皇国 思いを繋ぐ者
あくまで、個人的な意見ではあるけれど。
世の中には『頑張れる人間』と、『頑張れない人間』と、『頑張らない人間』がいる。
そして『頑張れる人間』も、『頑張って成果を出せる人間』と、『頑張っても成果を出せない、出しにくい人間』に分かれてしまう。
『頑張れる人間』と比較して、『頑張れない人間』が悪いとか、劣っているとかいうつもりはない。
自らの意思で『頑張らない人間』とは違い、様々な理由で今は『頑張れない』だけで、いつか『頑張れる人間』になれるかもしれないし、大抵の場合は『頑張りたい』『頑張れる人間になりたい』と思っているからだ。
己の考えやライフスタイルで『頑張らない』と決めた人間も、それが他者に迷惑を与えるものでなければ、自由でいいと思う。
向こうの世界。
地球では後期、『頑張れない』人間、特に子どもに対しての支援はかなり手厚く行われるようになっていた。
ほんの数十年前。
戦争があった頃や、高度経済成長の時代であったなら、切り捨てられ、壊れていた彼らが適切な支援を受け、生きやすくなった。
それぞれに自分なりの生き方を見つけられるようになったのは、喜ばしい事だと思う。
ただ。
一方で私――私の中にある真理香先生の記憶、なのかな?――は、『頑張っている人間』への支援や、その成果に対する評価が、そうでない人間と比較して薄いことに疑問や、憤りのようなものを抱いていたようだった。
働いても働いても、給料が上がらなかったり、認めて貰えなかったり。
保育園や幼稚園のクラス運営でも、人手が足りないこともあって『頑張れない子』に手を取られ、『頑張っている子』に我慢させることになってしまったり。
結果として、割を食わせてしまうことが多かったり。
そんなことを最後まで、心の何処かで悔いていた。
もし、自分が上に立てたら。
そう、たくさんのことを想いながらも、それを為せずに終わった真理香先生。
最後まで頑張り過ぎな仲間達の支えで在り続けたのも。
地球で、最後まで『頑張り続けた人達』の為に命を捧げたのも、きっとそんな思いがあったからだと思う。
だからこそ、今世では。
私は皇女になってから。
ううん。商人としてアースガイアで動けるようになった頃から。
『頑張れない人』を零さないようにしつつ、『頑張る人間』が報われる世界を目指してきたつもりだった。
前置きが長くなったけれど、そういう訳で。
「マリカ様!」
「こんにちは。皆さん、元気にしていましたか?」
「うん! 今、かけっこしてたの!」
「みんな! 魔性ごっこしよう!」
午後、私は久しぶりにアルケディウスの孤児院兼保育園を訪れた。
「いらっしゃいませ。マリカ様。
今日はリタさんが母子院の方の出産手伝いに行っているので、あたしがお相手させて頂いてもいいでしょうか?」
「よろしくお願いします。カリテさん。
子どもの数も随分と増えてきましたね」
「そうですね。でも、新しく孤児院に来る子どもの数は少なくなってます。
頭打ちっていうか、必要な子にはみんな、手が回った感じで。
これからは、保育園の方に子どもが増えて来そうです」
広々とした庭を元気に駆け回る子ども達を見ながら、私は自然と口元が緩むのを感じていた。
三十人以上いる子ども達は、たくさんの大人に見守られながら、一見したところ、楽しそうに過ごしている。
薔薇色の頬。清潔な服と身体。明るい笑顔。
時折、まだ馴染めないような戸惑いを見せる子もいるけれど。
路地から救われ、暖かい寝床と食事。
そして、生きる場所を与えられている。
みんな、安心して生きている。
私が目指した孤児院の理念は、今もちゃんと受け継がれている。
そう解って、とても嬉しい。
孤児院の中をぐるっと視察してから、院長室で話を聞く。
「建物のどこも清潔で、子ども達も概ね幸せそうで。
安心しました」
「掃除や料理、洗濯などには専門の人員を入れて貰ってますからね。
子ども達に仕事を教える為に一緒にやらせることもありますけど、ホイクシは保育に専念できるのがありがたいところです」
「それは良かった」
もう実際のところ、この孤児院の運営管轄は皇王妃アドラクィーレ様と、第二王子妃メリーディエーラ様だ。
大神殿に籍を移している私に、とやかく言う権利や資格は実はないのだけれど。
「孤児院を見て来たい? いいですよ。
ついでに困りごとや予算、人員の不足などが無いか見てきて頂戴。
何かあったら遠慮なく申請するように、と言ってはありますが、ティラトリーツェから担当が変わったばかりですし、色々と遠慮があるみたいだから」
と、アドラクィーレ様が言って下さったので、今日は甘えさせて貰ったのだ。
孤児院の皆さんも子ども達も、いろいろとやっかいな肩書がついた私を笑顔で、前と変わらず受け入れてくれるのがありがたい。
「コスモプランダー? の騒動の時は、ここも避難所になりましてね。
けっこうドタバタしていましたが、今はようやく普通通りの生活が戻って来ました」
「知らない人がたくさん入って、子ども達が落ち着かないとかありませんでしたか?」
「それは多少ありましたけど、色々な人間と関わったことで、子ども達も思う所があったようです。
あの後、特に男の子達の間で騎士や戦士を目指す子が増えましたね。
アーサー君や、クリス君の影響で」
「アーサー達の?」
「ええ。騎士見習いとして、避難所の護衛に入ってくれていたんですよ。
自分達に近い年頃の子どもが立派な仕事をしているってことで、孤児院に救い上げられた子ども達にも、明確な目標になったみたいです」
そう言ってカリテさんは、二人の戦時中の武勇伝を色々と話してくれた。
我が儘を言う大人を諫めるなど、護衛としての仕事をしてくれた他、子ども達にも剣を教えてくれたり、一緒に遊んでくれたりしたんだって。
そっか。
目覚めてから、まだ顔を合わせる機会がないけれど。
会えたらいっぱいお礼を言って、褒めてあげたいな。
「マリカ様が決めて下さった級制度が、今のところはいい感じに動いてます。
課題を決めて、その目標を達成できたら上の級に進めるっていうのが」
「上の子が、下を見下したり、イジメたりはないですか?」
「今のところは少ないように思います。職員が常に複数で見てますし、繰り返し人との付き合い方を教えてますしね。
上の子は大抵、なりたい自分を目指すのに一生懸命で、下の子をイジメている暇なんてないみたいです。
逆に小さい子から認められたり、褒められたり、お礼を言われたりすると嬉しいようで、面倒はよく見てくれますよ」
アルケディウスの神殿に作った学校と、孤児院の学び舎は同じシステムで運用されている。
所謂、ステップアップシステム。
初期のゲシュマック商会で運用した職員教育システムの焼き直し版だ。
これをさらに一歩進めたものを、魔王城の島では地球移民の子ども達に導入しているけれど。
子ども達には年齢に合わせ、最初に明確な課題が提示されている。
勉強や生活の課題には達成基準が決められていて、全て達成できたら上の級に上がることが可能。
級が上がれば、できることが増えるし、外出許可も出る。
生活でも、ちょっとした「いいこと」がある。
例えば望めば先生を呼んだり、外に出向いたりして、絵や楽器、剣や戦い方を教えて貰えるとか。
おやつの量が少し増えるとか、読んでいい本が増えるとか、お小遣いが貰えるとか。
勿論、周囲から認められ、頼りにされるようになるのもモチベーションになる。
中世としては高い課題かもしれないけれど、地球よりは低めに設定してあるので、孤児院で育った子達は今のところ、大きく躓くことなく成長し、課題を達成できているみたいだ。
できない子には、できるようになる為の補助が付く。
年齢に合わせた課題だから、物理的にできない事情がある子を除けば、本人がその気とやる気になれば、そんなに無理なく達成できることは魔王城でも立証済み。
全ての課程を修めたら、孤児院から卒業。
仕事を紹介して貰い、当面の住居も保障されて、社会に巣立っていく。
「外で自活し始めた子も、時々孤児院に遊びに来ますね。食堂のご飯が懐かしいって」
「頑張っている子達が、残っている子ども達のモデルになってくれるのがいいですね」
「ええ。中には外よりも孤児院が良いって言って、下働きや保育士を望む子もいますけど、保育士もただ子どもと遊んでいるだけじゃなくって、日々勉強ですからね」
アルケディウスの孤児院兼保育園は、私がもう全力で拘って作ったので、施設も保育士の数も、職場条件もかなりいい筈だ。
各国や大貴族領地から、視察に来る人達が後を絶たない。
残る課題は、専門家としての保育士の育成かな?
子どもにとって保育士は『楽しそうな職業』ということで、女の子のなりたい職業上位をキープしていたけれど、実際はお察しだったからね~。
こちらの世界では労働条件と待遇は大幅に改善されているから、あとは専門家としての地位の確立が目標だ。
プロとして、敬意を受ける職業になるように。
「勉強会の方は進んでますか?」
「はい。おかげさまで。
最初は人を取られて大変だな、って思いもしたんですけど、ちゃんとした知識や方法論を学ぶと、動きや仕事の効率、子ども達への対処もはっきりと変わるのが解りますから。
あ、そうだ。すみません。これを機に相談したいことが……」
カリテさんが思い出したように、何かを言いかけたその時。
部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
「失礼します」
カリテさんが許可を出すと、大きな木の扉が開いて、一人の女性が入ってくる。
長い髪を蒼いリボンでアップに纏め、エプロンを着けた、落ち着いた雰囲気の女性。
「飲み物をお持ちしました」
「ご苦労様。ルシアもすっかり見違えましたね。
優しい先生、って感じです」
「ありがとうございます。そうだったらいいんですけれど」
アルケディウスの保育士、ルシアは静かに微笑んでいた。




