小さな大人。
役割を課せられ、何も知らない幸せな子どもでいることを許されなかった存在だ。
だから、むしろ孤児院での生活は、彼にとって子ども時代をやり直す、大事な機会なのかもしれない。
「……それに、何より、リオンに顔向けができない、ってのが大きくて。
大人になって、魔王体になったあいつに、一人でのほほんと子どもしている僕が、どんな顔をして会えばいいのか、って……思っちゃって」
「リオンはそんなこと、気にしないと思いますけれど。
解りました。
リタさんやカリテさんには話しておきますから」
「すみません」
「気持ちの整理がつくまで、じっくりとここで考えて、自分を育てるといいですよ。
声をかけて貰えたら、いつでも繋ぎます」
唇をきゅっと。
音が出る程に噛みしめてから、レオ君は深々と私に頭を下げた。
「ありがとうございます」
「ねえ、レオ君。お願いがあるんですけど、聞いてくれませんか?」
「マリカ様が僕にお願いですか?」
「はい。お義姉さま、と呼んで貰えませんか?」
「……いいんですか? お義姉様」
おねえさま。
決して言われた事の無い言葉ではなかったけれど。
胸の奥がくすぐったく、そして熱を帯びる。
レオ君の小さな身体を抱きしめた。
この子は、私の家族。
本当の。
勿論、魔王城の兄弟が偽物だという訳ではないけれど。
夫であるリオンの弟。
そして、私の弟だ。
「任せて下さい!
私はレオ君のお姉さん、ですからね。
そして、お腹の中の子は、レオ君の姪っ子。
仲良くして、可愛がってやって下さいね」
「姪? そんな……家族みたいなことができるなんて、思ってもみませんでした」
言っている私も。
言われたレオ君も。
我に返ると、なんだか恥ずかしくなって赤面してしまったけれど。
でも。
なんだか、とっても新鮮で。
くすぐったくて、嬉しい気持ちになったのだった。




