火国 保育参観 5
そうして、夕方まで私達は色々な遊びを楽しんだ。
外では花冠作りや虫探し。
室内に戻ってからは、勉強がてらの地理パズルや神経衰弱。オセロなんかもやってみたり。
そんなことをしているうちに、とうとう終わりの時間になった。
「今日は一日、ありがとうございました。
楽しかったですか?」
「すっごくたのしかった! まいにち、こんなべんきょうだといい!」
「マリカさまが、きてくださるのは、きょうだけなんですよね?」
「はい。大神殿のお仕事がありますし、明日からはアーヴェントルクの大祭に向かうので。でも……」
私が二人に終わりの挨拶をしていると、後ろでカーテンを降ろすように空間が揺れて、保育参観をしていた方達が姿を現す。
「楽しかったか? ガルディヤーン。ドゥルーディーク」
「え? こくおうへいか?」
「おじいさま……」
後ろから突然姿を現し、声をかけてきた兄王様に、ドゥルーディーク君は落ち着かない様子だったけれど、ガルディ君はなんとなく察していたようだ。
精霊に強い『眼』を持っているから、途中から。
もしかしたら最初から、気付いていたのかもしれない。
後ろで、お父さん達が見ているということを。
「楽しかったか? と聞いている。答えよ」
「たのしかったです!」
「いままでいきてきたなかで、いちばん!」
国王陛下の問いに二人は、満開の笑顔で、精一杯伝えてくれる。
「べんきょう、ぜんぶこうだといい!」
「ぼく、ななこくのなまえ、ぜんぶおぼえました! ぷらーみぁのとくさんも!」
「そうか……。楽しかったか。良かったな。二人共」
「ガルディ君……。ドゥルーディーク君」
そんな二人の話を聞き、我が子のように優しく見守って下さる兄王様。
まだ三年しか生きていない子ども達だけれど。
だからこそ、今までで一番楽しかった、と言ってくれた。
少なくとも、子ども達が楽しんでくれた。
笑顔を見せてくれた。
どんなに準備が大変でも。
どんなにプレッシャーがあったとしても。
それだけで、頑張って良かったと思える。
保育士というのは、基本的にそういう生き物だ。
「感服致しました。マリカ様」
「王太后様」
「私達は、どうしても子孫に期待して、あれやこれやと押し付けてしまいます。
無論、子を慮ってのことではあるのですが、この子達には重荷のようですね」
「重荷というよりも、まだ荷物を背負えないんです。
だから、荷物を背負う為の体作り、自分作りから始めないと」
字を書く前に、ペンを持つための手や指の力をつける。
数字の計算を覚える前に、まず数というものの概念を知る。
そういうことを覚えていくのが大事だ。
字の綴りを覚えるとか。
足し算や引き算を計算できるようになるとか。
そういうのは、その後でいいと思う。
「それから。
できれば、他人から言われるからとか、決まりだからではなく、自分の意志でやりたいって思って欲しいんです。
そのきっかけが『楽しい』であれば、やる気も出てきますし、続きます。
それに、学ぶこと。知ることも楽しいんですよ。新しい経験や体験はワクワクするでしょう? それと同じで、自分の知らない自国のこと、他国のこと。精霊のこと。
きっと学べば学ぶほど、この国や大陸。この星が好きになります。
甘いと言われるかもしれないですけれど……」
子どもも、大人も。
誰だって、嫌なことはやりたくない。
我慢だけでは続かない。
だから、少しでも楽しく。
自分自身を作っていけるように。
「そうですね。私も、我が子が今日は楽しそうに過ごしていることを嬉しく感じました。
勉強を頑張っていることもですが、それ以上に、普段は見ることのできない姿を。
思いを。力を。
今日は見ることができましたし」
フィリアトゥリス様は、母親らしい柔らかな眼差しでガルディ君を見つめている。
庭園での件、見ておられたのかな?
その話は、後でしっかりとしておかないと。
「マナーなども、ただ『こういうものだから』『決まりだから』と押し付け、叩き込むのではなく、『こういう理由があるから、この場ではこうするのだ』と教えれば、より身に付きやすくなるのではないかと思います」
マナーの基本は、相手に不快な思いをさせないこと。
思いやること。
それを伝え、やって見せれば、子ども達にももう少しすんなりと入ると思う。
上手にできたら、それを認めて。
勇気づけてあげられれば、なお良し。
「教育は感情だけではできませんが、感情を無視してもできません。
痛みや罰、力で教える方法は、その時は効いても、後で反動や歪みが出てきます。
できるだけ避けて、子ども達自身の力を信じて、見守って頂きたく存じます。
この星を愛し、守り続けてきた神々のように。
それが、私の保育参観を締めくくる結論であり、お願いでございます」
そして私は、二人の子ども達の前に頭を下げ、視線を合わせた。
本当は抱っこしてあげたいくらいだけれど、今は妊娠中だから。
「ガルディヤーン様、ドゥルーディーク様。
今日は一日、一緒に過ごしてくれてありがとう。
二人共、とっても素敵な生徒でした」
「マリカさま……」
「ぼくたちも、ありがとうございます」
じわりと雫が目元に浮かぶ子ども達だけれど、大泣きはしない。
泣いてはいけないと、教育されているのかな。
そんな二人と別れを惜しんでいると、二人の人物がスッと前に進み出た。
さっきも話をした、教育係さん達だ。
彼らの登場に少し身体をこわばらせる子ども達の背を、安心させるように軽く叩いて、私は立ち上がり向かい合う。
「マリカ皇女。プラーミァの王族教育係として申し上げます。
私達は、自分達が今まで行ってきた教育方針が間違っていた、とは思いません」
「はい。私も全てが間違っているとは申しません。
貴族以上に王族には、国と民に対する責任がある。故に、愚鈍であることは許されない。
誰が見ても素晴らしく、我らが王だと誇りを持てるような存在で在らねばならない。
その為に、時に厳しい教育が必要であっただろうことも解っております」
お二人共、真剣な眼差しだ。
代表して初老の男性の方が話してくれているけれど、強い矜持と誇りを持って、仕事に取り組んできたであろうことも伝わってくる。
「ご理解いただき、感謝申し上げます。
我々は、その地位と知識を買われて王族教育係を拝命致しました。
自らが言うのも憚られることではありますが、その高い教養と知識を子らに伝えよ、と。
知識において、マナーにおいて、我らは人後に落ちぬ自信がございます。ですが……」
「ですが?」
「子どもの性質や気質、身体発達について詳しかったかと言えば、否と申さざるを得ないでしょう。
我々は、形の小さな大人として、子ども達の教育を行ってまいりました」
何か言われても、子ども達のことを守るつもりだった。
けれど、彼らの声音に荒ぶったところはなく、むしろ穏やかで。
何かを受け入れているように思えた。
そして、スッと膝を折る。
お二人共。
私と、子ども達の前に。
「えっ?」
「我々の知らぬ『教育』の理論に、感服致しました。
子らの為という感情を表に出しながらも、その方針は理に裏打ちされております」
「いかに正しき知識を伝えようとしても、生徒にやる気がなければ伝わらぬことは重々承知しております。
マリカ様の理論を元に、我々が子らを変え、導けば。
この生徒は優秀、この生徒はそうでないと思うよりも先に、全ての子を『やる気を持った良い生徒』へと導いていけるのではないかと、思い至った次第。
どうか、我らに『神の国』の教育理論をお与え下さい。
プラーミァの未来を導くために」
えっと……。
つまり。
認めてくれたってこと?
「マリカ。お前の勝ちだ。
プラーミァは今後、お前が推奨する教育方針へと徐々に転換し、教育者に対しても新しい理論を学ぶよう働きかける。
ついては大祭が終わったら、其方が仰ぐ教育方法の指導を賜りたい。
妊娠中期に入り、国を巡るなどが難しいようであれば、こちらから出向かせる」
「つまり、先端知識習得の為の留学生の学び舎に、教育科を先行して作って受け入れろってことですね」
「そういうことだ。お前の出産までに、概要だけでも身に付けさせたい。
その代わり、今後国内において、子どもの教育を行う場での体罰は原則排するように触れを出す。無論、王子や貴族も含め、徹底させる」
「その辺はありがたいことですが……、プラーミァはエルトゥリアに留学生を送り込む、良い口実になってませんか?」
「どうせ各国を巡れば、全ての国で間違いなく同じようなことを望まれる。抜け駆けにはならん」
「そういうことじゃなくって……。いえ、いいです」
まだインフラが整ってないとか、言いたいことはあるのだけれど。
諦める。
子ども達の教育環境を一刻も早く整えたいのは、私も同じだから。
とりあえず、留学生には国会図書館の職員宿舎を使ってもらう。
家具の持ち込みとか、寮費を出してもらうとか。
詳しくは後から相談しよう。
「大祭と例大祭が終わったら、留学生宿舎の整備を急ぎます。
初回の受け入れ人数などについては後で、エルトゥリアや大聖都の皆と相談してご連絡します」
「解った。期待している」
「良かったですね。お二人共。もう勉強の場で叩かれるようなことは……」
話が終わり、振り向こうとして。
私はそこで、初めて気が付いた。
二人が、小さな手のひらで私のスカートを左右から握りしめていることに。
私を見上げる子ども達。
上を向き、眦に溜まった涙を零さないように頑張っているのが解る。
「マリカさま、もういっしょにはいられないんですよね」
「……はい。ごめんなさい。
私には仕事がありますし、お腹の中に赤ちゃんもいます。いつまでもプラーミァにいるわけにはいかないんです」
解っている、というようなか細い問いに、静かに首肯する。
こればかりは、どうしようもできないことだ。
ガルディヤーン君も、ドゥルーディーク君も可愛いけれど。
一日だけの約束。
プラーミァだけの保育士ではいられない。
「でも、私はお二人が大好きですよ。
どこにいても、いつでも。
二人の幸せを願っていますし、貴方達の保育士でありたいと願っています」
膝を付き、顔を合わせる。
その瞬間、彼らは泣き出した。
堰を切ったように。
溢れる思いを、もう抑えきれずに。
小さな身体にそっと手を伸ばし、抱きしめると、彼らは私の胸に縋りつき、さらに声を上げて泣き続ける。
私は二人を、そっと抱きしめた。
小さな身体から、涙の泉が枯れるまで。




