火国 保育参観 3
一緒のソファに座って、三人並んで絵本を見る。
「それから? それから、どうなったの?」
右からガルディヤーン君。
左からドゥルーディーク君が、身体を押し付けて来る。
子ども達に挟まれて、サンドイッチ状態だ。
今回持ってきたのは、純粋に子ども達に楽しんでもらう為のものだから、国会図書館から持ち出してきた地球の絵本が数冊。
地球の、特に日本の絵本は、一つの文化と言えると思う。
全てのことが絵本から学べると言っていいくらい、ありとあらゆることが絵本に綴られていた。
外国の翻訳絵本にも、素晴らしいものがたくさんある。
それから、魔王城の四階。
リオンの子ども部屋に保管されていた童話の本なども下読みして、面白いものを中心に選んできた。
勿論、この世界定番の勇者伝説とかは無しで。
中世異世界の子どもにも解りやすいように、動物を擬人化したお話なども避けて、ヨーロッパの冒険ものや説話などを選んでみる。
生前のマリカ先生は絵本の読み聞かせが得意で、騒ぐ子も先生が絵本を読むと静かになる、と言われていたくらいに心を掴むのが上手だった。
私もその記憶に沿って、抑揚をつけつつ、あまり大げさにならないようにしながら読んでいく。
今まで、こういう経験が無いのか、二人共かぶりつき、って感じで見ている。
ソファは頼んで持ってきて貰った。
前から見せるのもいいけど、今回は少人数だし。
ふれあいと臨場感重視で。
最初は、地球では多分、誰でも知っている野菜収穫のお話。
リズム感と、協力した成果がしっかりと出るのが楽しい、定番のお話だ。
二冊目は、小さな魚のお話。
周囲と少し違った魚が、その知恵と勇気で仲間達を守っていく。
二冊の短めの話で、絵本を見ることに慣れた所で、三冊目は少し長め。
ちょっとハラハラドキドキの冒険活劇。
言ってみれば、外国風桃太郎のような話にしてみた。
やっぱり男の子だから、敵を倒す系の話は好きだね。
三冊で終わろうかと思ったら、
「もっと! もっとききたい!」
「あと、いっさつ。おねがいします。マリカさま」
そうせがまれたので、もう一冊。
四冊目は、少ししっとりとした魔法使いと精霊の恋物語。
ハッピーエンドの人魚姫のような感じかな。
三歳児には、あんまり長い話は聞けるかな?
と思ったけれど、凄く集中して見ていた。
でも、流石に四冊目に入る頃にはちょっと疲れてきたのか、ドゥルーディーク君は私の肩に頭を寄せて、すーすーと寝息を立て始める。
ガルディヤーン君も、お話が終わる頃には船をこぎ始めた。
緊張して疲れたのだと思う。
私は乳母さん達に手伝って貰って、ソファに二人をそれぞれ横たえ、毛布を掛けて。
「とりあえず、こんな感じです。
いかがですか? 皆様?」
私は後ろで見ていた皆さんに、小声で声をかけた。
フェイの姿隠しの術は場所にかかっているものだから、そこから出てくると姿が見える。
ある程度広さのある勉強部屋ではあるけれど、一気に大人が七人も出てくれば、かなり圧迫感を感じるなあ。
「なかなかに面白い教育方法であったな。マリカ。
だが、読み聞かせの最中に寝られてしまったぞ」
「あれは、いいんです。
寝て貰う為に読み聞かせをしたので」
お腹がいっぱいになって、静かで気持ちのいい雰囲気になれば、子ども、特に未満児は眠くなってくるものだ。
小さい子にお昼寝は大事。
でも、苦手な子や眠りたくない子もいるだろうから、ゆったりした雰囲気の中で本を読んで様子を見た。
眠かったら寝てもらうように。
案の定、子ども達は緊張や疲れもあって眠り始めた。
想定どおり。
その為に、毛布なども持ってきてもらっていたのだし。
「そうか。ついに失敗したかと思ったのだが」
「口を慎みなさい。ベフェルティルング。
マリカ様は姪であろうとも、一国の長であり、教育者です」
「母上」
鷹揚に言いかけた兄王様へぴしゃりと言い放って、王太后様は静かな礼を私に向ける。
「流石、星の保育士。マリカ様。
ガルディヤーンはともかく、ドゥルーディークが一の刻の間、一度もぐずらず、騒がず、席を立たず、よそ見もせず、集中していたことに感服致しました。
マリカ様が意図される、遊びを通しての学び、というものも朧気ながら見えてきた気がします」
「ドゥルーディーク君、いつもはそんなに集中していませんか?」
「少なくとも、報告を聞く限りでは。
ガルディヤーンの相手役には相応しくない、落ち着きのない子だ、と聞いておりましたが、対応の仕方次第で、やればできる子のようですね」
「私が見る限りでは、まったく問題の無い、定型発達の子です。
三歳の子どもなので、身体がまだ思うように動かなかったり、長く同じことをしていると集中できなくなったり、ということはあるかもしれませんが。
勉強と休憩、集中と弛緩の時間を交互に入れていくなど、関わり方は色々とあると思います」
保育士時代、マリカ先生は療育の必要な子、発達障がいの子などの対応も随分やっていた。
子どもの発達は勿論、比べるものでは無いけれど、ドゥルーディーク君はいたって普通。
話せばちゃんと指示も通るし、我慢もできる。
頭が良くて、自分のやるべきことを解りすぎるくらい解っていて、我慢しているガルディヤーン君よりも、むしろ子どもらしいと思う。
「……マリカ様の、遊びの中に勉学を取り入れる、という形と、その有効性は理解致します。
ですが、そんな優しい方法で学んだことが、本当に身に着くのでしょうか?」
「私もそう思います。
水は低きに流れるもの。
厳しく学んでこその王族教育では、と」
そう躊躇いがちに反発してきたのは、王族教育を任せられてきたという二人の教育係だ。
一番反発して来るのはこの人達だろうな、と思っていたから、予想の範疇だけれど。
「学問は、我慢比べではありませんよ。
楽しく学んで、何か悪いのですか?」
「「!!」」
「勿論、勉強には、それぞれの年齢や特性に合った課題を組むことが大事だと思います。
でも、繰り返しますが、彼らはまだ三歳。
身体の動きも、語彙も、知識も、まだ未熟です。
大人と同じことをやらせようとしても無理ですから。
できることを、できる形で。
三歳には三歳の、五歳には五歳に適した教え方があります。
子ども達の発達を考慮し、身に付きやすい方法を考える。
それが教師の指導力、というものではありませんか?」
「そ、それは……」
口ごもる二人。
五百年ものブランクで、子どもの指導方法を忘れてしまったのだろうか?
「私も、自分の保育が最高だとは思いません。
今日やったことも、何度も同じことをやれば飽きるでしょうし、慣れすぎれば集中力も無くなるでしょう。
二人だから集中していましたが、人が多くなれば玩具の取り合いなどもあって、思い通りにはいかなくなると思います。
その時々に合わせて方法を模索していくのも大変ですよね。
教師というのは、ただ決められたことを詰め込むだけではないですから」
二人がピクッと背筋を震わせたのが解った。
もしかしたら、今まで聞き分けのいい子。
大人に逆らえない、逆らわない子ばっかり相手にしていたから、教えるべきことを教えるだけで良いと思っちゃったのかも。
でも。
やっと始まった新時代。
それじゃあ困る。
「相手に伝えて、それを受け取った側が理解して、身に着けて。
初めて教育が成功したと言えると思うんです。
だから、相手に伝える技術を教師が身に着けることが大事です」
それは話術であったり、環境設定であったり、教材準備であったり、関わり方であったり。
努力しても伝わらない事も多々ある。
いつも、こんなにスレていない、物わかりのいい子ばかりではないし。
「教育に正解はありません。
いつの時代の親も、教育者も、試行錯誤して。
一度しかない子どもの人生が充実したものになるように、努力してきたんです。
それは『神の国』だって変わりません」
現代日本の教育方針だって、間違っていると言われる点は多く、常識はいくつも、何度も書き換えられてきた。
ゆとり教育とか、インクルーシブ教育とか。
ただ、大事で、共通していることは一つ。
子ども自身が、自分の力で生きられる力を身に着けること。
多くの人と関わりながら、自分自身の役割を見出していくこと。
教育の意義に、アースガイアも地球も変わりはないと思う。
「これから、子どもの数はまた増えていきます。
先生方の御苦労も、きっと多くなると思います。
でも、こうして国王一家が御自ら教育の方策を考えて下さるくらいですから、予算も付けて下さいますし、力も貸して下さいます。
私も、大神殿も、全力で協力致します。
だから……」
私は深く、深く頭を下げる。
先生達に。
国王一家。
同じ部屋にいる使用人さん達や騎士さん達にも。
これからの教育と、子ども達を守っていく為に。
「子ども達を、ちゃんと、一人の人間として見てあげて下さい。
一人一人が、幸せに生きられるように。
どうか、よろしくお願いします」
私は深く、思いを込めて頭を下げたのだった。




