夜国 偽魔王の死
部屋の中は人払いが為されており、いるのは6人だけだった。
私とリオン、カマラのアルケディウス組。
そしてヴェートリッヒ皇子と護衛の騎士さん、そして……エリクス。
スッと優美に膝を付く彼は一見、普通の騎士に見えた。
角飾りのついた兜に鋼のブレストアーマーにガントレット。そして大きめのマント。
ホントに、そう思って見なければごく普通の人間、凛々しい戦士。
顔の刺青が消せないのと、迫力の問題で並んだらリオンの方が絶対に魔王に見える。
実際魔王だと言われればその通りだけれど。
兜から覗く金髪。鮮やかな緑の瞳には、穏やかな笑みが浮かんでいた。
どこか、いつも張り詰めていた偽勇者時代の雰囲気は消えている。
なんか、こう大人になったというか、一皮むけた、というか?
「エリクス……さま?」
「はい。ですが今は、その名は封印し、エリオットと名乗っております。
アーヴェントルクに士官の身。故に外で出会う時にはエリオットと、および下さい」
「魔王城から去られた後、どうなさっておいでだったのですか?
何故アーヴェントルクの騎士、と?」
元々大聖都の『勇者』だったエリクスは最初から、『神』の道具。
首尾一貫、徹頭徹尾、最初から最後までリオンに対する当て馬だった。
偽勇者としてリオンとの差を周囲に見せつけ、退路を断つために利用され、その後、偽魔王としてリオンの代わりに魔性を率いていた。
国同士の戦争を起こさせない為に『神』が用意した仮想敵。
それが、アースガイアにおける『魔王』だったのだ。
「コスモプランダー襲撃時、我々は『神』より最後の仕事を命じられました。
天よりの毒によって狂った魔性達を抑えよ、と」
「魔性達の対策にあたって下さっていたのですか?」
「はい。魔王としての魔性を率いていた責任もありましたので、最後のお勤めと」
以前、ちょっと聞いたけれど、彼が不老不死時代『精霊の力』を集める為に使っていた『魔性』は生成プラントのようなものが魔王城と、外に世界各地に数か所あって、滅ぼされても定期的にリスポーンするようになっていたんだって。
『神』は『精霊の力』を増幅することができる。
でもあくまで、一時的に力を高めたり変化させるだけ。増幅した力は使うか、生命体に宿らせないと長くは貯蔵できないとアースガイアに降り立ち『星』や『精霊神様』達と喧嘩別れしてから知ることになる。
貯蔵できるのはアースガイアから直接採取した分だけ。
それもなんだかんだで使ってしまいなかなか貯まらない。
だから仕方なく指揮する魔王が滅んだ後も魔性に精霊を喰らわせていたわけだ。
で、リオン(と私)を大神殿に括る目途がついたところで、エリクスは用済みになったのか、そのコンプレックスを利用して、強くなれるぞって誘いをかけ魔王改造への実験体とし、魔王として魔性達を率いさせた。
うーん。酷い話。
『神』としては、道具として利用しながらも情をかけていたようで、住みかとして魔王城を用意し、一人では寂しかろうと妻を娶る事を許し、自由と大金と、仕事を与えていた。彼の妻として強制的に人間から魔術師に変生させられたノアールは自分達を『神の下請け』と称していたけれど、『それなりに幸せに暮らしている』とも言っていた。
彼らが住んでいた魔王城は、元は宇宙船であったのでコスモプランダーとの決戦の時に徴収されてしまい、同時に宇宙決戦には連れて行けないから、とエリクスとノアールは『魔王職』を解雇された筈。
十二分の退職金は渡したとは言っていたが、気がかりは気がかりだったのだ。
でも、その後バタバタして聞く暇も無くしていた。
だからちょっとビックリ。まさかアーヴェントルクの騎士と紹介されようとは。
「元々、アルケディウスとアーヴェントルクの国境付近に古屋を買いそこで暮らす予定だったのですが、魔性退治の最中、出会った国境騎士団の団長と意気投合しまして。
終戦後アーヴァントルクへの士官を勧められました」
「それで、素直に士官を?」
「妻や私に力を貸してくれた拾い子達を養わないといけませんでしたから。
『神』は生涯困らないだけの財を与えては下さいましたが、ずっと館に籠っている訳にもいかず。せっかくなのでと面接を受けました。
元魔王など門前払いかと思ったのですが、ヴェートリッヒ皇子が気に入ったと、手を尽くして下さり、偽名で騎士なることをお許しいただきました」
「ヴェートリッヒ皇子!」
「だって、『神』はもういらない、と彼を放逐したのだろう? 仮にも魔王と呼ばれた戦力を野放しにはできないし。
だったら手の内に入れて働いて貰った方がいいじゃないか」
「それは、そうですけれど……」
「先ほども申しました通り、魔王であったエリクスの名は放棄いたしました。
今の私はミルトプール伯爵家の家臣団の一人、エリオットにございます」
「ミルトプール伯爵家?」
「お初に御前に上がります。
アーヴェントルク騎士 セイルロッド。
聖なる乙女、マリカ様。その節は実家と妹に新たな産業と恵みを与えて下さり、ありがとうございます」
私の疑問符に一歩前に進み、名乗りを上げたのは金髪の男性だった。
こうして会うのは初めての筈だけれど、微かな既視感。そして聞き覚えのある名。
「ミルトプール伯爵家と言えば、ヴェートリッヒ皇子の第二夫人アザーリエ様の御実家ですか?」
「そう。アザーリエの兄セイルロッドは、優秀な騎士で国境騎士団を率いていた。魔性襲撃時に、エリクスと肩を並べて戦ったんだってさ。そして、戦いが終わった後、彼ら二人を隠遁させておくのは惜しい、と頼まれて色々と手を打ったってわけ。彼の妻ノアールは国境の町の外れで静かに子ども達と暮らしているけれど、優秀な魔術師だから外注の仕事を頼んでいる。転移術とか」
「ノアールも元気にしているのですね?」
「はい。マリカ様にくれぐれもよろしくと」
二人の魔王を平然と抱えるヴェートリッヒ様の胆力もだけど、エリクスも随分素直に従っているのだな。とこの時は思った。でも
「隠すよりも堂々としていろ、とセイルに言われてこのようないで立ちに。
名前も騎士として、人間としての新しい名を彼に付けて貰いました。
ヴェートリッヒ皇子とノアールから目くらましの術をかけてもらっていることもありますが、けっこう気付かれないものです」
セイル。
友に視線を送り、名を呼ぶ声音には今まで感じられなかった優しさと、柔らかさが感じられる。
なんとなく、解った。彼はきっと求めていたものを手に入れたのだ。
だから、空虚な魔王の椅子にもうしがみつかなくても良くなったのだ、と。
「マリカ皇女。ライオット皇子に伝言を頼めませんか?」
「え? 伝言?」
「はい。私は今更ですが己の大きな過ちに気付いたのです」
微かに肩を上げ、エリクスは瞳を向けた。
私の名を呼んだけれど、見ているのはリオンだ。
切なげな眼差しは過去の自分、その愚かさを自嘲しているように感じられる。
「かつて、私は『勇者の転生』を名乗り、ライオット皇子とまみえました。
幼い頃から読み聞かせられた『勇者伝説』の戦士は、憧れで浮かれておりました。
また周囲からお前は勇者の転生である、と祀り上げられ調子に乗っていたこともありました。
自分は本当に勇者の転生だと信じ込み、記憶は無くても、外見を整え、見栄え真似、心を読めば誤魔化せると安易に思っていたのです。
結果、一目で看破され、怒りをかい、私は大聖都から去ることを余儀なくされました。
長い紆余曲折と友、と呼べる存在を得て、ようやく気付いたのです」
胸に手を当て、ここにいない誰かを仰ぐように見つめるように、彼は紡ぐ。
やっと気づいた己の真実を。
「『友』『親友』とは重く、尊く。
決して真似も替えることもできぬかけがえのない存在、魂の宝であると。
それを汚した私は許されずとも当然です」
魔王と呼ばれた男は、かつて勇者と呼ばれた魔王に、膝を付く。
「嘘と、虚勢と、偽りに満ちた我が人生。
けれど、それを認めてみれば、決して悪いモノではありませんでした。
気高き勇者と戦士の物語。
そこから始まった数多の出会い、数多の経験によってそれに僕はようやく気付いたのです。人は自分以外の何者にもなれず。けれど、だからこそ他者と出会い、己を磨き育てあげていくのだと」
深く下げられた頭は儀礼的なものではなく、きっと心からの謝罪を込めたもの。
「金属同士が熱によって融合するように、宝石が石同士でぶつかり合い磨き合うように。
人は孤独の中では生きられないのだと、妻と、友が教えてくれました」
「エリクス様」
「今の私はエリオットです。
偽りの魔王にして偽勇者エリクスは、この時をもって死したとご理解下さい。
二度と皆様の視界を汚すことはありません。
そして、その死と終わりをもって、今までの我がご無礼に対する謝罪と変えさせて頂きたく。
叶うのなら、いつか一人の騎士として、人間として見えたいと願っています。と。
無論、ライオット皇子の許しの先ですが。その時にこそ、改めて僕は、あの方に名乗ります。
自分で新たに選んだ人生と、エリオットという名を。友と、妻と共に」
だから、優しいリオンは微笑と共に彼の謝罪を受け入れる。
「伝えよう。エリオット。勇者の転生にして魔王たるアルフィリーガ。その名に懸けて」
そう、穏やかに微笑んで。




