火国 保育参観 4
私の話と願いを、皆さんがどう思ったかは解らない。
けれど、その後すぐくらいにガルディヤーン君が寝返りを打ち、目を覚ましそうになったので、また隠れて頂いたところで話は一旦打ち切った。
その後、もう少し子ども達はお昼寝をして。
目が覚めてから、私達は外に出かけた。
ずっと勉強していたから、ちょっと気分転換にね。
少し身体を動かす為に、広場でボール転がしをする。
周囲を美しい花壇で囲まれた東屋は、昔ここでロッサの花を摘んで、エッセンシャルオイル作りをしたなあ、なんてことを思い出させてくれる。
三歳の二人にキャッチボールはまだ難しそうだったけれど、ころころと転がしたり、投げたりすることはできる。
明後日の方向に行くことも多いけれど、壁に向かってぶつけて、戻ってくるのも楽しんだ。
きゃっきゃと楽しそうに遊ぶ二人を見ていると、やっぱりゲシュマック商会謹製ゴムボールは、保育や子ども達の心身発達にも有効だと思う。
兄王様に頼んでゴムを多めに仕入れられたら、各国にもボールの導入をお願いするつもりだ。
ゴムが貴重なので、子ども向け遊具にすることに顔を顰める人は多いんだけれど、子どもの成長は私的には最優先課題だからゴリ押す。
そして、ちょっと気付いたこともある。
外に出ると時折、ガルディヤーン君が目を細めたり、自分の顔の周囲を、まるで手で虫を払うようにパタパタしていること。
ボール遊びの時も、顔の周りに飛んできたボールが上手く取れなくて、ぶつかってしまうことが多かった。
これは、やっぱり、アレなのかな?
「ガルディヤーン様」
「……マリカさま?」
「もしかしてガルディヤーン様は、これがお見えですか?」
久しぶりに手を祈りに組んで、精霊に呼びかける。
私の周囲にキラキラと光のようなものが集まってきて、周囲を舞い飛び始めた。
誰の目にも見えるくらい、はっきりと。
「うわー、きれー」
ドゥルーディーク君は瞳を輝かせて、光を追いかけ始める。
まるで雪の中を踊る子犬のようだ。
でも、ガルディ君は赤くて大きな瞳をさらに大きく見開いて、私を見ている。
「マリカさまも、みえるんですか?」
「ええ。これは精霊。アースガイアの人々を助けてくれる『星』の力、ですよ」
とりあえずファンタジー世界風に説明。
身も蓋もないSF風に言うと、空気中を漂うナノマシンウイルスが安定しようと集まっているもの。
そして体内に混入され、先祖代々受け継がれてきた『星』のナノマシンウイルスが共鳴すると、プログラムされた外見イメージ――つまり妖精などの姿に見える、ということになる。
普通、空気中に散ったものは光や空気と結合していることが多い。
大地や炎、水などに溶けている分もある。
基本的には自然物の中で揺蕩いながら、軽くその存在を強化している。生体の中にいる時ほど長くは持たないし、自己増殖もしないと聞いている。
魔術師や精霊がナノマシンに伝わる言葉で語りかけることで、自然物を作り替えたり、動かしたりすることもできる。
そこに精霊が宿っている、と信じる人が気力を分け与えることで、纏まって強い力を発揮しやすくなる。
大地の精霊がいるとされる土地は実りが豊かになるのも、その為だ。
逆に魔性に精霊を食われると、力が失われ、実りが欠ける。
ファンタジーに見えても、再現性と規則性、法則のある一種の科学と言える。
流石に三歳児には理解不可能だろうから、優しく、解りやすく。
「せいれい……。じゃあ、これはほんとうにいるんですね?」
「ええ。もしかしたら、自分だけに見える幻かと思ってましたか?」
「……はい。デュークもうばやも、せんせいもみえないっていうし。
きゅうでんの中ではそんなに見えないんです。そとにでると、わあってあつまってくるんですけど」
「お父様や、お母様にお話ししたことは?」
「ありません。ゆっくりとおはなしできるじかんも、あんまりないので」
いや、ホント。
大人より大人だ。ガルディ君。
まだ三歳の子どもの勉強に、精霊術のことを教えてくれる人もいなくて、不安だったのかもしれないのに。
うん。
頑張ってる。
「ガルディヤーン様。これ、ちょっと付けて下さい」
私は、おやつの袋に一緒に入れておいた品物を取り出す。
あ、雑には扱ってないよ。
大事な宝物だから、上布の袋に入れてある。
「これは?」
「プラーミァからお借りしていた『聖なる乙女』のサークレットです」
大人サイズの冠だから、三歳のガルディ君の頭はスルッとすり抜けてしまい、首飾りになってしまう。
でも、とりあえず肌に触れていれば多分大丈夫の筈。
「テーブルの上に手を向けて、エル・フィアル、と言ってみてください」
「は、はい。エル・フィアル?」
戸惑いながらもガルディ君が呟くと、テーブルの上にボッと音を立てて火が灯る。
火種も何もないのに、まるで着火ライターをつけたように。
「うわっ。な、なんですか? これ?」
「炎の精霊です。やっぱり火の国だけあって、火の精霊が集まってきやすいみたいですね」
目を丸くして後ずさるガルディ君。
でも多分、初めて見るであろう炎に怯える様子はない。
「ガルディ。スゴイ」
「すごくない。ただ、ひのせいれいがきてくれただけだ」
ドゥルーディーク君は目をキラキラ輝かせて褒めるけれど、ガルディ君の瞳は揺らぐことなく、炎の中心に向けられている。
「ガルディヤーン様には、どんな風に見えているんですか?」
「ちいさな、あかいひとがたってて、ぼくにおじぎしてます」
「そうですか。それはきっと、火の精霊が未来の火の国の王様に挨拶をしているんでしょうね。火の精霊神様は、ガルディ君には王族魔術師の才能があるって言ってましたから」
「まじゅつし? せいれいしんさまが、ぼくに?」
そこで初めて首を巡らせ、私を見るガルディ君。
明らかな困惑と、少しの喜びが入り混じったルビーの瞳に、私は小さく頷きを返した。
「はい。戦士国で、かつて過ちを犯したことから火の王の杖は今、プラーミァから取り上げられていますが、近いうちに帰ってくるかもしれませんね」
ヒンメルヴェルエクトにも交渉してみよう。
今、火の王の杖はヒンメルヴェルエクトのオルクスさんが持っている。
長いこと所在不明だった光の王の杖も、私が知らない間にキュリッツオ様の元に戻っていたらしい。
「あいつが『子ども』に貸し与えていたんだ。
宇宙船操縦の補助に人格データは取られていたけど、それも返してもらったから、いずれ王家に改めて下賜するよ」
夜の王の杖はエルディランドのダーダン様がお持ちだけれど、返却の意思はあるようだ。
人格データを戻す為には、一度ナハトクルム様にお返しした方がいいのだろうか?
次の訪問国はアーヴェントルクだし、聞いてみよう。
それに、聞いたところによるとエクトール領のオルジュさんは、大地の王の杖をエルディランドに返還したのだそうだ。
宇宙に出発する直前だったことや、精霊神様や杖本人からの口添えもあって、スーダイ大王様は杖を使っていたことを不問とし、代わりに大地の杖を下さったんだって。
いつまでも隠蔽しておくことはできないし、そもそもアルケディウスとアーヴェントルクには所有が知られている。
このままヴェートリッヒ様に脅され続けるよりも、正式に謝罪し、返却した方が今後の為だと思う。
「杖が戻ってきたら、お父様や国王陛下と相談してみましょうね。
お父様や国王陛下も魔術を使いたいでしょうけれど、多分、一番才能があるのはガルディヤーン様のようですから」
「でも、ぼくは、せんしに……」
「お二人の御子ですから、ガルディヤーン様には戦士の才能もあると思いますが、魔術を使える王子様、というのもカッコいいと思いますよ」
少し頬を赤らめ、また炎を見つめるガルディ君。
その横顔はグランダルフィ王子や、国王陛下。
そしてアーレリオス様と、確かに同じ血を継いでいるのだと思わせる。
王になる者の眼差しだ。
「あと、近いうちにエルトゥリアから何か精霊石を借りてきますね。
ガルディヤーン様は、多分、精霊が見えているのだと思いますが、見えすぎると日常生活に困る時もありますから、必要ない時は見えないようにしておくと暮らしやすいと思います」
「みえなくなるのですか?」
「必要な時は、精霊に頼めば見えるようにしてもらいます。子どもの頃は特に、視界――目に見えるものから多くのことを学びますから。
精霊が見えるのはとても素晴らしいことですが、そればかり見ていると疲れてしまいますからね」
「ありがとうございます」
ガルディ君はそう言うと、首を巡らせ、机の上の炎を見つめる。
精霊モードではない私には、ただの火にしか見えないけれど。
彼は長いこと、炎を見つめていた。
愛しげに、優しく。
大切な友達を見つめるような眼差しで。




