火国 保育参観 2
「あれでは、ただ遊んでいるだけではありませんか!
読み書きも計算も、まるで進んでいない!」
「そうですわ。地べたに座り、物を並べるなど、行儀もよろしくはありません」
「ですが、子ども達は遊びながら、プラーミァの特産や食べ物の種類、文字などを覚えていませんか?」
「王太子妃様……」
「そうですね。それに積み木の貸し借りで数を数えたり、必要な物を借りる為に交渉する事。分けて貰ったら礼を言う事なども。
ただ遊んでいるように見えて、基本的なことを学んでいるように見えます。
それに、いつも集中できない。半刻もじっとしていられず、直ぐに出歩いてしまう、というガルディヤーンとドゥルーディークが、一刻近くも大人しくしているではありませんか?」
「王妃様まで……。
それは、遊んでいれば楽しくて時間も忘れるでしょうが……」
「元々、昼までの時間は、積み木などを使って文字に親しむ。
各々で工夫しながら物を作る楽しさを知る。
と、計画案にも示されているのです。黙って見ていなさい」
「はい。王太后様」
授業開始から約一刻、一時間ほど。
すっかり積み木遊びに嵌った二人は、時に取り合い、時に分け合いながら、楽しそうに遊んでいた。
最初はそれぞれ別のものを作っていたけれど、最後には合体させて、大きなアイトリア宮を完成させたり。
「こわすの、もったいないなあ」
「ははうえたちにもみせたい!」
「じゃあ、今日のお勉強時間が終わるまで、置いておきましょうか」
「うん」
積み木のアイトリア宮は床に置いたまま。
壊さないように気を付けながら、そっと席へ戻る。
「ここからは少し、書き取りをしましょう」
「え~?」
「かきとり、きらいだなあ~」
今まで思いっきり遊んでいた為か、二人はあからさまに嫌そうな声を出す。
「どうして嫌いなんです?」
「だって、うまくかけないから」
「おこられるんだもん」
「どうして、うまくいかないんだと思う?」
「ペンがうまくもてない」
「ゆらゆらする」
「そっか。じゃあ、これを使ってみて下さい」
「これ、なあに?」
私は勉強用のチョークとミニ黒板を差し出してみた。
アルケディウスで仕事をするようになった頃、あちこち探して見つけたもの。
商売をする人が計算などに使っていたんだって。
今は私がスポンサーになって大量生産してもらい、孤児院などでも使っている。
普段、王宮の勉強には紙を使っているのだそうだ。
植物紙も普及してきたから、インクも使い放題。
でも、それだと失敗すると他に使えなくなるし、慣れないうちはペン先が紙に引っかかったり、インクをつけすぎて滲んだりする。
だから、最初の文字練習には、書いた後に消せるミニ黒板とかの方がいいと思う。
「黒板です。
いくら失敗しても直ぐに消せるから、気楽に書いていいですよ」
「いいの?」
「しっぱいしても、おこらない?」
「もちろん。
字じゃなくって、絵を描いてみてもいいです。
まずは好きに線を引いてみてください」
「「はーい」」
根本的なことだけれど、自分の身体の動きをまだ上手にコントロールできない子には、物の正しい持ち方や動かし方などを、最初に知らせないといけない。
それができないうちに字を書けと言われても、ふにゃふにゃになるだけ。
思い返せば、初期の頃のリオンもそうだった。
頭では解っていても身体が思うように動かなくて、細かい作業が苦手で。
でも、繰り返し練習しているうちに上手になっていった。
肩や手にどう力を入れればいいのか解らない小さな子にも、順序良く、ペンの持ち方と動かし方を教える。
真っすぐ線を引く事。
曲げる事。
止める事。
簡単に見えても、最初はとても難しい。
「あー、しっぱいした!」
「だいじょうぶ。何度でも消せるから」
「やった。つながった。まるになった!」
「ホントだ。綺麗な丸が書けましたね。
この丸が書けるようになると、ガルディヤーン様のお名前の文字も書きやすくなりますよ」
「どの字?」
「ほら、これ。
これがガルディヤーン君の名前の最初の字。
グランダルフィお父様の字とおそろいですね」
「おそろい!」
嬉しそうに笑んだガルディ君は、その後、同じ文字を嬉しそうにミニ黒板いっぱいに書いていた。
曲がったり、歪んだり、鏡文字っぽくなったものもあるけれど。
「これ、消さないで、お父様に見せてもいい?」
「いいですよ。
じゃあ、続きの練習は私の黒板を貸しますね」
一方、ドゥルーディーク君は、まだ字にはなっていない。
黒板いっぱいに点々、ぐるぐる、のびのびとした線が溢れている。
「うわー、たくさん書けましたね。
皆、強くて元気な線です」
「かくところ、なくなっちゃった。
なんだか、すごくスルスルでかきやすい」
「もう一回消して、新しく書きましょうか」
「うん」
またも、字を書くところまではいかない。
三歳では、そもそもまだ早いけれど。
ただ、何度もやっているうちに、最初は細くて、本人達の言う「ゆらゆら」だった線が、少しずつ力を宿し始めている。
「なるほど。
字が書けないと怒る前に、まずペンの持ち方から知らせるべきだったのか?」
「指先に、まだ力が入らないのかもしれませんね」
「そんな、初歩から教えなければならないのですか?」
「そういえば、私も……。
思い返せば、食器の持ち方はともかく、ペンの持ち方も動かし方も教えて貰ったことはないな。
乳母が教えてくれたこともあるが、凡そは見様見真似だった」
「王太子様。
でも、そんなこと、当たり前に誰でも……」
「どんな人間でも、生まれて初めてのことはある。
其方、剣も持ったこともないのに、剣技の型だけ教えられて身に着くか?」
「そ、それは……」
「最初に正しいやり方を教えて基礎を作らないと、勉強も入っていかないという事だろう」
そうして文字積み木を見本代わりに、文字の書き取りをやっているうちに、気が付けば、もう一の夜の刻が終わろうとしていた。
「もうすぐ、お昼ごはんの時間です。
せっかく書いた黒板などが、食べ物で汚れたり、消えてしまったりするといけないので、机の上を片付けて貰えますか?
黒板や道具は、ここに入れて」
「「わかりました~~」」
「片付けは私どもが……」
そう言いかけたであろう召使さん達には、小さく首を振る。
代わりに食事の支度をしてもらう。
それから、ちょっと別な事もお願いして。
勿論、子ども達はきっちり、自分達で片付けてくれたよ。
それから、一緒に食事。
お願いして、簡単ではあるけれど、ナイフやフォークなどのカトラリーを使う料理にして貰った。
私も同じテーブルで、一緒に食事をする。
「とっても美味しいですね。
それにコリーヌ様は、とても食べやすく作って下さっていると思います」
「そうなの?」
「はい。
このハンバーグも、皆さんが食べやすいようにミートボールにしてくれていますからね。
食材も小さく切っていますし、カレーも辛くないでしょう?」
子ども達が、しげしげと料理を見やった。
プラーミァ風ではあったけれど、可愛らしい子どもランチ。
野菜を柔らかく煮込んだり、可愛い花の形に切ったり。
食事が楽しくなるような工夫が、色々と施されている。
「ガルディヤーン様。
カトラリーは外側から順番に使う、と覚えるといいですよ」
「マリカさまのナイフのつかいかた、キレ~~。
スープも、なんでおとしないの?」
「音を立てると、ちょっと汚い感じがしませんか?
美味しいスープを無理無理に吸い込むのではなくって、こっちへどうぞ、って流し込むといいですよ」
「こっちへどうぞ?」
「はい。
スープが驚いて逃げないように、そっと優しく、焦らずに」
「こっちへどうぞ」
「そうです。
零れずにスプーンへ入れることができましたね。
ドゥルーディーク様。
手で掴んで食べるのも美味しいですけれど、汚れた手で他の所に触ると、そこも汚れてしまいますから、カトラリーを使う事。
手が汚れたら、良く拭いて下さいね」
「は、はい」
最初はおぼつかなかったナイフやフォークの使い方も、見本を見せて真似してもらうことで、少しずつ上手になってきているような気がする。
「おいしかったー!」
「おなかいっぱーい」
「はい。
何も残さないで食べられましたね。
きっとコリーヌさんも喜んでいるでしょう」
野菜サラダも魚のポワレも残さずに。
デザートのアイスは、文字通り舐めるように。
二人は綺麗に昼ご飯を食べ切った。
「マリカさま。これからどーするの?」
流石に食後のお皿の片付けまでは王族にやらせられないので、それは使用人さん達にお願いして。
私は持ってきた道具の中から、ある物を取り出した。
「一緒に、ご本を見ましょうか?」
まだまだ、地球の保育士の本領発揮はここからですよ。




