夜国 新しい技術の開発
アーヴェントルクに着いてすぐ。
神殿に到着して息をつく暇もなく、ほぼ速攻の状態で、私達はアーヴェントルクの宮殿、ヘイエングラーニツァ城に招かれた。
今回は精霊神様にご挨拶している余裕もなく。
舞の後に時間を作るということで、私は皇帝陛下から謁見を求められたのだ。
「マリカ皇女。ようこそアーヴェントルクへ。
精霊女神のおいでを、アーヴェントルクの国民一同、心からお待ち申し上げていた」
「大祭へのお招き、心から感謝申し上げます。精一杯努めさせて頂きます」
「無論、大祭での舞も念願していたことではあるが、姫君には何よりも先に、願い出ねばならぬことがある」
「願い出ねばならぬことですか? 何でございましょう?
そう言えば、ヴェートリッヒ皇子がお見えになりませんね?」
きょろきょろと、お行儀が悪いけれど周囲を見回してみる。
前回の時は大神殿で真っ先に迎えて下さった、神官長でもある第一皇子のお姿が今、どこにもないのは何か理由があるのだろうか?
「ヴェートリッヒは今、精霊獣様と通信鏡工房に籠っている。
大祭開始前までに完成させて、大貴族達に渡したいものがある、と言ってな。
皇女のお力とご許可が頂ければ、おそらく完成させることができるのだ」
「通信鏡工房?」
アーヴェントルクには先年、通信鏡の工場ができた。
魔術師二人が最後の通信経路接続やカレドナイトの設定をするのは変わらないけれど、時計製作技術で培った精密工学と技師さん達のおかげで、本体そのものをアルケディウスよりも早く製作できるので、価格は幾分か下がっているようだという。
「私の力はともかく、許可が必要な事なのですか?」
アルケディウスは、映像込みで送れる大型通信鏡で今の所アドバンテージを持っているけれど、遠からずカレドナイトを自国で産出し、高い技術を持つアーヴェントルクにシェアを奪われるであろうと見込まれている。
小型通信鏡に番号を振って自動接続する機能は、今の所、私が『能力』で内部構造を弄っているものしかできていないし。
「奴はそう言っていた。宙での戦い。対コスモプランダー戦を経て様々な事を学んだヴェートリッヒは最近、私よりも高く、遠いモノを見ていると感じることがある。
今回の事案も、成功するまでは、とまだ詳しい説明をされておらぬが、私財を投げうち、仕事以外の全てを捧げている様子だ。成功すれば、星の歴史を変えるものになるやもしれない」
「それは、随分と期待されておいでなのですね」
「……いや、成功すれば、と申した筈だ。
神殿長や皇子としての仕事に差し支えては困るので、無理なら早々に引導を渡し、諦めさせて頂ければと思う」
「くすっ。解りました」
「何が可笑しい?」
「いえ、別に可笑しいという訳では。失礼でしたらお許し下さい」
思わず笑みが零れた私に、皇帝陛下は少し不機嫌顔。
でも、そこにも愛が見える。
素直じゃないですね。皇帝陛下。
我が子であるヴェートリッヒ様を頼りにし、期待しているけれど、それを滅多なことでは表に出さない不器用なお父さんだ。
「到着早々で申し訳ないが、行ってやって貰えないだろうか?
晩餐にはアンヌティーレが差配して、アーヴェントルク自慢の料理を整えている。
成功しても失敗しても、時間までには戻れと伝えて欲しい」
「はい。かしこまりました」
私の派遣にはそれなりのお金を頂いているので、可能な限りは各国のお役に立ちたいと思っている。
舞の準備はぶっつけ本番になるけれど、いつものことだし。
皇帝陛下との挨拶の後、私達は用意された客間に荷物を降ろしてすぐ、通信鏡工房に案内された。
お城の一角に新設されたんだって。
工房の責任者はヴェートリッヒ皇子。
アーヴェントルクの通信鏡に賭ける意気込みが感じられる。
「やあ、待っていたよ。迎えに行けなくてすまない。君が来るまでになんとか概要を纏めたくてね」
出迎えてくれたヴェートリッヒ様は、なんだか目が血走っている感じ。
お疲れも見える。
来客を迎える為か、皇子だけは衣服などを整えておられるけれど、他の技師さんや魔術師さんは、
連日徹夜。家にも帰れないし、お風呂にも入ってない。
って感じだ。
「大丈夫ですか? 随分とご無理をなさっているようですが」
「精霊神様から頂いた通信鏡を、一対一から一対多数にできるアイデアの実現を目指していてね。先の宇宙戦闘で色々と得たヒントを元に、この三か月、試行錯誤を重ねていた。
君が目覚めてからは量産型の発注も一時停止して、通信鏡工房は全てこの事業に専念している」
案内された工房で、私は設計図を見せて頂いた。
とはいえ、私には細かい内容は理解できないのだけれど。
言い訳だけれど、機械工学と一切無縁の保育士が、電話の設計図を見せられても理解できないよね。
それが解ってか、ヴェートリッヒ様は解りやすく説明してくれる。
「現在の通信鏡は、人の声を特殊な波長として空気中に放ち、それを特殊な設定を施した一対の鏡に送る、という構造になっている。
本来、言葉を波にする、空気中の波を捕らえる、拡大、増幅するなどを全てできるような機械を作るのは複雑かつ精密で、人の力ではまだ困難だ。それを補助するのがカレドナイト。人知を超えた神々の力の結晶体だ」
この中世異世界でスマホもどきの通信手段が手に入っているのは、コンピューター並みの演算機能を持つナノマシンの結晶体。
カレドナイトがあるからだ。
「魔術により同じ性質に設定した鉱石を二つに分割し、指向性を確保。声の波を伝えることによって通信している。でも、それだとどうやっても一つの通信鏡が一つの相手にしか伝えられないよね」
「そう、ですね」
現在、私の通信鏡だけは少しずつ改造を加えて、一対多数の通信ができるようになっている。
私も詳しい構造が解ってやっている訳ではないのだけれど、私が通信したい相手の通信鏡に新しいカレドナイトを入れて貰う。
そして私の、発信側の鏡から私が念じることによってカレドナイトが反応し、相手に繋がる仕組みだ。
相手側にとっては変わらず、一対一の糸なし糸電話。
自動交換による本当の電話システムを作り上げるのは、かなり難しそうなのだけれど。
「ならば、方向を定めるカレドナイトを取り付け型にして、必要に応じて増設や交換をさせてはどうだろうか? というのがアーヴェントルクの発案なんだ」
「それは以前、夜の精霊神様からアドバイスを伺いました。だから以降の通信鏡には外付け可能なようにスペースが開けてあります。
まだ有効活用はできていないんですけれど」
内部を弄らないで済むように、向こう風で言うならカードスロットのようなものが出来ている。
理論上は、ここにカレドナイトを取り付けた金属カードを入れれば、同じカードを持つ者同士で会話できるようになるはずだ。
ただ、カレドナイトを埋め込んだカードの作成が難しく、フェイ・クラスの魔術師でないと製作は難しいと言われている。
そしてフェイが神官長、今は大神殿長として大忙しなので、まだ実用化には至っていないというのが現状。
というかアルケディウスは現在、力のある魔術師がソレルティア様しかいなくって、しかも産休中で。
他の魔術師さんではカレドナイトの指向性の設定が難しくて、今、ノーマルの通信鏡の製作はゲシュマック商会に丸投げしていると聞く。
だからアーヴェントルクにシェアを盗られているんだと思うけれど。
ゲシュマック商会ではエリセとニムル。
二人の魔術師が頑張っているけれど、コスモプランダーの襲撃もあったし、エリセがラールさんについて魔王城の島に戻っているから、大変みたいなんだよね。
通信鏡は、作れば作っただけ売れる国の重要産業だ。
だから新皇王ケントニス様は子どもの保護と教育に力を入れ、その中から早く魔術師の才能がある子を見つけだしたいと思っているようだ。
「それで……大神官。いや、精霊女神マリカ。君に頼みがある」
「頼み、ですか? 精霊として?」
「ああ。精霊の御業を人の手に降ろして欲しい」
射抜くような真剣な眼差し。
私を精霊女神と呼んでまでの頼みとはなんだろう?
思わず喉が鳴る。
「カレドナイトと金属の合金を作りたいんだ。製作の許可と、試作に御力を賜れないだろうか?」




