夜国 新しい『技術』と新しい『名前』
実験は大成功に終わった。
完成されたカレドナイトとステンレスの合金はローラーで伸ばされ、板状に加工、そして裁断された。
まずは心臓部に基盤となるカレドナイトを基盤に溶接。
さらにヴェートリッヒ皇子がカード型に裁断、研磨したカレドナイト合金に指向性とナンバーを設定した。皇帝陛下の所には一八枚のカードが。大貴族達には皇帝陛下直通のカードが渡される予定だそうだ。
通信鏡に念を送ると、鏡がそれを理解して着信するのは今までと同じだけれど、今度は着信すると番号が今までは、ほぼ飾りだったガラスのディスプレイ画面に浮かび上がった。
それから受け手側が同じカードを差し込むと通信ができるという仕組みだ。
向こうで言う所のSIMカードかな。
直通の通信鏡よりは受信確認とカードの入れ替えという一手間かかるけれど、本体十七台分が浮くのは大きい。
「内部のカレドナイトを生物と見立てて、夜の力でこういう風に行えって刷り込んだんだよ。今の段階ではこれが精一杯かな?
今後研究を重ねていずれは完全に自動化できればいいのだけれど」
「いえ、これは凄いですよ」
「ああ、まさか夜の力にこんな使い方があろうとは」
科学的にどうなっているかは解らないけれど、元々の小型通信鏡も受信切断は音声と本人の念波のようなものでできていた。(大型通信鏡には魔術師の送受信が必要)
魔術師の魔術も、基本的には精霊に伝わる言葉でこう動いて欲しい、と頼むものだしカレドナイトに宿った精霊は同じ系統の精霊を持つ人間の意思、気力をある程度読み取り、感じ取り、エネルギー源にしているのかもしれない。充電いらずなのはきっとその為。
私も無意識にやっている精霊への命令はSF的に考えればマシン言語でパソコンに命令するようなもの。夜の力をナノマシンウイルスを体内に持った生物の思考に干渉する力と考えれば、理屈は一応通る。もしかしたら、夜の技って、精神を持つ生命体全て、ではなくカレドナイトや他の精霊にも応用できたり?。
実際にリオンのエルーシュウィンは独立した精霊だし、みんな力を貸したがっているっていってたし。
っていうか、本当に目から鱗、感動だ。
人知を超えた『神の御業』を人間が加工し、凌駕していく様は。
「カレドナイトが、高温で熱したり、他の物体と混ぜてもその演算機能を失わないかだけが心配だったけれど、大丈夫だったみたいだしね」
『地球での時代、数千度の高温をかけようと、どんな薬品で消毒を試みようと時間経過による寿命以外で消滅させることができなかったナノマシンウイルスだ。
それくらいで機能停止してくれたら楽だったんだが』
とは後の精霊神様のお言葉だけれども。
「マリカ皇女。この新しい金属に名称を賜れないかい?」
「私が付けていいんですか?」
「うん。精霊女神の祝福と加護を」
「じゃあ……カレドメテリウムで」
私にはあんまり名づけの才能はない。
語彙も乏しい、解ってる。
でもこういうのは解りやすさ優先が良い。
だからシンプルにカレドナイトと金属の複合。
あと、金属を意味するウムね。我ながら単純だけれど。
「カレドメテリウム、か。
いいと思う。神の御業に挑み勝ち得た人類の初めての成果だ」
作業を終えたヴェートリッヒ皇子はリオンに試作の一台を投げ渡した。カード付きで。
実際に実験してみると問題なく繋がる。
「徐々に改良を加えていくつもりだけど、とりあえずはこんな感じかな?」
今回の設定では皇帝陛下と大貴族の通話用で、この通信鏡を貰っても皇帝陛下以外にかけられない。でも申請すればペアの疑似SIMカードや追加の通信鏡を買う事ができて、カードを分け合えば同じ機種を持つ相手同士の通話もできる。
大貴族同士の関係が強化され、反乱の芽になりうることもあるけれど王家に申請しないと入手できないからある程度の把握は可能に思える。
ヴェートリッヒ皇子なら、各大貴族に間諜を放つくらいはやっていそうだし。
まだ合金板は大量に余っているし、板状にできたことで加工もしやすくなった。ロスも最小限になるし、端切れも再利用可能。
単純な双方向のみの従来タイプもコストが下げられる。
ヴェートリッヒ皇子の夜の魔術が必要で、他国は簡単に真似できないこと以外は大きな。大きすぎる技術革新と言える。
国の重要産業を下請けに丸投げするアルケディウス。
確実に追い抜かれるわ。
「今は僕以外に実際に活用できる域にまで達した夜魔法の使い手はもう一人、くらいだから。
今後は魔術師と技術者の育成が課題になるな」
完成した通信鏡を手の中で弄ぶヴェートリッヒ皇子。
疲れは見えるけれど、凄く嬉しそう。
「幸い、今後戦争はほぼ起こらなくなるし、魔性の発生も基本的に無くなるだろうと魔王が告げていた。
傭兵国アーヴェントルクは今後、鉱山と技術の国に転換させていきたい。今後、精霊の力の分析や機構の改良を『神の国』の技術を学びながら行って十年以内に完全自動受信と全ての通信鏡への相互通信を目指すよ」
「それは、喜ばしいと思いますが、夜の術って怖いんですね」
思わず本音が零れる。
夜の術は使い道が少ないと言われていたけれど、冗談じゃない。
「怖い? どうして?」
「催眠や幻術を人間に使われたら国同士の交渉もアーヴェントルクの思いのままですし、精霊石やカレドナイトにも影響を与えられるとしたらとんでもないことになりますよ。
自重して頂けますか?」
「勿論。そんなことはよっぽど、じゃないとしないよ。多用してそんな風に警戒されては魅了も催眠も意味はないし。
他国侵略なんて神々の目が光っている今、しかけたって何にもいいことはない」
って言っても、よっぽどの時はするかもしれないってことだ。ますます怖っ!
「まあ、夜の王の杖も戻ってくるというし、頼りになる味方も、手札も増えた。
これからの国家間交渉は本格的に面白くなりそうだ」
事前にアーヴェントルクにはエルディランドの『神の子ども』ダーダン様からの事情説明と、王の杖返却の意思を文書で伝えた。
事情を鑑み、自ら返却の意思を示したことで国宝所持と使用の罪は問わないことを了承して貰っている。
そう遠くないうちに正式に手続きをとって、ダーダン様と面会を行う予定。アーヴェントルクに王の杖が帰る日は近い。
でも。
ここまでのヴェートリッヒ様の実力と才能を見せられちゃうと、杖を返すのがちょっと怖くなってくる。
確かに政治の場で幻術や催眠暗示など露骨な事はしてこないだろうけれど、逆に言えば今まで不老不死世でなあなあになっていた対人交渉に、そういう手法が使われる懸念が生まれるという事で。
毒や魅了などにも警戒が必要になる。
無論仮想敵は皇子だけではなく、周囲全てで。
これは防御方法や注意点などを各国と検討しておかないといけないなあ。
と、そんなことを考えていたら私は、重要な事を聞き逃してしまっていたようだ。
気が付けばリオンが微かに目を開いて皇子を見ている、
「ヴェートリッヒ」
「なんだい?」
「今『魔王が告げていた』と言ったか?」
へ? 魔王?
リオンの問いにヴェートリッヒ様は悪戯っぽく肩を竦めて見せる。
「おっと失礼。口が滑った。勿論、君の事じゃないから心配しないでくれ」
っておっしゃったけれど絶対ワザとだ。
気が付かなったらきっと、ドヤ顔で指摘してきた。
「今日の晩餐会の後で紹介する。
僕の義兄が親友と呼ぶアーヴェントルクの若い騎士をね」
そうして、言葉通りアーヴェントルクの晩餐会の後、ヴェートリッヒ皇子は『アーヴェントルクの若い騎士』を紹介してくれた。
彼と出会った衝撃に、せっかくのアンヌティーレ様との再会や、美味しいチューロスのフォンデュの味、楽しい晩餐会の思い出が全部吹っ飛んだよ。
「エリクス……様?」
良く見知った人物は私達の前に膝を付き、知らない名を名乗る。
「お久しぶりです。マリカ様。そして……リオン様。
魔王エリクス改め。
アーヴェントルク国境騎士団 副長 エリオット。
精霊女神と真なる魔王に、心からの敬服を」




