火国 保護者懇談会と新しい家族
泣き続け、泣き続け。
やがて二人は、こてん、と力を失った。
「わっ!」
ちょっと慌ててしまったけれど、泣き疲れて寝てしまっただけのようだ。
「お手数をおかけしました。姫君」
「部屋に戻します。この様子だと、暫く起きないでしょうから」
カーンさんと、グランダルフィ王太子。
二人のお父さんが、側近の手助けを軽く退けて、自ら私の腕の中の小さな身体を引き取って下さる。
「人前で涙を見せるなど、仕方のない奴らだな」
「何度も言いますけれど、三歳の子どもなんですよ。感情のコントロールができないのは当然ですし、たった一日の保育士をそれだけ慕ってくれたということ。
本当に嬉しく思っています」
どこか揶揄うような口調で二人を見やる兄王様に、私は少し拗ねて見せた。
勿論、兄王様の口調が本気で責めている訳ではないのが解っているから、だけど。
「グランダルフィ、カーン。二人を部屋に置いたら戻ってこい。
大事な話がある。マリカも解っているな?」
「はい。ガルディ君の能力についてですね」
「そうだ。庭園での話は遠かったので殆ど聞き取れなかったが、奴が術らしきものを使っていたのは見えた。ガルディは魔術が使えるのか?」
「はい。ですが、その点については保護者が戻ってから。
ここで話されますか? それとも応接間で?」
「ここでいい。ガルディが部屋を抜け出した件も含めて、お前の見解を聞かせて貰おう」
「かしこまりました」
お父さん達が戻ってきた子ども部屋。
王太后様、国王夫妻、王太子夫妻、側近のカーンさん。教師の方達。
皆様それぞれ適当な椅子などに腰を下ろしながら、私の方を見やる。
さっきまでが保育参観だとしたら、これはその後の保護者会って感じ。
保育とは違う緊張感で、居心地はあまりよろしくないけど。
頑張ろう。
「では、今後の教育方針については受け入れて頂くと決まったところで、改めてガルディヤーン君の今後について、共通理解をさせて頂きたいと思います。
ガルディヤーン君は、紛れもなく火の精霊神の流れを受け継ぐ『王になる者』。
優れた魔術師になる才がおありのようです」
ざわり、と部屋中の空気が粟立つように揺れた。
「遠い昔、シュトルムスルフトとの戦争により、二国は精霊神の怒りを買って王の杖を奪われたと聞いております。そして以降、プラーミァでは王族が魔術に関わることは、半ば禁忌事項になったとも」
「良く知っているな」
場を代表して話を進めるのは、国王陛下だ。
こういうところ、火の精霊神様とよく似ている。
「転移陣を巡る陰謀に、時の国王と王子が関わっていたということで、プラーミァにおいては『二度と過ちを犯してはならぬ。以降、魔術に王族は関わってはならぬ』と、当時の悲惨さを知る王から固く伝えられている」
「王族魔術師がいなくなって、困ることは無かったのですか?」
「無論、様々な点で不便は出た。城の魔術道具も碌に使えなくなったし、火の精霊神様もお怒りからか、返答をして下さらなくなったからな。
しかし、極力魔術に頼らぬ生活をすれば何とかなりはしたし、いくつかの道具は使えた。
それにその後、間もなく『神』と『魔王』の降臨で『神官』と『魔術師』も生まれるようになった。
ただ、『神官』は王族魔術師がいないことで王家を下に見ることなどもあったので、エルトゥリアからの魔術師や、子ども上がりの魔術師を登用して何とかやってきたのだ」
精霊の力は便利だけれど、無ければ無いで何とかなる。
と、国王陛下はおっしゃる。
確かに地球には魔術なんて無かったもんね。
「火の精霊神様は、争いに大層心を痛められましたが、復活後のプラーミァの様子はずっと心を砕いて見ておられます。
反省も、努力も。
だからこそ、新時代となる次次代の王、ガルディヤーン様に、王族魔術師の才をお授けになったのではないでしょうか?」
これはまあ、嘘だけれど。
子どもの才能などに、精霊神様達は手出し口出しをしない。
ガルディ君が魔術師の才能を持っていたのは偶然であり。
きっと、必然なのだと思う。
「大神官から見て、ガルディヤーンの才はどうなのだ?」
心配そうな国王陛下やご両親に、私は静かに微笑んで見せる。
「はっきり計測したわけではありませんが、かなり高いと思われます。
大神殿長や、フリュッスカイトのソレイル公子に並ぶ魔術師になる可能性があります」
「それほどか?」
「はい。ただ、精霊や、見えなくていいものが見えすぎたり、周囲に敏感になっていたりするように思えます。
特に外に出ると、精霊が見えすぎて困るのだそうです。
これは能力者の子どもにはよくあることなので、精霊が見えにくくなる処置をすることで、普通に近い生活が送れるようになると思います」
少し違うけれど、昔のエリセが一番状況的には近い。
人には聞こえない声を聴く能力者で、生活困難が予想されたので、普通は聞こえないものだというように暗示をかけた。
ガルディヤーン君の場合も、似た処置をした方がいいと思う。
少なくとも、火の王の杖が戻ってくるまでは。
幼い頃から精霊に親しみ、その後、精神的にも肉体的にも成長したら魔術について学んでいけば、将来的にはバランスの取れた良い王族魔術師になると思う。
「私は断言できるほど、魔術師の才や教育に関して詳しくはないので、後ほど大神殿長と神官長をこちらに呼んで、見て貰おうと思いますがよろしいでしょうか?」
「頼む」
「かしこまりました」
「ガルディヤーンが部屋を抜け出せたのも、その関係か?」
「はい。加えて、彼の頭の良さとプラーミァの行動力の高さ、でしょうか?」
「?」
「王族の皆様はあまりご存じないかもしれませんが、王城には表通りと裏通りがあるのは御存じですか?
原則女人禁制のプラーミァ王族の男子棟ですが、掃除や洗濯をする方や、ガルディ君で言うと乳母などが入ることのできる道があると聞いております」
「どうしてそれを、と言いたいところだが、各国王家の城は似た感じだろうからな」
原則、使用人の人達は表通りを歩けない。
では、どうやって城内を整備するかといえば、所々にある隠し通路。
裏通りを使って、人目に付かないように移動しているのだ。
目立たない場所にあり、そこにあると知らなければ解らない。
仕事が終わったら内側から閂をかけて、中に入れないようにする。
悪用しようと思えば悪用できるけれど、そんなことをすれば極刑だし、国王一族の部屋に入れるような使用人は信用されている人が殆どだから、事件事故は滅多にない。
「最初は、リオンは転移術の才能があるのかと思ったそうですが、本人からの聞き取りによると、たまたま仕事の為に開いていたその通路の存在を偶然知って、タイミングを見計らってこっそりと忍び込んでいたのだそうです」
「なんということだ。それほどまでに目を離されていたのか?」
「大人しくて、聞き分けのいいガルディヤーン様だからこそ、見過ごされたのかもしれませんね」
おそらく、一度や二度ではなく、実行回数は複数に及ぶ。
ある程度、どこにどの通路が続いているか解らないと、私の所には来られないからね。
確かに子どもというのは、ちょっとの隙間が開いていると水が流れるように出て行ってしまうものだけれど、大した行動力と頭脳だ。
もしかしたら、精霊に無意識に力を借りて、閉じられていた閂を開けた時もあったかもしれない。
いつも施錠が忘れられていた訳ではないだろうし。
「みつかりそうになったときも、あったけど、かくれてじっとしていたら、だいたいだいじょうぶだったので」
確かに、薄暗い通路に子どもがいるなんて、誰も思わなかったのだろう。
でも、ホントによく今まで事故とかに遭わなかったものだと感心する。
「これは提案ですが、もう暫く、五歳から七歳くらいまではお母様と一緒の部屋にすることは難しいですか?
ガルディヤーン様の徘徊は、寝たふりをして側近をやり過ごした夜が多かったそうです。
就寝時にお母様がいるのといないのとでは、子どもの安心感も変わりますし、同じ部屋にいれば異常にも気が付きやすいですよね?
今はシュルティヤンカちゃんのお世話で大変かもしれませんが……」
「フィリアトゥリス。どうだ?」
「今はまだちょっと手が離せませんが、もう少し落ち着いてからならば……」
「ならば、定期的に就寝を確認するか? 奴も知られたと解った以上、繰り返しはすまいが」
「であれば、私が部屋に引き取りましょう」
「グランダルフィ」
「あなた」
「王太子様」
まだ三か月の赤ちゃんと三歳の男の子の同室は大変かと思ったけれど、話を聞いていたグランダルフィ王子が手を上げて下さった。
「先ほど、久しぶりに我が子を抱いて思いましたが、随分と重くなったと感じました。
なのに私は、あの子のことをほとんど知らない。
勉強の時にマリカ様が聞いていた好きな食べ物も、やりたいことも、何も。
ならばこれから、少しでも知る努力をしたいと思っております。
側にいて、話を聞いて……」
「自分が、そうして欲しかったから、か?」
「父上……」
「解らんでもない。私もそうだったからな」
少し寂しげな眼差しで呟いた王太子様の吐露に、兄王様は目を伏せる。
横では王妃様も。
そういえば、以前言ってたっけ。
グランダルフィ王子には、不老不死の世の中で、大人の間にただ一人の子どもとして苦労させた、と。
国王陛下も王妃様も、急逝した先代国王の跡を継いで大変だったそうだし、多分、あんまり構ってあげられなかったのだろう。
先祖代々のしきたりや、王族の柵に一番苦しんできたのは、多分、この方だ。
そして兄王様も、子どもの頃は色々と御有りだったらしい。
「好きにさせてあげなさい。
いえ、好きにしなさい。ベフェルティルング」
「母上……」
今まで沈黙を守っておられた王太后様が、国王夫妻に目を向けた。
旧時代の象徴のような方ではあるけれど、だからこその御苦労も、きっとあったのだろう。
兄王様が子ども時代、アルケディウスに生まれた従兄弟。
つまり、お父様が二国の精霊の血を引く英傑の才だったので、引き取って王にしようなどという意見もあったと聞く。
それもあって厳しく教育されたのだと、お母様から少し聞いたことがある。
「私とて、できるなら自分の手で子を育てたい思いはありました。
義母様に、貴方を次期国王だからと三歳で引き離され、その後、ろくに会話もできぬまま苦労させた悔恨は、何百年が過ぎようとも消えるものではありません。
今は、邪魔をする者も、お前に意見する者もいないのです。
お前が正しいと、良いと思うことをしなさい」
「良いのですか? 母上」
「無論、間違っていると思った時には諫め、諭します。
ですが、新しい時代。
新しい家族の形があってもいいのではないかと、私も思っていますから」
「ありがとうございます……。
そうだな。母上がおっしゃったように、新しい時代の始まり。
我が国に王族魔術師が戻ってきたのも、精霊神の思し召しであろう」
「兄王様……」
「正直に言えば、私とてグランダルフィに直接稽古をつけてやりたいし、シュルティヤンカから嫌われたくもない。
もっと言えば、ティラトリーツェの双子ももっと可愛がってやりたいし、ライオットとも剣を交えてみたいし、マリカは今でも欲しい」
「傍若無人、やりたい放題だと思っておられましたけれど、結構我慢しておられたんですね。兄王様」
「国王というものは、国の召人だ。自由など、そうはない」
「そうはおっしゃられても、結構好きにされているとは思いますよ」
「オルファリア」
「ですが、私も陛下と同じでございます。
許されるのであれば、家族をやり直したい。その思いは」
「ならば、問題はないな」
永く兄王様を支えてきた賢夫人。
王妃様も同じ御心をお持ちなら、反対する者も、理由も、何もなくなる。
「これから、少しずつ家族をやり直していこう。
国王の一族こそ、誰よりも睦まじいと語られるように」
国王陛下は、気付いていただろうか?
その宣言を。
その言葉を。
その思いを。
精霊神様が、嬉しそうに見つめていたことに。




