皇国 新しい『保育士』 後編
『私』は、子ども達が基本的には善の存在であることを信じているし、知っている。
でも、同時に無垢な天使ではないことも知っている。
時には大人以上に容赦なく、残酷であることも。
廊下で大騒動。
周囲にも人や子どもが集まってきている。
小さく舌打ちしながらも、ジャムールと皆が呼んでいた少年は怯む様子もない。
一目見て解るくらいに荒んだ顔つき。
年の頃は十二~三歳くらいだろうか?
私を含め、小柄な人が多い保育士達の中で頭一つ大きい。
今どきの子には珍しく、良い体格をしているなあ、と感じた。
彼はふん、と鼻を鳴らすと、完全に居直ったそぶりで怒鳴り始めた。
「俺は! こいつが院長の部屋に忍び込んで、盗みを働いていたからひっ捕まえただけだ。なんか文句あんのかよ!」
「レオが、盗み?」
「そうだ! 証拠もある。ほら!」
足蹴にしていたレオを持ち上げ、服を捲し上げるジャムール。
と、服の中から銀貨が数枚、ぽろりと転がり出てきた。
何かの支払いか何かで用意していたのかな?
子どもの手の届く場所には、あまりお金を置かないように、って言ってはおいたのだけれど。
まあ、その辺の管理上の話は置いておくとして。
「マリカ様……」
「うん、わかってる」
多分、カリテさんやルシアも解った筈だ。
荒事は得意でも、こういうことはあまり『上手』ではないようだから。
「そう……。
レオがお金欲しさに院長室に忍び込んでいるのを見た、と。
そして止める為に捕まえた、と。そういうのね」
「ああ! 言ってみればオレは、孤児院の恩人だぞ!」
「レオ。ジャムールはああ言ってますが、本当ですか?」
「ちがう! 院長室に忍び込んでいたのはジャムールだ! 金目の物を漁ってた!」
「黙れ! チビ!」
「だから、止めなさい! って言っているの!」
「あっ!」
三歳の子どもに弾劾されて、頭に血が上ったのだろう。
さらに高くレオを持ち上げ、首を絞めるジャムールに飛び掛かると、ルシアはレオを強引に奪い取った。
自分の後ろと廊下の壁の間に、守るように挟み込み、再びジャムールに向かい合う。
「そいつを寄越せ! 悪い事をした奴は、たっぷりと仕置きをしなきゃならないんだからな」
「レオが悪い事をしたとしても、注意し言い聞かせるのは貴方の仕事ではありません。
私達、職員の、ホイクシの仕事です」
「チッ……」
「レオが本当にお金を漁っていたかどうかは、後で調べて話を聞きます。
教えてくれてありがとう」
毅然とした態度で、ジャムールと向かい合うルシア。
レオを奪い返され、周囲の目も多い。
これ以上は不利と悟ったのか、ジャムールは軽く舌打ちしながらも身体の力を抜いた。
でも、それがルシアの作戦とは気付きもせず。
いざとなったら権力乱用でも止めに入るつもりだったけれど、ここは彼女に任せておいても大丈夫そうだ。
私とカリテさんとカマラは、ギャラリーのさらに数歩後ろで様子を見守ることにする。
「ふん、なら……」
「ですが、貴方にも確認させて欲しい事があります。
ジャムールは、院長室の中にいるレオに気付いて止めてくれたのですね?」
「そうだ。中で机やタンスを漁ってたんだ!」
「なるほど。だから泥棒だと思ったと?」
「人の部屋の中に勝手に入り、タンスを漁るのは泥棒だろう?」
「なら、ジャムールはどうして、院長室の中にいるレオがタンスを漁っていると解ったのですか?」
「!」
子どもの言葉を聞き逃さず、緩急を取り混ぜた言葉かけで情報を引き出す。
ケンカの仲裁や状況把握には、大事な保育士のテクニックだ。
「そして、どうして孤児院に来たばかりで、お小遣いも貰っていないジャムールがお金を持っているのですか?」
「えっ?」
ルシアの言葉にジャムールが身を揺らした、その時。
チャラン、と何かが床に落ちる音がした。
見れば、さっきと同じ銀貨が複数枚、床の上を転がっていった。
サッと血の気の引いた顔をしたジャムールが、後ろポケットに手を当てる。
触れたのは、刃で切り裂いたような大きな穴。
どうやら裏での生活の経験がありそうなジャムールは、ハッと顔を上げる。
彼には解ったようだ。
自分が盗んだことを、見破られていると。
そして、マジマジと見つめたルシアの顔に驚愕を浮かべた。
何かに思い当たったような。
気付いたような……。
「お前、まさか!!」
何かを言いかけたジャムールに向けて、黙って、というようにルシアは唇に一本指を立てる。
「せっかく天国に来れたのに、また変な事させないで下さい。
私は、もう、あんなドブの中に戻るのは御免なんです」
彼女は髪の蒼いリボンに、自分の手を触れさせた。
何かを。
もしかしたら、自分の居場所を確かめるように。
「それに貴方も貴方ですよ。
せっかく光の中に来れたのに、なんで好き好んで、また闇に戻ろうとするんですか?」
「…………」
「泥だらけ、傷だらけの闇の中に戻りたいんですか?
ここから、今からなら、光の中に行けるかもしれないんですよ」
彼女は顔を上げ、ジャムールを見つめる。
一方のジャムールはと言えば、彼女から逃げるように顔を背けている。
本当に、眩しいものを見るように。
「……そんな、光の中での生き方なんてわかんねえよ」
「今までと違いすぎて、怖い気持ちも解りますけどね。
それを学ぶのがここで、教えるのが私達です。
大丈夫。
ここの守りは聖なる乙女、いいえ。精霊女神の加護で万全ですから。闇の呼び声なんて弾き飛ばしてくれます。
私が保証しますから」
息を吐いたルシアは、ジャムールの手を掴み、笑いかける。
顔を背けた彼を、でもルシアは離さない。
「あっちで少し、話をしましょうか?
ゆっくりと、今までの事。これからの事を。
カリテ先生。レオの方、お願いします」
「解りました。そっちはお任せしますね~」
「はい。任されました。
行きましょうか? ジャムール」
ぎゅっと手を握りしめたまま、彼を奥へと連れて行く。
意外に抵抗を見せず、大人しく付いていくところが、ジャムール君もなかなかに可愛い。
「マリカ様の薫陶はちゃんと、あの子に、次代の保育士に受け継がれてますね」
「私の、じゃなくって、もう彼女の知識であり、力ですよ。
ティーナが認めた通り、ルシアは頑張り屋さんの保育士です」
対応は、ほぼ満点。
被害を拡大させない為に、被害者と加害者を引き離す。
両者の言い分を聞き、真実を見極める。
そして、バレている事に『気付かせ』た。
皆の目の前で彼のプライドを傷つけるような頭ごなしの叱り方をせず、思いに寄り添い、クールダウンと話をする為に別室へ連れて行ったのもポイントが高い。
愛情を知らないで育った子達にとって、荒れた行動は一種の防衛&確認行動であることが多い。
子どもの反抗期と似た感じで。
自分はここにいていいのか?
受け入れて貰えるのか?
不安で、苦しくて。
確かめる為に暴れ、身と心を守っているのだ。
傷ついて。
でも、誰よりも受け入れて欲しくって……。
「身体の大きい男の子達が暴れると困るから、アーサー達をこっちに派遣する、って話。どうします? カリテさん」
「う~ん。ルシアがいれば、大丈夫ですかね?」
「ちょっと様子を見ましょう。
勿論、外の監視は倍増させて、せっかく保護した子ども達をまた闇に落とされないように気を付けますから」
誇らしげな私達とは反対に、不安げな顔つきで職員の一部が話しかけて来る。
「カリテ様。皇女様。あんな女が『保育士』でいいんですか?」
「以前聞きましたけど、あの女、スリ上がりでしょう?
しかも、子どもを産んだことも無い若い娘。
皇女の信頼を受け、仕事を任されるなんて」
心配するという名目で、他人を貶めようとする人は、どこの世界にもいるけれど。
「ええ。彼女は傷ついた子どもの心が解る人。
人を思いやれる人。
それは何よりも大切な、保育士の才能です」
私は、ルシアを見込んだ目に狂いはなかったと、ちょっと嬉しく思う。
「皆さんも、どうか自分の子は勿論ですが、一人一人に寄り添って、大事にしてあげて下さい。
ルシアのように」
ルシアを保育士にすると決めた後、お父様が教えて下さった話だけれど、ルシアはアルケディウスの裏界隈を仕切る、ボスのような存在の娘だったらしい。
光の中に憧れて。
でも、それが許されなくって。
闇の中で、身を売ることを含む、けっこう荒んだ生活を送っていた。
その過程で、妊娠、出産。
でも、子どもを健康に産んであげることはできなくて。
結果、家を飛び出し、さらに荒れた生活に身を落とすことになる。
トム君と出会うまで。
そして、大祭で私達と出会うまで。
我が娘を不幸にしてしまった。
そう、大祭で捕まった父親は気に病み、騎士団長に保釈の交渉をかけたという話も聞いている。
でも、ルシアが保育士として重用されていることと、その熱意を知り、非公式ながら協力を申し出ているとか。
保護して手駒に使っていた子ども達を、孤児院に託したりとか。
安心した。
きっと、これから私がいなくなっても。
アルケディウスの。
アースガイアの人々と、保育士の未来はきっと明るい。
親子関係が、ゆっくりではあるけれど取り戻され。
ルシアのような次代を照らす存在が生まれて、思いを繋ぎ。
きっと、これからも続いていくのだから。




